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試練を終えて得たもの

 始まりと同じように門は中空から染み出すように現れ、試練を終えた者を送り出す。ノブロの顔は精悍さを増し、その肩には一本のベルトを掛けていた。スーパーミドル級東洋太平洋チャンピオン――その肩書を背負い、彼は見事凱旋を果たした。


 試練の門の中で何があったノブロ!? チャンピオンになったん!? おめでとう! 次はいよいよ世界だな!


 ノブロの次に現れたのは二つの門。確か、ナカヨシ兄弟と剣士の試練の門のはずだ。奴らも無事に帰還した、ということだろうか。よかった。門が開き、小柄な人影が姿を現す――三人の美少女が。


 ……


 誰!?


「カリオペイア!」

「エラトー!」

「ウーラニア!」

『三人合わせて、ミューゼスです!』


 お、おお。よく見たら中央の女の子は『なんでもない剣』の力で変身した剣士じゃないか。でも残りの二人は? えっと、まてよ? 試練の門は剣士とナカヨシ兄弟のものだったはず――ま、まさか!?

 三人の身体がまばゆい光を放つ。光は周囲を覆い、そして光が晴れたとき、そこには手ごたえを感じたようにうなずく剣士とナカヨシ兄弟がいた。

 やっぱナカヨシ兄弟だったーーーっ!! なにやってんだお前ら! ってか、『三人合わせてミューゼス』って言ってたな。ということは、何か? 剣士とナカヨシ兄弟は『ミューゼス』という名のアイドル音楽ユニットを結成したとでもいうのか!? お前ら一体試練の門の中で何があったんだ!

 俺の叫びに応えてか、あるいは無視してか、新たな門が中空に浮かび上がる。それはルーグの試練の門だった。……ルーグは大丈夫だよね? 変なアイドルグループに所属したりしてないよね? 門が輝きを放ち、ゆっくりと開く。どこか晴れやかな顔のルーグが門からしっかりとした足取りで現れ――


 ヒゲ生えとる!? 立派なカイゼルヒゲをたくわえていらっしゃる!? ドワーフ並みのヒゲマニアになっとる!! ちょっと待ってルーグはまだ十歳くらいじゃなかったっけ? 男子三日会わざれば刮目して見よってこういうこと!?


「あっ」


 風を切るように歩いていたルーグが小さく声を上げる。ヒゲの右端がめくれ、重みでだらんと下がった。ルーグは慌ててヒゲを手で押さえる。……付けヒゲかーいっ! ちょっと安心したわ! どんな過酷な試練を潜り抜けたんだって心配したわ!

 こそこそとヒゲを付けなおすルーグの横に更なる別の門が滲み出る。開いた門から森深い匂いの風が吹いた。そして門から姿を現したのは、少しだけ大人びた表情をした、ハイエルフの美少女――猫の着ぐるみに身を包んだミラだった。


「にゃあ」


 胸の前あたりまで手を持ち上げ、猫の前足を表現しながら鳴きマネをする見た目八歳児美少女の絵面の威力よ。思わずおやつあげたくなるわ。えーっと、かつおぶし? かつおぶしってなかったっけ?

 猫化したミラの姿に大きく目を見開き、ナカヨシ兄弟は顔をほころばせて彼女に近付き、そっと右手を差し出す。三人はそれぞれの右手を重ね、大きく頷いた。……いや、別にミラはコスプレ仲間になったわけじゃないからね? ようこそこちら側へじゃないからね? いや、コスプレ仲間に、なったのか? 試練を経て天才美少女レイヤーが爆誕したのか? だとしたら――これからのコスプレ界は、荒れるぞ。ってかミラは一体なんの試練を受けたんだよ。

 パァ、と天から光が降り注ぐ。光は彼方から道を示し、覚えのあるエンジン音が響いた。光の道を通ってトラックが戻ってくるのが見える。出口のETCがポーンと音を立ててバーを上げた。……あぁ、高速料金が引き落とされる。ここから試練までの往復距離が分からんからいくら引き落とされるのか予想もできんのが辛いわぁ。すごい金額が引き落とされていたらどうしよ。

 どこか自信に満ちた様子でトラックは皆にクラクションを鳴らす。皆の視線がトラックに集まった。その視線を受け、新たに目覚めた力のお披露目とばかりにトラックの車体が輝きを帯び始める。光は徐々に強く、そして集約されて何かを形作った。かすかな芳香が漂い、スキルウィンドウがその正体を説明する。


『アクティブスキル(ユニーク)【究極の一杯】

 あらゆるジャンル、あらゆる差異を超克して世界の全てを満たす、

 唯一無二のラーメン(餃子付き)』


 光が晴れたとき、そこには一杯のラーメンが宙に浮かんでいた。【念動力】がラーメン鉢を支えているようだ。ラーメンは中空を滑るように移動し、暗愚王の前で止まる。暗愚王は懐からマイ箸を取り出し、ラーメンを受け取ってひとくちすすった。緊迫した空気の中、暗愚王がラーメンを食べる音だけが聞こえる。スープまで余すところなく飲み干し、暗愚王はトラックを見つめ、そして大きく頷いた。皆が大きな歓声を上げる。トラックは照れたように小さくクラクションを鳴らした。

 ……トラック、試練でラーメン修業しとったーーーっ!! 究極の一杯に辿り着いとったーーーっ!! お前は一体何を望んで試練を受けたんだよ! そして車両がラーメンの作り方を覚えるという意味の分からん状況をどう理解せいというんだ!


 ぜぇ、ぜぇ、ちょっと、叫びすぎて息が切れた。結局あれか。暗愚王の試練の結果をまとめてみると、


 ノブロは東洋太平洋チャンプとなり、

 ナカヨシ兄弟はコスプレ技術を磨いて美少女化し、

 剣士はナカヨシ兄弟と組んで音楽ユニット『ミューゼス』を結成し、

 ルーグはヒゲマニアとなり、

 ミラは猫耳属性を得てあざと可愛さが強化され、

 トラックはラーメンが作れるようになりました。


 ……改めて、


 お前ら何がしたいんじゃぁーーーっ!!

 種族浄化を掲げるクリフォトの侵攻に対抗するために試練を受けたんちゃうんかぁーーーっ!! 誰ひとり、何一つ、戦いに役立つような力を習得してねぇじゃねぇかぁーーーっ!! 普通はさ、自分の弱さを向き合って? 超必殺技とか覚えて? 最終決戦に向けてこう、盛り上がっていくところじゃないの!? 試練を経てラーメンが作れるようになったとしてこれからどう展開していくんだよ! 戦場のど真ん中でラーメン振舞うの!? ラーメンのうまさに感動させて戦いを終わらせるの!? できるかーそんなん! そんなんで戦争が終わ――る、のか? もしかして、本当にラーメンで戦争を終わらせるのか? さっきラーメン作ったとき、スキルウィンドウ出たよね? つまり、ラーメンはスキルで作られたわけだ。だとすれば、スキルにそういう効果があれば、問答無用でそれは発動するわけで、スキルで何でも解決するこの世界観なら、本当にラーメンで戦争を終わらせることも――


『【究極の一杯】に特殊な効果はありません』


 ないんかぁーーーっ!! 可能性を考慮して損したぁーーーっ!! わざわざ教えてくれてありがとうスキルウィンドウ! そしてなおさらトラックたちの試練役に立たんやろうがぁーーーっ!! どうすんのこれ? どうなんのこれ! ちょっとこれからの展開担当するライター連れてこいやぁーーーっ!!


――キィン


 あ、あれ? なんだ? 急にみんな動かなくなった? 一時停止したみたいに、不自然な姿で動きを止めている。世界が薄いヴェールを掛けられたようにくすんだ色を帯びた。


『あまり騒ぐな。うるさくてかなわん』


 彩度の低下した世界の中で暗愚王だけが色を失わず、こちらにふてぶてしい顔を向けている。


『ふてぶてしいとは結構な言いようだな。お前にとって私は恩人と言っていいはずだ』


 な、なんであんた、俺を認識してんの? 俺の声が、聞こえてんの?


『駄女神には会えたか?』


 ぐっ、俺の質問は無視か。駄女神なんてどこにもいなかったぞ。俺が行ったのはヘルプウィンドウたちが待機するスタッフルームだったし。


『……あくまで表には出てこぬか。くだらぬこだわりだ。直接手を下さぬとも介入していることに変わりはあるまいに』


 暗愚王は不快そうに鼻を鳴らした。な、なんか思わせぶりなこと言ってるな。あんた、いったい何者? 何を知ってんの?


『私はこの世界で少々特殊な立ち位置にいる。この身の半分は世界に内側におり、半分は世界の外側にいる。ゆえに世界の内側にいては知りえぬことを知り、世界の外側にいてはできぬことができる。お前を認識できるのもそれゆえだ。お前は世界の外側の存在者。お前の言うヘルプウィンドウなどと同列の存在だからな』


 え、俺ってヘルプウィンドウと同列なの? なんかすごく嫌なんですけど。


『試練の先で何を知った?』


 何を、って、俺は『地の文』だったらしい、ってことだけだよ。まったく意味は分からんけど。なんだよ地の文って。それを言われた直後にヘルプウィンドウは消されて、他のウィンドウもそれ以上のことは教えてくれなかったんだから、理解できなくて当然でしょうよ。あなたは地の文ですって言われてそうだったんですねって平気で答えられる奴がいたら見てみたいわ。


『ヘルプウィンドウはそこまで言ったか。ずいぶんとお前を信用しているようだ。ならば、お前が理解していないのは問題だな』


 暗愚王は考えを巡らせるように腕を組む。あ、でもちょっと待って。ヘルプウィンドウがそれを教えてくれたとき、なんか警報が鳴ったり物騒なことがいろいろ起きたのよ。そういうの俺勘弁だから。あんたが消されるような状況はノーセンキューですから。


『安心しろ。私は駄女神の支配下にいるわけではない。あやつに私を強制消去する権限はない』


 あ、そうなんだ。じゃあ気兼ねなく全部話してください!


『まず、お前はこの世界の機能として存在している。ヘルプウィンドウが疑問に答える機能、インフォメーションウィンドウが意味を説明する機能を担うように、お前にもこの世界において担う機能がある。それが地の文、すなわち描写だ』


 描写? 俺は、この世界で描写という機能を担う存在だ、ということ? なるほどねー、ってなるかいっ! 描写を担うってどういうことだよ!


『お前は世界の有り様を描写する。あるいは、お前が描写することで世界は可能性を確定させる。何が起こったのか(・・・・・・・・)はお前が描写しなければ確定しない。お前が描写するまで、世界は無限の可能性に漂流する』


 えーっと、うん、よくわからん。


『簡単に言えば、お前がただ黙って突っ立っていたら、時間も経たないし何も起こらないということだ。描写されぬものは存在できない。それがこの世界の仕組みだからな』


 ……うーんと、でも、俺は世界の全てについて全部ツッコんでいるわけじゃないぞ? だけど世界は俺の知らないところで勝手にいろんなことが起こってんじゃん。


『その通り。だが、実際には順番が違う。世界はお前の知らぬところで勝手にいろいろなことが起こっているのではなく、お前がある事柄について言及したときにはじめて、過去に遡って確定するのだ。そうだったことになる、と言ったほうがわかりやすいか?』


 そうだったことになる、って、そんな無茶な。だとしたら、俺が意図的に描写すれば過去が変えられるってことじゃん。そんなことありえへんやろ。往生しまっせ。


『意外に理解が早いな。そう、お前は、やろうと思えば世界を書き換えることができる。過去の自らの描写と矛盾しなければ、だがな』


 いやいやいや、そんなんもう神様じゃん。やりたい放題できちゃうじゃん。ダメでしょそんなの。


『なぜダメだと思う? 世界がお前の思うままにできれば、お前にとって都合がいいではないか』


 俺だけ都合がよくてどうすんだよ。俺の都合と他の奴らの都合が同じわけじゃないだろうが。隣にいる奴が泣いてる横で俺だけ幸せ気分になれるはずねぇだろうが。第一、俺が俺の好きにできるとしたら、トラックとか、セシリアとか、みんなの意志や決断に意味がなくなるだろ。そんなバカな話があるかよ。


『……なるほど。お前が描写に選ばれたのは、それが理由か』


 うん? どういうこと?


『抑制的ならば結構なことだ。だが自覚はしておけ。お前は描写によって世界をいかようにも変質させることができる。それは同時に、お前はいくらでも世界を蔑ろにできる、ということでもある』


 そ、そんな力要らん。無意識にでも他人の決断をゆがめたりしたら嫌じゃんか。


『諦めろ。すでにお前はそういう存在となった。そして、その力をどう使うかは自覚的に決めろ。そうでなければこの世界は行く先を失って漂うことになるぞ』


 話は終わりだ、とばかりに暗愚王は俺に背を向けて元居た位置に戻る。ああ、今は時間が止まっているから、元居た位置に戻ってから停止を解除しないと瞬間移動したみたいになっちゃうのか。いやいや、ちょっと待って! そんなん一方的に言われても心の準備というか――

 暗愚王がパチンと指を鳴らす。再生ボタンを押すように、世界が動き始めた。


描写を担う者は複数いますが、意志を持っているのは『俺』だけです。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、つまり都合の悪いことは描写しなければなかったことにできるのか( ˘ω˘ )
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