夜が明けた
【絶対攻撃】を宿した刃が赤黒い光をまとってトラックに迫る。トラックが迎え撃つべくぶぉんとエンジン音を鳴らした。【絶対攻撃】は必中効果を持つスキルだ。回避行動に意味はないため、トラックには迎撃する以外に手段がないのだ。
「本気を見せろ、特級厨師!」
叫びながらグレンは大きく剣を振りかぶる。その刃が炎に包まれた。スキルウィンドウが現れてその理由を説明する。
『アクティブスキル(レア) 【火断ち】
剣にまとう炎は鉄を飴のように溶かし、その断面を焼く』
トラックのキャビンで受け止められるはずの刃は、まるで熱したナイフでバターを切るようにほとんど抵抗なくトラックを切り裂く。トラックは慌ててギアをバックに入れ、アクセルを強く踏み込んだ。ギャリギャリと地面を削ってトラックは後方に退く。キャビンは大きくえぐられ、フロントガラスが砕けて地面に落ちた。
「【絶対攻撃】の真価は他のスキルとの組み合わせにある」
グレンはヒュっと剣で空を切った。刃を包んでいた炎が消え、赤黒い光がぼうと闇に浮かび上がる。
「強力なスキルは消耗が激しく、使用後の隙も大きい。回避されてしまえばむしろ危機を招きかねない。だが【絶対攻撃】を組み合わせれば、どんな攻撃も必ず当たる。回避されることが絶対にないなら一撃で相手を戦闘不能にするような大技を躊躇せずに使える」
グレンは剣を水平に構えた。剣が薄い水の膜に覆われる。
『アクティブスキル(レア) 【水穿ち】
研ぎ澄まされた水の刃は鍛え上げられた鋼を穿つ』
グレンが鋭く踏み込み、トラックに突きを見舞った。トラックは急ハンドルを切ってグレンに車体の側面を向ける。突きは助手席のドアを貫通し、刃の先から放たれた水が運転席側のドアにまで穴を穿った。しかしグレンのその攻撃はトラックの勢いを止めるものではなく、回転したトラックの車体はグレンに直撃してその身体を吹き飛ばした。グレンは勢いのままに地面に転がり、そのまま何事もなかったように平然と起き上がった。トラックの【手加減】がグレンへのダメージを完全に打ち消している。
「まだ理解していないらしいな」
不快そうに顔をしかめ、グレンは剣を下段に構える。赤黒い光を帯びた剣が風を纏った。
「【手加減】されると分かっていれば防御も回避も不要だ。こちらは攻撃だけに集中すればいい。そんな緊張感のない戦いに何の意味がある。何の価値がある」
トラックはプァンとクラクションを返し、その場で【回し蹴り】と放ってくるくると回り始める。その勢いは徐々に増し、やがてトラックを中心に風が渦を巻き始めた。スキルウィンドウが揺らめきながら姿を現し、【サイクロントルネードハリケーン】の発動を告げる。しかしグレンはまるで躊躇することなくトラックの懐に飛び込み、右下から左上に鋭く剣を切り上げた。渦巻く風を切り裂き、トラックの左のウィングが派手に抉られる。
『アクティブスキル(レア) 【風裂き】
風を纏う斬撃は強固な鉄の壁さえ裂き抉る』
【サイクロントルネードハリケーン】が霧散し、トラックの回転も止まる。グレンは上段に剣を振りかぶった。静脈血のような暗赤色に刃に黒曜石の輝きが浮かぶ。トラックはバックして距離を取るが、グレンは剣を振りかぶったまま踏み込んだ。トラックの真正面からグレンは剣を振り下ろし――
――ズガァァァン!!
ほぼゼロ距離から放たれた【怒りの陽電子砲】がグレンを直撃し、大きく後方に吹き飛ばす。【手加減】がグレンの身体を受け止め、衝撃のダメージを吸収する。ギリリと奥歯を噛んでグレンは【手加減】を苛立ちまぎれに両断する。斬られた【手加減】の輪郭が揺らぎ、真っ二つにされた丸太が地面に落ちた。【手加減】の変わり身の術は相変わらず見事の一言に尽きる。
「【手加減】など、戦士に対する侮り以外の何物でもない。腹立たしいだけだと分からないか。戦いに臨んで命を惜しむなど恥ずべきだと理解できないか」
憤怒の形相でグレンはトラックをにらみつけた。【手加減】がなければ【怒りの陽電子砲】の直撃で戦いは終わっていたかもしれない、そのことが気に入らないのだろう。彼に言わせればこれは戦いではなく戦いごっこ、なのだ。命のやり取りをしたいのに、ごっこ遊びに付き合わされていることが気に入らないらしい。トラックはプァンとクラクションを鳴らす。牙を剥きだした犬のようにグレンは吠えた。
「戦士でないと言うならなぜここにいる! なぜ戦っている! 戦うのなら殺せ! 戦わぬのならおとなしく蹂躙されていろ! 戦いながら殺さぬなど、夢を見るのも大概にしろ!」
グレンは半身を引いて肩の高さで剣を水平に構える。剣に宿す色はどす黒さを増し、黒曜石のような硬質の光沢を帯びる。
「目を醒ませ! 戦いの本質は、死だ!」
力を溜めるように身を縮め、グレンの全身の筋肉がミシミシと音を立てて盛り上がる。トラックはアクセルを踏み込み、グレンの正面から突撃した。グレンが満身の力を込めて強く踏み込み突きを放つ!
『アクティブスキル(レア) 【磐貫き】
硬い岩盤をも貫通する強力無比な刺突攻撃』
刺突はトラックのフロントガラスを粉々に砕き、助手席のシートに大きな穴を穿ち、さらに荷台の後部まで貫通した。同時にトラックの車体がグレンを弾き飛ばす。グレンは回避も防御も一切考慮せずに【磐貫き】を放ったらしく、まともにトラックの体当たりを食らって大きく吹き飛んだ。しかしトラックの【手加減】は愚直に役割を果たし、グレンは何のダメージもなくすぐに起き上がる。ただただ、トラックにだけ傷が増えていく。
確かにトラックは【手加減】を止めないし、【手加減】されれば絶対に死ぬことはない。しかし、それと『巨大な質量が目の前に迫る恐怖』とは別の話だ。【手加減】は攻撃を受けるまで実際に発動されるか分からない。目の前に加速したトラックが迫ってきたときに何の防御も回避もしないなんて、まともな感覚では不可能だ。グレン自身が言っていたように、間違いなく彼は『決定的に何かが欠けて』いる。彼自身も含めたすべての命に価値を見出していないのだ。その価値の喪失を埋めるために、彼は壊すのだろう。【手加減】によって『壊さない』という意志を示すトラックは、彼にとって価値の追求を放棄する愚行なのだ。
「まだ下らぬこだわりが捨てられんか。このまま無様に死んでいきたいのか」
グレンは底冷えするような冷たい視線でトラックに剣の切っ先を向けた。トラックは平静な様子でクラクションを返す。理解できぬとグレンは首を横に振った。
「……どうしても分からんか。それだけの才に恵まれながら、武の頂を見ることの叶わぬ凡百と同じだというのか」
悔しそうにグレンは唇を噛む。トラックはプァンとクラクションを鳴らした。キッとトラックをにらみ、グレンは絞り出すように言った。
「もういい。貴様と削り合うことができれば新たな世界が見えるかと期待したが、所詮貴様も『狂』を持たぬつまらない男だったということだ」
その声にはどこか裏切りを非難するような、寂しさと恨みの感情がある。思いを振り切るようにグレンは剣で空を切った。
「これで終わりだ。闇に喰われ、跡形もなく消え失せろ!」
苛立ち、八つ当たりのように吐き捨てたグレンの剣に赤黒く【絶対攻撃】が宿る。トラックがぶぉんとエンジン音を鳴らし、その車体が金色の光を帯び始めた。【絶対攻撃】の光は漆黒となってグレンの身体を包み、その刃からどろどろとした粘性の高い『何か』が湧き上がって地面に落ちる。ぼたりと地面に落ちたそのヘドロのような塊から羽の生えた鬼が生まれ、牙を剥いて耳障りな鳴き声を上げた。トラックの放つ輝きがその強さを増す。グレンが剣を構え、同時にトラックが強くアクセルを踏んだ。
『アクティブスキル(SR) 【朽ち夜魅・百鬼夜行】
狂気の闇を極めた剣は魑魅魍魎を呼び寄せ、触れるものすべてを朽ち滅ぼす』
『スキルゲット!
アクティブスキル(SR) 【天下御免】
一瞬で亜高速まで加速される身体はあらゆるものを滅砕する黄金の弾丸となる』
陽光を思わせる輝きに包まれたトラックが一瞬で間合いを詰め、グレンの振り下ろした剣と激突する! 刃から湧き出す命を持たぬ異形たちが、誘蛾灯に群がる虫のようにトラックを襲い、黄金の光に焼かれて消滅する。しかし無限に湧く負の情念のごとき鬼たちはトラックの突撃の威力を抑え込んでいた。トラックのタイヤがギャリギャリと地面を削る。光と闇が境界を形作り、その狭間で夜闇の妖しさと陽光の温もりが互いを食い合う。この境界が闇を払う夜明けの姿なのか、光を失う黄昏の光景なのか、想像がつかない。それほどに両者の力は――思いの強さは、互角だった。
ふたりを中心に大気が渦を巻き、大地が鳴動する。世界が、怯えている。森は音を失い、息をひそめて厄災が過ぎるのを待っている。拮抗する光と闇は行き場を失って上方へと伸び――天が、割れた。
「うおぉぉぉぉーーーーーーーーっっ!!!」
己の存在意義を賭けてグレンが剣を押し込む。譲れぬ思いを叫ぶようにトラックがアクセルを踏み込む。互いのスキルウィンドウが点滅を始めた。スキルが効果を完遂しないまま終わろうとしているのだ。グレンが目を血走らせ、トラックのサイドミラーが吹き飛び、スキルウィンドウが力尽きたように霧散し、スキルの制御を失った光と闇が混じり合い、そして――爆発した。
――はぁ、はぁ
爆風が収まり視界が晴れたとき、グレンは荒く息を吐き、剣を振り下ろした姿勢のまま、憎悪の目でトラックをにらんでいた。その手の剣はトラックのキャビンのフレームを切り裂き、エンジンに到達する、その直前で止まっている。【手加減】ががっくりと膝をつき、トラックは呆然と静止していた。トラックの攻撃は完全に打ち消され、グレンの刃がエンジンに突きつけられている。つまり、トラックは、負けたのだ。
「貴様は、弱い!」
やりきれないように、納得できないように、グレンは吠える。剣を持つ手が震えている。抑えつけるように左手で右の手首を持ち、言葉にならぬうめき声を上げ、グレンは叩きつけるように言った。
「だが、強いはずだ! 貴様はもっと強いはずだ! もっと強くなれるはずだ! 誰にも届かぬ高みに届くほどに! 最強の座に、届くほどに!!」
葛藤を噛み切り、グレンは剣を引く。その決断をする自分を軽蔑するように顔をゆがめ、彼はトラックに背を向けた。
「今は殺さん。今の貴様を殺しても俺は満たされん。そう遠くない未来に俺たちは必ず相見えよう。そのときまでにその【手加減】などという下らん言い訳を捨てておけ。そうでなければ――」
強く憤りを滲ませ、グレンは虚空をにらみつけた。
「――その存在ごと消去してやる」
グレンは懐から法玉を取り出し、不要なほどに強く地面に叩きつける。淡く光を放って、グレンと『屠龍』の傭兵たちの姿が消えた。
戦いの気配が去り、木々が忘れていた音を取り戻すように風に揺れカサカサと音を立てる。地平の彼方から太陽が顔を出し、徐々に世界を照らしていく。長い夜が、明けた。
猫人たちとルーグは未だ目を覚まさず、しかし、誰ひとり命を失ってはいない。『屠龍』は撤退し、脅威は消えた。陽光は温かく猫人たちを包む。そして陽光は、無慈悲に敗北者の影を濃く地面に浮かび上がらせていた。
猫人救出戦、
『屠龍』総隊長グレン VS. トラック
――勝者、グレン。
タイトル監視委員会は今話の展開を受けてトラック無双をタイトル詐欺と認定しました。
だって無敵じゃなかったんだもん。




