鉄拳
鋭く空気を裂いてカクの剣がミラに迫る。ミラは辛うじて刃をかわし、前髪が数本斬られて舞った。にこにことした表情のままカクは追撃する。ミラの手に白い光が宿り斬撃を弾いた。
「おお、すごい」
感心したようにカクは目を丸くする。
「今のは魔法かな? 無詠唱で斬撃を弾くなんてあんまり見たことがないよ」
のんきな口調とは裏腹にカクは攻撃の手を緩めない。精霊の加護と始原の光を使って何とかミラは攻撃を凌いでいるが、腕に、顔に、体に傷が増えていく。
「不思議な生き物だね、君。斬っても血が出ないし、痛みも感じていないみたいだ。生ける屍ってわけでもなさそうだし」
カクが戸惑いに顔をしかめる。わずかに剣を振るう腕が止まった。ミラが右手を突き出して力ある言葉を放つ。
「風よ、撃て」
右手に風が集まり、圧縮されて目に見えぬ砲弾となって放たれた。敵を討つ必殺の一撃、というよりは下がらせて形勢を変えるための牽制なのだろう。しかしカクは瞬時に反応して風の砲弾を逆袈裟に切り払い、さらに剣を翻して上段から斬り下ろした! ミラの右腕が肘のあたりで断ち切られて落ちる。カクはなお踏み込んで剣を横薙ぎに払った! 風の精霊がミラの身体を後ろに引っ張り、刃はミラの服をわずかに裂いて空を切った。ミラが左手で右腕を押さえる。傷口から真白の光がこぼれた。
「なるほど」
カクは納得した顔でうなずく。
「君は、魔導人形だったのか」
剣でトントンと自分の右肩を叩き、楽しそうに言葉を続ける。
「いやぁ、すごいね。今までいろんなものを斬ってきたけど、こんな手応えはあまり記憶にないな。肉を断つ感触とも、岩を斬る感触とも違う。生き物に近いが妙に違和感がある、っていうのかな。生き物ほどの複雑さはなくて硬い。でも、いわゆるゴーレムにしては繊細過ぎる」
感触を思い出すようにカクは剣の腹を撫でた。
「そもそも一見して本物のエルフと見紛うようなゴーレムなんて見たことがない。魔法も使うし、しゃべるし、本当に珍しいな」
ミラが腕を掴む左手を強く握る。高揚しているのか、カクはやけに饒舌だ。
「楽しいね。斬ったことのないものを斬るのは。僕はそんなにゴーレムには詳しくないんだけど――」
ひゅっと剣を振り、カクは満面の笑みを浮かべた。
「――君は、どこを斬ったら壊れるのかな?」
やっ
やべぇ奴でてきたーーーっ!!
今までさんざんおかしい奴らは出てきたけど、それとは方向性の違うおかしさのやつ出てきたーーーーっ!!! 大丈夫!? コンプライアンス的に? だいたいがミラに平気で斬りかかってる時点で普通に変態だけども!
いいかね? 前にも言ったかもしれんが、何度でも、はっきり言っておくぞ! 我々視聴者はシリアス展開求めてませんからね!? ドラマチックに人が死ぬストーリーは別の世界線ですからね!? 魔法とかスキルとかってそういうの回避するためにあるんだからな! スキルですって言ったら強引でも何でも説明がつくから採用している制度なんだからな!
好奇心に満ちた目でカクは再びミラに斬りかかる。ミラは唇を噛んでカクをにらんだ。
カクの振るう剣が紫色の雷をまとってミラを襲う。ミラは身体をひねってかわし――バチッと音が弾け、ミラの頬を焦がした。刃を避けてもまとう雷がダメージを与える、ということなのか。傷自体は大したことなさそうだけど、避けたはずの攻撃でダメージを受けた精神的なショックはあるのだろう、普通なら。しかしミラが表情を変えることはない。
「僕は、『屠龍』では雷鬼って呼ばれているんだ」
子供が自慢するようにカクは話しかける。
「『屠龍』では実力を認められると『鬼』のついた渾名で呼ばれる。総隊長が『狂鬼』だからね。それにあやかって、ってことみたいだ」
自分も実力者なのだと言いたいのだろう。鋭く突き出した剣のまとう雷が光を増した。ミラが展開した光の盾が刺突を防ぎ――防ぎきれずに砕け散る。刃がミラの左腕の付け根を抉り、カクはそのまま剣を跳ね上げた! ミラの左腕が吹き飛んで宙を舞う。肘から先のない右腕をかざし、ミラは鋭く叫んだ。
「土小人よ、礫を放て!」
地面から無数の礫が放たれてカクを打ち据える。「うわっ」とあまり緊張感のない声を上げてカクは後ろに下がった。ミラの左腕が地面に落ちる。ミラの身体が小さく揺れた。
すでに大きな召喚魔法を二つ使い、ミラの力はもうあまり残っていないのだろう。風の弾を放つとか、礫を投げるとか、そういう魔法くらいしかもう使えないのだ。『鬼』の名を持つ『屠龍』の隊長格と戦う余力は、ない。絶望的な状況で、ミラはじっとカクをにらみつけている。
「やっぱりゴーレムとの戦いは勝手が違うね。痛みに怯むとか、そういうことがないんだな。腕を犠牲にして魔法を当てるなんてことをする魔法使いは、人間じゃありえない」
口の中を切ったのか、カクは血の混じった唾を吐いた。その様子からは大きなダメージを受けたようには見えない。ミラは目を伏せ、小さく何かをつぶやいた。カクは思案気に首を傾ける。
「やっぱりゴーレム相手じゃ弱点を突く以外に効果はないんだろうね。まあ、簡単に終わっちゃ面白くないんだけど。ゴーレムの弱点ってなんだっけ? 額の刻印をどうにかする、んだったっけ?」
ミラの身体が光を帯びる。足元から風が巻き起こり、彼女の髪を揺らす。カクは気にしていないように独り言を続けた。
「まあでも、首と身体を切り離したら、動けなくはなるかな? とりあえずそうしといて、その後のことはそれから考えるか。うん、それでいこう」
一人で納得したカクをミラの火のような双眸が射抜いた。その目にあるのは、決して負けてはならないという強い義務感と、必ず猫人を助けるという決意の火だ。
「我が命魂を以て火の王に願い奉る。七つ首の獣、獄炎を食む者、罪人を灼く浄火の燭台を守りし狼を遣わし給え。その吐息で穢れし大地を清め、新たな芽吹きを導き給え」
え、待って、何その不穏な呪文。我が命魂を以て、ってどういうこと? それはアレか、足りない魔力を命で補う、的な? いや、それは君がやるべきヤツじゃないでしょうが! そういうのは師匠的ポジションの爺さんキャラが仲間を助けるためにやるヤツでしょうが! 君はどっちかっていうと助けられる側のポジションでしょうが! キャラ配置間違ってますよ! 誰か伝えてあげて! 脚本の方向性間違ってますよって伝えたげて!!
ミラとカクの間を分かつように空間が揺らぎ、炎が染み出して巨大な門を形作る。何か危険なものを感じたのか、カクが表情を引き締めてミラに鋭い突きを放った。突きは紫電となってまっすぐに飛び――炎の門に阻まれて散った。カクが驚いたように目を見開く。炎の門がゆっくりと開き、七つの首を持った狼が姿を
――パシン
不意に、何かが弾けるような音がして、狼の身体の一部が不自然に消える。それは攻撃を受けたとか、斬られたとか、そういう感じではなく、まるで絵の一部を消しゴムで消したように、ぽっかりと空間ごとなくなったような不自然さだった。
――パシン、パシン
削り取られるように狼の身体が消えていく。同様に炎の門も消え、最初から何もなかったと言うように静寂が降る。何が起こったのか理解していない様子でカクが瞬きをした。ミラが地面に膝をつく。
「失敗、した……?」
最後の力を振り絞って使った召喚魔法が失敗した。命を削ってなお魔力が足りなかった? 術式の構築に失敗した? いずれにせよ、はっきりしているのは、もはやミラにカクを退ける力が残っていないという事実だ。
「あー、びっくりした。なんだかわからないけど、失敗したのかな? 残念だったね。成功していたら一発逆転あったかも」
安堵の笑顔と共に、カクはミラに正面から近づく。ミラはカクをにらみ上げた。カクは喉元に刃を突き付ける。
「それじゃ――」
カクはにっこりと笑って言った。
「――さよなら」
ミラが小さくつぶやく。
「ごめんなさい、トラック――」
カクが、剣を振り上げ、ってこら、ちょっと待て! このまま流れに身を任せると思ったら大間違いだぞ! 時よ止まれ! このまま、ミラが、死ぬとか、ありえんからな! ご都合主義異世界ファンタジーの名折れだからな! 都合よくワープしてこいトラック! お前はミラの保護者だろうが!
――ズゥン
遠くで何か重いものが落下したような音が響き、地面が揺れる。な、なに? 隕石でも降ってきた? カクが音のした方向に顔を向ける。えぇい、せっかく隕石が降ってくるんならカクの上に降って
――ゴゥッ!!
大気をねじ切る轟音が響き、赤熱した巨大な鉄塊がまっすぐにカクに向かって飛来する。カクの顔が引きつり、剣を翻して鉄塊を迎撃する。鉄塊は剣と激しい火花を散らし、カクはその勢いを押しとどめることができずに吹き飛んだ。鉄塊――いや、それは激しい怒りを宿した鉄の拳。そして。
――ズゥンッ!!
上空からすさまじい質量の物体が落下して地面を抉る。もうもうと土煙が立ち込めて視界を遮った。鉄拳が軌道を変え、カクを振り落として主の許に帰還する。土煙が晴れ、それはミラを守るようにカクの前に立ちはだかった。大地に聳え立つ黒鉄の城に似たそれは、暗闇の中に赤い瞳を浮かび上がらせる。
「ドラムカンガー7号……?」
ミラのつぶやきに、
「ま゛!」
ドラムカンガー7号は両腕で力こぶを作るようにして応えた。
ドラムカンガー7号は最近ロケットパンチが使えるようになりました。




