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貴女が好きです

 「ごめんなさい」


 突然謝られて、目の前が真っ暗になった。この気持ちを口にすることさえも許されないのかと。手の届く距離にいるはずなのに、その言葉を聞いた途端に永遠に辿り着かない地平の彼方まで離れてしまったよう。

 外聞(がいぶん)もなく泣いてしまいそうになった。そうならなかったのはそれよりも早く、目の前の彼女が泣いてしまったから。


 「ごめん、なさい……っ!」


 何を謝っているのだろうか。私の気持ちを受け入れられなくてごめんなさいと、そういうことだろうか。

 それで彼女が謝るのは筋違いだ。全部私が求めて、それに応えてくれた。どんなに悲しくたって、それが彼女のせいだとは思わない。むしろ、泣かせてしまったことに謝りたいとさえ、そう思った。

 だから、続く言葉に息を呑んだ。


 「たのしくって、ごめんなさい……っ」

 「いっしょにいたくて、ごめんなさい……っ」

 「あいたくなって、

  こえをききたくなって、

  ふれたくなって、

  ごめんなさい……っ!」


 自分は夢を見ているのだろうか。いつも穏やかで、その大人っぽさに惚けて(ほうけて)しまうことも度々。そんな彼女の傍にいる全く釣り合いのとれないちんちくりんな自分が悲しくって、枕を濡らしてしまうことも少なくなかった。

 そんな彼女がまるで癇癪(かんしゃく)を起こした子供のように嗚咽(おえつ)を漏らし、口にした言葉。

 それは、私がいつも思っていたのと、同じ……。

 泣いている彼女を慰めなくては。そんな考えが浮かぶ一方で、もしかして。そんな期待が浮かんでしまい、身動きが取れない私。

 そして、


 「あなたを、すきで、ごめんなさい……っ!」


 その言葉を聴いた瞬間、何かを考えるより早く嗚咽の止まらない彼女へと手を伸ばし、思いきり抱き締めていた。

 熱い。彼女を抱き締める手が熱い。狂ったようにドクドクと脈打つ心臓が熱い。頬が、耳が、迸るように熱い。触れた彼女の体温が、熱い。

 本能的な不快さと、それを遥かに上回る高揚感。そのままどれだけそうしていただろうか。私の熱が引いていくのと共に、彼女の嗚咽も段々と収まっていた。

 それを確かめると、強く強く抱き締めていたその身体を緩やかに手放す。離れていく体温がとても名残惜しかった。

 為すがままされるがまま、呆然と立ち尽くしたままの彼女。赤く腫れかけたその目をしっかりと見つめる。そして……。


 「それで……」


 先程と同じ言葉を口にする。嬉しくて、泣きそうで。そんな中私の口が紡いだこの言葉は、同じ言葉のようで、全く別の言葉のように感じた。

 この胸の中にあるのと同じものを、彼女も持っていてくれたのだと。言葉にすれば、たったそれだけのこと。ただそれだけのことが、私の胸につかえていた不安を全て吹き飛ばしてしまった。今感じているこれが全能感という奴なのだろう。今の私なら何でも出来る。確証は無くても確かにそう思えた。

 全ての不安が消し飛んだ今、この胸に残っているものはもう、たった一つの確かな思い。

 だから大きく息を吸い込んで、この思いが余すことなく全て伝わるようにと、はっきりと口にした。


 「貴女が好きです。私と付き合ってください」


 何が起きたのか分からないと、ただ呆然とその目を見開く彼女。そんな彼女に一歩、二歩とゆっくりと近づき、彼女のマフラー越しに見える白い首にしっかりと手を回す。それからその柔らかな身体にもたれかかるようにして身体を預け、首から爪先までピンと伸ばす。そして、間近に見えるその唇に、そっと唇を重ねる。

 その口づけは、涙と幸せの味がした。

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