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ココロ

 ガタガタと車体を揺らしながら、トラックは山道を走る。年末に通った道と同じ、ドワーフ村へと続く道だ。トラックの運転席にはジンが、助手席にはミラがいて、荷台では剣士とセシリアが体育座りをしている。幸い今日は天気が良く、路面の状態も良好だった。雲の少ない青空は、いつもより高く見える。

 ジンはやや硬い表情でじっと道の先を見つめている。緊張しているのだろう、その両手は握り締められていた。故郷の帰る、ということが安心やリラックスと繋がらないジンの境遇は見ていて切ない。トラックがプァンとクラクションを鳴らす。ジンは少しだけ表情を緩め、「大丈夫です」と答えた。ミラはそんなジンの様子を、感情のこもらない目でぼんやりと見ていた。

 やがてトラックの前に、見覚えのある鉄製の門が姿を現した。トラックに気付いた門番が軽く手を振って迎えてくれる。この村のドワーフたちにとってトラックは命の恩人であり、そして大量の酒を運んでくれる相手でもあるので、全般的に対応は親切なのだ。門の前で停車したトラックに、門番は近付いてきさくに声を掛けた。


「酒?」


 ……うん、命の恩人とか関係なかった。単に酒を届けるから大事にされてるだけだった。門番の言葉が疑問形なのは、定期で納入している酒の届け日と今日が異なる日だったからだろう。トラックはプァンとクラクションを鳴らした。


「村長? 役場にいると思うが……。なんだ、酒を持ってきたわけじゃないのか。期待して損した」


 酒を持っていないと分かった途端にこの態度か。門番が門のほうを向き、手を振って合図を送る。するとほとんど軋むこともなくスーっと門が開いた。


「じゃあまあ、適当に入ってくれて構わんぞ。宴が開かれることがあれば是非呼んでくれ」


 興味の失いっぷりがいっそ清々しいわ。まあ、酒がないと村に入れることはできん、とか言われなくてよかったと思うべきなのか。トラックはプァンとクラクションで礼を言い、門番の横を通り過ぎてドワーフ村に足を踏み入れた。




 ドワーフ村の大通りを徐行しながらトラックは進む。道行くドワーフたちはトラックの姿を見ると、親しげに手を挙げて声を掛けてきた。


「酒?」


 ……これはあれか、「酒?」はドワーフ語で「元気?」とかそういう挨拶の一種なんだろうか? 老若男女問わず笑顔でそう声を掛けるさまはもうそうとしか思えない。運転席でジンが肩身の狭い感じで「なんか、すみません」と身を縮めた。

 道なりに進むと、塀に囲まれた広い建物が視界に入ってきた。ジンが少し身を硬くする。大きな門の向こうには村役場があり、その奥には村長の家、そしてジンが人生の大半を過ごしてきた離れがある。門は解放されていて、まるでトラック達が来るのを見計らったかのように村長が役場から出てくるのが見えた。村長は長いヒゲを揺らしながら人の好さそうな笑みを浮かべ、トラックに大きく手を振った。


「酒?」


 お前もかぁーーーっ!! ドワーフは酒以外のことに関心がねぇのか! せめて社交辞令的な挨拶くらい言えやぁーーーっ!!


「どうしました酒? まだ次の配達には間があると思っとりました酒が、ワシの思い違いでした酒?」


 落ち着け。語尾がキャラ付けに失敗したゆるキャラみたいになってるから。トラックがプァンとクラクションを鳴らす。と同時に運転席の扉が開き、ジンが外に出て村長の前に進み出た。ウィングも開いて剣士とセシリアも降り、トラックの横に並ぶ。ジンはなんとも言えない表情で


「おじい様……」


と言った。村長が息を飲み、バツの悪そうな表情を作る。


「……元気、じゃったか?」

「……はい。ケテルの皆様も、とてもよくしてくださいます」

「そう、か……」


 会話が途切れ、居心地の悪い沈黙が広がる。村長はトラックたちに向き直って深く頭を下げると、


「どうぞ中へ。話はそこで伺いましょう」


 そう言ってそそくさと中に入っていった。肺にたまった何かを吐き出すように、ジンが深く息を吐いた。




 トラック達は村長の家の客間に通され、そこで話を聞いてもらえることになった。ソファに横並びに剣士、セシリア、ミラ、そしてジンが座り、ダウンサイジングで小さくなったトラックがソファの横にちょこんと停車している。用件を言わずとも話を聞いてくれるのはジンがいるおかげだろう。ジンが遊びや気まぐれでここを訪れることはない。そう分かっているからこそ村長はトラック達を自宅に通したのだ。もっともそれは、他のドワーフたちの耳目を遠ざけるためでもあったのだろうが。


「それで、どのような御用件かな?」


 そう言う村長の声は少し強張り、緊張、不安、警戒の色が見て取れる。ジンに対する後ろめたさがあり、ケテルの人間がジンを連れてここに来たということの意味を見極めようという村長としての責任感もあるのだろう。張りつめた雰囲気を緩めるように、トラックは普段よりも穏やかにクラクションを鳴らした。


「……魔導人形(ゴーレム)、に、ついて、ですか?」


 予想していたものの中にない言葉だったのだろう、村長は驚いたような、ほっとしたような、拍子抜けしたような、ポカンとした顔でそう言った。ジンが真剣な様子でトラックの言葉を継ぐ。


「おじい様はかつてゴーレム技師だったのでしょう? 百年ほど前にこの村にいた生き人形について、ご存知のことをお伺いしたいのです」


 ジンの声は、とても肉親に向けるとは思えないほどよそよそしく事務的だった。感情を伴わず、必要なことだけを伝えるその言葉は、聞いていて少し辛い。村長は軽く眉間にシワを寄せた。


「生き人形じゃと? なぜそのようなもののことを」


 村長の顔に先ほどとは別の、戸惑いと痛みの混じった色が浮かんだ。セシリアが冷たい表情で口を開いた。


「ここにいる、このエルフの少女は、生き人形です」

「なんじゃと!?」


 思わず、というように村長は椅子から立ち上がり、目を見開いてミラを見つめた。木製の椅子の足が床をこすり、ギギっと嫌な音を立てる。


「まさか、いや、確かに、エルフにしては土の精霊の気配が強すぎる……」


 村長は呆然と、おぼつかない足取りでミラに近付き、その目の前で床に膝をついた。ミラは何の反応も示さず、ただ目の前の村長を見つめている。ミラの手を両手で包み、村長はうめくように声を絞り出した。


「なんという……なんと、むごい――」


 村長の目からはらはらと涙がこぼれる。その思わぬ反応に困惑し、セシリアたちは互いに顔を見合わせた。




「彼は、一体の――いや、ひとりの生き人形を連れて、突然に現れた」


 ミラに傅くように床に膝をつき、その手を取ったまま、村長はぽつりぽつりと、百年前のことを話し始めた。ある晩秋の夕暮れにこの村に現れた魔法使いは当時の村長に、地面に伏して助力を頼んだのだという。しかし当初、ドワーフたちはその要請を断った。生き人形は暴走し、周囲を巻き込んで自壊する。そのことはすでにドワーフたちにも知れ渡っていたのだ。魔法使いは断られても断られても、あきらめずに何度も足を運び助けを請うた。「なぜそこまで」半ば根負けしてそう問うたドワーフたちに、魔法使いは伏したまま叫んだ。


「命を弄び、目的が得られぬと分かると打ち棄てる、そのような愚行が許されてよいはずがない! 魔法使いを名乗る者として、彼女を救う責任が、私にはあるのです!」


 魔法使いが連れていた生き人形は、ちょうどミラと同じくらいの見た目の、幼い少女だったという。貧しさのために売られ、実験台として生き人形にされ、そして不老不死の研究の断念と共に捨てられた。生き人形が暴走するということが分かってからは、投棄され、あるいは『破壊』される生き人形の数は相当数に上ったのだという。そのあまりの冷酷さ、無責任さに魔法使いは怒ったのだ。


「しかし彼は、生粋の人形師ではなかった。他の人形師の協力も得られず、独学に限界を感じた彼は、ゴーレム技師の知識と技術に一縷の望みを賭けてこの村を訪れた」


 人形師、とは、ゴーレムを作る知識と魔法を会得した魔法使いのことなのだそうだ。一方のゴーレム技師というのは、ゴーレムの素体を作る技術者のこと。もともとゴーレムはつちくれを成形したものに魔法使いが魔力を与えて作るもので、技術の発達に伴い分業化が進み、言ってみればソフト面を人形師が、ハード面をゴーレム技師が担うようになっていったらしい。アイアンゴーレム、なんていうのはドワーフの金属加工技術と魔法使いの魔力制御技術の融合がもたらした、奇跡のような芸術作品なのだ。

 もっとも、生き人形はゴーレム技師にとってまったく未知の領域だった。なにせ素体となるのは生きた人間などの肉体だ。そこにゴーレム技師の関与する隙は無い。助力を求められてもできることがあるとは思えなかった。しかし魔法使いの真摯な願いを聞いたうえで、それをまるごと無視できるほどドワーフたちは冷淡ではなかった。


「三人のゴーレム技師が集められ、魔法使いに協力することになった。一番若かったワシは、まあ肉体労働担当としてこき使われたもんじゃよ」


 村長の声に懐かしさが滲む。そこにはどこか楽しげな響きと苦みがあった。村長は話を続ける。


「魔法使いのために研究用の建物が造られ、ワシらはそこに寝泊まりして昼も夜もなく調査を続けた。目的は二つ。一つは生き人形の暴走を食い止める手段を探すこと。もう一つは心を取り戻すこと。ゴーレム化した肉体はもはや元に戻せぬとしても、せめて感情や意思を取り戻してあげたいと、魔法使いはそう言っていた。調査を開始して何日が経った頃だったか、ある日、ワシらは奇妙なことに気付いた」


 生き人形の持つ土の精霊力が、毎日少しずつ減少している。岩が徐々に風化するように、土の精霊力が外部に漏出しているのだ。通常のゴーレムではそのようなことは起こらない。魔法使いたちはそこから、土の精霊力に着目して研究を進めた。


「ゴーレムは素体に『核』と呼ばれる心臓のようなものを埋め込むことで完成する。そしてその『核』は、土の精霊力を基に作られるのじゃ。ワシらは『核』の持つ土の精霊力が何らかの理由で漏れ出すことが、生き人形の暴走の原因ではないかと仮説を立てた。そして生き人形への土の精霊力の補充を試みた。失われたと同じほどの量の土の精霊力を毎日与え、経過を見た。するとどうじゃ、一年が経過しても、彼女は暴走する気配すら見せなかった」


 暴走の抑止に手ごたえを感じた魔法使いたちは、いよいよ本格的に心を取り戻すための研究に着手した。と言ってもそれはまったくの手探りで、話しかけたり、手をつないで歩いたり、花を見たり動物と触れ合ったり、どうにか心が少しでも反応するような何かを探すという、気の遠くなるような作業だった。しかしその試行錯誤は、生き人形の少女に確実な変化をもたらした。その変化は魔法使いたちを喜ばせ、そして絶望へと誘うものだった。


「彼女と触れ合い、声を掛け、共に過ごせば過ごすほど、彼女は少しずつ、命令がなくても周囲に反応するようになった。だが同時に、ワシらはある事実に気付いて愕然とした。彼女が周囲への反応を示すたびに、彼女の中の土の精霊力が大きく失われることが分かったのじゃ」


 失われた土の精霊力を補充すると、彼女は再び命令意外に反応しない人形に戻った。心と土の精霊力は、まるで綱引きのように、一方が強まれば一方が失われる関係にあるようだった。どんなことを試してもその関係を変えることはできず、やがて魔法使いは生き人形の暴走について、一つの結論を見出した。


「彼はこう言っていた。生き人形は心を失うのではなく、心を封じられているのだと。そして心を封じているのは、極端なまでに強められた土の精霊力じゃ。土の壁に閉じ込められ、心は自らを外部に表現する手段を失う。だが何も感じていないのではないのじゃ。体の奥底で心は世界を、他者を希求し、自らを閉じ込める土の壁を叩いている。そして生き人形の暴走とは、世界と隔絶された絶望に、寂しさに耐えられなくなった心が、自らを閉じ込める土の壁を破壊してしまうことなのだと」


 自らを閉じ込める土の壁を壊す、とは、すなわち土の精霊力で造られた自らの『核』を壊すことに他ならない。心が『核』を破壊し、そこに蓄えられていた魔力が一気に解放されることで周囲を吹き飛ばし、自壊する。それが生き人形の暴走の正体なのだ。


「ワシらは必死で方法を探したが、結局、解決策を見いだせなんだ。土の精霊力を補充すれば暴走を先延ばしにすることはできる。だが、日を追うにつれ、失われる土の精霊力はどんどん増えていった。それは彼女の心の悲鳴だったのじゃろう。いたずらに時が過ぎ、そして、あの日を迎えることになった」


 その日、突然に、生き人形の少女が涙を流したのだという。それはずっと抑えつけられてもう抑えることができなくなった、彼女の心が決壊した合図だった。魔法使いはドワーフたちを避難させ、自分は最後まで彼女を救うべく手を尽くそうとした。しかし願いも虚しく彼女は暴走し――


「彼は身を挺して暴走する魔力を抑え込み、この村を守ってくれた。命と引き換えにな。ワシらは途方に暮れたよ。彼の真摯な願いが、努力が、実を結ぶことなく潰えた。ワシらは何も救えなかった。生き人形の少女も、魔法使いの彼もな」


 苦い悔恨と共に、村長はそう言って深く息を吐いた。




 重苦しい沈黙が客間を支配する。村長の話を聞く限り、生き人形の暴走を阻止することは不可能だ、という結論になる。ジンが納得できないという表情で言った。


「この子を助けることはできないと、そう言うのですか?」


 村長は力なく首を横に振った。


「……ワシらがそこに到達できなかった、ということじゃ。もしかしたら何か方法があるのかもしれん。魔法使いの彼は最後まであきらめてはおらんかったよ。どうにかして『核』を壊すことなく心を解放することができれば、とな」


 土の精霊力が心を閉じ込める原因であると同時に、『核』を構成する主成分であるというのが問題を困難にしているわけだが、理屈の上では確かに、土の精霊力を失わせることなく心を外に出せれば、暴走を食い止めることができるかもしれない。しかしその『どうにかして』という部分について、今のところ全く手掛かりがない。かつて魔法使いとドワーフたちが挑み、果たせなかった難題を、トラック達が本当にどうにかできるだろうか。そんな不安を抱えて言葉を発することができずにいるトラック達の中で、ミラだけが他人事のように、焦点の合わぬ目で前にいる村長を見つめていた。

「みんな、元気だった酒? 今日も僕と一緒に楽しく遊ぼう酒~」

というフレーズでおなじみの、ドワーフ村のマスコットキャラクター『あるチュー』を、

みんなよろしくね!

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[一言] あるチューのネーミングセンス秀逸スギィ!!!!wwwww
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