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愚者の門

 エルフたちが部屋を出て、取り残された冒険者たちはどこか呆然と動けずにいる。あまりの急展開に頭がついていかない、というところだろうか。マスターが苦々しい顔でコメルをにらむ。


「ずいぶんと隠し事が多いじゃねぇか。初耳ばかりでくらくらするぜ」


 コメルは悪びれる様子もなくにこやかに答えた。


「物事には知るべき時というものがあるのですよ。事前にお話ししていたとして、信じることも理解することもできなかったでしょう?」


 クリフォトが、いやズォル・ハス・グロールという男がクーデターを起こし、国を割る内乱を引き起こしたのはただ権力を志向したからではなく、まさに『内乱が起こる』ことを目的としていた。つまり、戦乱によって多くの血が流れ、世界の秩序が意味を為さなくなる混沌を招くことで『生命の樹』を地上に復活させようとしていた。なんてことをもっと前、たとえばケテルがアディシェスに降る前に説明していたとして、それがマスターたちに理解できるかというと、なかなか難しい。おそらく「へぇ」で終わる話になる。自分たちに身に具体的なものが降りかかってきて初めて、実感を持って言葉の意味が理解できるようになるのだ。コメルはそう言っているのだろう。


「セシリア……いや、アウラ殿下のことはいつ知った? なぜ黙っていた」


 マスターの声がわずかに怒りの色を強くする。コメルが、あるいはケテルがセシリアを政治的に利用しようとしていることを怒っているのだ。コメルが口を開く前にセシリアが声を上げる。


「今の私は冒険者ギルドのセシリアです。気遣いは無用に願います」


 いや、しかし、とマスターは戸惑ったような表情を浮かべる。コメルは小さくうなずいた。


「あまり騒ぎ立てるのは得策ではないかと。殿下が殿下として人々の前に姿を現すのはまだ先のこと。それまでは無闇に話を広げぬほうが良いでしょう」


 自分で暴露しといてその言い草はどうなのよ。エルフを説得するのに必要だったってことかもしれんけど。剣士がこの場にいればなんかフォローしてくれたかもしれんが、呼ばれてないからなぁ。Bランク以下の冒険者はこの場にはいないのだ。セシリアだけはコメルに呼ばれていたからいるが。


――プァン


 トラックのどこか緊張感のないクラクションが響き、場の空気はまたちょっと緩んだ。コメルはトラックのほうを向いて思案顔になる。


「これから、ですか。とりあえずは『愚者の門』が開くのを待ちましょう。ドワーフの王にすでに使者は送っていますので、数日中に鍵が届くはずです。門を潜り、『試練』を経て初めて、我々はクリフォトに対抗する『可能性』を得る」

「『可能性』?」


 マスターが眉をひそめる。対抗する力を得る、ではなく、可能性を得る、という言い方が引っかかったようだ。コメルは再びマスターに顔を向けた。


「はい。『愚者の門』の『試練』は、何か具体的な『力』を保証してくれるものではないのです。そこで示されるのは『可能性』だけ。『可能性』に触れ、『選択』を迫られる。『試練』とはそういうものなのだそうです」


 そういうもの、と言われても、いまいちピンとこんな。なんだろ、未来の可能性Aコース、Bコース、Cコースが提示されて、好きなの選んでね、みたいな? でもそこで選んだらそれに決まるってもんでもないよな、未来なんて。マスターも理解できなかったようで、不満をあらわにコメルをにらむ。


「分かるように言え」

「『試練』は受ける者によって形を変えるのです。体験した者にしか確定的なことは言えません」


 しれっと受け流すコメルにマスターは渋面になる。黙っていたセシリアが厳しい表情で口を開いた。


「ずいぶん、お詳しいのですね」


 その声は硬く、強い不信が滲む。コメルはにこやかに答えた。


「先ほども言いましたが、議長の傍に仕えておりましたので、いろいろと知る機会が」

「それは偽りでしょう?」


 コメルの言葉をセシリアはピシャリと遮る。コメルは口をつぐみ、あいまいな表情でセシリアを見る。


「たとえ『愚者の門』の存在を知っていたとして、その向こうにある『試練』のことまでも知っているのは不自然です。ディアーナがそれを語ったという記録も私は知りません。あなたはどこでそれを知ったのですか?」

「無論、ある程度の想像を含めたお話です」


 コメルはよどみなく答える。よどみがなさすぎるその態度はセシリアの不信感を払しょくできなかったようだ。セシリアの目が鋭さを増す。


「自信をもって話されていたように見えましたが」


 コメルはにこやかに答えた。


「それは職業病のようなものでして。根拠の薄い話をあたかも確定的に語るのは商人のサガ、なのですよ」


 セシリアは吟味するようにじっとコメルを見つめる。コメルはある種堂々とその視線を受け止めていた。セシリアは冷たく尖った声を投げかける。


「あなたは、何者なのですか?」


 穏やかに、何も変わらぬ様子でコメルは言った。


「ケテルの商人。評議会議長ルゼに仕える番頭。そして、あなた方の味方です」


 周囲の不信の目を一身に受けながらそう断言するコメルの、ある意味ですごい強メンタルに皆は言葉を失った。今のやりとりでコメルを全面的に信じる気になった者はいないだろうが、逆にコメルを見限るデメリットを引き受けるのはリスキーだ、という判断もあるのだろう。コメル主導で冒険者たちはエルフに受け入れられ、クリフォトに対抗するための準備も進み始めた。コメルがいなくなってもエルフたちの態度が変わらないかは不明で、その危険に敢えて挑む意味はない。


「『愚者の門』が開くまでは数日かかるはず。それまではどうか皆さん、ゆっくりと休んで疲れを癒してください」


 冒険者たちの内心を見透かすように、コメルは皆にそう言って退出を促した。




 会議が終わり、都の様子は一気に慌ただしくなった。戦の気配が広がり、不安と高揚が混ざり合った独特の雰囲気が生まれている。クリフォトはミラを魔導人形に変えた憎き敵、という認識はエルフたちの士気を高めているが、圧倒的な数の差に対する不安は消そうとしても消えない、というのが実際なのだろう。

 トラック達冒険者もエルフたちに交じって戦支度や訓練なんかに参加させられている。居候なんだから働けってことね。トラックは戦いの準備をさせられることが不満らしく、もっぱら物資の運搬を請け負っていた。大量の荷物を運べるトラックはエルフにとっても便利だったのだろう、そこについての不満もあまり表出することはなく、時間は瞬く間に過ぎていく。セシリアも他の冒険者と一緒に働き、マスターをハラハラさせていた。

 そして数日後――ドワーフたちが『真緑の樹』を訪れたとの報が届き、セシリアたちは女王に呼ばれた。




「よもや再びこの場所を訪れる日が来ようとはな」


 ドワーフの王が門を前に苦い表情を浮かべた。筋肉質でずんぐりとした体つきをして、黒と白と茶色の三色に染め分けた長いひげを銀の装飾品で結わえた姿は貫禄に満ちている。その手には手のひらほどの大きさの無骨な鋼の鍵があった。『真緑の樹』の背後に広がる、『魂の樹』が茂る森の最奥に『愚者の門』はある。


「あの儚い娘の願いが踏みにじられようとしているなら、我らがそれを看過することなど許されぬ。まして、当代の『セフィロトの娘』が彼女の子孫だというなら、なおさら」


 ハイエルフの女王が『愚者の門』を見上げる。無数のツタが絡まり、びっしりと苔に覆われたその門は、森の中に、朽ちることを望むようにひっそりと佇んでいる。その手に淡く光る鍵を握り、しばし追憶を見つめた後、ハイエルフの女王とドワーフの王は振り返った。ふたりの視線の先にセシリアの姿がある。


「門の向こうにあるのは形定かならぬ『可能性』の地。そこに『暗愚王』が待ち、おぬしらを見極める。覚悟はよいか? 行く道はあれど帰る道があるとは限らぬ」


 ドワーフの王が厳かに告げる。セシリアははっきりとうなずきを返した。ハイエルフの女王はじっとセシリアを見つめる。


「『セフィロトの娘』として真の覚醒を得て後、お前は『あらゆる願いを叶える力』を得る。世界を滅ぼすことも、気に入らぬ者たちを根絶やしにすることも、都合の悪いすべてを消し去ることもできる。そうなったとき、お前は何を望む?」


 セシリアは揺らがぬ瞳で女王を見つめ返した。


「私の望みは一つだけ。かつて三英雄が願った未来を実現すること。誰もが種族にも出自にも囚われず、己の望むように生きる世界。私の望みは――」


 大きく息を吸い、決意と共にセシリアは言葉を吐き出した。


「――『自由』です」


 セシリアの言葉に満足したように、ハイエルフの女王とドワーフの王はうなずきを返した。


「信じよう。お前がディアーナの願いを継ぐ者であると。そしてお前がこの門より戻ってきたとき、我らはお前の傍らに立ち、共に戦うことを誓う」


 ハイエルフの女王とドワーフの王は互いに顔を見合わせ、そしてその手に持った鍵を天に掲げる。


「セフィロトの娘に精霊の加護を!」


 掲げられた鍵は自ら手を離れて宙に浮き、輝きを放ち、形を失って『愚者の門』に吸い込まれていく。門を覆うツタが自然に千切れ――門が、ゆっくりと開き始める。


「百年前、コングロとマリットはディアーナを守るため、共に『愚者の門』をくぐった。資格無き者がくぐれば魂の欠片も残らず消え失せるこの門の向こうへと、セフィロトの娘と共に行く者はあるか?」


 ドワーフの王が皆を見渡す。トラック、剣士、ミラ、ルーグ、ナカヨシ兄弟、そしてノブロが前に進み出る。隣に並んだトラックに、セシリアは安堵したような微笑みを浮かべた。剣士は慌てたようにルーグを見て、ルーグの真剣な瞳を見て取り、小さく息を吐いて、何も言わなかった。ルーグは意外そうに目を丸くし、少し嬉しそうに笑った。ミラは女王を視線を交わし、小さくうなずく。女王は言葉を飲み込み少しの間だけ目を閉じた。ナカヨシ兄弟は当然のように堂々としている。

 ……うん、ノブロには誰もツッコまないのな。え、お前が行くの? って感じだけど。暗愚王の試練に打ち勝ってノブロが超強くなったらコレジャナイ感半端ない気がするけど。

 門が完全に開き、その向こうに真っ白な何もない世界が広がる。セシリアが緊張に息を飲んだ。トラックがプァンとクラクションを鳴らす。それに勇気をもらったように、セシリアは『愚者の門』に向かって足を踏み出した。セシリアを先頭に、トラックたちが門の向こうに消える。最後にノブロが門をくぐると同時に門が光を放ち、開いたのと同じようにゆっくりと閉じた。


「……我が兄はなかなかに難物ですよ。どうか、『試練』に打ち勝って戻ってきてください」


 誰にも気付かれないような小さな声で、閉じた門を見つめたままコメルはそうつぶやいた。

暗愚王の『試練』は毎日十キロのロードワークに始まる地味にきつい筋トレが中心です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 意外とノブロがキーパーソンになりそう( ˘ω˘ )
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