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想いと涙

 青白い月光がセシリアを照らし、その顔に浮かぶ嘲笑に妖しい美しさを添える。隠していた正体を露わにしたかのように、どこか虚ろな侮蔑の瞳がトラックを見据える。


「街道に倒れていたあなたを見たとき、私は直観したの。これ(・・)を使えば、私は王になることができる。皆に傅かれる至尊の座を取り戻すことができる」


 セシリアはかつての栄華を思い出すように中空を見つめた。


「卑しい冒険者に身をやつし、寄る辺ない日々を送るのは本当にうんざり。私は一刻も早くこんな境遇から抜け出したかった。だから声を掛けたの。あなたの力を利用するために」


 楽しそうな笑みをセシリアはトラックに向ける。


「心配するふりをして、親切を装って、『私たちと参りましょう』なんて。まるで気付いていなかったでしょう? 笑顔の裏で私は何を考えていたかなんて」


 計画通り、と言いたげな、得意そうな顔。


「想定通り、いえ、想定以上に、あなたは役に立った。わずか一年足らずで冒険者の最高位を超える『特級厨師』の称号を得て、その名声は遍く響き渡った。あなたを傍らに置くことで私自身も少なからず尊崇を受けることになったわ。あなたはとても優秀な私のアクセサリーね」


 口許に手を寄せ、おかしそうにクスクスと嗤う。


「もしかしたら、勘違いしていたかしら? 私があなたを、愛していると。バカね、そんなはずないでしょう? どこの誰とも分からぬあなたを、王となるべき私が、こ、心を寄せるはずもない」


 わずかに淀んだ自らの言葉を打ち消すようにセシリアは険しい表情を作った。


「身の程を弁えよ! 本来お前は私と言葉を交わすことなど許されぬのだ!」


 憤怒を湛えた瞳がトラックをにらむ。トラックは無言を貫いている。セシリアの顔をわずかな焦りと狼狽が掠めた。


「お前と行動を共にしていた時間、私がどんな思いでいたか教えてやろう。心の底から不快だった。吐き気がするほどにな! だが、王になるために必要と思えばこそ、耐えてきたのだ! 使える道具を手放さぬよう、信頼を演じて、心を偽って、すべては玉座を手に入れんがために!」


 言葉を止めてしまうことを怖れるようにセシリアはまくしたてる。


「お前は私が王となるための道具に過ぎぬ! そして、私は王となった! もはやお前は用済みなのだ! もはやお前を傍らに置く意味も、価値もありはしないのだ! もはや私にとってお前は、ただ目障りなだけの不要な存在なのだ! 今まで耐えてきたが、限界だ! 今すぐにケテルから、私の前から消えるがいい!」


 腕を大きく振って、セシリアは激しい感情を叩きつける。トラックはしかし、反応を返すことなくセシリアを見つめていた。ギリリと奥歯を噛み、セシリアは叫ぶ。


「まだ分からぬか! ならばお前にも理解できる言葉で言ってやろう! 私は――」


 精一杯の憎悪を込めて、セシリアはトラックをにらみ据えた。


「――お前が、大嫌いだ!!」


 セシリアはいかに自分がトラックを嫌っているのか、自分に騙され続けていたトラックがどれだけ愚かなのか、様々に言葉を変えて面罵する。でもね、セシリア。俺は思うんだよ。そういうセリフは、さ。


 泣きながら言うもんじゃないよ。


「わた、しは、あなたを、ずっと騙して、わらっ、て、」


 もはや偽りの仮面は剥がれ、止めようもない涙が頬を濡らす。放った言葉と本当の心の乖離に身体が悲鳴を上げている。しゃくりあげ、もう意味を為さない言葉をセシリアは必死で叫んでいる。私はひどい人間だと、騙していたのだと、あなたが守る価値などないのだと、懸命に主張している。トラックは無言のまま、静かに、滑るようにセシリアに近付いた。


「なぜ、分からない! 私は――」


 自らを切り裂く言葉を叫ぼうとするセシリアに、トラックのキャビンがそっと触れた。




――やがて、いなくなる


 トラックのそのつぶやきを聞いてから、セシリアはひどく動揺していた。しかしトラックはそれについて説明も弁明もせず、むしろセシリアを避けているようだった。公務に忙殺されるセシリアと戦いの準備に明け暮れるトラックは立場と時間に阻まれ、まともに会話をする機会もない。セシリアは何度もトラックと話そうとして、答えを怖れるかのように口を閉ざした。きっと、セシリアの中で膨れ上がった不安が、もう抑えきれないほどに大きくなってしまったのだろう。だから今日、決戦の迫るこの夜にトラックを呼んだ。トラックを失わないために。トラックが戦いを前にして逃げるなど考えられない。ならば『いなくなる』とは、この戦いによって命を落とすということ。セシリアはたぶん、そう考えたのだ。




 ハッと目を見開き、セシリアは弾かれたようにトラックから距離を取る。その顔が朱に染まり、右手で自らの唇に触れて、セシリアは大きく見開いた目でトラックを見つめた。自らを傷付ける呪詛のような言葉が消える。こ、これは、もしかして……


 うるさい口を唇でふさいだ、的な?


 うっそーん。そんなロマンス、この絵面の中に欠片もありませんけど? 見た目ただの人身事故ですよ? ケガがなくてよかったね、ってホッとするくらいの場面ですよ? 決して美少女が顔を赤らめるようなシーンではないよ?


 トラックがプァンとクラクションを鳴らす。セシリアはキッとトラックをにらんだ。


「私は、あなたに守られたいわけじゃない! 私は!」


 トラックはセシリアの言葉の続きを拒むように再びクラクションを返した。セシリアの目から再び涙があふれる。トラックは【念動力】でその涙を拭った。セシリアは弱々しくつぶやくように言った。


「……私は、あなたに、生きて――」


 トラックは後ろに下がると、ハンドルを切り返してセシリアに背を向けた。そしてプァンと優しいクラクションを鳴らすと、セシリアの反応を待たずに部屋を出る。セシリアが崩れるように膝をついた。去り行くトラックの背をセシリアのかすれた声が追いかける。


「……死なないで。どうか――」


 バタン、と音を立て、扉が閉められる。声を殺した少女の泣き声だけが、冷たい夜空に静かに響いている。




 夜が明け、戦いに似つかわしくないほどの清かな冷たい空気が広がる。すでに兵士たちは配置に付き、独特の緊張感がケテルを覆っていた。目視できる範囲に敵兵の姿が見える。掲げている旗はカイツールの紋章で、他の旗は見えない。先生の読み通り、カイツール伯は自分の兵だけで戦おうとしているのだろう。

 セシリアは、いや、この戦いの総大将として、アウラは今、ケテルの正門の上から戦場を見渡せる位置にいる。ルゼもコメルもその他の側近もこぞって彼女を安全な後方に下がらせようとしたが、アウラは頑として聞き入れなかった。他者に危険を強いていながら自分が安全な場所にいることをよしとしなかったのだ。傍らにいる犬人の王の頭を撫で、猫人の王を膝に抱いて、アウラは厳しい表情で敵を見据えている。ルゼ、コメル、先生、そしてイーリィがアウラの傍に立ち、緊張の面持ちで手を強く握っていた。

 正門の前にはドワーフを中心とした戦士が固まり、戦の始まりを待つ。トラックもまたその中にいた。トラックだけではない、剣士もマスターも、ルーグまで戦士としてその場にいた。まさに総力戦、武器を持てる者は誰もが戦わねばならないのだ。

 不意に、外壁の歩廊から警戒の笛が鳴る。エルフの弓兵が一斉に弓を引き絞った。数騎の敵が陣を出てこちらへ向かってくるのが見えた。武器を構える様子もなく、大きく旗を掲げて並足でまっすぐに近付いてくる。おそらく戦いの前に何かを伝えに来た使者、なのだろう。正門前を守るドワーフたちが厳しい表情で敵をにらむ。しかし、ここで敵の使者を斬るわけにもいかないのだろう、警戒はしても手出しはしないようだ。

 敵は堂々とケテル兵の前で止まる。敵騎の中にはひときわ目立つ、黒と金の鎧に身を包んだ中年の男がいた。騎乗する馬の馬鎧も他の騎士より豪華なその男が、おそらくカイツール伯なのだろう。カイツール伯はどこか侮るような目でケテルを見ると、大きく声を張り上げた。


「戦の前にひと言、アウラ殿下に申し上げる!」


 カイツール伯が正門の上にいるアウラを見上げる。アウラは無表情にカイツール伯を見下ろしていた。

カイツール伯は不敵な笑みを浮かべ、自信たっぷりに言いました。

「トラック無双に戦争って似合わなくない?」

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― 新着の感想 ―
今更ですけど、本作はずっと主人公(地の文)視点で話が進んでいくので、各キャラが内心どう思っているのかは、あくまで読者が想像するしかないんですよね( ˘ω˘ ) そこが本作の、一番の魅力だとも思いますが…
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