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1031  作者: 一 二舞
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 それよりも、私はあの日貴方があの歩道橋に居たことの方が気になるのだけれど。

 一通り話を終えて葉月が立ち上がろうとしたときに、絵美にそんなことを言われて葉月は座りなおす。


 確かにそうかもしれない。絵美からすれば、あんなに都合よく誰かに見られて、止められることの方が想定外だったかもしれない。

 幸か不幸か、自殺を止めでもしなければ顔に泥が付く著名人だったことが。


「あの日、は……」


 葉月もなんとか記憶を手繰り寄せる。

 絵美との出会いが衝撃的過ぎて、その日に何があったのかを殆ど覚えていない。

 が、絵美の自殺を止めたことと、もう一つだけはっきりと覚えていることがある。


「僕の、個展開催記念のパーティーの日だった」

「人が死のうとしてるときに呑気なものね」

「世界はそんなもんだよ」


 葉月の口から出てきた皮肉とも、嫌味とも取れる言葉に絵美は驚いたように目を丸くしていたが、すぐに頷く。

 彼の言葉は最初からこんなに刺々しかったかよく覚えていないけれど、最初からこんな感じだったような気もするし、絵美と関わることで悪化したような気もする。


「ああ……だから、あんなに洒落た格好をしてたのね、あなた」

「あの姿で君に話しかけるのも恥ずかしかったけどね」


 まだ三年生が始まったばかりの頃、授業もまだしっかりと始まっていないくらい、三年生になってすぐの頃に絵美と葉月は出会っている。

 葉月も個展開催記念パーティーと言われるのにもきちんと理由があって、丁度、その一週間前後に弥生の誕生日も控えていたため、それを兼ねてのパーティーだった。


 弥生もそのような集まりは得意としていないのだが、大人の世界というものは面倒なもので、それも、弥生レベルの知名度がある人間となると、そのようなものを断るとありもしない噂が独り歩きしてしまう。

 葉月も本当は行くつもりはなかったのだが、ここは親の顔を立ててやらなければならないということもあって、一緒に行っていた。


「たまたま、会場があそこの近くだったんだ」

「ふふ、それを聞いたら、あの時死んでおけばよかったって思うわ」

「冗談でもそんなこと言わないでよ」

「ジョークで言うくらい、良いじゃない」


 明らかに気分を悪くした様子の葉月に、絵美は溜め息を吐くと「ごめんなさい」と謝罪を入れる。

 葉月も絵美の謝罪を聞けば多少気分を切り替えたのか、まだ若干ムッとしている様子ではあったが「まあ、いいよ」と一言。


「ただ、そういう会場って息苦しくてさ。お父さんに頼んで少し外に出させてもらった。それで歩道橋の方見たら、明らかに様子のおかしい人が居るじゃん?」

「……私のこと?」

「さぁ? ……それを無視するのも考えたんだけど、万が一があった時に目撃者とかになりたくないなって思って、割と急いで歩道橋まで行ったんだよ」


 目撃者になりたくない、という葉月の発言は、きっと嘘をついているとかそういうわけではなく、本心からの言葉なのだろう。

 絵美もすっかり距離感のおかしい葉月の姿に慣れてしまったが、彼はそういえばかなりドライな人間だった。


「そしたら、君が居た」


 当時を思い出して面倒くさそうに肩を竦める葉月の姿は、どこか嬉しそうにも見えて、絵美としてはくすぐったい気持ちになっていた。


「で、一通り話した後「死ぬなら場所を変えてくれ」って言ったんだっけ?」

「そ、それ、それは……ごめんじゃん」

「そんなこと言われたら、私だって死ぬ気も失せるわ」


 そう遠い昔の話をしているわけでもないのに、絵美は懐かしい気持ちになって苦笑をこぼす。

 流石の葉月も当時のことでは申し訳ないところもあるようで、複雑そうな表情を浮かべていた。


「どうしても、歩道橋で死にたかったから?」

「……あれ、私、その事を言ったことあったっけ?」

「ううん。無い……けど、この前のお父さんの個展に行ったときに納得しちゃったよ。だって、師走さんの人生を変えた絵なんでしょ? 「夢と歩道橋」ってやつ」


 それだったら、死に場所に人生を変えた場所を選ぶんじゃないかって思っただけ。

 葉月がそう付け足すと、絵美は感心したように頷く。


 元々葉月のことをバカにしているつもりはなかったが……いや、ある意味では馬鹿にしていたのだが、こうして考察を勝手にされていることを考えると、彼とてただの肩書きだけの天才というわけではなさそうだ。


「でもさ、師走さんは知らないと思うし、そんなつもりはなかったと思うけど、僕はあの日師走さんに救われてたんだよ」

「……私に?」

「うん、そう。……息苦しい会場から出てきた後に自由な師走さんのことを見たからさ、なんか……僕って馬鹿らしいなあって思っちゃって。僕も、君と同じ道を選ぶ手段があったはずなんだよなって、改めて思ったよ」


 きっと、それまで葉月は自分が死ぬことなんて考えて生きたことが無かったのだろう。

 レールが敷き詰められた状態で生きていたこともあって、両親……というよりかは、全く関係のない第三者、世間の勝手に作ったレールの上を歩いて生きていくことになるのだろうと、葉月は漠然と、無意識に思っていた。


 決して死ぬことだけではないが、その道から外れる方法があったことを、絵美と出会ったことで改めて考え直したのだろう。

 推薦でいくつもりだった大学を一般受験に変えたのも、絵美の影響だ。


「……念のため聞いておくけれど、貴方は死ぬつもりでもあるの?」

「まさか」

「本当に?」

「もしかして、心配してくれてる?」

「ふざけたこと言わないで」

「どうだろうね。正直、分かんないよ。今までの僕にはその道なんて想像も出来なかったけどさ、師走さんは「こういう道もあるんだよ」って教えてくれちゃったじゃない。まあ、極論だけど。でも多分、無いんじゃないかな。師走さんも言ってたけどさ、僕がきっと死んだら、僕は間違いなく“自殺の天才”になっちゃうだろうからね」


 自殺の天才。


 テレビで取り上げられる自殺者のことを、絵美はそう言った。

 全ての人間の自殺が取り上げられるわけではないことを、絵美は不満に思っているみたいだった。


 「確かに、貴方は間違いなく“自殺の天才”になるでしょうね。将来有望の天才画家として。……どんだけ天才の肩書きを持つつもりなの? 調子に乗らない方がいいわよ」

 「うーん、理不尽な罵倒」


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