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同じ道を

 ラジールは片手半剣を振りかぶり、鋭く空を切る。斬撃は真空の刃となってセシリアに襲い掛かった。『始原の光』に触れた刃はあっさりと光の粒に変換されて散る。スキルウィンドウが発動されたスキルを説明する。


『アクティブスキル(ノーマル)【風の刃】

 真空派を発生させ敵を切り刻む』


 防がれたことを特に気にするふうもなく、ラジールはぶんぶんと剣を振り回し、無数の真空派を放った。セシリアが不可解そうに不快そうに眉を寄せる。ノーマルスキルで『始原の光』を破れると思っているわけではあるまい。初歩的なスキルを連発する意図が読めない。

 セシリアは険しい顔で手をラジールにかざす。するとラジールは弾かれたように大きく飛びずさって距離を取った。まだセシリアが具体的に攻撃を放ったわけでもないのに、すさまじい警戒ぶりだ。ごまかすように笑い、ラジールはまたも斬撃を飛ばす。暗闇に光の粒が散る。


「私の自滅を待っている、ということか」


 冷めた眼差しでセシリアはラジールを見据える。わざとらしく額に手を当ててラジールは「参った」と嘆いて見せた。


「早々にバレてしまいましたか。さすがは殿下、ご明察であらせられる」


 白々しい物言いにセシリアが怒りを強くする。まあまあ、となだめるように言って、ラジールはにやにやと根性の悪い笑いを浮かべた。


「だが、貴女には他に手がないのでは? その光、あらゆるスキルを打ち消す凄まじい力だが、そんなものをいつまでも使い続けられるはずはない。私の可愛い部下たちのレアスキルもまるで赤子のようにあしらった力だ。その代償は相当なものでしょう?」


 セシリアがわずかに目を細める。違和感を覚えた、という顔だ。だがすぐにその表情は冷淡な無表情に差し変わる。表情から情報を与えるのは得策ではない、ということだろう。

 セシリアの覚えた違和感の正体は、おそらくラジールの『始原の光』に対する評価のことだ。ラジールはセシリアの放つ力が何なのか、おそらく知ってはいない。セフィロトの娘のことも知らないのかもしれない。彼女の『価値』をズォル・ハス・グロールから教えてもらっていないのだ。それはこの男が宰相から信用されていないということであり、俗物なこの男が真実を知れば容易に裏切るであろうことを宰相が知っていたからだろう。あくまで行動の原則が自分自身の利益にしかない、ラジールという男はそういう人物なんじゃないだろうか。少なくとも宰相はこの男をあまり評価していない気がする。

 セシリアを包む光が弱まる。力尽きたわけではなく、意図的に消耗を抑えたのだろう。自滅を待っていることを知ってなお力を使い続ける意味はない。ましてもうここにいる『屠龍』の大半は戦闘不能なのだ。力を誇示し続ける必要もなくなっている。ラジールはにやっと笑い、再び斬撃を繰り出した。


『アクティブスキル(VR(ベリーレア))【裂空皇龍覇】

 皇龍の咆哮は大気を裂きその覇道を知らしめる』


 大気が悲鳴を上げて渦を巻き、暴風となってセシリアを襲う。セシリアは右手をかざして『始原の光』を放ち、暴風を払った。ベリーレアの強力な攻撃、だがラジールにはこれで戦いを終わらせる気などなかったのだろう、防がれても平然としている。つまりこれもセシリアを消耗させるための攻撃。身にまとう光を弱めれば強力なスキルを使うぞ、という揺さぶりなのだ。強い力で守りを固めれば弱いスキルの攻撃で無駄に消耗させ、力を弱めれば強力なスキルを使い、強い力を使わざるを得ない状況に引きずり戻す。心の底から根性の悪い男だ。


「いやあ、しかし懐かしい。まるで昨日のことのようだ。燃え盛る王宮であなたを追ったのは」


 唐突にラジールはそう言って目を細めた。しかしその目の奥にはひどく冷淡な光が宿っている。おそらくは挑発、あるいは動揺を誘うための作戦なのだろう。セシリアは無表情にラジールを見返している。


「あなたを逃がすためにどれほど大勢の人間が命を落としたか、ご存じですか? 戦う力を持たぬ侍女たちさえ、その身を投げうって敵の進路を塞いでおりました。私は震えましたよ。『姫、お逃げください』と――」


 ラジールの顔が嘲りに歪む。


「――バカみたいに」


 セシリアの表情は変わらず、しかし拳を握る力が強くなった。ラジールはクックと喉を鳴らす。


「隊長、私の当時の上司もね、バカな男でね。私に背中から斬られるまでまるで私を疑っていなかった。『なぜだ、ラジール』なんて言ってね。なぜも何もないでしょう。金と地位、それ以外に何があるってね」


 セシリアは右手をラジールにかざす。光がセシリアを中心に爆発するように広がった。光が晴れたとき、そこにラジールの姿はない。しかし――


「おお、こわい。そんな力を食らったら、私など消し飛ぶでしょうな」


 セシリアの後方の何もない空間からラジールが姿を現す。スキルウィンドウがスッと姿を現した。


『アクティブスキル(レア)【空間跳躍】

 遮蔽物を無視して一定の範囲内の離れた空間に移動する』


 ラジールはセシリアの手の届く範囲には近寄らず、距離を保っている。セシリアの力を警戒していて、何かされても対処する時間の取れる距離にいたいのだろう。ラジールはポリポリと頭を掻いた。


「私はこの【空間跳躍】が苦手でして。あまり遠くへは行けんのですわ。ただ、跳躍している間は別の空間にいるわけで、敵の攻撃を避けるのには重宝してます」


 いちいち解説するあたりが癇に障る。これも挑発の一環なのだろう。そして挑発の狙いはセシリアに攻撃をさせること。昔の話を持ち出し、感情的にさせて力を消耗させ、力を使いきらせて完全に安全だと確信したとき、ラジールはセシリアを捕えようとしているのだ。


「お前のくだらぬ話に付き合う気はない」

「まあそう言わずに。六年前、さっさと逃げたあなたは知らんでしょう? 陛下と、王妃殿下の最期の姿を」


 セシリアが目を見開き、その身にまとう光が濁る。ラジールは神妙な面持ちで言った。


「人間とは哀れなものですな。威風堂々、という言葉を体現したような方だった陛下も、死の間際には恐怖に顔を引きつらせて命乞いをするのですから」


 セシリアの握った拳が震える。ラジールは芝居がかった様子で両手を天に掲げた。


「仲睦まじかった陛下と王妃殿下も、死を前にすれば脆くも醜い本性をさらけ出す。王妃様は私に何と言ったと思います? 陛下の首をやるから私だけは助けてと、そう言ったのですよ」

「でたらめを!」


 赤黒く濁った光がセシリアの怒りに反応してラジールに放たれる。【空間跳躍】でまたも攻撃をかわし、ラジールは哀れむようにセシリアを見つめる。


「でたらめなものですか。あなたはその場にいなかったのだから、真実など知りようもないでしょう? なにせあなたは逃げたのだから。他の大勢の、あなたを大切に思う人々を見捨てて逃げ出したのですからな」


 セシリアが唇を噛み、光はますます澱み濁る。憎悪で形作られたヘドロのような鞭がセシリアから伸びてラジールに迫る。ラジールは片手半剣で鞭を切り払った。粘性の高い音を立てて斬られた鞭が地面に落ちる。セシリアを覆う光はもう真白の輝きではなく、ひどくおぞましい色――血と憎悪と殺意――に染まっている。そのおぞましい光は剣に、槍に、矢に形を変えて次々にラジールを襲った。しかしラジールはそれらをことごとく切り払い、あるいは【空間跳躍】で避けて余裕の笑みを浮かべる。忌々しいが、この男の実力は本物なのだろう。


「あなたにも見せて差し上げたかった。お二人の最期の姿を。互いに罵り合い、自分だけは助けてくれと涙を流して私に縋るお二人の様をね」

「父様と母様を愚弄するな!」


 血の色の光が槍となってラジールに放たれる。ラジールはわずかに体を横にずらしてそれをかわした。


「事実ですよ。残念ながら」

「黙れ!」


 ラジールの言葉が真実かどうかは分からないし、実際に百パーセント真実だということはないだろう。しかしセシリアはその場にいなかった。自分だけが逃げ延びたという負い目が、ラジールの言葉を否定する根拠を揺らがせている。この目で見た、というラジールの言葉を否定できるほどの強さを自分の中に見出せないのだ。ラジールはそれを承知で堂々とあることないことしゃべっているのだろう。セシリアからまたもどす黒いねばつく光が放たれる。ラジールは簡単にそれをかわした。セシリアが明らかに息を乱し始める。限界が、近い。


「王妃殿下の最期の言葉をお伝えしましょうか?」


 畳みかける好機と捉えたのだろう、ラジールは醜悪な笑みを浮かべてセシリアを見る。


「『どうか私を貴方様の妻にしてくださりませ。身も心も貴方様に捧げ、お仕えいたしますゆえ』」


 セシリアの瞳孔が収縮し、顔色は白蝋のように白い。ラジールはだらしなく顔をほころばせた。


「あのような美女に艶のある声でそう迫られたら、私も危うく決意が揺らぐ――」


――アアァァァァーーーーーーッ!!


 もはや言葉にならぬ叫びを上げ、セシリアを中心に赤黒くおぞましい闇が爆発する。それは何か意図した力の発動ではなく、暴発に近い無秩序な力だった。ラジールが瞬時に表情を改め、「かかった!」と勝利を確信したようにこぶしを握ると、迫る闇を避けるべく【空間跳躍】を発動する――


「え?」


 スキルの発動を告げるはずのスキルウィンドウが朽ちるようにボロボロと崩れ落ち、【空間跳躍】は効果を示さない。ラジールの目が驚愕に見開かれる。セシリアが放った闇は、周囲の物をことごとく朽ちさせながら広がっていった。


「待っ――」


 闇がラジールに触れ、その身体が崩れる。あっさりと、本当にあっさりと、ラジールは一片のかけらも残さずに消えた。




「あ……」


 闇が晴れ、セシリアは呆然と膝をつく。自分が何をしたのか、何をしてしまった(・・・・・・)のか、それに気が付いたのだ。憎しみで力を振るい、その結果、ラジールという一人の男をこの世から消滅させた――殺した。それは、彼女がもはやトラックと同じ道を歩めないことを示している。セシリアの目から一粒、涙がこぼれた。

 どれだけの時間、そうしていただろう。やがてセシリアは固く目をつむり、右手の甲で涙を拭って立ち上がった。


「……猫人を、助けなければ」


 うちひしがれ、ふらつく足取りで、セシリアは村の奥へと向かった。


 猫人救出戦、

 『屠龍』ラジール・バルジオロ VS. セシリア


――勝者、セシリア。

心配せんでも、ああいう輩は簡単に死なないから。ゴキブリ並みよ? そのうちひょっこり出てくるって、生ごみのごみ箱あたりで。

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― 新着の感想 ―
[一言] これはメカフリーザになって復活するフラグ( ˘ω˘ )
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