冒険者ギルド
セシリアと出会った場所から三十分ほどで、トラックたちは町に辿り着いていた。木で組まれた頑丈そうな壁で周囲をぐるりと囲んだかなり大きな町、というより、規模からすれば都市というべきだろうか。要所要所にやぐらがあり、兵士らしき姿が警戒している様子が見える。森に近いからか、家屋は木造が多い。町の奥の方にはレンガ造りや石造りのものもあるが、そういうのは金持ちの家なんだろう。町の周囲には結構な深さの空堀もあって、入り口以外からの侵入を拒んでいる。
町の入り口には丸太を積んで作ったような大きな門があり、門の両脇には槍を抱えた門番が一人ずつ、あくびをかみ殺していた。門は開け放たれていて、門から続く町の中央通りの様子がよく見える。朝の早い時間だというのに人の姿が多い。旅人や行商人なんかが街道を通る際の中継地なのか、こんな時間帯でも町を出ていく人たちが結構いる。中には、そう数は多くないが、長くて尖った耳をした者、ずんぐりとした背の低い者、耳やらシッポやらが生えている者も。これは、あれかな。エルフとかドワーフとか獣人とか、そういうやつかな。ファンタジーっぽいっすねー。門がやたらとでかいのは、巨人の通行を想定でもしているのだろうか。
トラックは門の外で、初めて見る町の景色を興味深そうに眺めている、のか? まあ、とりあえず町の方を向いている。セシリアはトラックから降りて、門番の一人と何事か話しているようだ。トラックの横では、剣士が死にそうな顔で地面に転がっている。ぜぇぜぇと荒い呼吸をして、もはや指の一本も動かない、といった風情だ。全力で追いかけてきたんだな。車で三十分の距離を全力で走れば誰だってそうなるよ。よく頑張った。俺はちゃんと見てたぞ。
「入市許可は頂きました。中央広場の近くにこの町の冒険者ギルドがあるそうですから、まずはそこで登録を行いましょう」
門番との話を終えたセシリアが、トラックの許に戻って言った。どうやら入市交渉のついでに冒険者ギルドの場所を聞いていたようだ。こんな怪しい連中に簡単に許可を出すくらいだから、門番は相当にいい加減なんだろう。俺が門番だったら、間違いなく『帰れっ!』って言うけどな。
トラックはそっけない感じでセシリアにクラクションを返す。足元に転がる剣士がセシリアに手を伸ばし、今にも消えそうなほどにか細い声で「……回復魔法を」と呻いた。セシリアは軽く眉根を寄せ、諭すようにトラックに言った。
「面倒だなんて、そんなことを言ってはいけません。ギルドに登録すれば、とりあえず冒険者を名乗ることができます。いざというときにギルドが身分を保証してくれるというのはとても大切なことなのですよ」
うん。剣士は完全に無視だな。俺も、奴はそういう星のもとに生まれた人間なんじゃないかとうすうす感じていた。力尽きたように腕を地面に落とし、剣士は沈黙した。
トラックは無表情に、といっても俺にトラックの表情を読み取る能力などないが、エンジンをかけてゆっくりと町の門をくぐった。それはちょうど歩くような速さで、セシリアはかすかに微笑んでトラックと並んで歩いた。剣士は倒れたまま、ピクリとも動かない。
門から続く中央通りをまっすぐに進み、トラックとセシリアは中央広場までたどり着いていた。日差しは徐々に強くなりつつあり、辺りを行き交う町の住人達はずいぶんと涼しそうな恰好をしている。セシリアも外套を脱いで手に抱えていた。
中央広場、と言っても何かがあるわけでもなく、単に町の中心にあるだだっぴろいスペース、という感じだ。セシリアは小走りにトラックの前に出ると、ある建物を指さした。
「あれが冒険者ギルドです。ほら、翼の生えた剣のマークがあるでしょう?」
セシリアの話によると、翼の生えた剣のマークは『翼剣紋』と呼ばれ、冒険者ギルドを象徴する図形なのだそうだ。翼は自由を、剣は武力を表し、どんな権力にもおもねることなく、ただ依頼主のために力を尽くすというギルドの理念を示しているのだとか。へぇ。
「私たちは以前に登録を済ませています。手続きは簡単に終わりますよ」
セシリアがトラックに、ギルドに入るように促す。トラックはプォンとやる気のない返事を返すと、ゆっくりとギルドに近付き、そして――
突っ込んだーーーっ!!
急加速して突っ込んだーーーっ!!!
すさまじい衝撃音と共に入り口の扉が吹き飛び、向かいの壁に突き刺さる。建物を大きく揺らし、入り口の周囲の壁を大きく抉って、ギルドのカウンターギリギリのところでトラックは止まった。フロント部分は大きくへしゃげ、砕けたフロントガラスが周囲に散らばる。建物の外ではセシリアが手で口を覆い、目を丸くしている。建物の中ではカウンターにいる受付嬢が、ぽかんと口を開けて思いもよらぬ闖入者を見つめていた。
お、おまえ、いったい何やってんだよ! 確かにお前に扉を開けろってのは無理な相談かもしれないけども! だからって突撃する奴があるかよ! トラックは安全第一! おまえ、そんなことも忘れちまったのか?
ぴろりんっ
俺の怒りに応えるように、軽薄な効果音が響く。なんか前にもあったなこういうの。前と同じく、やはり中空に窓枠が浮かび上がり、その中に文字が描かれる。
『スキルゲット!
アクティヴスキル(ノーマル) 【てへっ】
効果:可愛く舌を出してばつの悪そうに微笑み、ささいな失敗を帳消しにする』
帳消しにできるかっ! 壁に穴開いてんだぞ!? そもそもどうやってお前が可愛く舌を出すんだ!
ぴろりんっ
怒りの収まらない俺の様子に慌てるように、再び軽薄な効果音が響く。またなんか思いついたのか? 今度はなんだ?
『スキルゲット!
アクティヴスキル(ノーマル) 【つい】
効果:思わすやってしまったと反省した態度を見せ、許してもらう』
つい、で済むかっ! お前全然反省してないだろ! まずは誠心誠意謝罪しろ! 補償とか今後のこととかあるけど、まず謝れ! それがすべての前提だろ!
ぴろりんっ
『スキルゲット!
アクティヴスキル(ノーマル) 【どうもすいませんでしたー】
効果:無礼な態度で形式的に謝罪し、呆れさせてむしろ許してもらう』
ゆ・る・せ・る・かーーーっ!!! 火に油を注ぐだけだろうが! 事の重大さを理解してないだろ! ふざけていい場面じゃないんだよ! ってか、このやり取りはいったい何なんだ!? お前は俺を認識してんのか? 俺の立ち位置どうなってんだ!
異世界に向けて突っ込みを叫ぶ俺をよそに、受付嬢は我に返り、艶然と微笑んだ。
「これはまた、威勢のいい新人が来たものね」
……動じねぇ。異世界人動じねぇ。ギルドの中にいた他の冒険者たちも、あーびっくりした、って程度のリアクションしかしていない。あれ、もしかしてよくあるの、こういうこと? こっちの世界じゃ朝刊の一面トップでもおかしくないよ? あ! もしかして、さっきのスキルが効いたの!? あの【どうもすいませんでしたー】が? まさかの?
「大丈夫ですか!? お怪我は?」
セシリアがトラックに駆け寄り、抉れてできた壁の隙間からトラックの前に回り込んだ。いや、心配するのそこ? ギルドの中にいた人たちにけが人がいないかは気にしないの? そんな俺の疑問が彼女に届くはずもなく、セシリアはすばやく呪文を唱えると、トラックに向かって手をかざした。手のひらから白い光が溢れ、トラックを包んでいく。そして光が消えると同時に、ボロボロだったトラックのフロント部分は、まるで新品同様になっていた。すげぇな回復魔法。無機物でもお構いなしかよ。ねぇ、ちょっとこっちの世界に来て俺と一緒に修理屋やりませんか?
「ようこそ、ケテルの町の冒険者ギルドへ。この辺りじゃ見ない顔ね。ギルドへの登録をご希望なら、ちょっとした審査を受けてもらうことになるけど、いい?」
もはやすっかり平常運転、という感じで、受付嬢がトラックに話しかける。肝が据わっているというか何というか。……しかし、よく見たら相当の美人だな。艶やかな黒髪を結い上げて、シンプルな髪飾りで留めている。年齢は二十代前半というところだろうか。赤を基調とした、胸元の大きく開いた露出度高めな服を堂々と着こなしている。セシリアも美人だが、こっちは大人の余裕みたいなものを感じるな。包容力と言いましょうか。そしてその包容力の源になっているのが、圧倒的な存在感を放って人の目を引かずにはいられない、その二つのふくらみでございますな。言うなれば、人体に顕現した奇跡の霊峰。現代人のストレスを調伏する癒しのパワースポット。
おっと、いかん。いくら見事な神の造形とはいえ、あまり凝視していると嫁に殺される。俺は自らの精神力を総動員して受付嬢から目をそらした。ギルドのカウンターの横には幾つか丸テーブルが置かれていて、数組の冒険者たちがたむろしている。その中に独り、誰とも会話せずにトラックの方を睨む男がいた。男はおもむろに立ち上がると、猫背気味の姿勢でトラックに向かって歩き始めた。
そして男はトラックの横を通り過ぎ、奥にあるトイレへと姿を消したのでした。