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会議

「私が間違っていた」


 ミラを強く抱きしめたまま、女王はうめくように告げる。


「立場や、掟や、そんなものとあなたを秤にかけるべきではなかった。私はあなたの母として、世界の全てを敵に回してもあなたを守るべきだった。ごめんなさい、ミラ。私の愛しい娘」


 涙声の母の背をミラはそっとさする。身体を強張らせ、女王は痛みに耐えるように歯を食いしばる。ミラは驚いたように声を上げた。


「母様!?」

「大丈夫」


 大きく息を吐き、女王は微笑む。


「母様、実は宰相にかけられた【制約(ギアス)】の呪いによって魔法を使うと死よりも苦しい痛みが全身を襲ってくるのだけれど、そんなものミラちゃんに会えた喜びで吹き飛んでしまったわ」


 自国の女王に何してくれてんだ宰相。結界に閉じ込めるわ呪いかけるわやりたい放題だな。だれか止める奴はいなかったのか。ミラはもう一度そっと母の背に手を当てた。その手から白い光が溢れ、淡く女王を包む。


「ミラ、あなた――!」


 女王がミラの身体を離し、その顔を正面から驚きの表情で見つめた。女王の身体から不自然な強張りが消えている。おそらくだが、ミラが【制約】を打ち消したのだ。女王の瞳に戸惑いと苦悩が宿る。


「――始原の、光」


 ミラはあいまいに微笑む。その力を背負う運命を想い、女王は再びミラを抱きしめた。




「……なんだよ、もう」


 皆が女王と王女の再会を見守る中、宰相は呆けたようにつぶやく。


「こっちはさあ、掟守らんとって気を張ってさあ、陰口叩かれても頑張ってきてさあ」


 口調から威厳がなくなっとる。完全にプライベートな独り言だな。


「言いたくて言ってるわけじゃないのにさあ。そういうのって、誰かが言わないと組織がまとまんないじゃん? なのにさあ、結局ワシばっかり悪者でさあ」


 そ、そうですか。苦労の多い立場ですね。いや、確かにそういう嫌がられても言わなきゃいけないことを言う立場の人がいないとってことあるよ。えーっと、うん、頑張って? なんか違うな、気を落とさずに?


「ミラ様が戻ってきて嬉しくないわけないじゃん。それでもさあ。『魂の樹』が歪んだら追放って決まってんじゃん。ワシが決めたんじゃないじゃん。誰が決めたんだよもう。バカじゃないの?」


 ついに先祖を非難し始めたよ。愚痴の止まらない宰相の様子に周囲の目が集まる。女王もまたミラから手を放して振り返り、まっすぐに宰相を見上げて言った。


「死刑」

「ちょっと黙って母様」


 ミラが冷静に女王を制し、一歩進み出て宰相を見上げる。宰相は怯えるように身をすくめた。ミラは冷厳な表情で告げる。


「感情に流されることなく、自らの職責をまっとうするあなたを、私は誇りに思います、じいや。あなたは何も間違っていない」


 宰相はハッと息を飲む。ミラは微笑みを返した。恥じ入るようにうつむき、拳を握って、耐えきれなくなったように宰相は――櫓からその身を躍らせた! えぇ!? ちょっと、そんなとこから飛び降りたら死んじゃうって! 誰か助けて!

 俺の動揺をよそに、宰相は空中で膝を抱えるように身体を折りたたみ、高速で回転しながら落ちてくる。そして彼が着地したとき、その姿勢は見事な土下座の形を成していた。スキルウィンドウが驚愕の事態を解説する。


『アクティブスキル(レア)【フライング高速回転土下座】

 申し訳ない気持ちを極限まで突き詰めた結果自然に辿り着いた謝罪の極致。

 着地に失敗すると首が折れる危険すらある土下座の究極形』


 謝罪系スキルって他であんまりみたことないけど、まあ、そういうのもあるんだね。そういえばトラックが【どうもすみませんでしたー】とか覚えてたな。スキルが日常に浸透している世界ならあって当然なのか。スキル使って謝るのもちょっとどうなんって思わなくもないけど。普通に謝れよ心を込めて。


「申し訳ございませぬ、姫様!」


 宰相が地面に額をこすりつける。ミラは宰相に近付き、その手を取って顔を上げさせた。宰相の目からはらはらと涙がこぼれる。宰相がミラを『姫様』と呼んだことに気付いた兵士たちが歓喜の声を上げた。これで反対する者は誰もいなくなった。ミラは、ハイエルフの王女なのだ。


「『真緑の樹』に住まう全ての民に告げる! 歓喜を以て迎えよ! 我らが王女殿下の、ご帰還である!!」


 守備隊長が都中に響けとばかりに大きく声を張り上げる。兵士たちが一斉に走り出し、『王女殿下がご帰還なされた!』と叫びながら通りを走る。エルフたちが振り返り、あるいは建物から出てきて、通りはエルフたちの姿で溢れた。


『お帰り、ミラ様!』

『王女殿下、ばんざい!』


 皆の喜びが都の隅々にまで広がり、響いている。




 こうしてミラと、ついでに冒険者たちは『真緑の樹』に迎えられることになった。当面の拠点を確保できたという点でこれは非常に大きい。もっとも、エルフの全てがトラック達に好意的なはずもなく、「ミラ様はともかくなんでお前らまで」という視線は常について回った。特にエルフの大臣や将軍たちの態度は冷ややかで、中には面と向かって「早く出ていけ」と言ってくる者もいた。だが、そういう相手に対してコメルは堂々と言い放つ。


「白米が食べられなくなりますよ」

「うむ、そういうことなら致し方ない」


 大概のやり取りはその二言で終了し、数日のうちにトラック達に対する冷たい視線は解消された。白米には感謝してもしきれないな。拝んで食べよう、今日から。




 トラックたちがエルフに受け入れられてから数日が経ち、コメルやマスターを始めとした主だった面々が会議の間に呼ばれ、コメルの意向でなぜかセシリアもそのメンバーに入っている。議場には女王と主だった重臣たちが並び、部屋はどこか張り詰めた雰囲気が漂う。議題は『クリフォトに対抗する方法』について。進行役の宰相が口火を切る。


「現在、アディシェス領となったケテルには戒厳令が敷かれ、市民は外出を禁じられているようです。今のところクリフォト軍に目立った動きはなく、当面はケテルの支配体制の構築に注力すると思われます。しかし異種族排斥を謳うあの者どもがこのままおとなしくしているとは思えませぬ。ケテル周辺のエルフの集落に使いを送り、『真緑の樹』への避難を促しております」


 エルフが集落を捨てて避難することはすぐにクリフォトの知るところとなるだろう。それは、エルフがクリフォトに敵対の意志を表明するに等しい。つまり、エルフたちは腹をくくったのだ。クリフォトとの衝突はもはや避けられない、と。


「ついては、今後の我々の方針を定めたく存じます。まずは皆の意見を聞かせていただきたい」


 宰相が皆を見渡す。コメルたち冒険者代表もまずはエルフたちの出方を見たいのだろう、発言をする様子はない。重臣たちは一様に口を引き結んでいる。重苦しい沈黙が降る。


「……陛下」


 しばらくの時が過ぎ、やがて、たまりかねたように口を開いたのは、


「私は退出したほうが良いのでは?」


 女王の膝に乗せられて困った顔をするミラだった。


「嫌よ。母様はもう片時もあなたと離れたくないの」


 ミラの提案をきっぱりと断り、女王は威厳に満ちた声で皆に告げる。


「これは我らハイエルフの未来を決める重要な会議だ。立場に関わらず忌憚のない意見をもらいたい。遠慮はいらぬ。思うところを素直に申せ」


 思うところを素直に申し上げると、たぶん全員一致で「子供を膝に乗せたまま国の未来を決める重要な会議に参加すんなよ」ということになるんだろうけど、それをツッコむ勇気のある者はこの場にいないらしい。突っ込みの技術に関してハイエルフはまだまだ未熟なのだろう。今ツッコんどかないとタイミング失っちゃうよ? 既成事実化しちゃうよ?

 女王の呼びかけにも重臣たちは答えない。女王が眉を寄せた。クリフォトと対決することを決めた、とはいえ、敵は十万を超える大軍だ。正面から戦うとはなかなか言えないということだろうか。もっとも安全なのは『真緑の樹』にこもって敵を迎え撃つこと。しかし援軍の当てもない籠城は愚策だろう。重臣たちは皆、具体的な提案を示すことができずに――


「クリフォトは」


 将軍の一人が、ぽつりと口を開いた。


「ミラ様をさらい、人形と化した者どもの国ですな」


 別の将軍が、また独り言のように言った。


「その胸を裂き、絡繰に変えた」

「『魂の樹』を歪ませ、その光輝を奪った」


 淡々と将たちは発言する。しかし、その声には凍えるほどに激しい怒りがあった。


「ならば、思い知らせねばなるまい」


 重臣たちは具体的な提案を持たずに沈黙しているのではなかった。ただただ、己の中の激情を胸の内に育てていたのだ。最初に発言した将軍が目を見開き、遥か遠くクリフォトの王をにらみつける。


「我らの宝を傷つけた報いを、骨の髄まで」


 その言葉を合図に重臣たちは一斉に席を立ち、気勢を上げた。


「クリフォト軍十万ことごとく屍に変え、その都に攻め上って王の首を獲る! 陛下、どうか我らにお命じください! ただ一言、『勝て』と!」


 重臣たちの士気はいや増し、いまにも破裂しそうな勢いだ。掟によって縛られ、抑えつけてきた激情が今、枷を断ち切って溢れたのだろう。すぐにでも出陣すると言わんばかりの臣下を女王は冷静に見つめる。ミラが慌てて声を上げた。


「待って! 怒りに任せて戦いを挑んではなりません! 皆の気持ちは嬉しいけれど、十万の敵は容易く勝てる相手ではない!」

「王女殿下の言う通りです。この戦いは復讐心で起こすものではない」


 ミラの言葉を継いで、今まで黙っていたコメルが口を開いた。居並ぶ重臣たちが憎悪の目をコメルに向ける。コメルはそれを平然と受け止めている。


「ならば客人。あなたには取るべき道が見えておいでか?」


 女王は、やや挑発的にコメルに問うた。コメルは当然のようにうなずきを返し、女王をまっすぐに見つめて言った。


「『愚者の門』を開いていただきたい」


 女王の目が驚きに見開かれ、重臣たちが信じられないものを見るようにコメルを見る。議場の空気が、凍った。

『愚者の門』を開くと、世界中の誰もがバカになり、結果的に世界が平和になるらしいですよ。

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