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願いに寄り添う

 グレンが纏う硬質の黒と、トラックが帯びる柔らかな青が正面からぶつかり、その余波は大地を揺らし大気を鳴動させる。青は黒を包み込もうとし、黒は青を喰いちぎろうとする。救うなど何様だと、その傲慢ごと切り裂いてやると、グレンの剣がトラックのキャビンを削る。奇妙なほどにグレンは感情をむき出しにする。まるで、この世に救いなどあってはならないとでも言いたいみたいに。


「剣を交えながら『救う』などありえん! 戦いの結果は常に、勝利か死だ!」


 憤怒の表情でグレンがギリギリと剣を押し込む。トラックの車体がわずかに後ろに下がった。トラックはアクセルベタ踏み、ということはつまり、わずかに押し負けているのだ。それはグレンの『意志』がトラックの『意志』を上回っている、ということなのだろう。救われることを拒み、修羅の煉獄で生きることを望む。地獄に堕ちたなら鬼をも殺す。闘争こそが生なのだ。たぶんずっと、そうやって生きてきたのだろう。


――プァン


 対照的に、トラックはひどく冷静なクラクションを返す。同時にトラックを包んでいた瑠璃色の光がヘッドライトに集まった。グレンの顔が引きつる。集約された光をトラックは一気に解き放つ。


『アクティブスキル((さいきん)(どう?))【慈愛の超電磁砲(レールガン)

 慈愛って言葉とレールガンって響きがまったく釣り合ってないよね』


 至近距離から放たれた『超電磁砲』がグレンの身体を吹き飛ばす。十メートルほど飛ばされながら、グレンは倒れることもなく両足を踏ん張って耐えた、のだが……


「これは!?」


 グレンが戸惑いを口にしながら自らの手を見る。トラックの放った瑠璃色の光はグレンの黒を溶かし、剥がし、吹き散らす。【朽ち夜魅・羅刹天】のスキルウィンドウが消えた。スキルが強制解除されたのだ。グレンが憎悪の色を強くしてトラックをにらむ。


「小賢しい! それで俺の力を削いだつもりか!」


 苛立たしげに声を荒らげ、グレンは虚空を剣で裂く。剣風が迸り、トラックのキャビンで弾けて消えた。攻撃したというよりは苛立ちをぶつけた、ということなのだろう。トラックにダメージはなく、グレンもそれを気にしていない。

 再びグレンの剣が赤く光り、どす黒く滴り、グレンの身体を染める。闇はグレンの姿を人ならざる者へと変えていく。肩と脇から腕が生え、顔の左右に顔が浮き上がる。


『アクティブスキル((最初から)(理由などない))【朽ち夜魅・摩利支天】

 軍神の霊威を宿し、敵対する者を六つの刀が切り刻む』


 持っていた長剣が分解されるように消え、もともとあった二本の腕と生えた四本の腕、それぞれに禍々しい黒刀が握られている。三面となったグレンに死角はなく、あらゆる方向の敵を六本の腕で斬り伏せるのだろう。


「この姿になったのは久しぶりだ。だからこそ恨めしい。この姿でなければ勝てぬ相手と殺し合えないことが」


 グレンがわずかに目を伏せる。理解されないことが理解できない。最強に近いトラックが、その武威によって他者をねじ伏せないことが納得できない。勝者が全てを奪い、弱者は全てを奪われる、そのルールに従わないトラックに憤っている。勝手に新しいルールを押し付けるトラックが腹立たしい。


「なぜその力を己のために使わない? 弱いくせに死にたくないと喚く連中に腹が立たないのか? 戦いもせず、弱いままで権利ばかり主張する者どもを腐っていると思わないか? 弱さとは怠惰だ。弱さとは、淘汰され消えるべき害悪だ!」


 頑なに弱さを糾弾するグレンに、トラックはカチカチとハザードを焚く。トラックは探しているのだろう。グレンの言葉の奥にあるもの。弱肉強食こそこの世の理だと、弱者は消えろと言いながら、彼はさっきこう言った。


――すでに虐げられて消えた弱者たちはどうやって納得すればいい!


 壊すのが好きだと、以前グレンは言った。壊れていく瞬間に生を実感すると。何かが決定的に欠けていて、『狂』っているのだと。トラックが強さを持ちながらそれを他者のために使おうとすることに苛立つのは、他者が足枷となって真に力を発揮できないと考えているからだろう。だが、さっきのその言葉だけは、彼の過去のどの言動とも整合しない。それは、もしかしたら彼自身も分かっていない、彼の奥底にある心なのではないか。彼が『決定的に欠けている』と言った、その部分なのではないか。トラックはハザードを消す。ある種の覚悟を示すように、小さくクラクションを鳴らす。


「……力を持ちながら、なぜ貴様は『狂』わない」


 ポツリとグレンがつぶやく。顔を上げ、右の三本の腕が持つ刀の切っ先をトラックに向ける。


「虚しい幻想を抱えたまま、死ね」


 黒刀が金属の光沢を帯び、死の気配を纏う。トラックがぶぉんとエンジン音を鳴らした。グレンは六本の腕を大きく開く。上下左右、あらゆる方向から同時に斬りつけることのできる構え、なのだろう。六刀流なんて初めて見たけど、これどういう戦いになるのか全く見当がつかない。グレンがわずかに身をかがめ、溜めた力を解放するように地面を強く蹴った。


『アクティブスキル((さらば)(青春)(ロック)) 【風車刀・黒連】

 六本の黒刀で風車のように回転しながら斬りつける』


 グルグルと身体ごと回転しながらグレンはトラックに襲い掛かる。トラックは、動かない。回避するでも突っ込むでもなく、じっとグレンを見る。


――ガキィン!


 六本の黒刀がトラックのキャビンを抉り、抉り切れずに弾かれる。体勢を崩されたグレンが信じられないと目を見開いた。スキルによる攻撃を、トラックがスキル無しで弾いたことに驚いたのだろう。いや、こんな場面で何なんだけど、確かにそれは説明がいることじゃない? 説明なしに攻撃を弾いたら、そりゃもう何でもありじゃない? 最強を求める戦士が繰り出した渾身の一撃を弾いたなら、それにふさわしい理由が必要でしょうよ。


『アクティブスキル(ノーマル) 【気合】』


 じゃかぁしぃわ! 言えばいいってもんじゃないんだよ! ふさわしい理由っつったろうが! スキルウィンドウに表示されたらすべてそれが受け入れられると思ったら大間違いなんだからな!


『アクティブスキル(レア) 【超気合】』


 超を付けただけで賄えると思うな! 結構重要な場面よここ! 微妙にレアリティも変えやがって! 気合で何とかできる範囲を超えてるだろって話なんだよ!


『アクティブスキル(VR) 【無重力】』


 自由だって言いたいのか! 何者にも縛られないとでも言うつもりなのか! 雲のひと気取りか! そこ自由じゃダメだろうが! そんなのは自由じゃない、ただの無法地帯だ!


『アクティブスキル(ノーマル) 【……ごめん】』


 ……急にしおらしくなるなよ。何を言えばいいかわからなくなるだろ。っていうか、これなに? 俺は誰とやりとりしてんの?


 グレンがキッとトラックをにらむ。トラックの纏う雰囲気が、変わった。救いを与えるのではなく、願いに寄り添う。望みがあるならその望みを叶える。ぶぉん、とエンジンを鳴らし、トラックはヘッドライトでグレンを照らした。

再び刀を構える隙を与えないためか、トラックが一気にアクセルを踏む。車体が黄金に包まれ、瞬時に亜高速にまで加速する。


『アクティブスキル((スペシャル)(ルール)) 【天下御免(カタパルトアタック)

 一瞬で亜高速まで加速される身体はあらゆるものを滅砕する黄金の弾丸となる』


 たぶん、トラックはやり方を変えたのだ。グレンと向き合う方法を。慈悲も、救済も、グレンの望む形ではない。戦うこと。力をぶつけ合うこと。その先にあるものだけがグレンを納得させる。戦いを終わらせることができる。

 グレンの持つ六つの黒刀がトラックを迎え撃つ。その顔にかすかな喜びが浮かんだ。体勢が崩れたままのグレンは加速したトラックの質量に抗うことができずに吹き飛ぶ。黒刀が全て砕け、受け身も取れずにグレンが地面を転がる。致命傷を与えぬよう地面とグレンの身体の間でクッションとなった【手加減】が、忌々しげに顔をゆがめたグレンに振り払われて姿を消した。


「……多少は戦う気になったようだな」


 ゆっくりと起き上がり、グレンはトラックを見据える。摩利支天の姿が揺らぎ、身体が人間のそれに戻った。結局、ひとは戦う以外に術を持たない。そう確信したような笑みが浮かぶ。トラックは素っ気なくクラクションを鳴らした。グレンはふん、と鼻を鳴らした。


『アクティブスキル((そろそろ)(らくにしてやる)) 【朽ち夜魅・悪路王】

 奥州の悪鬼は優れて英雄だったとも言われる』


 グレンの身体が人のそれを大きく逸脱して膨れ上がる。瞳が禍々しい赤を宿した。蕨手刀の切っ先を向け、グレンがひりつくような殺意をトラックに向ける。


「戦いの本質は、死だ。俺が貴様を殺すか、貴様が俺を殺すか。それ以外の結末はない」


 言葉と同時にグレンの身体が揺らぎ、分かれる。まるでコピーしたかのようにその数を増やしていく。分身、ということだろうか? 八体まで分裂したグレンは、ぐるりとトラックを取り囲んだ。トラックは無言で正面にいるグレンを見つめる。グレンは憎しみを込めて、縋るようにトラックを見つめ返す。


「殺し合おう。それができないというなら、殺されてくれ。戦いの意味を変えるな。破壊を、死を、否定するな」


 グレンの静かな言葉に、トラックは【手加減】を呼び出して答えた。【手加減】は腕を組んで厳しい表情を浮かべている。忌々しげに首を振り、奥歯を噛んでグレンは言った。


「……ならば、何もできずに死んでいけ」


 禍々しい気配がグレンを包む。空気が一段、重苦しさを増した。トラックがプァンとクラクションを鳴らし、【手加減】がどのような状況にも対応できるよう身を低くする。そして――


――八体のグレンが、一斉にトラックに襲い掛かった。


グレンはさ、友達が欲しかったんじゃないかな? 違うかな?

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