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 マカロン君は吹っ飛んだ剣士を追撃する。辛うじて転倒を回避した剣士の頬を突き出されたハルバードの穂先がかすめた。剣士は剣の柄を握りしめ、しかしそれを振るうことができずにいるようだ。マカロン君は、少なくとも見た目は子供であって、いくら実際には強い力を持っているとしても、攻撃する対象としてみなすのは抵抗があるのだろう。


「ほらほら、ぼーっとしてると死んじゃうよ」


 長大なハルバードをマカロン君は軽々と振り回す。剣士は苦い表情で攻撃を避けている。マカロン君は本当に理解しているのだろうか? ハルバードを振り回すことがどういうことなのかを。


「避けてばかりじゃ勝てないよ?」


 挑発するように笑って、マカロン君はハルバードを振り上げた。隙だらけの姿は油断のようにも侮りのようにも見える。おそらくマカロン君の思惑の通りに、剣士は動かなかった。マカロン君は勢いよくハルバードを振り下ろす。


『アクティブスキル(レア)【落岩圧砕槌】

 上段から振り下ろされる一撃は落下する巨岩のごとく敵を圧殺する』


 剣士が身をのけぞらせて後方に退く。ハルバードは空を切り、強く地面を打った。攻撃を避けたはずの剣士がその衝撃波で吹き飛んで地面を転がる。ハルバードが打った場所はちょっとしたクレーターのように抉られていた。


「つまらないなぁ。まじめにやってよ。うちの隊員を何人も倒したんでしょ? それがこんなに弱いはずないじゃん」


 遊び相手に文句を言うようにマカロン君は剣士をにらんだ。実際、遊び感覚なのだろう。マカロン君は部下に戦いを手伝わせようとしていない。部下はいつでも助けに入ることができるように構えているものの手出しをする様子はなかった。戦いの気配に気付いたのだろう、傭兵たちは続々とここに集まりつつあるが、剣士を逃がさぬよう遠巻きに囲むのみだ。きっと手出しをするとマカロン君が怒るんだろうな。


「……どうして」


 ゆっくりと身を起こし、剣士はマカロン君を見つめる。


「戦っている?」

「どうして?」


 剣士の問いの意味がピンとこなかったのだろう、マカロン君がオウム返しに問う。剣士はどこか苦しそうな表情を浮かべた。


「戦うということは、殺し殺されるということだ。殺すことにためらいはないのか? 殺される恐怖はないのか?」


 マカロン君は「なんだ、そんなことか」と言わんばかりに鼻で笑った。


「そんなの、弱いから死ぬってだけじゃん」


 自分は世の真実を知っている、という幼い傲慢がマカロン君の顔に垣間見える。


「あのさ、僕は総隊長に認められてるの。そんな程度の低い悩みなんて持ってないよ。総隊長は僕を天才だって褒めてくれたんだから」


 マカロン君は誇らしげに胸を張った。褒められたらうれしい。褒められたから、この生き方が正しい。マカロン君は自分の歩む道を疑っていないのだろう。その手が血に塗れることの意味をマカロン君は自覚していない。後悔する日が来るかもしれないことを想像できていない。剣士は奥歯を噛む。マカロン君は不快そうに声を荒らげた。


「何なんだよ。ぼ……おれがどうだろうとおじさんには関係ないでしょ」


 周囲を見渡し、マカロン君は一転して満足そうに笑う。


「ほら、見てよ。部下たちがおじさんを囲んじゃったよ? これでもう逃げられない。おじさんが生き残るには、戦って勝つしかない」


 マカロン君のハルバードがひゅんと音を立てて空を切った。


「今度はきちんとやってよね」


 遊び相手に対する口調でそう言って、マカロン君は再び剣士に襲い掛かった。




 ハルバードは槍と斧と鉤爪を持つ長柄武器で、突く、斬る、穿つ、引っ掛けるといった多彩な攻撃が可能な反面、扱うには熟練を要する。長さは二メートル以上あり、大人でも取り回しに苦労するような武器を、十歳くらいにしか見えないマカロン君はやすやすと使いこなしているようだった。マカロン君の攻撃はその一撃が重く、速い。剣で受けても体力の消耗はかなりのもののようで、剣士は集中して回避に専念しているようだ。反撃するという考えはないらしい。マカロン君の暴風のような攻撃にさらされ、剣士に浅い傷が増えていく。


「つまんないな」


 不満を隠そうともせずマカロン君は口をとがらせる。正面から突き出されたハルバードを迎撃しようと『なんでもない剣』を打ち付け、勢いを殺しきれずに剣士が後ろに吹っ飛んだ。周りを囲むマカロン君の部下たちが剣士を受け止め、背中に蹴りを入れて元の場所に戻す。戻ってきた剣士を迎えるようにマカロン君がハルバードを薙ぐ。剣士は地面を蹴って跳躍し、斬撃をかわしてマカロン君の背後に立った。マカロン君は振り向きざまにハルバードを振るう。剣士はさらに後退してそれをかわした。


「久しぶりに戦える相手だって思ってたのに、攻撃してこないんじゃ意味ないよ。子供だからってバカにしてるの?」


 険しい顔でマカロン君は剣士をにらみつける。剣士は無言のまま、何も答えない。苛立たしげにマカロン君は鼻にシワを寄せた。


「能力があったって敵を殺せないなら意味ないよ。戦う意志がないのならここにいる意味もない」


 剣士は無言を貫いている。バカにされたと思ったのだろう、マカロン君は怒りをあらわにする。


「戦わなきゃ殺されるだけだ! 望みがあるなら勝ち取るしかない! 弱い奴には何も与えられはしないんだ! 奪って殺して僕らは生きていくんだ! 戦わないって言うのなら、もう殺すだけだ!」


 剣士はハッと何かに気付いたような顔を浮かべる。そして、笑った。マカロン君の顔が怒りに赤く染まる。


「バカにするな!」

「バカにしちゃいない」


 剣士は首を横に振る。その顔から迷いが消えた。


「ようやくわかった。俺は何を望んでいるのか。俺は――」


 剣士の握る『なんでもない剣』が白く光を帯び始める。


「――弱さを否定する世界を、否定したいんだ」


 『なんでもない剣』が放つ光が徐々に強まる。やがて光はまばゆいほどになり、視界を真白に染めた。




 夜闇を裂く純白に視界を覆われ、マカロン君を始めとする『屠龍』の傭兵たちは動揺したようにざわめく。こ、これはまさか、ついに『なんでもない剣』が剣士の望みに応じて真の力を開放するのか!? 光の中心――剣士が立っているはずの場所から、剣士のものではありえない声が響いてくる。


『チャームアップ・メタモルフォーゼ!』


 掛け声を合図に、光はその中心に収束を始める。光は帯状にまとまって中心にいる人物に巻き付き、戦装束を形作った。光が弾け、掛け声を発した人物が姿を現す。そこにいたのは、まるでアイドルのような恰好をした十六、七くらいの美少女だった。


魔法の歌姫(マジカルディーヴァ)、ミューゼス・カリオペイア推☆参! おいたが過ぎる悪いコたちは、私の歌で昇天よ!!」


 ビシッとポーズを決めて、えーっと、ミューゼス・カリオペイア? はマカロン君をまっすぐに見据えた。マカロン君は呆然と彼女を見つめ返す。他の傭兵たちも一様に、いったい何が起こったのか理解できないというように、その場を動けずに固まっている。戦場だったはずのこの場所に時間が止まったかのような沈黙が降る。


『説明しよう!

 剣士カイの歌への情熱が七十二ミリバールを上回ったとき、彼はマジカルディーヴァへと変身するのだ!』


 沈黙に耐えられなくなったかのようにインフォメーションウィンドウが姿を現す。歌への情熱の単位がミリバールはおかしいだろ。もう教科書にも載ってない単位だよ。昔台風とかの時に天気予報で使われてたやつだよ。意味は知らんけど。そしてマジカルディーヴァがあたかも周知の事実みたいな言い方をするな。ここにいる誰一人としてマジカルディーヴァのこと知らんからな。


「お、おじさん、は?」


 かすれた声でマカロン君は言葉を絞り出す。ミューゼス・カリオペイアは……長いな、カリオペでいいか。カリオペは胸に手を当て、うつむいて目を閉じた。


「それは、あなたの心の中に」


 適当なこと言ってんじゃねーよ。いねーよ剣士はマカロン君の心の中にはよ。でも確かに剣士はどこにいったんだ……って、そういえばインフォメーションウィンドウが不穏なことを言ってたな。確か、『彼はマジカルディーヴァへと変身するのだ!』とか何とか。と、いうことは、もしや……


 剣士、カリオペの中の人ってこと!? ⅤTuber的な!? おお、自分の中で折り合いがつけづらい。この美少女の正体は剣士でしたってなったときにどう振舞うのが正解でしょうか? やっぱ、気付かぬふりかな?

 カリオペはずびしっとマカロン君を指さし、険しい表情で言った。


「猫人たちを捕まえて閉じ込めるなんて、言語道断道路は横断、母ちゃんは老眼で父ちゃんはモーガンだった。分かるかなぁ? 分かんねぇだろうなぁ?」


 分からねぇよ。何が分からんってお前のキャラが分からねぇよ。何目的のキャラ設定だよ。訴求したい客の年齢層が行方不明だよ。


「その悪行、見逃すわけにはいかないわ! 私の奏でる天界の調べを聴いて、地獄の業火に焼かれるがいい!」


 なんで天界の調べを聴いたら地獄の業火に焼かれるんだよ。もっとこう、浄化される感じであれ。心が清らかになって悔い改めて改心する感じであれよ。


「……な、なんだかよくわからないけど、とにかくお前は敵なんだな! 敵なら倒すだけだ! みんな、この変な奴を斬れ!」


 ようやく認識が現実に追いついた、というか、理解できない部分は無視して理解できる範囲で状況を認識できた様子でマカロン君は皆に命令した。周りを囲む傭兵たちがカリオペに近付く。カリオペの右手に何もない空間からマイクが現れ、不敵な笑みと共に彼女は叫んだ。


「それでは、聞いてください! デビューシングル『奥入瀬慕情』!」


 カリオペ演歌歌手なん!? もうどう突っ込んでいいのか分からなくなってきたよ! 剣士よ、お前はとんでもない怪物を生み出しちまったのかもしれねぇぞ?


 カリオペが大きく息を吸いこむ。傭兵としての本能だろうか、得体のしれないカリオペが何か仕掛ける前に消せというように敵は一斉に襲い掛かった。剣が、槍が、斧が槌が、カリオペの華奢な体に届く――その寸前。


『ホゲーーーーーッ!!!』


 歌唱力皆無かぁーーーーーっ!!


 耳をつんざくような大音量の音波攻撃がカリオペを中心に放たれ、傭兵たちは一瞬で木の葉のように吹き散らされる。その威力はすさまじく、武器を砕き、鎧を壊した。歴戦の傭兵たちが抵抗も回避もできずに意識を失って地面に転がる。ただ、マカロン君だけがぽかんと口を開けてカリオペを見ていた。


「なに、が……?」


 カリオペがマカロン君に向けて一歩踏み出す。小さく悲鳴を上げてマカロン君がハルバードを構えた。ハルバードの先端、槍と斧と鉤爪が付いた部分が折れて地面に落ちる。さっきの『ホゲー』でボロボロになっていたのだろう。マカロン君の顔が心細げにゆがむ。


「もうおやめなさい。勝負はついたわ」


 カリオペの投降を促す言葉に、しかしマカロン君は首を激しく横に振る。


「嫌だ! 負けたら、終わりなんだ! 勝たなきゃ、ずっと勝ち続けなきゃ、意味ないんだ! 価値がないんだ! 価値がなきゃ、誰からも、見向きもされないんだ!」


 マカロン君の目に強い恐怖が宿っている。それは見捨てられる、居場所を失ってしまうことへの恐怖のようだった。カリオペはかすかに微笑む。


「そんなことはない。意味も、価値も、勝ち負けとは無関係だから」

「嘘だ!」


 穏やかなカリオペの声をマカロン君の強い声が否定する。勝つことが、強さだけが意味であり価値なのだと、ずっとそういう世界をマカロン君は生きてきたのだろう。カリオペは足を止め、胸に手を当てて息を吸った。ま、まさかまた歌うつもりか!? 『ホゲー』でマカロン君を気絶させて終わらせるのか!?


『朝露がひとつぶ

 静かに零れ落ちるように

 悲しみをひとつぶ

 解き放って』


 静かに、染み渡るように歌声が広がる。音波兵器ではなくちゃんと歌になっている。おお、歌おうと思えばまともに歌えるのか。マジカルディーヴァは伊達じゃないのか。


『花びらがひとひら

 風にさらわれて舞うように

 苦しみをひとひら

 空に預けて』


 マカロン君の顔から恐怖が薄れ、目がとろんとしてくる。なんか眠たそう。いや、こんな状況で急に眠たくなるとかないわ。だとすれば、この歌は何かの魔法? 眠りへと誘う魔法の子守歌、なのだろうか?


『お眠りなさい、

 今は。

 月と闇に抱かれ。

 孤独を恐れるなら

 月が照らしてくれる。

 罪に怯えるなら

 闇が覆い隠してくれる』


 マカロン君の身体が揺れ始める。カリオペはマカロン君に近付き、その身体を支えた。


『やがて朝が来て

 あなたは気付くでしょう。

 呼吸に。

 鼓動に。

 あなたが命であることに。

 それは光。

 自ら放つあなたの光。

 誰が否定しても

 消えることはない』


 マカロン君の全身から力が抜け、完全にカリオペに身体を預ける。カリオペはゆっくりと膝をつき、マカロン君を横たえて自らの膝の上に彼の頭を乗せた。


『だから今は

 お眠りなさい。

 月と闇に抱かれ。

 歩みを止めて。

 剣を置いて。

 戦うことだけが

 証明するわけじゃない』


 マカロン君がすぅすぅと寝息を立て始める。カリオペはそっと彼の髪を撫でた。


『だから、今夜は――』


 カリオペは穏やかに微笑み、最後のフレーズを口にする。


『――震えて眠れ!』


 何でだよ! 最後の最後で台無しだよ! 何で逮捕間近の犯人に公共の電波で勝利宣言する刑事みたいな終わり方になってんだよ! マカロン君がもう眠っててよかったよ! 子供に聞かせらんないよこんな裏切り方!


 カリオペの身体が淡い光を帯び、幽体離脱のように中空に分離する。半透明になったカリオペが剣士を見下ろした。剣士はマカロン君の頭を膝に乗せたままカリオペを見上げる。カリオペは面白そうに笑った。


『我を所有した者は今までに多くいたが、このような姿を与えられたのは初めてだ。剣に殺さぬことを求めるとは、おかしな男よな』


 どこか機械的な、男と女が同時にしゃべっているような声でカリオペが言った。いや、これはカリオペの声ではなく、たぶん『なんでもない剣』の声なのだろう。口調も声もさっきまでと違う。『なんでもない剣』は楽しそうに言葉を続ける。


『力ではなく歌で制する。そんな道を貫くことができるというなら我に見せてみよ。お前が望めば望むほどに、我は形を変えるだろう』


 カリオペの姿が光の粒となって散る。光の粒は剣士の鞘に流れ込み、やがて元の形状、つまり『なんでもない剣』に戻った。惰眠王の言う通り、この剣は望むままに形を変えるのだ。いや、明らかに変わりすぎだろうよ。原形をとどめてないだろうがよ。


「俺は……」


 空を仰ぎ、剣士は呆然とつぶやく。


「……心の底であれを望んでいたのか――」


 かすれた声が風にさらわれ、剣士は固く目をつむった。


 猫人救出戦、

 『屠龍』巨礫部隊 VS. 剣士カイ


――勝者、剣士カイ。

勝負に勝って、人生の何か大切なものに負けた。

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[一言] 犯人に告ぐ( ˘ω˘ )
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