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エルフ

 ハイゴブリンが『妖精の道』を開き、トラック達は再びエルフの集落へと続く道に戻ってきた。すでに日は暮れ、ちょうど半分に欠けた月が冴え冴えと森を照らしている。族長ゴブリンがトラック達に与えた時間は一日だけ。明日の日暮れまでにトラック達が戻らなければ、イヌカとルーグの命はない。イヌカはルーグを守るだろうし、もしかしたらゴブリンたちを倒してしまうかもしれない。だけどそれは、初めて生まれたケテルとゴブリンの融和の可能性が完全に潰えることを意味している。

 気が急いているのか、トラックは結構なスピードで森の道を進んだ。車体が大きく上下に揺れ、コメルが「ひぃ」と悲鳴を上げた。口を閉じときなさい。舌噛むぞ。

 蛇行する道にもスピードを落とさず、音を立てて車体を軋ませながらトラックは走る。せり出した木の枝が車体をこすり、ガサガサと音を立てた。一時間ほど走っただろうか、やがてトラックの前に、立派な造りの木製の門が姿を現した。トラックが少しスピードを落とす。


「止まれ!」


 鋭い制止の声と共に、トラックの前に一本の矢が突き刺さった。トラックが急ブレーキを踏む。ザリザリと大きな音を立てて車体が滑り、刺さった矢をへし折って止まった。若い三人の男エルフが弓を構え、トラックを取り囲む。


「ここは我らエルフの領域。なんぴとも許可なく通ることはまかりならぬ。何者かは知らぬが、今すぐに立ち去るがいい」


 助手席のコメルが慌てて外に飛び出し、エルフのリーダー格の男に向かって叫んだ。


「待ってください! 私です!」

「コメルさん!?」


 コメルの姿を認め、エルフたちは弓を下げる。エルフのリーダーはコメルに近付き、親しげに声を掛けた。


「いらっしゃらないから心配していました。ゴブリンどもの話もありましたし」


 どうやらコメルとエルフたちの関係は良好なようだ。コメルはエルフリーダーと握手を交わすと、少し申し訳なさそうな顔を作った。


「遅れて申し訳ありません。中に入れていただいても?」

「もちろん。皆、あなたの到着を心待ちにしていました」


 エルフリーダーが合図を送ると、頑丈な木製の門がかすかな音を立てて開いた。軋んだりこすれたりする音がほとんど聞こえないあたり、エルフが結構な技術力を持っていることが分かる。ドワーフに比べれば霞んでしまうとはいえ、エルフの木材加工技術は相当なものなのだろう。

 トラックが急かすようにぶぉんとエンジン音を立てる。エルフリーダーは眉をひそめ、コメルに「彼は?」と聞いた。


「彼は冒険者ギルドから派遣された私の護衛です。ほら、ゴブリンの件で」


 ああ、と納得した表情を浮かべ、エルフリーダーがうなずく。ゴブリンの件で、で通じるということは、ゴブリンたちは本当に手当たり次第に商人を襲っていたんだろう。


「村長に知らせてきます。ゆっくりおいでください」


 エルフリーダーはそう言うと、他の二人に門番に戻るように告げ、村の奥へと走っていった。トラックがプァンとクラクションを鳴らす。コメルはトラックを振り返り、首を横に振った。


「あちらにも準備があります。気持ちは分かりますが、言われた通りゆっくりと行きましょう」


 言葉通り、コメルはゆったりと散歩をするように村の奥へと歩き出した。トラックは少し不満そうにクラクションを返すと、コメルに並んでその歩く速さに合わせた。




 月明かりが照らすエルフの村は幻想的で、まさにおとぎ話の国に迷い込んだような雰囲気に包まれている。住居は全て樹上にある、いわゆるツリーハウスというやつだ。ゴブリンの村と比べればずいぶん洗練されていて、人工物なのに森に溶け込むような、景観を損ねないデザイン性がある。ゴブリンの村と同じなのは農耕の形跡がないことで、狩猟採集で生計を立てている点ではエルフもゴブリンも変わらないのだろう。

 ゆっくりと歩くコメルは、暇を持て余しているのか、トラックに向かってエルフについてのうんちくを語り始めた。エルフというのは『森の妖精』と呼ばれる妖精族の一種で、長く尖った耳がまず特徴として挙げられる。その耳は風の囁きを聞くと言われ、はるか遠くの音を聞き分けることができるらしい。また、人間基準の感覚で非常に美形であり、かつ人間よりもずっと長命であるとか。長命である分成長も遅く、子供かと思って話しかけたら年上だったというのはエルフあるあるらしい。筋肉とはあまり縁がなく、細身の長身、身体の起伏も感情の起伏も少ないとされる。排他的で新規性を好まず、好んで争うことはないが、森の妖精だけあって森を荒らす者には容赦がない。逆に森の外のことにはあまり関心がなく、自分たちに累が及ばない限りは他種族に干渉しないという態度を貫いている。ドワーフたちとは敵対こそしていないものの、反りは合わないようで、互いに毛嫌いしているらしい。へぇー、エルフってそうなんだ。確かに、トラックが道を進んでいても、ゴブリン村のように様子を窺う気配が感じられない。コメルが一緒だからかもしれないが、あんまりトラックに興味が無い感じだな。

 コメルのうんちくを聞いているうちに、トラック達は村の中心にある、他の木より一回り大きな、立派な木の前に辿り着いた。木の前には威厳を湛えた白髪の老エルフがおり、その右を壮年のエルフが、左をさっき会った若いエルフリーダーが固めている。エルフなのに見た目がすでに老人、ということは、きっとウン百年レベルで生きてるってことなんだろうな。老エルフは鋭い眼光でコメルを見つめると、厳かに口を開いた。


「誰じゃ!」


 横にいた壮年エルフが老エルフに耳打ちする。


「長老。コメルさんです。いつも我々と取引としている」

「おお、おお、あやつか。確かコージィの孫の」

「いえ、コージィさんの孫ではありません。人間ですので」

「人間じゃと!? どうして人間がここにおるんじゃ!」

「ですから、注文したものを届けに」


 壮年エルフの言葉の終わりを待たず、長老と呼ばれた老エルフはくわっと目を見開き、若干怒りのこもった声で叫んだ。


「メシはまだか!」

「ついさっき召し上がっております」


 壮年エルフの冷静なツッコミに耐えられず、コメルは思わずといった風情で、顔を背けて「ぷっ」と吹き出した。長老の顔が「してやったり」とほころび、グッと拳を握る。


「イッツ、エルブンジョーク!」


 そして三人は真顔で決めポーズの姿勢を取った。


 ……なんか思ってたんと違う。エルフ思ってたんと違う。さっき感情の起伏が少ないとか言ってなかったっけ?


「相変わらずのご様子で」


 コメルは薄く苦笑いを浮かべる。長老は心外そうに口を尖らせた。


「何を言うか。人との交流を経て、我らは大きく変わってしまったぞ。ほんの百年前には考えられなかった変化じゃ。文句があるならお前たちの先祖に言え」

「文句などございませんよ。ただ、私の知る限り、これほど楽しいエルフの村は他にありません」


 コメルは笑顔を浮かべて言った。その笑顔には追従や媚を売るような卑屈な影はない。長老は自慢げに胸を反らし、


「どうせ変わるなら、楽しく変わるのが良い」


 かっかっかと笑い声を上げた。なんというか、カラッとさっぱりした感じの爺さんだな。こういう歳の取り方にちょっと憧れるところがあるよ。だが、現代日本のお笑い好きの一人として敢えて言おう。本当かどうか客観的に判断できないネタは笑いづらい。じーさんちょっと大丈夫なのって心配になるから。次はキャラに頼らない、言葉の力だけで作り上げられた漫才や綿密に計算しつくされたコントに挑戦してくれ。それができればキャラネタも生きてくるんだ。キャラに頼ってるだけじゃ消費されて終わりだぞ。


「で、持ってきてくれたか?」


 長老の目に期待の色が浮かぶ。隣の壮年エルフと若いエルフリーダーも、若干そわそわした感じでコメルを見た。そんなに楽しみにしてたの? コメルが持ってきたものっていったい何なんだろう。


「もちろん。こちらに」


 コメルがやや芝居がかった仕草でトラックを指し示した。トラックが右のウイングを開く。待ちきれないというように、三人のエルフがトラックに駆け寄って荷台を覗き込んだ。


「おお、これが……」


 荷台の中にはコメルたちが朝に積み込んだ麻袋がある。よく見たかったのだろう、若いエルフが魔法で空中に蛍火のような灯りを幾つか浮かべた。灯りに照らされた麻袋をエルフたちは食い入るように見つめる。普通に麦か何かだと思ってたけど、エルフの反応を見る限りは違うようだ。コメルは自信に満ちた表情でうなずいた。


「はい。クリフォトはウォーヌマから取り寄せたライトオブウエスト。もちろん、すべて一等米です」


 ……ん? 今、一等『米』って言った?


「ついに、念願のライトオブウエストが我らの手に!」

「やはり主食にはこだわりたいですからな。毎日口にするのですから、多少値が張ろうとも良いものを選ぶべきでしょう」


 エルフたちが興奮した口調で言葉を交わす。コメルが麻袋の一つを開け、中身を手ですくって長老に差し出した。長老は大事そうに両手で差し出されたものを受け止める。そこにあったのは、白く輝く美しい小さな粒。つまりこれは――


――エルフの主食、米!?


 なんか違う。エルフってなんか思ってたんとだいぶ違う! エルフに白米食うイメージない!


「いや、無理を言ってすまなんだな。大変だったじゃろう?」


 長老が感謝の瞳で労りを口にする。コメルは少し困った顔を作った。


「お安い御用、と言いたいところですが、実は少々仕入れが高くついてしまいまして」


 あれ? そうだっけ? 今朝、確か予想より安く仕入れられたから量を増やした、みたいなこと言ってなかったっけ? 長老が少し慌てた様子で言った。


「代金は言われた分しか用意しておらん。上乗せと言われても払えんぞ」


 長老は視線を、トラックの前に置いてある大きな袋に向けた。袋の口は開いており、中に入っているものが外からでもある程度見えるようになっている。そこにあるのは木工製品や植物染めの布など、エルフが作った品のようだ。代金、と長老は言ったが、実際には物々交換ということなのだろう。コメルは難しい顔を作り、考え込むように腕を組んだ。エルフたちは心配そうにコメルを見つめる。目の前に米袋の山を見せつけられ、今さら「この話はなかったことに」と言われては困るという顔だ。しばらく黙って考えていたコメルは、やがて意を決したように顔を上げた。


「今回、お代は結構です。すべて差し上げましょう」

「な、なに!? 本当か!?」


 もしかして神か!? と思っているような驚愕を全身で表して、長老はコメルに向かって身を乗り出した。充分に長老を引き付けてから「ただし!」と叫び、コメルは長老を制止する。


「実は今、捜し物をしていまして。ご協力いただきたいのです。ご協力いただければ、ここにある米はすべて差し上げましょう」


 エルフたちの顔に警戒の色が浮かぶ。長老は訝しげにコメルに尋ねた。


「……捜し物とは?」

「セテス様の居場所を教えていただけませんか?」


 間髪を入れず、コメルは畳みかけるように本題を切り出した。ああ、なるほど。さっきまでのやりとりはこれを相手に飲ませるための駆け引きだったのか。おそらくこの『セテス』というのが、コメルがゴブリンの村で言っていた『心当たり』なのだ。長老は一瞬意表を突かれたように驚きを表し、そしてコメルから視線を微妙に逸らした。


「セテス……と、いうと、あやつか。確かコージィの孫の」

「そのネタは先ほど聞きましたよ。変わり者と名高いハイエルフの植物学者、セテス様がこの村にいらっしゃることは、噂に聞いております」


 すっとぼけようとした長老に対し、コメルはにっこり笑って逃げ道をふさぐ。長老の額にじっとりと汗がにじんだ。


「はて、いったい何のことやら」


 どうやら長老は知らない振りで押し切るつもりらしい。コメルはじっと長老を見つめるとしばらくの間無言でいたが、やがてぼそりとつぶやくように言った。


「ウォーヌマ産」


 ピクリ、と村長の眉が反応する。コメルはわずかに口の端を上げ、


「一等米」


とつぶやきを重ねる。ギギギ、と音がしそうなほどぎこちない仕草で、長老がコメルに視線を向けた。ダメ押しとばかりにコメルが、もはやつぶやきとは言えないはっきりとした口調で言った。


「無料」

「わかった! 教えよう!」


 負けたーーーーーっ!!!

 長老が白米の誘惑に負けたーーーっ!!!

 そんなに好きか! いや、俺も好きだけども! 白米最高だけども! 新米の塩むすびとか無敵だよね! エルフさえ魅了する白米の偉大さを見た。


 コメルが満足そうにうなずき、長老は複雑な思いに顔をしかめた。コメルが長老に回答を促す。小さくため息を吐き、長老はコメルに言った。


「セテス様は、この村に滞在してはおらん。必要な時に訪れるだけで、普段は森の奥のとある場所にいらっしゃる」


 そこまで言って長老は言葉を切った。表情を改め、感情の読めぬ瞳でコメルをじっと見つめる。


「セテス様に会って、なんとする?」


 返答次第では居場所は教えない、そんな雰囲気で長老は問うた。コメルもまた真剣な表情で長老の問いを受け止める。


「救いたい命があります」


 長老はコメルの、答えになっているのかなっていないのか分からない言葉を吟味するように目を閉じた。しばらくじっと動かずにいたが、やがて長老は、


「……信じよう。セテス様のところへ、案内する」


 目を開き、そう言った。

トラック達を先導して森の奥に踏み込んだ長老は、ふと立ち止まって言いました。

「ここはどこじゃ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] >本当かどうか客観的に判断できないネタは笑いづらい。じーさんちょっと大丈夫なのって心配になるから。次はキャラに頼らない、言葉の力だけで作り上げられた漫才や綿密に計算しつくされたコントに挑戦し…
[良い点] めっちゃウケましたww 白米最高! ビバ・ウォーヌマ産! 白米の誘惑で駆け引きとは、やりますね!
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