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絵美も葉月も、いざ「何を食べたい?」と聞かれるとパッとは出てこないようで、よく分からない土地でよく分からない店に入ることも憚られた。
それに、学生の身分ということもあり、東京にまで来て葉月と絵美はチェーン店のファミレスへと訪れていた。
絵美も特にこだわりはないし、むしろどちらかというと葉月の方が「貴方もこんな庶民の代名詞みたいなお店を利用するのね」と絵美の方から多方面に喧嘩を売られた。
絵美の声があまり大きい方ではないのが幸いだったが、もしもこれが周りに聞こえていたら周りの客や店員からすれば不快感を隠せないだろう。
「外でご飯食べるの久しぶりだなぁ。……あ、やば、お母さんに連絡しとかないと」
「お母さまはよく料理をする方なの? 夕飯もとてもおいしかったし」
「うーん、どうだろ。嫌いじゃないとは思うよ。洗い物は面倒くさがってるけど、お父さんが手伝ってる」
「ふぅん……」
絵美は目の前で母親に連絡を入れている様子の葉月を少し見た後にメニュー表に目を移す。
時間が時間ということもあり、夜までお腹が持ちそうなものにするべきかと悩んでしまう。
別に葉月とご飯を食べるときに一々「がっついてると思われたくない……」なんてことは今更思いもしないが、人と食事をとるという前提で考えるとあまり綺麗に食べられないものは除外するべきだろう。
考えすぎかもしれないが、絵美はとことん真面目なのだ。
生きづらいほどに、息苦しくなるほどに、絵美は真面目な性格なのだ。
「師走さんは外食とかするの? ていうか僕、師走さんがお昼食べてるの見たことないんだけど」
「んー……自分から外食しようと思って外食をすることは無いけど、まあ……外に出る用事があるときは外で済ませてしまうかも。お昼は……まあ、その時によるかな。食べなくても死ぬわけじゃないし」
「また一気にぶっ飛んだな……」
食べなくても死ぬわけじゃない、という絵美の言葉に葉月はいつものごとく苦笑を浮かべてしまう。
確かにお昼程度抜いても死ぬことはないかもしれないが、もはやお昼にご飯を食べる、というのは暗黙の了解みたいな節がある気がする。
朝は食べないという人は多いかもしれないが、その分をお昼で元を取るという人だったり、夜は食べないけどお昼で補う、という人も世の中には居ることだし。
「食事なんて結局は生きるためのものだから。そりゃ不味いものよりかは美味しいものを食べたほうが気持ちは良いけれど、別にそこまでこだわるものでもないでしょう」
「そう? 僕は結構食べるの好きだよ。お腹いっぱいになると幸せだし、美味しいもの食べた時ラッキーって気持ちになるし」
「……幸せそうね」
「うん、まあ、美味しいご飯が食べられるってありがたいことだから」
絵美の言っていた通り、幸せそうに語る葉月を見て、絵美の方も自分の考え方がなんだか馬鹿らしくなってしまって笑みをこぼしてしまう。
葉月はいきなり笑い出した絵美に驚いたように「え!? またなんか変なこと言った!?」という反応を見せていたが、絵美は小さく首を横に振る。
「いえ、少しだけ貴方を見直しただけよ」
「み、見直した?」
にこやかに頷く絵美を見て、葉月はなんとも言い難い気持ちでいっぱいになる。
絵美が自分によく笑いかけるようになってくれたことは嬉しいのだが、葉月にはいまいちどうして絵美が笑っているのか分からないときがある。
絵美が笑ってくれる瞬間が分かれば、もっと笑わせてやりたいと葉月は思うのに。
「よし、それじゃあ、私はカレーにしようかな」
「お、いいじゃん! じゃあ僕は……ハンバーグにしよっと。ていうか、師走さん辛いの食べれる口なんだ?」
「よく見て、これ甘口だから」
そう言いながらメニュー表に書かれている文字をとんとんと二度叩くと、思わず葉月は吹き出してしまう。
ファミレスでの食事も終えると、思っていたよりも長居をしてしまったのか、もう時計は五時を回っていた。
こんな時間まで親でもない人と外に居ることは二人にとって珍しいことだった。
今まで友達という友達を作ったことがない絵美と、友達と呼べるほど親しい仲の友達を作ることのなかった葉月。
友達の適切な距離感というものは分からなかったが、少なくとも、休日に出かけてこんな時間まで一緒に居る関係というものには、「友達」と呼んでも良いのだろう。
「思ってたより長居しちゃったねー。でも、僕、友達とファミレスなんてほとんど来ないから嬉しかったよ」
「……私も、一人で入ることはあるけど」
「一人で入れんの!? 僕多分無理だなぁ」
相変わらずの様子の葉月に絵美は思わず苦笑してしまう。
流石にもう二人の頭には帰る選択肢しかないのだが、なかなかファミレスの近くから二人が動くことはない。
葉月は少し考えてから咳払いをすると、「あのさ」と絵美に声をかける。
結局、さっきのは言わされたようなものだし、切り出してくれたのは絵美の方だった。
先ほどのお礼と言えばきっと絵美は怒ってしまうだろうが、葉月の素直な気持ちだってある。
「じ、時間もあれだし、一緒に帰んない? どうせ帰る方向一緒なんだしさ」
「……どこまで?」
絵美がいつものいたずらっ子のような笑みを浮かべると、葉月は参ったように首をかく。
「師走さんの、家まで」
「……どうして?」
「暗いし危ないじゃん? それに誘ったの僕だしさ……。あ、家まで来てほしくないとかだったら全然、最寄りとかまででも良いんだけど……」
「嫌」
「え!?」
まさかの即答での拒否に葉月が驚いて声をあげると、ふふ、と絵美は笑う。
「嘘。一緒に行きましょうか。仕方ないから」
仕方ないから、という言葉を強調させて絵美が笑って先を進もうとしたのを見て、葉月も絵美と同じ歩幅で駅までの道を歩く。
特に何かそんな約束をしたわけでもないし、何か深い理由があるわけでもない。そこになんの感情も含まれていないし、彼らに仲良くなったかと問えば、葉月の方はまだしも、きっと絵美は「違う」と即答するだろう。
しかし、絵美と葉月は、お互いに小指だけを絡ませて帰路についた。
「送ってくれてどうもありがとう」
絵美の家に着くころには、もう時間は七時を回っていた。
本来であれば一時間もあれば家に着くのだが、沈黙に耐えられなかったから、と絵美は言い訳をするかもしれないが、余計な話をしながら歩いていたこともあり、自然と帰り道は長くなってしまった。
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
そのまま絵美が家の中に入る姿を見送ろうとしたとき、葉月はハッとして「師走さん!」と声をかける。
驚いたように絵美が振り返ると、周りを見回しながら「しーっ」とあまり大きい声を出さないように促す。
それにつられて葉月も急いで口元を抑えながら絵美の元までかけると、スマホの画面を見せる。
「連絡先、欲しいんだけど」
「どうして?」
また始まった。
「師走さんの連絡先ほしいなって……思って……」
「なんで?」
「し、師走さんと、と、友達に、なりたいから」
「……また今度、出かけたときね」
絵美はいたずらっ子の表情を浮かべて、「おやすみ」と葉月に言ってから家の中へと入って行ってしまった。
葉月は大きなため息を吐いてその場でしゃがみ込むと、ゆっくりとスマホの画面を見つめる。
「ずるいなぁ」
そう呟きながらゆっくりと立ち上がると、一番上にあった母親のアイコンをタップしてトーク画面を開く。
今から帰る、という旨の内容を送ると、すぐに既読のマークは付き、「帰ったら話聞かせてね」と返事が返ってくる。
(明日……寝坊しないと良いけど……)




