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確信

「兄、者……」


 荒く息を吐きながら、ヨシネンは辛うじてそう言葉を絞り出した。敵を見据えたままナカノロフが答える。


「しゃべるな。すぐに片づけてミラ殿のところへ連れていく」


 その言葉を聞きつけて男は引きつった笑いを浮かべる。


「すぐに片づけるだって? 状況を分かってるのか? あんたがどれだけ強かろうと、『屠龍』の隊員に囲まれて」

「変わらず舌が回る男だな、デニ。内心の不安が透けているぞ」


 おお、ここにきてようやく敵の名前が判明した。いや、ずっと名前呼んでくれないからさ。デニと呼ばれた男はカッと顔に朱を上らせて叫ぶ。


「黙れ! 俺はもうあんたが知っている若造じゃねぇ! なめるのも大概にしやがれ!」


 デニが手を上げて合図すると、複数方向からナカノロフに向かって矢が放たれた。左右にも上下にも避けようのない、見事な連携攻撃をしかし、ナカノロフは避けるそぶりもない。ただデニをにらむナカノロフに矢は迫り――届く直前に一瞬で燃え尽きた。白い炎が瞬間的に周囲を照らす。


「時間が惜しい故、手短に済ませる。許せよ」


 腰の大小を抜き放ち、刃に灯る白炎が闇を裂く。照らし出されたデニの顔は血の気を失っていた。白炎は龍を形作り、天に鋭く咆哮を上げる。びりびりと大気が震え、ナカノロフは打刀を振り上げて鋭く振り下ろした!


『アクティブスキル((シャイニング)(レゾナンス))【神龍白炎哮】

 極限まで高めた闘気は白炎の龍となり、掴もうぜ龍玉!』


 解き放たれた白炎は顎を大きく開いてデニに襲い掛かる! 恐慌をきたしたようにデニは細剣を振り回した。


『アクティブスキル(レア)【蒼龍凍炎穿】

 蒼龍の凍える息吹を宿した刃で放つ葬送の一撃』

『アクティブスキル(VR(ベリーレア)【双龍蒼葬閃】

 永久凍土を纏う凍気は二匹の龍となり、閃光のごとく敵を貫く』

『アクティブスキル(SR(スーパーレア)【蒼龍冥氷刃】

 冥府の氷原から削り出した刃はあらゆるものを凍てつかせる』


 立て続けに繰り出された蒼炎が白炎を穿ち、互いが弾けて消えた。デニのスキル三つ分、四匹の蒼龍とナカノロフの一匹の白龍が同等の威力、ということだったのだろう。ナカノロフが少し驚いた顔を見せる。


「我が龍を打ち消したか。確かに以前とは違うな」


 デニは肩で荒く息を吐き、返事をする余裕もない。立て続けに大技を使ったことで著しく消耗したようだ。咳き込み、大きく息を吸って、デニは再び手で合図を送った。しかし――その合図に答える者はない。それに気付いたデニは慌てて周囲を見渡す。その目に映ったのは地面に倒れ伏す彼の部下たちの姿だった。デニはナカノロフを振り返り、脇差を凝視した。


「脇差の、一振りで……?」


 ナカノロフが放った白龍は一匹ではなく、刀と脇差の二匹いたのだ。一匹はデニに打ち消されたが、脇差から放たれた白龍は『屠龍』の他の隊員に向かい、全滅させていた。一人で龍を屠る実力を持つという『屠龍』の隊員をまるで敵としていない。ナ、ナカノロフって、超強いじゃん。


「ならば、次で確実に終わらせよう」


 ナカノロフは足を大きく開いてスタンスを取ると、右肩に担ぐような独特な構えで二本の刀を振りかぶる。刃に再び白炎が宿り、すさまじい闘気に大地がのたうつ。デニが大きく目を見開いた。


『アクティブスキル((セクレタリー)(ライジング))【白明】

 すべては白く染まり、(カタチ)を失って消える。

 思い出も、小さな傷も、あなたの温もりでさえも』


 ……いったい何を消そうとしとるんだ、このスキル。そしてレアリティがセクレタリーライジングって。『秘書が起きた!』ってこと? 秘書寝てたん?

 ナカノロフが刀を振り下ろす。刃から光があふれ、まばゆく視界を覆った。ぬお、目が、目がぁぁぁーーーーっ!! 世界は白に沈み、やがて光が晴れたとき、デニは地面に倒れ伏していた。


「命は取らぬ。それはレイヤーの、そして彼の御仁の意志に反するゆえに」


 軽く振った刀から白炎が弾け、一瞬だけ周囲を照らして消える。夜の森は静寂を取り戻し、ただ頼りない月だけが闇に浮かんでいた。




――どさり


 重いものが落ちる音に振り返り、ナカノロフは息を飲んだ。ヨシネンが力尽きたように地面に倒れている。その身体の下には血溜まりが広がっていた。傍らに駆け寄って膝を突き、ナカノロフは弟を抱き起した。


「しっかりせよ! ミラ殿の許に行けば必ず助かる!」


 ヨシネンは薄く目を開け、弱々しく首を横に振った。


「……リーンを、あの子を、頼む」

「二人とも助かるのだ! 気をしっかり持て!」


 命をつなぎとめるようにナカノロフは叫ぶ。ヨシネンがわずかに口の端を上げた。


「嘆くな、兄者。俺は、意外と、満足、しているのだ。殺し、壊す、ことしか、できなかった、俺が、守る、ために、戦ったのだ。我が罪が、消えることは、なくとも、わずか、ばかりの、贖罪には、なろう」


 ナカノロフは固く目をつむる。


「……リーンに、すまぬと、伝えて、くれ」


 ヨシネンは目を閉じ、呼吸が徐々に弱くなっていく。


 えーっと、ちょっと待ってね? いったん確認するからね? 同じようなことを何回も言って恐縮ですけども、まず大前提として、この異世界ファンタジーはがっつりシリアス路線NGなんですよ。ほら、だってトラックがああじゃない? 荷物と幸せを運ぶのがお仕事じゃない? だから、トラックの与り知らぬところでシリアスぶちかまされても、そりゃ世界観ちがうよねって話ですよ。そういうのは、もっとちゃんとした他のハイファンタジーでやってもらわないと困るんですよ。混ぜるな危険、みたいな? 今までの積み重ねって大事でしょ? ここで『ヨシネンの手が力なく下がり』みたいなことになったらよ、そりゃ裏切りでしょうがよ。むしろ無理筋でしょ、むしろ。

 だからね、何が言いたいかっていうとね、ここで適当な都合のいいスキルを思いついてヨシネンとリーンは助かるんですよ。【完全回復】とか、【エリクサー】とか何でもいいよ。傷が治れば何でもいいから、ほら、ナカノロフが覚えたらちょうどいいじゃない。【双子ヒール】とかでもいいよ。双子の特別性を余すところなく利用すればいいじゃない。双子だから弟の危機に能力が目覚めていいじゃない。だから、この俺の目の前で、誰かが死ぬなんて絶対に許さんからな!


 月を背に、空間がねじれ、ゆがみ、夜闇とは異質な闇が染み出すように現れて異形を形作る。眼窩に虚ろな赤い光を湛え、黒の外套に身を包んだ白骨。大鎌を携えたそれは冷厳にナカノロフを見下ろしている。


「死神――!」


 ナカノロフは目を見開いて死神を見上げる。死神、死を司る者。その来訪は誰かの魂が刈り取られることを意味する。いや待て、ストップ! えーと、いったん座ってもらって、お茶でもいかがですか? お茶菓子もありますから!


「命を刈り取るなら私にしろ! 二人を、助けてくれ!」


 ナカノロフが悲痛な叫びを上げる。死神は首を横に振った。


『我ハ死神。死スベキ者ノ魂ヲ冥界ニ導クガ我ガ役目』


 錆びた鉄をこすり合わせたような不快な声で死神は答える。ナカノロフは唇を噛んだ。慈悲なき虚ろな光がナカノロフを見据え、死神は大鎌を振りかぶる。ナカノロフの右目から一筋の涙がこぼれた。そして、生温い夜気を裂いて、死神の鎌が振り下ろされる! いや、だから、そういうのいいんだって!


――ぶぉん!


 死神の鎌はリーンと、そしてヨシネンの身体を通り抜ける。物理的な影響を与えるものではないのだろう、二人に新たな外傷はない。苦しげな呼吸が、消え――穏やかな寝息に変わる。あれ? 寝息? よく見ると血を失って白蝋の様になっていた二人の顔に血色が戻り、傷口も最初からなかったようにきれいに消えていた。呆然とした様子でナカノロフは死神を見る。死神は視線をそらせた。


『……ココニ、死スベキ者ハオラヌ』


 ど、どういうこと? まさか、死神が助けてくれたの!? でもなんで!? どうやって!?


「『死』を、斬ってくださったか――?」


 信じがたい、という驚きのこもったナカノロフのつぶやきを聞いて、死神はさらにそっぽを向いた。


『【サクリファイス】ヲ使ッタトキカラ、オ前タチノ魂ハ予約済ダ。勝手ニ死ンデモラッテハ困ル』


 し、死神―――っ!! おま、おまえ、いい奴だったんだなーーーっ!! 今まで雑に扱ってごめん!! ありがとう、ありがとう!!

 こころなしか頬骨のあたりを赤くして死神はつぶやくように言った。ナカノロフはヨシネンをそっと横たえ、両の拳を地面につけて深く頭を下げる。


「感謝いたす。心より、感謝申し上げる!」


 死神はナカノロフに向き直り、もはやあまり意味をなさない恐ろしげな声音で冷厳に言った。


『オ前タチノ魂ハ我ガモライウケルト決マッテイル。ソウ、今ヨリ百年ノ後ニナ。ユエニ我ノ許シヲ得ズ勝手ニ死ヌコトヲ禁ズル。ヨイナ?』


 ヨイナ? なんて言いながら、返事を待たずに死神の輪郭がぼやけ始める。照れてるんだな。シャイボーイだな死神。頭を上げようとしないナカノロフに苦笑し、死神は夜闇に溶けて消えた。

 リーンとヨシネンの寝息が聞こえる。戦いの気配、命を奪い奪われる気配が去り、夜が穏やかに世界を抱擁する。ナカノロフは確信を得たようにつぶやいた。


「殺し殺される世界にない未来が、確かに存在する。死神さえ動かした『不殺』の道こそ、歩むべき未来だ。ようやくあなたの見据える先がはっきりと見えたぞ、トラック殿」


 猫人救出戦、

 『屠龍』緑雨部隊 VS. ナカヨシ兄弟


――勝者、ナカヨシ兄弟。

死神は帰社した後、課長にめっちゃ怒られたけど、どこかすっきりとした顔をしていた、ということです。

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[一言] ドラゴ○ボールキターーー!!!!(大歓喜)
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