表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
186/290

裏切り

――ガゥン!


 轟音と共に放たれた雷撃が大気を引き裂く。死を纏うその一撃は、しかし瞬時に反応した剣士によって切り払われた。剣が帯電してパリパリと音を立てる。やじ馬たちが事態に気付き、あちこちから悲鳴が上がった。


「冒険者に同じ手が二度通用すると思うなよ」


 剣士は銃撃地点であろう場所をにらみつける。やじ馬たちが逃げようと一斉に動き始め、銃撃犯もそれにまぎれて姿を消していた。やじ馬たちは混乱し、泣き声やはぐれた誰かを呼ぶ声、怒号、仔犬の鳴き声が聞こえる。

 護衛たちはルゼやゴブリン、そして子供たちを一か所に集めて死角なく囲み、周辺の変化を見逃さぬよう警戒している。揺らめきながらスキルウィンドウが現れ、その鉄壁ぶりを証明した。


『集団スキル【絶対防壁】

 複数人で円形に対象を囲み、あらゆる攻撃から対象を守る』


 おお、これは前にAランカーたちが暴徒からハルを守ってくれたときに出てきたスキルじゃないか。このスキルがあれば、陣形を崩されない限り防御は完璧ってことかな? でもこれだと退避できなくなっちゃうんじゃない? 冒険者に守られながら、子供たちがぎゅっと手を握り締めて恐怖に震えている。そりゃそうだろう。ちょっと、早く安全なところに逃がしたげて!


――ガゥン!


 うわっ! また撃ってきた! 今度はさっきとは別方向から、握りこぶしほどの大きさの火球が放たれる。だがそれもまた、射線上にいた冒険者によって迎撃された。


――ガゥン! ガゥン!


 立て続けに二射、それぞれ別方向から尖った岩と氷塊が飛んでくる。岩は短槍使いの女が石突で砕き、氷塊は魔法使いらしき男が炎で蒸発させた。

 す、すげぇな冒険者。たぶん呪銃が弾を発射してから着弾まで一秒もないはずだけど、それに反応して正確に撃ち落とすなんて人間業じゃねぇ。今まであんまりAランカーの実力を見る機会がなかったけど、実はすごかったんだな、冒険者って。

 銃撃犯を押さえるべく警護の第二層に配置されていた冒険者たちが走る。第三層の低ランカーたちはやじ馬を落ち着かせて誘導するよう動いているようだ。ただ、第二層の大剣使いの戦士は動かず、身構えて周囲の様子を探っているようだった。やじ馬に紛れた銃撃犯を追うより今は動かないほうがいいと判断したのだろうか?


「いかん! 伏せろ!」


 ハッと何かに気付いたように振り返り、大剣使いの戦士は切迫した様子で叫んだ。その視線の先はルゼたちの頭上――徐々に発動光が満ちていく法玉があった。なんで頭上に!? どこかから投げ込まれた!?

 ちっ、と舌打ちをして、弓使いが素早く矢を放ち法玉を射抜く。完全に発動する前に砕かれた法玉は空中で小さな爆発を起こした。爆風が公園の砂を巻き上げて視界を遮る。おお、何も見えねぇ。もうもうと立ち込める砂煙の中を幾つかの影が横切った。


――ガギンッ!


 重たい金属が咬み合う音が聞こえる。これは――剣のぶつかる音? 銃ではなく、敵が直接攻撃を仕掛けてきたのか? えぇい、視界が悪くて状況が見えん! 早く砂煙晴れろ!

 俺の願いを聞き届けたわけでもあるまいが、突如突風が吹き、砂煙を散らす。どうやら冒険者の一人である魔法使いが風を呼んだらしい。視界が晴れて状況が良く見える……って、なんか囲まれとる!? ゴブリンたちを守る冒険者たちが、見た目はどこにでもいそうな一般人の、しかし明らかに武器の扱いに慣れた男女に囲まれ、すでに交戦状態にある。やじ馬に紛れていた敵、ということなのだろう。各々が手に剣やナイフを持ち、ひどく冷酷な瞳で冒険者たちを襲う。


「陣を乱すな! 敵の狙いは【絶対防壁】の解除だ!」


 敵の攻撃をさばきながらAランカーの一人がそう叫んだ。スキルの効果で今、冒険者たちは敵の攻撃を防御したり回避したりする力が増しているらしい。それで銃撃を斬り払ったりできたってことなのかな。陣形が崩れてスキルの効果がなくなれば防ぎきるのが難しいということなのだろうか。警護の第二陣と第三陣、つまりゴブリンたちから少し離れた場所で警護をしていたグループは銃撃後に銃撃犯を捕らえるべくやじ馬のほうに移動し、今はそのやじ馬に足止めを喰らっているらしく、もうゴブリンたちを守れるのはここにいる者たちだけだ。【絶対防壁】を崩されたら取り返しのつかない事態が訪れるかもしれない。


――ガゥン!


 援護射撃だろうか、断続的にランダムな場所から銃撃が来る。冒険者の斧がそれを弾くが、銃撃に反応したことで目の前にいた敵――バーコード頭に分厚いメガネをかけた痩せ気味の中年男に無防備な半身を晒すことになった。バーコードのメガネがギラリと光る。繰り出された短剣はしかし、隣にいた短槍使いによって辛うじて打ち払われた。バーコードが忌々しそうに舌打ちをして距離を取る。間髪を入れず別の敵が隙間を埋めるように襲い掛かる。


――プァン!


 トラックが苛立ったようなクラクションを鳴らした。そもそもトラックの攻撃手段は主に突撃なので、相手が向かってくるのを迎え撃つ戦い方は苦手なようだ。【マチガイル】と【回し蹴り】で何とか陣形を崩さずに戦っているが、たぶん不本意なのだろう。突撃出来たら蹴散らせてやるのに、という不満が見て取れる。しかしトラックも【絶対防壁】を構成する一人になっているので、勝手に動くわけにもいかない。


「耐えろ! すぐ行く!」


 大剣を大きく振って周囲に群がる敵を吹き飛ばし、大剣使いの戦士が声を張り上げた。今一番トラック達の近くにいて動ける戦力は戦士だけだ。銃撃犯を追いかけずにこの場に留まったのは正しい判断だったのだ。さすがはベテランAランカー。状況を打開できるのはお前だけかもしれない。頑張って!


「また、上!」


 誰かの悲鳴のような声が上がる。上、って、まさかまた法玉!? 今度は三つ、不穏な光を放ちながら法玉が降ってくる。どこか高い場所から放り投げているような軌道だが、いったいどこから投げてんだ!

 再び弓使いが矢を放ち、法玉は空中で爆発する。ほぼ同時に三本の矢を放つなんてすごい技量だが、感心する間もなく法玉の爆風が視界を遮った。ええい、また状況が分からなくなるじゃないか! 舞いあがる砂煙の中で剣を打ち合う音が響く。再び魔法使いが突風を起こし、視界はすぐに晴れた。


――ガゥン!


 敵の銃撃は的確に冒険者たちの嫌な部分を突き、攻勢に出ようとすれば出鼻をくじかれ、守りを固めようとすればタイミングを狂わされ、苛立ちだけが募る。このままじゃ、数に勝る敵にこちらが対応できなくなる。トラックは焦りを含んだクラクションを鳴らした。大剣使いの戦士は足止めをくらい、まだ駆けつけられていない。


「がはっ!」


 冒険者の一人が敵の攻撃を捌ききれず、槍で腹を貫かれた。隣にいた斧使いが槍の穂先を断ち切り、斧を大きく振って敵を退かせる。腹を貫かれた冒険者が膝をついた。【絶対防壁】の発動を示すスキルウィンドウがゆらぐ。


「行け!」


 どこからか冷酷な命令が飛んだ。戦士がハッと息を飲んだ。綻びかけた防壁をさらに穿たんと敵が攻撃を集中する。フォローが間に合わない!


「うおぉ!!」


 気合の声を上げて大剣使いの戦士が剣を振り、彼を足止めしていた連中をまとめてなぎ倒す。スキルウィンドウが弾けるように四散し、【絶対防壁】の解除を告げた。腹を貫かれた冒険者が地面に倒れる。戦士は邪魔する敵を蹴散らしながら、崩れた防壁に駆け寄った。防壁の隙間から怯えたガートンの顔が覗く。斧使いと短槍使いが綻びの拡大を懸命に防いでいる。戦士が隙間を埋めるように崩れた防壁に身体をねじ込み――


 その刃を、ガートンに向けた。




 一瞬、時間が凍った。短槍使いと斧使いが信じられぬと目を見開く。大剣使いの戦士の剣の切っ先は迷いなくガートンの心臓に向けられている。明確な死を乗せて刃が迫る!


――ガギンッ!!


 重い金属音を立てて刃が弾かれ、大剣使いの戦士の顔が強張る。彼の渾身の一撃を防いだのは一人の少年――淡く光を纏ったルーグだった。


「そうか、お前、【無敵防御】――」


 呆けたようにつぶやく戦士にルーグは怒りの声を向ける。


「なにしてんだてめぇ!!」


 その声に我に返り、短槍使いが戦士の大剣を槍で跳ね上げ、斧使いが戦士に斬りかかる。戦士は後方に退きそれをかわした。


「また法玉が来るぞ!」


 またも上空から法玉が降ってくる。いったいどっから投げてんだ! 迎撃しようとした弓使いをトラックのクラクションが制止する。魔法使いが奥歯を噛み締め、


「一分だ! それ以上はもたんぞ!」


と叫んだ。トラックが【フライ・ハイ】で空に上ると同時に、冒険者たちを無数の六角形が組み合わさってできた光のドームが覆う。


『アクティブスキル(レア)【光子力バリアー】

 光の力を凝集して造られた障壁が

 敵の攻撃を阻む。

 ただし、障壁内から外を攻撃することもできない』


 光の壁が敵と味方を分かち、その刃を弾く。ゴブリンたちが倒れた冒険者の足を掴み、自分たちのいる場所に引き込んだ。トラックは空中で法玉に【回し蹴り】を食らわせる。法玉は【手加減】によって破壊されることなく打ち返され、上空高く舞い上がった。発動光が満ち、法玉が空中で大爆発を起こす。


「ぎゃぁーーーっ!」


 何もいなかったはずの空中から悲鳴を上げて男が落下してくる。それは【隠形】によって姿を隠して空中に浮かんでいた敵の魔法使いだった。ぶすぶすと煙を上げて落ちるその男を【手加減】が受け止め、みぞおちを痛打して意識を奪い地面に横たえた。

 トラックは地面に降り立ち、解き放たれたようにアクセルを踏む。急加速して迫る質量に怖れをなしたのか、襲撃者たちが一斉に距離を取った。冒険者たちが【絶対防壁】を再構築すべく動く。更に襲撃者を遠ざけようと加速したトラックの前に立ちはだかったのは、大剣使いの戦士だった。


――ガキンッ!


 戦士が上段から大剣を叩きつけ、キャビンと刃が火花を上げて鍔迫る。トラックがなぜだ、と問うようなクラクションを鳴らした。戦士の顔が痛みに耐えるようにゆがむ。


「……妻子を、人質に取られた」


 トラックにしか聞こえぬよう、口を動かさずにそう言って、戦士は満身の力を込めてトラックを押し返すと、再びキャビンに大剣を叩きつける。フロントガラスが砕けて地面に散らばった。トラックは、今度はささやくような小さなクラクションを鳴らす。全力で戦っているように見せながら、戦士は答えた。


「どこに捕らえられているのか、まだ生きているかもわからない。だが俺は、奴らの言いなりに動くしかないんだ」


 再度トラックを押し返し、戦士は下がって距離を取った。突然の告白に戸惑ったのか、トラックの動きが鈍る。戦士は呼吸を整え、気合の声を上げて大剣を横薙ぎに払った!


『アクティブスキル(VR(ベリーレア))【厭離穢土】

 穢れた現世から対象者を解き放つ慈悲の一撃』


 大気が歪むほどのすさまじい熱をまとった刃がバターをナイフで切るように容易くトラックを引き裂く。切断されたフレームの断面が溶けていた。ひぇぇ、戦士つえぇー。あと少し低い位置を斬られてたらエンジンやられてたかも。

 パリン、と音を立て、【光子力バリア】が光の粒になって消えた。同時にスキルウィンドウが【絶対防壁】の再発動を宣言する。一呼吸遅れて三方から同時に銃撃音が聞こえた。しかしそれらは全て冒険者たちに防がれる。間一髪、だが辛うじて間に合った。【絶対防壁】を再度破るのは、敵にとってもなかなか骨だろう。


――ピィーーーッ


 どこかから指笛が聞こえる。やじ馬を装った敵の幾人かが懐から法玉を取り出し、地面に叩きつけた。淡い発動光に包まれ、瞬時に敵の姿が掻き消えた。そしてその中には、大剣使いの戦士も含まれている。つまり、戦士は奴らの仲間、なのだ。


 さっきまでの戦いが嘘のように人の気配が少なくなった公園で、トラック達は無言でたたずんでいた。

翌日、公園には一つの看板が立てられました。

「公園はみんなの場所です。暴れたり大声を上げたりせず、マナーを守って楽しく使いましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あわわわわ……!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ