誰かの英雄
秋晴れの穏やかな日差しが西部街区に降り注いでいる。冬の気配が確実に迫る中で、今日はどこかほっとするような暖かい日だ。西部街区の人々も冬支度に忙しくなる前のこの穏やかな時間を楽しんでいる。もっとも西部街区の子供たちは季節関係なく元気に走り回っているが。
「……なぁ、アニキ」
ルーグはひどく疲れた声で、地面を見つめながらトラックに言った。
「冒険者ってさ、もっと、こう、あるじゃん? なんか派手なのが、もっとさ」
「見習いが仕事に文句つけてんじゃねぇぞ。つべこべ言わずにとっとと探せ」
愚痴るルーグをイヌカがにらむ。「お前に言ったんじゃねぇよ」という不満をありありと顔に浮かべて、ルーグは鼻にシワを寄せた。
南東街区にいた子供たちに、トラックは一緒に来ないかと声を掛けたようだった。しかし少女の答えは、ノーだった。少女はトラックにありがとうと言い、そして、もう関わらないで、と言った。
「甘えることを覚えたら、生きていけない」
信じれば裏切られる。少女が生きているのはそんな世界なのだろう。他人を信じないことが南東街区で生きるための知恵なのだ。トラックは少女に信じてもらうことができなかった。彼女の信頼を得るには、トラックはたぶん、恵まれすぎているのだ。日没間近の南東街区を、トラックは無言で退散するしかなかった。トラックの助手席でルーグは腕を組み、当たり前のような、どこかモヤっとしているような、揺れ動いているような、複雑な顔をしていた。
「おい、トラック」
南東街区から戻って翌日、ルーグと共にギルドに顔を出したトラックは、珍しくイヌカに呼び止められた。トラックは不思議そうにクラクションを返す。
「お前、この間からずっと荷物運びしかしてねぇだろ。お前はそれでいいかもしれねぇが、ルーグは運び屋になりてぇわけじゃねぇんだ。もっと幅広い経験をさせるべきだろう。見習い預かってる自覚があんのか、ああ?」
イヌカが険しい顔でトラックを見る。イヌカって意外と真っ当なこと言うよね。ピンクのモヒカンだけど、根はマジメなんだろうか。イヌカの物言いにムッと来たのか、ルーグがトラックを降りてイヌカに吠え掛かる。
「余計なお世話だ。アニキにはアニキの考えがあるんだよ。なあ、アニキ?」
プァン、と感心したようにトラックがクラクションを返す。ルーグはがっくりと肩を落とした。
「なるほどって……何も考えてなかったの?」
このひとについて行って大丈夫なのか、という疑問の色がルーグの瞳に浮かぶ。トラックは慌てたようにイヌカにクラクションを鳴らした。
「ん? そうだな……こいつなんてどうだ? Eランクだしちょうどいいだろ」
よく見るとイヌカの手には分厚い羊皮紙の束がある。ギルドが引き受けた依頼書の束のようだ。もしかして、ルーグのためによさそうな依頼を選んで持ってきてくれたのだろうか? だとしたら意外。ルーグが冒険者になることをあれだけ反対してたのに。
イヌカが提示した依頼書を見たトラックは、気乗りしない様子でクラクションを返した。イヌカは心外そうな表情を作る。
「ぜいたく言ってんじゃねぇよ。Eランクの定番だろうが、ペット探しは」
ルーグが羊皮紙を覗き込み、渋い顔で言った。
「なあ、アニキ。なんて書いてあるんだ?」
ルーグの問いにトラックは厳かにクラクションを返した。イヌカが若干イラっとした様子でほおを引きつらせる。
「読んでやれ、じゃねぇよ。てめぇで読めばいいだろうが、ったく。……えー、なになに? ペットのサンマがいなくなりました。どうか捜してください。だとよ」
「それ、たぶんもうこんがり焼かれてるぜ。もしおれがサンマを見つけたら間違いなくそうするもん」
これこれ、拾ったサンマを焼いて食うのはやめなさい。腹壊しても知らんぞ。トラックがたしなめるようにクラクションを鳴らすと、ルーグは少しすねた顔で口を尖らせた。
「だって、サンマが目の前にいたとして、これが誰かのペットかも、なんて考えないよ普通。だったら新鮮なうちに食っちまおうってのが人情だろ」
食っちまおう、が人情かどうかはともかく、サンマを見てペットだと思わないというのは極めて真っ当な意見だと思う。トラックはイヌカに向かってプォンとクラクションを鳴らした。もうペット捜しはこりごり、ということだろうか。まあ過去二回受けて二回とも面倒な話になっちゃったしなぁ。
「ペット捜しはお気に召さねぇか? 選り好みたぁ偉くなったじゃねぇか」
イヌカは嫌味たっぷりにそう言って、パラパラと羊皮紙をめくる。何枚かめくったところで手を止めたイヌカは、束から一枚取り出してトラックに突き付けた。
「だったらこれだな。こいつもEランクの定番、失せ物探しだ」
「失せ物探しぃ~?」
イヌカの言葉を聞いたルーグが、あからさまに嫌そうな顔をして口を曲げた。
「冒険者なんだろ? 山に棲むドラゴン退治とか、復活した伝説のドラゴン退治とか、それからえーっと、ドラゴン退治とか、そういうのないのかよ」
ドラゴン退治がしたいのか。まあドラゴン退治はおとぎ話の定番だもんねぇ。お姫様をさらった悪いドラゴンを退治してお宝とお姫様を取り戻しめでたしめでたし、みたいな。ルーグの冒険者のイメージはそういう、英雄候補の位置づけなのだろうか?
イヌカは呆れ顔でルーグに言った。
「そんな依頼がしょっちゅうあったらケテル滅亡しとるわ。つべこべ言わずにこれにしとけ。危険のねぇ仕事がいつでも都合よくあるわけじゃねぇんだ」
イヌカの顔が真剣なものに変わる。その雰囲気の気圧されたのか、
「……へぇーい」
嫌々ながら了承を伝えたルーグの声に、気乗りしなさそうなトラックのクラクションが重なった。
西部街区のメインストリートを、トラック達は地面をなめるように見つめながらゆっくりと進んでいく。依頼人から聞いた、失せ物に気付く直前の足取りを追っているのだ。ただ、依頼人の証言はあいまいで、そもそもいつ失くしたのかもはっきりとはしていなかった。なにせ依頼人は五歳にもならない女の子なのだ。
「うーたんがいなくなっちゃったの」
目に一杯の涙をためて、女の子はトラック達にそう言った。『うーたん』というのは女の子が大切にしていたぬいぐるみのことらしい。いつも、どこへ行くにも一緒だった一番のお友達がいなくなったことに気付いたのは、一昨日の夕方、外から家に帰った時だったという。お母さんが探してくれたものの、もう日没近くで満足に時間をかけることはできず、結局見つけることができなかった。共働きの両親はぬいぐるみ探しにかまけるわけにもいかず、しかし娘の嘆きを放っておくこともできずに、冒険者ギルドに依頼を出すことにしたのだそうだ。
ちなみに依頼料は銅貨五枚。破格の安さである。明らかに労力に見合わない金額だが、ギルドは組織のイメージアップのために、地域の皆様の依頼を低価格で請け負うことがあるのだ。以前トラックが商人の家に乗り込んで暴れたことでダウンしたイメージを取り戻したいという思惑もあり、『小さな女の子が失くしたぬいぐるみを冒険者が見つける』というイイハナシ系の依頼は、ギルドにとって渡りに船だったようだ。この依頼をトラックが請け負うというのも、まあ運命だったのかもしれない。
依頼人の話を聞いている間、ルーグはイライラとした様子でそっぽを向いていた。自分で失くしたんだから自分で探すか諦めろ、という不満が顔から漏れている。それを口に出さないことは褒めるべきかもしれないが、雰囲気を感じ取った依頼人はどこか不安そうに顔を曇らせていた。イヌカはルーグの頭を左手で掴んで力を込めると、営業スマイルを浮かべて「お任せください」と言ったが、ピンクのモヒカンの言葉は依頼人に安心感を与えるには至らなかったようだった。
「……ほんとに見つかんのかよ、これ」
やる気が感じられない声音のルーグのつぶやきが聞こえる。探し始めて二時間が経過し、未だ何の手掛かりも無い。そもそも誰かに拾われているかもしれないし、水路にでも落ちて沈んでいるかもしれない。進展の手ごたえを感じられない作業って、なかなか続けるの難しいよね。まあそれをやらなきゃいけないのが仕事なんだけども。
はぁ、と若さのないため息を吐いて、ルーグが道端の水路を覗き込む。ケテルの街には近くの川から引いた水を流す水路が整備されており、人々の生活を支えている。
「おい、落ちるなよ。意外と深いぞ」
イヌカがルーグに警告する。ルーグは少しムッとした顔で「はいはい」と答えた。子ども扱いされたことに腹を立てているのだ。水路をざっと確認し、何も見つからなかったのだろう、ルーグは再びため息を吐いて顔を上げた。
ルーグはまた道沿いをゆっくりと進み始める。下ばかり見る姿勢が辛いのか、イヌカが「あー首いてぇ」と言いながら背伸びをした。トラックは探しているのかいないのかよくわからないが、とりあえずルーグたちに並走している。
「おい、そこ窪んでんぞ。気を付けろ」
イヌカがルーグに注意を促す。ルーグの進行方向には確かにちょっとした道の窪みがあった。気付かなければつまづくかもしれないが、そこまで気にする必要はないような……ルーグの機嫌がまた少し悪くなり、「わかってるよ」と小さく吐き捨てた。
トラック達は目を皿にしてぬいぐるみを探しながら少しずつ前進し、やがてちょっとした広場に辿り着いた。西部街区には区画と区画の間にこういう広場があるのだ。イヌカがルーグに声を掛ける。
「段差あるぞ。つまずくなよ」
ルーグは顔を引きつらせ、ぐっと奥歯を噛んだ。おお、ストレス貯めとる。まあちょっとイヌカは口出ししすぎだな。ルーグでなくともイラっとするわ。しかしイヌカはルーグのストレスに気付いていないらしい。ルーグの前の地面を指さし、イヌカはさらに言葉を続けた。
「石ころが――」
「ぬぁあああああぁぁあぁぁぁぁーーーーーっっっ!!!」
イヌカの言葉をさえぎり、ルーグが天に向かって吠えた。ついに限界を超えたか。気持ちは分からんでもないよ。ルーグ、君は間違っていない。
「さっきからなんなんだいったい! いくらなんでも石ころくらい自分で避けるわ! それをいちいち上から注意しやがって! あんたはおれの保護者か!?」
「なっ、このヤロウ! 人が親切で言ってやってんのになんだその言い草は!」
イヌカは驚愕の顔でルーグに怒鳴る。しかしルーグも負けじとイヌカを強く睨み返した。
「頼んでねぇよ! だいたいおれの世話係はトラックのアニキなんだろ!? どうしてあんたがついて来るんだ! もう帰れよ!」
「帰れだとっ!? トラックの野郎だけじゃ心許ねぇと思ってわざわざ付き合ってやってんのに、感謝されこそすれ帰れと言われる筋合いはねぇぞ!」
「だから頼んでないって言ってんだろ! こんな仕事、アニキとおれだけで充分だ! なぁ、アニキ?」
同意を求めようとルーグはトラックを振り返る。イヌカもトラックの反応を窺うようにその顔を向けた。トラックはどこか緊張感のないクラクションをプァンと鳴らした。ふたりが同時に怪訝そうな顔に変わる。
「……見つけた?」
そうつぶやきながらルーグはトラックの見ているであろう方向に目を向けた。トラックがヘッドライトを点灯する。そこは広場の奥にできた、周囲の建物の影になっている場所で、今はトラックのヘッドライトに照らされていた。ヘッドライトの光の中には持ち主から離されて寂しげに横たわる、うーたん、すなわちオランウータンのぬいぐるみがあった。
「本当に見つかっちゃったよ」
信じられない、と言わんばかりのぽかんとした顔でルーグがうーたんを見つめる。イヌカがホッと息を吐き、ルーグに向かって言った。
「よし、取ってこい」
「なんであんたに命令されないといけないんだよ。あんたが行けばいいだろ」
「お前の仕事だろうが!」
再び互いの顔を突き合わせて言い争いを始めた二人に向かって、トラックがプォンとクラクションを鳴らす。「え?」と言いながら、二人は再度うーたんに目を向けた。いつの間にかうーたんのそばには一匹の野良犬がいて、うーたんのにおいをクンクンと嗅いでいる。かと思うと、おもむろに犬はうーたんを口にくわえて歩き出した。
「ああっ!?」
イヌカとルーグが同時に声を上げる。その声に驚いたのか、犬はピンと耳を立てて振り向くと、広場の向こう側にある路地へと駆けだした。しまった、という顔をして、イヌカがルーグに叫ぶ。
「追いかけるぞ! オレが指示するから、お前は」
言いながらイヌカはルーグの顔を見て、そして眉をひそめて言葉を切った。ルーグは目を見開き、犬が消えた路地を見つめている。心なしか顔色が悪い。イヌカはルーグの肩を掴み、軽く揺さぶった。
「おい、聞いてるのか?」
はっと鋭く息を飲み、ルーグはイヌカを見上げて「ごめん」と謝った。イヌカは一瞬心配そうな顔をしたが、すぐに気を取り直してもう一度ルーグに言った。
「オレが指示を出す。お前は犬を追え。いいな?」
やや緊張した面持ちでルーグがうなずく。イヌカは軽くルーグの背を叩き、そして膝を曲げて姿勢を低くした。その瞳が鋭さを増す。イヌカの足が地面を蹴ったと思うと、イヌカの身体はありえないほどの高さに跳ね上がり、近くの民家の屋根の上に降り立った。
『アクティヴスキル(ノーマル)【跳躍】
使用すると一時的に跳躍力を強化する』
イヌカが跳ぶ前にいた場所にスキルウィンドウが現れる。なるほど、イヌカもスキルが使えるのか。いやまあ、冒険者だし、使えておかしくはないよね。なんか超地味なスキルだけど。イヌカってつくづく外見を裏切るよね。イヌカは屋根伝いにぴょんぴょんと飛び回りながら上から犬を追跡する。ルーグはイヌカの指示通り、犬を追って路地に入った。トラックは路地の前まで車体を進め、そして幅が足りなくて路地に入れないことを確認すると、その場に停車してエンジンを切った。あ、今回は突っ込まないんだ。セシリアもいないし、建物壊したらダメだって気付いてくれたんだろうか。だとしたら成長したなぁ。うん、なんかちょっと感動して涙出てきた。お前、ちゃんと成長してるんだな、トラック。
屋根の上から犬の位置を捕捉して的確な指示を伝えるイヌカの采配によって、ルーグは徐々に犬との距離を縮めていく。追い詰められた犬はついにうーたんから口を離し、そのままどこかに逃げ去った。ルーグはうーたんを拾うと、「はぁー」と長い息を吐いた。
「上出来じゃねぇか」
屋根から地面に降り立ち、イヌカがニッと笑った。ルーグはぶっきらぼうな態度でふんっと鼻を鳴らす。
「あんたの言うとおりにやっただけだろ。おれの手柄じゃない」
イヌカはルーグに近付くと、ぐしゃぐしゃと頭を撫でた。
「過程なんざどうでもいい。お前は依頼を果たした。大事なのはそれだけだ」
不快そうにイヌカの手を払い、ルーグは「子ども扱いすんな」とうなる。イヌカは小さく笑うと、
「依頼人のところに行くぞ。そいつを返して初めてミッションコンプリートだ」
そう言ってルーグの肩を叩き、歩き出した。置いて行かれないように小走りに距離を詰め、ルーグはイヌカの後ろについて歩いた。
「うーたんっ!」
女の子がルーグに差し出されたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。依頼人の自宅を訪ねた三人は、玄関前に出てきた親子に事の次第を説明してぬいぐるみを返却したのだ。母親はルーグとイヌカに頭を下げると、女の子に向かって「ほら、きちんとお礼を言って」と促した。女の子は本当にうれしそうに笑って、ルーグに向かって言った。
「ありがと、お兄ちゃん!」
「い、いや、仕事だから……」
ルーグは気恥ずかしそうに女の子から目を逸らした。南東街区で荷物を届けた時もそうだったけど、たぶんルーグは感謝されることに慣れていないのだろう。どうしたらいいかわからない、というふうに、落ち着かない様子で視線をさまよわせている。母親がポケットから銅貨を取り出し、女の子に渡した。女の子はうーたんを左の脇に抱えなおし、右手に握った銅貨をルーグに差し出した。
「あげる」
「お、おう」
ルーグの開いた手のひらに少女の手が重なり、五枚の銅貨が渡される。ルーグはどこかぼんやりと手の上の銅貨を見つめた。母親が再度ルーグたちに礼を言って、イヌカがそれに応えるように「それでは我々はこれで」と終了を宣言した。トラックが扉を開き、イヌカが運転席側に、ルーグが助手席側にそれぞれ乗り込む。トラックがエンジンをかけ、ゆっくりとアクセルを踏んだ。徐々に依頼人の家が遠ざかる中、バックミラーで女の子がずっと手を振っていた。
ギルドへの帰途、ルーグはじっと手の中の銅貨を無言で見つめていた。トラックがプァンとクラクションを鳴らす。ルーグが顔を上げ、戸惑いの表情を浮かべた。
「大げさだよアニキ。たった銅貨五枚ぽっちの報酬の依頼を一つこなしただけだ」
返す声にもどこか元気がない。依頼を達成した、そのことに対して、ルーグの中でどう位置付ければいいのかよくわからない、という感じだろうか。銅貨五枚は子供のお駄賃レベルの金額でしかない。依頼達成の価値が報酬の額なのであれば、この依頼を達成したという事実にはほとんど価値がないだろう。だけど、ルーグにはたぶん、このことを誇りたい気持ちがあるのだ。金で測れない価値を感じている。でもそれが何なのか分からずに戸惑っている。運転席のイヌカが、少し身体を助手席側に向けて言った。
「なんだ、気付いてねぇのか」
訝しげに眉を寄せてルーグがイヌカを見る。イヌカは笑ってルーグの疑問に答えた。
「お前は今、あの子の英雄になったんだぜ?」
「あの子の、英雄……?」
実感を捉えかねているのか、不思議そうにルーグはイヌカの言葉を繰り返した。イヌカはうなずき、体の向きを正面に戻してシートに背を預けた。
「冒険者ってのはな、だいたいが地味できつくて割に合わねぇ仕事ばかりさ。だけどな」
イヌカは両手を頭の後ろに組み、わずかに口の端を上げた。
「たまに、こうやって誰かの英雄になれる」
ルーグは顔をイヌカに向け、言葉の意味を確かめるようにその横顔を見る。イヌカはそれ以上何も言わなかった。ルーグは自らの右手に再び視線を落とした。そこには依頼を達成した証である、報酬の銅貨五枚がある。ルーグは右手を閉じ、目をつむった。何かを考えているのだろうか。やがてルーグは目を開け、ぽつりとトラックに呼びかける。
「……なぁ、アニキ」
ルーグは銅貨を握り締めた右手をじっと見つめている。トラックがプァンと呼びかけに応えた。
「……なんでもない」
ルーグは首を横に振って口を閉ざす。トラックの窓を西部街区の景色が流れていく。日暮れが近づいていることを知らせる教会の鐘が遠くに聞こえた。しばらくの沈黙が過ぎ、そして、
「……ちょっと、アイツらどうしてるかなって、思っただけだよ」
ルーグは小さくそうつぶやき、フロントガラスの向こうにある南東街区に視線を向けた。
トラックはルーグの言葉に同意するようにクラクションを返しました。トラックもずっと、気になっていたのです。ナカヨシ兄弟のその後を。




