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「どうして……?」


 驚きの表情でミラはドラムカンガー7号を見上げる。ドラムカンガー7号は優しい瞳で答えた。


「ま゛!」


 ミラがハッと目を見開く。


「ハルが!?」


 ドラムカンガー7号は大きくうなずく。ハル、って、ハルがミラの危機を伝えてくれたってこと!? ハルさんや、そんなことせんでも、自分が出てきて助けてくれていいんだよ? 戻ってきていいんだよ?


「いててて」


 鉄拳に吹き飛ばされたカクが軽く頭を振りながら戻ってくる。いや、「いてて」で済むのはおかしいだろうがよ。すまさじい勢いで飛来した鉄塊に直撃されたはずだろうがよ。


『パッシブスキル(ノーマル)【丈夫】

 昔から身体だけは丈夫だったのよこの子』


 ああ、なるほど丈夫だったんだ昔から。そりゃしかたねーなー、ってなるか! 人間の限界超えとるわ!!


『限界を自分で決めるな!』


 やかましいわっ! いいこと言ってやった風な雰囲気を出すな! ああ、言うだけ言って消えやがった! やりたい放題かこのヤロウ!


「やってくれるじゃないか。ゴーレム仲間かい? まさか増援が来るとは思わなかったな」


 カクはじゃっかん苛ついた様子で薄笑いを浮かべる。ドラムカンガー7号はカクを正面に見据えた。


「お前はいかにもゴーレムな感じだね。そういうのはもう斬り飽きてるんだ。僕はお前に興味はないんだよ。とっととどいてもらおうか」


 カクが長剣を振ると、空気を裂く音と共に紫色の雷がバチバチと弾けた。雷は剣から放たれてカクの身体に流れ込み、衣を形作る。『紫雷闘衣』の発動をスキルウィンドウが告げた。ドラムカンガー7号は軽く腕を曲げて迎撃態勢を取る。


「消えろ」


 冷酷な言葉を吐いて、カクは一気にドラムカンガー7号の足元に踏み込んだ。うお、速い! まさに雷、『紫雷闘衣』で強化された身体能力は伊達じゃない。対するドラムカンガ―7号は鈍重な動きで鉄拳を繰り出す。あっさりとパンチは避けられ、地面を穿った。カクがドラムカンガー7号の腕を斬りつける。甲高い金属音が響く。


――バチバチバチッ!


 カクの剣が纏う紫電がドラムカンガー7号に流れ込み、派手な音と共に煙が上がる。焦げ臭いにおいが立ち上った。ミラが怯えるように目を見開く。ドラムカンガー7号はゆっくりと身体を起こし、再びファイティングポーズをとった。カクは忌々しそうに鼻にシワを寄せる。


「無駄に頑丈だな。興味ないって言ってるだろ。早く消えろよ」


 カクの悪態を無視してドラムカンガー7号は再び拳を振り下ろした。鉄拳はカクの残像を貫いて地面に刺さる。ズゥン、と音を立てて地面が揺れた。カクはドラムカンガー7号の腕を横薙ぎに切り払う。しかしその刃はガキィンという金属音を響かせたのみで、ドラムカンガー7号の腕を切断するには至らない。カクは露骨に舌打ちをした。


「お前なんて斬ったって面白くないんだよ」


 カクの瞳が妖しく光る。長剣の刃に紫電が集まりまばゆい光を放った。ドラムカンガー7号はまた身体を起こし、大きく右腕を引いて、今度は地を這うようなスマッシュブロウを放つ! カクが雷を纏った剣でドラムカンガー7号の拳を迎撃する!


『アクティブスキル(VR(ベリーレア))【雷火鳴斬晄】

 雷光を宿した刃があらゆ


――バキィン!!


 現れかけたスキルウィンドウごと、ドラムカンガー7号の鉄の拳がカクの斬撃を打ち砕く! 長剣が半ばから折れ、カクの身体が後ろに十メートルほど吹き飛んだ。地面にごろごろと転がり木にぶつかって止まる。カクは、動かない。


 つ、つえぇーーーっ!! ドラムカンガー7号超強ぇ!! 技、スピード、スキル、そういった小賢しいものをすべて吹き飛ばす圧倒的なそのパワーよ! そういえば今まであんまりちゃんと戦ったの見たことなかったな。穏やかで優しいイメージだったもんね。戦いのシーンは最初にトラックと会った場面だけかな? 俺が見たのは。あの時はトラックにこかされて動けなくなったんだよな、確か。こけたら自力で起き上がれないとかで。

 ってかスキルウィンドウ砕かれたな。大丈夫なのか? まあ別にどっちゃでもいい気もするが。


『死ぬかと思った』


 うぉっ! 出てきた! スキルが発動したわけでもないのに勝手に出てくるな。


『呼ばれて飛び出て』


 呼んでねーから。さっさと帰れ。


『……バーカ』


 ひどく不満そうにそう言い残してスキルウィンドウは溶けるように姿を消した。ヘルプウィンドウほどじゃないが、奴もなかなかの自由人だな。


「がはっ!」


 木の根元に倒れ伏していたカクが体を折り曲げて咳き込む。内臓に傷でも負ったのか、咳と共に血の塊が口から吐き出された。お、おお、手加減してないのか。ドラムカンガー7号の目が鋭く光る。も、もしかして、怒っておられる?


「ま゛!」


 ズゥン、と地を揺らし、ドラムカンガー7号は倒れているカクに近付く。ミラがドラムカンガー7号の背に叫んだ。


「待って! もういい!!」


 しかしドラムカンガー7号は歩みを止めない。急ぐでもなく、止まるでもなく、怒りをもって大地を踏みしめ、カクに近付く。カクの顔が恐怖にゆがんだ。


「ま゛!」


 死刑宣告のようにドラムカンガー7号がうなる。上半身を起こし、折れた剣を両手で構えるカクの身体が小刻みに震える。ドラムカンガー7号が鈍重な動きで右足を大きく踏み出し――


「うわぁっ!!」


 恐慌をきたしてカクは剣を振り回す。立て続けにスキルウィンドウが現れ、雷撃が乱れ飛ぶ。放たれた雷龍がドラムカンガー7号の左足に食らいついた。


「ま゛!?」


 雷龍の牙はドラムカンガー7号の足を喰いちぎること叶わず弾けて消える。はじけた瞬間に衝撃波が生まれ、ドラムカンガー7号の身体を揺らす。ドラムカンガー7号は右足を踏み出していた。つまり、左足で身体を支えていた。その左足に衝撃波を受けて身体が揺れた。ドラムカンガー7号が大きく右に傾いだ。


――ズゥゥゥン!!


 すさまじい質量が地面を大きく揺らし、ドラムカンガー7号は倒れた。


 た、倒れた? 倒れた! 倒れちゃったよドラムカンガー7号! まずくない? ドラムカンガー7号、倒れたら自力で起き上がれないんじゃなかったっけ!? 重すぎて!


 じたばたじたばた


 うつぶせになって手足をばたつかせるドラムカンガー7号をカクは呆然と見つめる。たった今、自分を生死の境にまで追い込んだ敵が晒している醜態に思考が追い付かないようだ。ミラがドラムカンガー7号の名を呼ぶ。しかしドラムカンガー7号にはどうすることもできない。


「は、はは――」


 ようやく事態を理解したように、カクの顔から恐れが消え、侮蔑と嘲笑が浮かぶ。カクはゆっくりと立ち上がり、こらえきれない様子でクククと喉を鳴らす。


「無様じゃないか。倒れたら起き上がれないって? とんだ欠陥品だなお前は」


 腹立ちをぶつけているのか、カクはドラムカンガー7号に近付いてその足を斬りつける。ガギンと鈍い音が響く。斬撃は表面にわずかに傷をつけたのみでダメージがある様子はない。八つ当たり以上の意味はないのだろう、カクの表情に変化はない。ドラムカンガー7号が再び足をばたつかせ、カクは下がってそれをかわすと、くだらないといった風情で鼻を鳴らした。


「ナイト気取りで現れた結果がこれだ。最低の茶番だ。これ以上時間を無駄にしたくないからね、お前はこのまま――」


 カクの顔が醜悪にゆがむ。


「――お姫様の最期をそこで見ていろ」


 ドラムカンガー7号の目の光が揺れる。カクはドラムカンガー7号を無視してミラへと足を向けた。だが、ドラムカンガー7号に受けたダメージは相当なものなのだろう、ふらつき、足を引きずっている。ミラはボロボロの身体でカクをにらんだ。カクが折れた長剣を振った。


「ま゛!」


 ドラムカンガー7号は両腕を地面につき、這いずってミラの許に移動する。い、意外と速い。匍匐前進って本職の人がやるとめっちゃ速いよね。ふらつく足取りのカクに先んじてミラのところまでたどり着いたドラムカンガー7号は、ミラを抱きしめて彼女をその背にかばった。


「無駄なことを。いい加減鬱陶しい」


 カクが不快そうに吐き捨てる。手の剣に紫電が集まり、欠けた刃を形成していく。


「どれだけ頑丈でも【無敵防御】ってわけじゃないだろ? 斬るのが不可能なわけじゃない」


 言いながら、カクは雷の剣をドラムカンガー7号に叩きつける。ぐゎん、と鈍い金属音がして、ドラムカンガー7号の装甲が削れていく。反撃がない余裕なのだろう、カクは防御も回避も考える様子はなく、ヒステリックに何度も剣を振り回している。バギンと不穏な音がしてドラムカンガー7号の背に穴が開いた。内部に複雑に入り組んだ管が見える。


「やめて! もう、いいから!」


 ミラが悲鳴を上げる。ドラムカンガー7号はミラを抱きしめる手に力を込めた。カクンの剣は背の穴を確実に広げていく。穴の奥で脈動する『核』が見えた。カクが大きく剣を振り上げる。剣に集まる雷がその輝きを増した。勝利を、敵の死を確信した笑みがカクの顔に浮かぶ。ミラの目から涙がこぼれた。


――たすけて

「終わりだ」


 かすれて声にならない願いと、終幕を告げる残酷な宣言が重なる。視界を灼くほどに光を増した雷の剣を、カクはためらいなく振り下ろし――


 光が、爆発する。




 爆発は風を巻き起こし、土煙が視界を覆う。何が起こったのか、何も見えない。土煙はすぐに晴れ、そこに広がる光景は――ミラをかばったまま、淡く青い光を自ら放つドラムカンガー7号と、剣を振り下ろした姿勢のまま硬直しているカクの姿だった。カクの持つ剣は雷の力を失ってただの折れた剣に戻っており、ドラムカンガー7号に傷を与えてはいないようだ。何が起きたかわからないとミラが目を見開く。厳かにスキルウィンドウが姿を現した。


『パッシブスキル(特殊)【合体モラトリアム】

 ロボが合体するときはあんた、終わるまでちゃんと見てないとダメだよ』


 カクはまるで金縛りにあったように動かない、いや、おそらくこのスキルの効果によって動けないのだ。でも、合体って? ドラムカンガー7号が合体するの? 何と?


――ギュイーン!


 遠くから何か、ジェット機が飛んでいるような轟音が聞こえてくる。音はどんどん近付いてきて、それと共にドラムカンガー7号の放つ光も強さを増していく。光はやがて柱のように上空に伸び、カクの身体を吹き飛ばした。


「ま、間に、合ったーーーっ!!」


 上空から聞き覚えのある声が降り、飛来した何かがドラムカンガー7号から立ち上る光の柱に飛び込んでぴたりと止まった。勢いあまって中から二つの影が飛び出し、地面に落下する。ひとつは器用に着地し、もう一つは落下の勢いそのままに地面にめり込んだ。ドラムカンガー7号は光の柱の中で、飛来物に引き寄せられるようにふわりと浮かぶ。ミラが驚きを叫んだ。


「ジン!?」


 器用に着地したほうの影であるジンはミラに駆け寄り、痛々しいその姿に顔をしかめて抱き起こした。地面に突っ込んだもう一つの影――人形師は怒りの声を上げる。


「まず私を助けろ、この馬鹿弟子が!」


 人形師を無視してジンはミラの傷口に目を走らせる。ミラは戸惑いを口にした。


「どう、して?」


 ジンは安心させるように微笑んだ。


「ハルが助けを求めたのはドラムカンガー7号にだけじゃない。僕たちもそこにいたんだ」


 ハルがミラの危機を伝えるために姿を現したとき、ジンたちはドラムカンガー7号の背中に取り付けるジェットの最終調整をしていたのだという。エバラ家の人々を助けるためにまだ使うことのできない背中のジェットを無理やり使って空を飛んだドラムカンガー7号は、その代償にジェットを修復不可能なほどに破損した。ジンはそれを直すために、心底嫌っている人形師に弟子入りしてゴーレム技術を学んでいた。その成果がようやく、というタイミングでハルが現れ、ドラムカンガー7号はミラを救うべく飛び出してしまったのだ。ジンは残る調整作業を急いで終わらせて後を追った。そして今、ここに辿り着いたのだ。

 ジンは中空に浮かぶドラムカンガー7号を見上げ、確信と共に叫んだ。


「それが君の、新しい翼だ! 思うままに飛べ、ドラムカンガ―7号! いや――」


 ドラムカンガー7号が両腕を持ち上げ、力こぶをつくるようなポーズをとる。ジンは新たな力を得た者にふさわしいその名を呼ぶ。


「――ドラムカンガーF!!」


 飛来したジェット――ドラム缶を横に二つ並べて連結したような形状の推進装置――がドラムカンガー7号の背に吸い付くように収まり、穿たれた穴を覆い隠す。まばゆい光がドラムカンガー7号、いや、ドラムカンガーFを包んだ。スキルウィンドウが新たな英雄の誕生を祝福する。


『アクティブスキル(ユニーク)【超力合神ドラムカンガーF】

 鋼の翼を背負い、自由に大空を翔けよ! ドラムカンガー!!』


 光の柱が消え、そびえる如くドラムカンガーFが地上に降臨する。ズゥン、と音が響き、その重みに耐えかねて地面が砕けた。


「……はっ、何が『新しい翼』だ」


 【合体モラトリアム】の呪縛が解け、動けるようになったカクが馬鹿にしたような声を上げる。


「大層な名前だが、それでいったい何が変わるって? 寿命が少し伸びただけだ」


 スキルウィンドウが、あ、忘れてた、とばかりに情報を更新した。


『効果:こけても起き上がることができるようになる』


 表示されたスキル効果にミラはぽかんとした表情を浮かべ、思わず「それだけ?」とつぶやいた。カクが耳障りな笑い声を上げる。


「超力合神なんて言いながら、スキル効果が『こけても起き上がれる』だって? バカバカしい、それでいったいどうやって戦いに勝つんだよ」


 カクの嘲笑に、


「大丈夫だよ、ミラ。こけても起き上がることのできるドラムカンガーは――」


 しかしジンは不敵な笑みで応えた。


「――無敵なんだ」

「ま゛!」


 ジンの言葉を肯定するようにうなりを上げ、ドラムカンガーFは右腕を持ち上げてまっすぐにカクに向けた。左手を右手首に添え、両足の幅を広くとって反動に備える。キュオーンという駆動音がして、右の拳が徐々に金の光を帯び始めた。大気が震え、月を覆い隠していた雲が怯えるように散る。月光がドラムカンガーFの姿を闇に浮かび上がらせた。


「ドラムカンガーFのFには三つの意味がある。一つは自由(フリーダム)。大空を羽ばたく者。一つは未来(フューチャー)。未来を切り拓く者。そして最後の一つが――」


 ジンの言葉は預言のように神聖な響きを帯びて夜に広がる。


終結(フィニッシャー)。終わらせる者。ドラムカンガーFは、この世のすべての悲しみを終わらせる者の名だ!!」


 すさまじいまでのエネルギーがドラムカンガーFの右拳に集まる。その重圧はカクの心を折るに十分だった。何をしても逃れられない、そう確信するだけの力がそこにあった。カクは棒立ちでドラムカンガーFを見ている。スキルウィンドウがそうそう、というように情報を追加した。


『効果2:ついでに必殺技【ギャラクティカ・インパクト】が使えるようになる』


 いや、ついでって、むしろそっちが本命だろ!? パワーアップしたロボの新必殺技こそがテレビの前の少年少女のワクワクポイントでしょうがよ!


 明確な滅びの気配を纏い、今、ドラムカンガーFの鉄拳が放たれる――!!


――ゴウッ!!


 大気との摩擦で赤熱した鉄の拳がカクに襲い掛かる! カクはわずかな身じろぎすらできずに突っ立っていた。熱拳は――カクの顔の真横数センチの場所を通り過ぎ、背後の森に大きなクレーターを作った。カクが大きく目を見開き、そのまま意識を失ってその場に倒れる。


「……やっぱり、やさしいね」


 ミラがドラムカンガーFに微笑む。ドラムカンガーFは両腕を上げて力こぶを作るようなポーズを取り、


「ま゛!」


 ちょっと自慢げにうなりを上げた。


 猫人救出戦、

 『屠龍』霹靂部隊 VS. ミラ&ドラムカンガーF&ジン(とおまけで人形師)


――勝者、ミラ&ドラムカンガーF&ジン。

お兄さん、知ってっかい? 少女の「たすけて」に応えなきゃ、そいつはもう異世界ファンタジーじゃあねぇのよ。

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[一言] ジェットスクランダーキターーー!!!!(大歓喜)
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