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1031  作者: 一 二舞
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「根本的な問題だけれど、あなた、石膏像よりも丸とか四角とか、単純な図形のデッサンはしたことがあるの? ……なんというか、出来ているには出来ているのだけれど……基礎が伴っていないというか、なんというか」


 描き終わった石膏像を絵美に見せると、絵美はスケッチブックをまじまじと見ながら顎に手を当てて考えている様子だった。


 「単純な図形は……うーん、あんまりないかも。授業とか最初の部活でちょっとだけやったくらいじゃないかな」

 「月人先生、本題以外は適当なところあるから……」


 葉月の言葉を聞いて、絵美は納得したように頭を抱えていた。

 (確かに、言われてみればそうかも……)


 美術部に入ったばかりの頃、どちらかといえばコンクールの話をされたような気がするし、こうしてわざわざデッサンやクロッキーをするのも自分から声をかけないとやらないような気がする。

 授業の時も技法の話だとかは必要最低限のことを話して、殆どの時間は生徒に丸投げしている様子だった。


 本人曰く、「大人が干渉しすぎた作品は質が落ちる」ということらしいのだが、それを知っているのは、現時点では絵美だけである。


 

「そうね、円錐とか良い練習になるんじゃないかしら。美術準備室にあったと思うんだけど……」

「師走さんはやらないの? デッサン」

「……やらないわよ。私は絵を描くためにここに居るんじゃなくて、月人先生に言われたからここに居るだけ」

「ですよねー」


 もしかしたら絵美の絵を見ることも出来たかも、と思っていたのだが、どうやらそれは甘い考えだったらしい。

 まあ、ここで絵美に素直にデッサンされても焦るだけなのだが。


「でも、僕がデッサンしてる間とかって暇じゃない?」

「大丈夫、勉強してるから」

「さすがだな……」

 

 そうか、すっかり忘れてしまっていたけれど、土日が明けたらもうすぐに中間考査なのだった。

 コンクールのことだったり美大受験の実技のことばかり気にしてしまっていたけれど、今回のテストに関しては一切手を付けていないのだった。


 今の今まで勉強をまともにせずにテストに挑んではきたが、直前で単語を覚えたり用語を覚えたりするくらいの抵抗はしてきたものだし、今回もそれくらいはしないとまずいだろう。

 こんな言い方をするのはあまりよくないけれど、捨て教科もいくつかあるのだし。


「私のことなんて良いの。今から準備室から適当に持ってくるから、それでも描いてなさい」

「え、でも準備室の鍵って……」


 職員会議に行く前に準備室の鍵を閉めていた月人の姿を見ていたので、葉月が首を傾げると、絵美は「内緒よ」と言ってから月人の散らかった作業台の引き出しを開ける。

 そこからアニメのキャラクターのキーホルダーが付いた鍵を取り出すと、そのまま準備室の鍵を開ける。


「な、なんで知ってんの⁉」

「月人先生、私には個人情報ガバガバだから」

「だ、大丈夫なのか……それ……」

「だから言ったでしょ。内緒よって」


 いたずらっ子のような笑みを葉月に見せて絵美が準備室に入っていくと、円錐や正方形の石膏を持って来て石膏像の隣に置く。

 準備室の鍵を閉めて元あった場所に戻すと、絵美はすぐに葉月の隣に座る。


「神有先生って、なんか……なんていうんだろう、良い人だよね」

「……てっきり、貴方は月人の先生のことを好ましく思ってないのかと思ってたわ」

「うん、最初はそうだったけど……今はそうでもないんだ」


 これも、師走さんのおかげ。

 葉月が屈託のない笑みを見せて言うと、絵美の方は恥ずかしそうに唇を尖らせると、小声で「別に」と返事をした。


 絵美は、直球で物事を言われるのがどうも得意ではないらしい。

その気持ちも分からなくはないけれど、ここまで素直に表現してくれるというのは葉月にとっても嬉しい話だ。


「僕、この前初めて神有先生の年齢知ったよ。思ってたより若かったんだね」

「普段から疲れたような顔をしているし、態度も口も悪いから年上に見えてしまいがちよね」

「確かに……」

 

 なるほど、月人の年齢を聞いたときに思ったよりも若い、という印象を受けたのはそういうことだったか。

 二十六歳と言われてみるとそんな気もするし、彼は普段から憑き物でもついているかのような雰囲気を醸し出しているから、余計に年齢が上に見えてしまったのだろう。

 

 (神有先生、師走さんから月人先生って呼ばれてるんだよなぁ)

 羨ましいかと聞かれると、そりゃ羨ましい。


 いつも「ねぇ」だの「貴方」だのとしか呼ばれないし、一度名前を呼んでもらったことはあるが、それはその場しのぎの、それも不服そうな声での「画集くん」だった。

 (そんなに呼びにくい名前でもないとは思うんだけど……師走さん、なんで僕の名前呼んでくれないんだろう……)


 絵美からデッサンの指導を受けているところに丁度職員会議から月人が戻ってくる。


「悪いな、師走。ちょっと長引いた」

「……また寝てたりしました?」

「寝てはいない! ……けど、殆ど覚えてねえ」

「大丈夫なんですか……」

「大事な話はちゃんと覚えてるよ。今回は君に心配されるようなことはない。……でも、まあ……ありがとう」


 葉月は戻ってきた月人と絵美の様子を見て、思わずため息を吐いてしまう。

 二人のこのやり取りはいつものことで、部活だけならまだしも教室でもよく繰り広げられているものでもある。


 別にうんざりするとかそんなつもりはない……とは思うのだが、毎回毎回こんなのを見せつけられて気が滅入らないわけがない。

 (……ていうか、神有先生がまず初めに謝罪をするべきなのは師走さんじゃなくて僕なんじゃない?)


 そんなことを思ったりもするが、絵美も月人も唯一楽しそうに話す相手だということを考えると、くだらない気持ちで二人の邪魔をするわけにもいかなかった。


「ところで、画集の調子はどうだ?」

「え? あ……いや、デッサンって侮れないなって思いましたよ。今まで感覚で描いてきたから、師走さんに言われてなるほどな~って思ったりしましたし」

 

 いきなりこちらに話題が振られると思っていなかったこともあり、葉月は一瞬驚いたが、まあここで嘘をつく必要もないし、ありのままの感想を述べた。

 

「そうか……俺の代わりに師走が教えてくれてたのか」

「もしかしたら、余計なことを教えてしまったかもしれませんが」

「いやいや、良いよ。俺は教えるのは性に合ってないから」


 月人の発言に「じゃあなんで教師になったんだ……」というツッコミを入れたくなったが、似たようなことは先日聞いたばかりだった。

 その時ははぐらかされてしまったし、今聞いてもきっとはぐらかされてしまうだろう。


「あれ? そう言えば、俺円錐とか正方形の石膏用意してから出たっけ?」


 月人が不思議そうに机の上の円錐や正方形を見たことに、思わず葉月の方はギクリとする。

 が、絵美の方はなんともなさそうに肩を竦める。


「最初からここに置いてありましたよ。お疲れなんじゃないですか?」

「そうだっけ? もうだめだな、多分疲れてるんだ俺は」

「ええ、そうですよ」

 

 にっこりと笑って見せた絵美の姿を見て、思わず葉月は苦笑をこぼしてしまった。

 絵美は平気で嘘をつく。

 ただ、その嘘に、今は救われてしまった。


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