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1031  作者: 一 二舞
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「あっ、師走さん! おはよう!」


 一番乗りを狙って葉月が登校すると、そこには既に絵美が何かをノートに書いている様子で、葉月の声に気が付くと、そのノートを慌てて閉じた。

 (勉強してるとこ見られるの、嫌なのかな?)


「……おはよう」

「体調不良って聞いたけど、大丈夫? もしかして僕と出かけた時から体調悪かったりした?」

「お気遣いどうもありがとう。……少なくとも、それはないから、何も気にしなくていいわ」


 絵美の姿を見て、「それならいいけど」と葉月は少し納得がいっていなさそうに頷く。

 ここでしつこく「本当に?」と聞くのも考えていたのだが、あまりしつこくしていては嫌われてしまう。

 (あと少しで友達になれるかもしれないっていうのに、そんなもったいないことをしてたまるか……!)


「ねえねえ師走さん、僕ね、今回のコンクールは大賞狙おうかなって思って」

「別にそんなことしなくたって、貴方なら大賞でもなんでも取れるでしょうに。それとも、わざわざ私に言うことによって私の士気をあげてやろうとか、それともやる気をなくさせてやろうとか、そういうつもりかしら?」

「うーん、相変わらず」


 この相変わらずさに、どこか安心してしまっているところもあるのだけれど。

 違うよ、と葉月が言うと、絵美は意味が分からなさそうに首を傾げている。


「僕はさ、今回はちゃんと自分の描きたいものを描いてるんだ。……だから、今までと熱量が比にならないと思うよ。その分、ちゃんとした評価をされたい。画集葉月の名前じゃなくて、どこにでもいる、普通の美術部に所属するだけの高校三年生の一つの「夢」として、評価されたい」


 葉月が絵美のことをまっすぐに見据えながらそう言うと、絵美は目を細めながら葉月を見る。

 (この表情は……何? どういうつもり……? もしかして何か言いたいことでもあるのか……? 嫌味なら慣れてる、さあ来い! 大丈夫、僕だって君に何か言われるのは慣れてきてるんだ。言いたいことがあるんなら好きなだけ物申すと良いさ!)


 そんな気持ちで絵美が口を開くのを待っていると、絵美は小さく首を横に振る。


「残念、今回は私も今までより本気なの」

 

 それはつまり、絵美なりの「私も大賞を狙っている」と、そういうことなのだろう。

 

「あなたはきっと、あなたが望んでいようと望んでいなかろうと素晴らしい結果がもらえるでしょう。でも、今回ばかりはそうもいかせたくないの」

「へぇ……? 詳しく聞かせてもらおうか」

 

 絵美は挑発的に笑いながらそんなことを言っていて、まさか絵美の口からこんなことを聞く日が出来るなんて思ってもいなかったこともあり、葉月は、絵美と同じように挑発するような顔で、そして少しふざけたように尋ねる。


「今回は、最高傑作を作るつもりだから」

 

 はっきりと、絵美はそう言った。

 葉月の挑発に答えるような、真剣な瞳でそういった。

 

「でも、師走さん、最初はコンクールに応募するって話になった時はあんまり気分が乗らなかったみたいじゃない? それもまた、いきなりやる気出しちゃってどうしたのさ。……あ、先に言っておくと、僕は師走さんがライバルになってくれるの嬉しいから聞いてるだけだからね?」

「流石にあなたも学習してきたわね」


 先手を打たれてしまった絵美は、驚いたように目を丸くしていたが、すぐに葉月は「まあね」とどこか得意げになりながら絵美に言葉を返す。

 絵美もここは素直に葉月の疑問に答えてやろうと思ったのか、腕を組んで少し考えるように俯いてから、「そうね」と口を開く。


「私はあの時は「夢」と認めたくなかったのよ。でも、私の紛れもない「夢」なんだって、この前確信したわ。……他にもいろんな形はあるでしょうけれど、まあ、ここでわざわざ全く分からないものを描くのもね。それにね、私だって貴方に一矢報いるくらいのことはしないの。凡人は凡人なりに、貴方に……いえ、世の天才に対抗するわ」

「なんか……抽象的過ぎて分かりづらいんだけど……」

 

 (「夢」だと認めたくなかったけれど、この前確信した?)

 絵美の言っている「この前」がいつのことを指しているのかも分からないし、何か大事なことを避けて言っているような気がして、葉月としてはなんとももどかしい気持ちになった。


 ライバルが何を描いているのか、正確には何を描こうとしているのか気になるのだが、あえてはっきり言わないというのも想像力がかきたてられる。


「さて、人に聞いたんだから、貴方も教えてもらってもいいんじゃない? 貴方もこの前、また新しいのが描きたくなったみたいな、そんなこと言ってたじゃない」

「う、やっぱりそう来るよね」

「もちろん」

 

 次は葉月の番になってしまい、葉月は何と答えようかと頭を悩ませる。

 なるほど、絵美が先程少し悩んだようなそぶりを見せたのは、あまりはっきり言いすぎないようにと言葉を選んでいたのか。


「僕、は……最初の作品はもう関係ないから言っちゃうけど、最初は画家って作品を作るつもりだった。……だけど、まあちょっと僕の周りで僕の思考が変わるようなことが色々あってさ。今は、それをどうやって表現しようって色々考えてるところ。まあ、僕は師走さんと違って優しいから、聞かれたら別に答えてあげても良いんだけど?」

「聞き捨てならないことが聞こえたような気がするけれど、私もどこかの誰かさんと違って寛容だから聞かなかったことにしておいてあげましょう。随分と漠然としてるのね」

「まあね。でも題名も決まってるんだ! 絶対センスあるから!」

「まあ、言うだけならタダよね」

「本当だってば!」

 

 葉月が自慢げに話していても、絵美の方は葉月を可哀想なものでも見ているかのような、つまりは憐みの目を浮かべていた。

 それに葉月もムッとしてしまったけれど、絵美がいつもどこか排他的に自分たちのことを見ているのは今に始まったことではなかった。


 むしろ、ここ最近では絵美と出かけたりするようなこともあったし、その時に少し距離が縮まった……と、葉月は思っている。


「まあでも、楽しみにしてるわ」

「うん、僕も。楽しみにしてるよ」

 


 そういえば、今朝は教室に人が集まり始めていても、絵美は「話しかけるのをやめて」みたいな雰囲気を出すことはなかったように思う。

 一々教室の扉が開くたびにそちらを気にしているような様子はあったが、それを指摘してくることもなければ、部活に入るや否やそれを咎めに来るようなことも無かった。


 (今までほとんど話したことのないクラスメイトに「師走さんってどんな人なの?」みたいなことを聞かれたし、師走さんも何か話しかけられてるみたいだったけど……どうなんだろう?)


「ねえ、師走さん、今日の朝さ……僕、師走さんに話しかけたじゃん? そしたら今日師走さんいろんな人に声かけられてるみたいだったんだけど……なんていうか、うーん、大丈夫?」

 

 (まあ多分……ていうか絶対僕のせいなんだけど)

 絵美も今日はバイトがないということで、最終下校の時間まで残った部活から帰りながら、葉月は今日のそんな様子について尋ねてみる。


 最初でこそは葉月と同じ時間に帰るのがそんなに嫌だったのか、最終下校の時間まで残ることなく、少し早めに帰っていたのだが、今となってはこうして一緒に帰ってくれるまでにはなったのだし、きっと、おそらく、仲良くなれているんだろう……と、思う。


「そうね……疲れたわ」

「だよね」

「でも……私は少し、勘違いしていたみたい」


 そう言いながら絵美はぼうっとしながら空を見上げていた。

 もう少しで日が完全にくれてしまいそうな、赤い空をじっと見つめていた。


「……貴方のおかげで、私の人生はめちゃくちゃね」


 空を見つめていた視線を絵美が葉月に移すと、葉月は驚いたように目を丸くさせる。

 排他的な視線ばかりを向けていたはずの絵美が、今はこうして、目の前にいる自分のことを見てくれることが、葉月にとっては特別嬉しいことだった。


「それを言ったら、僕もだよ」


 君のおかげで、めちゃくちゃだ。

 そう言って葉月も絵美に笑いかけると、絵美はやれやれ、という風に肩を竦めていた。


 (先に言いだしたのは君の方じゃないか!)

 そんなことを思ったりもしたけれど、絵美なりの照れ隠しなんだと思えば、まあ、いいかとも思えた。



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