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1031  作者: 一 二舞
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 流石にテスト週間に入ってしまうと月人も面倒を見てやれないようで、テストが終わったらさっさと帰るように言われてしまった。

 テストの直前で単語を覚えたり用語を覚えたりしたが、今回はあまり自信がないかもしれない。少し絵を描くのに熱中しすぎてしまった。


 テストの結果の方は今から返ってくるのが不安でしかないのだが、こんなに絵を描くのが楽しいのは久しぶりのことだったし、そんな自分の気持ちを大切にしたいと、葉月はそんなことを思った。

 まあ、テストが悪かった時の免罪符にするつもりではあるのだが。


 弥生も皐月も学業の方にはあまり口うるさく口出しはしてこないのだが、それでも、あんまり結果が悪かったりすると心配してくる。

 特に、この学校の偏差値がそこまで高いものではないこともあって、余計に。


「一時間目から選択……師走さんは世界史だったけど、師走さん、どうだった?」

「まあまあだったわ。そっちこそ、二時間目は現代文だったけど……貴方はどうなの?」

「んん、あんまり良くはない……と思うけど、まあ一応全部解答欄は埋められた……と、思う」

「全部埋められたことにどうして疑問形なのよ? 一応って言うのも、なんだか引っかかる言い方をするわね」

「それ師走さんが言う? ……いや、僕現代文はいっつも漢字とか読みから埋めていくからさ、どっか飛ばしてる気がしてる……」

「そう、まあ、そんなことがあっても私からすればざまあみなさいって感じだけど」

「手厳しいなあ」


 一日目のテストが終わり、一緒に帰りながらそんなことを話す。

 普段は部活を出てから、つまりは最終下校の時間まで残ってから一緒に帰っていることもあって、クラスメイトは驚いたようにはしていたが、前々から葉月が絵美には声をかけていたのを知っているクラスメイトにしては、どうでも良いことだった。


 絵美は毎回のテストで学年一位を取っており、彼女が満点に近い点数を取るのもそう珍しいことではない。

 とはいえ、別に順位が公表されたりするわけでもないので、絵美がいつも学年一位を取っていることは本人以外は知らないのだが。


 葉月もそう悪くはないが、二桁順位の上の方だったり、運が良ければ一桁だったりするくらいだ。

 秀才であることができるのはこの学校だから、ということは否めない。


「ところで、貴方も選択の日本史はどうだったの? 一般受験は日本史でするつもりなんでしょう? それなりに出来てないとまずいんじゃない?」

「うーん、テストに向けた勉強はしてないけど、受験用でちょこちょこ勉強してたから、その分はなんとかなったかなって感じ。まあでも、悪くはないと思うよ。一応受験科目だし」


 葉月があごに手を当てながらぼんやりとそんなことを考える。

 葉月からすれば、進路の話をする時点で随分と友達のような会話をしているなあ、と思ってしまうところなのだが、絵美はきっと怒るだろう。


 (……怒る……かな?)

 当初の絵美であれば間違いなく怒っていただろうが、今の絵美はどうだか分からない。


 少なくとも、仲良しではないかもしれないが、最初ほど殺伐とした関係ではない、と葉月は思っている。

 絵美と未来の話をするような日が来るとは思ってもいなかった。


 何せ、絵美は元々自殺する予定だった人間で、葉月は偶然、そこに居合わせてしまっただけなのだから。

 学校に行く道にもならない、葉月の行く先に使うような場所ではない歩道橋に、“偶然”居合わせてしまっただけなのだから。


 偶然?

 本当にあれは、偶然か?


「ねえ、師走さん」

「どうしたの」

「師走さんはさ……」


 仲良くなってきた、と、葉月は思っている。

 一方的ではあったけれど、葉月にとっては弱いところを見せられる相手でもあったし、相手にとっても、そうであってほしいと、そう思った。


 だから、少しだけ。

 プライベートなことに踏み込まれることを嫌う絵美に、少しだけ近付くことを、どうか、許してほしいと思った。


「まだ、死にたいと思う?」



 絵美の足が止まったのを見て、葉月は踏み込み過ぎてしまったかと不安な気持ちになる。


「少し、話しましょうか」


 絵美がそう言って近くにあった公園に入ると、リュックを下ろしてベンチに座った。

 それに続くように葉月も公園に入ってベンチに座ると、絵美は俯いて何か言葉を探している様子だ。


 学校の通り道にあるだけで一度も入ったことのない公園は、時間の問題もあったのか、葉月と絵美以外に誰一人いなかった。

 穏やかな時間だけがそこに流れているようにも見えて、二人の間に流れている空気というものは、口が裂けても穏やかとは言い難いものだった。


「あ、あの、師走さん、もし、悪いことを聞いちゃったなら……」


 沈黙に耐えられずに葉月が口を開くと、絵美は困ったように眉を寄せて笑ってから、ゆっくりと首を横に振った。


「分からないの」

「……え?」

「私にも、分からないの」


 そう言っている絵美の姿は苦渋に満ちていて、その言葉が本当のものなんだろうということが彼女の表情からうかがえる。

 あの時は明確な理由があって彼女は死のうとしていたのに、今目の前にいる彼女は、こんなにも死ぬことを恐れている。


 死ぬことを恐れているのか、生きることを恐れているのか、それとも、そのどちらもなのか。

 葉月には分からなかったが、少なくとも、今の絵美の姿は、死ぬことを恐れているように見えてしまった。

 そう、見えてしまったのだ。


「……これは、言い訳なのだけれど」


 絵美のぎこちない様子に、葉月は「なに?」と優しく相槌を打ってやることしかできない。

 ここで、間違ったことを言ってはいけない。


「私の母は……合理主義者というか、なんというか……結果が全てな人間なの」

「結果が?」

「そう。「結果が出てないなら、それは何もしてないのと同じ」。いつも、母はそう言ってた」


 そのセリフは、葉月にとっては別の意味で耳の痛い話だった。

 何もしていないのに結果が出てしまう葉月には、痛かった。


 だが、月人は彼女のことを「努力の天才」だと評価していた。

 でもきっと、彼女の、絵美の母は、「努力の天才」を認めていないのだろう。

 絵美の母の思想で考えれば、いくら努力が出来て、いくら技術を磨くことができても、それに結果が伴わなければ、何もやっていない……つまり、ゼロと同じということなのだろう。


「だからきっと、私は天才になりたかったの」


 葉月を見据えながらそう言う絵美の姿を見て、どうしてだか分からないけれど、葉月の方が今にも泣いてしまいそうな気持ちだった。

 葉月を見据える絵美の目は、目の前を見ているはずなのに、葉月を見ているはずなのに、どこか遠く、何か違うものを、見ているようだった。


「でも、正直……今は、そこまで天才になりたいとは思わないわ」

「……どうして?」

「私はただ、嫉妬してただけだから」


 天才の肩書きに。

 そう言った絵美の姿はどこか儚くて、このまま放っておいたら消えてしまいそうな、そんな雰囲気を纏っていた。


 天才に嫉妬する人間というものは、きっと少なくはないんだろうと思う。

 彼女が天才という単語に異常なまでに噛みついていたのは、そんな嫉妬からだったのだろう。


「今は、してないの?」

「そうね。きっとしてない。貴方と話すことに前ほどイライラしてないから」

「今までイライラしてたんですね……」


 思わず敬語になってしまったが、そんな葉月の様子がおかしかったのか、絵美はくすくすと笑った。


「大丈夫よ。貴方のおかげで今はとても楽しいの。……だから、もう貴方がそんなに心配する必要はないわよ」

「つまり?」

「死なないわ」

 

 はっきりと、絵美はそう言った。


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