仲間
「トラック、イヌカ、先に行け。ここは俺たちが引き受けてやる」
腰の長剣をスラリと抜き、剣士がマフィアたちに視線を向けたまま言った。セシリアがうなずき、言葉を継ぐ。
「私たちではルーグに届きません。あの子を救えるのはお二人だけです」
杖を構え、油断なく辺りを見渡すセシリアに、イヌカは軽く頭を下げた。
「……すまねぇ」
トラックがクラクションを鳴らし、三人はそれに応えるように小さくうなずく。そしてトラックは目の前のガレキを迂回し、奥へと続く道の先に向かって威嚇するようにぶぉんとエンジン音を立てると、一気にアクセルを踏んで周りを囲むマフィアの一角に突っ込んだ! イヌカもまたトラックの後に続く。マフィアたちはトラックを阻止しようと立ちはだか――ることなく、海を割るがごとくに道を譲り、二人を見送った。あ、あれ? あっさり通しちゃったよ?
「道を開けてくれるとは優しいじゃないか」
マフィアたちの意図を計るように。剣士はそう軽口を叩いた。マフィアの一人が表情も変えずに答える。
「ルーグに言われてる。あの化け物には手を出すなと。化け物には化け物をぶつける以外にないとな」
剣士とセシリアの顔が険しさを増す。マフィアの言葉はつまり、この先にトラックを破壊するために用意した『化け物』がいることを示唆している。マフィアたちが再び包囲の輪を閉じた。
「ルーグは大したやつだ。今はまだ子供だが、あと数年もすればファミリーの中心を担うことになるだろう。こんなところで死んでいい男じゃない」
「ルーグの心配をしているのか?」
剣士が意外そうにマフィアの男を見る。当たり前だと言うように、マフィアの男は冷めた目を返した。
「仲間だからな」
男の瞳の奥に熱いものを感じ、剣士は毒気を抜かれたように笑った。
「なんだ。じゃあ同じじゃないか」
マフィアの男は一瞬、怪訝そうに眉を寄せると、じっと剣士を見据え、
「……そうか」
とつぶやいた。そして手の長剣の切っ先を剣士に向けると、挑むように言葉を放った。
「ならば、どちらの想いが強いか、だ」
マフィアの男も、剣士も、ルーグを仲間だと思っている。しかし両者の『仲間』の意味は違う。男の言うそれはファミリーの一員ということであり、剣士のそれは冒険者、あるいは日の当たる日常を歩む友人、ということだ。ルーグの未来をどちらへと導くのか、それは想いの強いほうが決めるのだと、男はそう言いたいのだろう。剣士が苦笑いに近い表情を浮かべる。
「やりづらいな。ルーグを使い捨てるような連中だと思って来たってのに」
「それでは、トラックさんを見習いましょう」
話を黙って聞いていたセシリアが、かすかに微笑みを浮かべた。
「全力で、手加減を」
「……了解だ」
マフィアの男が剣を振りかぶる。マフィアたちの顔が決意に引き締まった。そして、
「……やれっ!」
言葉を合図に武器を構えたマフィアたちが一斉に襲い掛かる。剣士が不敵な笑みを浮かべ、セシリアが手に持つ杖を掲げた。
ルーグは気付いているだろうか。ここにいる誰もが、ルーグを案じているということを。お前に死んでほしくないと思っている奴は、ちゃんといるぞ、ルーグ。
「うぅおおぉぉぉぉっっっっーーーー!!!」
イヌカが引きつった表情で絶叫しながら走っている。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。トラックは特に気にするふうもなく、自分の出せる限界のスピードで前へと進んでいる。打ち棄てられた廃墟を、夕日は無表情に照らしていた。
剣士とセシリア対マフィアたちの戦いは気になるところだけども、それよりもルーグのことが気になる俺は、トラック達を追って両者の戦いの場を離れた。自信ありげだったし、だいじょうぶだと信じよう。手加減するって言ってたし、凄惨な状況にはならない、はず。マフィア連中だってルーグの知り合いだ。トラック達がルーグを助けたとして、いや必ず助けるんだけども、助けられないとかありえないんだけども、その後にこの事件に関わった誰かが死んでいたとしたら、きっとルーグは苦しむ。この事件で誰も死んではいけないのだ。敵も、味方も、誰も。
で、俺は無事トラック達に追いついたわけなんだけど――
廃墟の連なるこの場所は、放棄されて久しいのか道も荒れ放題で、本来ならトラックが通れるようなところは少ない。だが今はトラックの目の前に、ある一定の方向にだけ、いかにも誘導する意図が丸見えな感じで、きれいに道が整えられている。だからトラックは迷うこともなく先に進むことができるのだが、どうして道が整えられているかと言うと、当然そこに罠を仕掛けているからだ。整えられた道はルーグへと続く順路であり、トラックに道から外れる選択肢はない。トラックは罠があると知りつつ、罠を踏み越えて先へと進まなければならないのだ。という前提を踏まえて――
「てんめぇトラック! いい加減にしやがれぇぇぇぇっっっ!!!」
半泣きのイヌカが走りながらトラックをなじる。道が整えられている、とはいえ、それは他の場所と比べての話で、曲がりくねってデコボコの悪路なのは間違いないので、トラックが出せるスピードもせいぜい二、三十キロというところなのだが、走ってそれについて来ているイヌカはよく考えると結構すごい。ただトラックを追い抜くほどではなく、ギリギリ同じかやや遅れ気味に、トラックを追走している形だ。一方のトラックは、もう罠の存在など目もくれず、ひたすら先を目指して走っている。つまり、罠に全て引っかかっている。
道に紐のようなものが渡されていて、トラックが通り抜けざまにその紐を切る。紐はボウガンに繋がっていて、紐が切れると矢が放たれる。トラックは加速して矢をかわす。そうすると、
「うどぉぉぉっ!!」
ちょうど、トラックを追走するイヌカに矢が直撃するタイミングになる。イヌカは奇跡的な反射神経で矢をかわすことになるわけだ。涙目で。
「迂回するとか、またぐとか、何とかしろこのヤロウ!!」
気持ちは分からんでもないが、トラックにそれは無理です。トラックはイヌカの泣き言を全く無視して先を急いでいる。路面に巧妙に隠されたスイッチをトラックが踏んだ。
カチッ
どかーーーんっ
「ひぃぃぃーーーーっ!!」
ぷつっ(紐が切れる音)
ちゅどーーーんっ!!
「どわぁぁぁーーーっ!!」
ピンッ(何かのピンが抜ける音)
ずがぁぁぁんっ!!
「ぬごぉぉぉぉーーーーっ!!」
仕掛けられた数々の罠に(イヌカが)苦しめられつつ、ギリギリのところで(イヌカが)身をかわし、ふたりは先へと進んだ。やがて目の前に、わざわざガレキを端に片づけたような広い空間が現れた。観客こそいないが、闘技場を思わせる円形の平らな場所だ。トラックはその入り口付近でブレーキを踏む。イヌカがトラックに追いつき、乱れた息のまま死にそうな顔でトラックをにらんだ。
――プァン
トラックが静かにクラクションを鳴らす。円形のその場所を挟んだちょうど向かい側、ここを闘技場だとすれば対戦相手の入場口に当たる場所に、ルーグは立っていた。
「ずいぶんと早い御着きだね。セシリア姉ちゃんたちは捨て石かい?」
ふてぶてしい、嫌味な表情でルーグは言った。夕日が闘技場を燃えるように、あるいは血のように赤く染めている。
「ルーグ……」
息を整え、イヌカが前に進み出る。ルーグは忌々しそうに鼻にシワを寄せた。
「ルーグ、オレは……!」
「くだらない話はご免だよ! そっちが死ぬか、こっちが死ぬかだ!」
はっきりとした苛立ちと共に、ルーグはイヌカの声を遮った。イヌカがグッと言葉を飲み込む。まだルーグには届かないのだ。もっと近づかなければ。
「イヌカまで来たのは計算外だけど、まあいいや。コイツにとっちゃ誰が何人いようが関係ない」
ルーグは道の脇に身を寄せると、呪銃を天に向けて引き金を引いた。パン、という音を合図に、道の奥にうずくまっていた影がのそりと身を起こす。夕日がその顔を照らし――
あれ? エバラじゃん。なんでこんなところにいんの?
直立二足歩行するコモドドラゴンとでも言うべきその姿にトラックが混乱したようなクラクションを鳴らす。イヌカが慌てて声を上げた。
「バカ、エバラさんじゃねぇよ! アレは……!」
イヌカの声には若干の焦りのようなものがあった。あれ? エバラじゃないの? 言われてみれば身長が一・五倍くらいあって体つきもゴツゴツしているような気がするけど。ルーグが楽しそうに笑う。
「確かにエバラさんに似てるけど、コイツはそんな可愛いもんじゃない。ここいらじゃあんまり見かけないけど、もっと南の方じゃ『悪魔』って呼ばれてる魔獣さ」
イヌカは乾いた唇と舌で湿し、少しかすれた声でその名を告げた。
「……ニヨベラピキャモケケトス」
「ご名答」
小ばかにしたようにルーグがパチパチと拍手をしてみせる。イヌカは引きつった顔のまま、ニヨベラピキャモケケトスを注視しつつ腰のカトラスを抜いた。トラックがプァンとクラクションを鳴らす。
「バカヤロウ! そんなこと言ってられる相手か!」
危機感をあらわにするイヌカの表情がニヨベラピキャモケケトスの脅威を伝える。しかしトラックは静かに問いかけるようなクラクションをイヌカに返した。イヌカはハッと息を飲んでトラックを見つめると、やがて「クソッ」と言葉を吐いて、無理やり自分を納得させるようにカトラスを鞘にしまった。ルーグは呆れたようにふたりを見る。
「くだらないこだわりは捨てたほうが身のためだと思うけど。ま、イヌカはそこで黙って見てなよ。こっちの狙いはトラックだけだ。邪魔さえしなきゃ見逃してやる」
ルーグの言葉にイヌカは苦しげな表情を浮かべた。トラックが少しだけ前に進み、プァンとクラクションを鳴らす。ルーグはすっと表情を消し、トラックに答えた。
「あんたは本当に、呆れるくらいのお人好しだ。だけど寝言はコイツを倒してからにしてもらおうか。あんたにそれができるんならね」
ルーグは呪銃をニヨベラピキャモケケトスに向け、引き金を引いた。銃口から赤く禍々しい光が迸る。今までずっと糸の切れた操り人形のように突っ立っていたニヨベラピキャモケケトスが、興奮に目を見開き息を荒らげる。
「暴れだしたらそう簡単には止まらないよ。死になくなけりゃせいぜい頑張ることだ」
口を歪めるルーグの横を、ニヨベラピキャモケケトスは興奮を溜め込むようにゆっくりと前に出る。トラックもまた、広場の中央に進んだ。両者が互いの攻撃が届かないギリギリの場所で対峙する。そして――
――ギャオーーーースッ!!!
戦いの始まりを告げる合図のように、ニヨベラピキャモケケトスの咆哮が広場に響き渡った。
トラック無双学園編 第一話『転校生』
「えー、突然だが転校生を紹介する。異世界から転校してきたトラック君だ。トラック君、入りなさい」
「先生、トラック君の身体が大きすぎて教室に入れません」
「なんだってーーーー!?」
トラック無双学園編 完




