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か細い糸

 轟音と共に放たれた雷撃はゴブリンたちを囲む護衛の隙間を正確にすり抜け、一匹のゴブリン――ガートンパパの胸の辺りを貫いた。ガートンパパは地面に倒れる。トラックがプァンとクラクションを鳴らし、ミラとセシリア、そして剣士がうなずきを返す。トラック、セシリア、ミラはガートンパパに駆け寄り、剣士は呪銃を撃ったであろう方向に走った。護衛が一斉に動き、ゴブリンやルゼたちを地面に伏せさせ、その身を盾にして護衛対象者をかばいつつ周囲に目を走らせる。ただ、大剣使いの戦士だけは呆けたように動かず、顔を真っ青にしていた。捕まえていた犬が戦士の手を逃れ、走り去っていった。


「きゃぁーーーっ!!」


 ようやく事態に認識が追いついたやじ馬から悲鳴が上がる。やじ馬たちは我先にとその場から逃げ出し、ちょっとしたパニックになっていた。混乱する現場をギルドメンバーが辛うじてなだめ、人々を誘導する。悲鳴と怒号が飛び交う中、ガートンパパに駆け寄ったセシリアが素早く呪文を唱え、翡翠色の癒しの光が傷口に流れ込む。雷撃によって穿たれた傷口は焼け焦げ、嫌なにおいが周囲にたちこめていた。


「頑張って! あなたは死んではいけない!」


 傷はわずか数センチほど心臓を逸れていたが、魔法で傷が塞がれてもガートンパパは目を覚まさない。自発呼吸も止まり、事態は切迫している。ミラはセシリアをサポートし、トラックはプァンとガートンパパに呼びかけながらスキル【心霊手術】を発動した。どうやら心臓を直接マッサージして蘇生を試みるらしい。


「何してる! 退避するぞ!!」


 仲間の声で我に返ったように戦士はビクリと身体を震わせ、慌ててゴブリンたちに駆け寄った。三人で一人を囲み、身を低くして、道の脇に停めてあった馬車に乗り込む。万が一のための退避用にと用意しておいた馬車、なのだが、まさか本当に使うことになるとは思ってもいなかった。


――ごほっごほっ!


 ガートンパパが苦しげに咳き込んだ。咳をした、ということは、自力で呼吸できるようになった? トラックがプァンとクラクションを鳴らす。ガートンパパは返事をしてくれないが、耳をすませば呼吸音が聞こえた。セシリアがわずかに表情を緩める。


「我々も退避しましょう。安静にできる場所に連れて行かなければ」


 了承のクラクションを返し、トラックはウィングを上げる。セシリアの魔法がガートンパパをふわりと持ち上げ、そっと荷台に横たえた。ガートンパパ以外にもうひとりのゴブリンを荷台に保護して、トラックは強くアクセルを踏んだ。




 評議会館の一室は重苦しい雰囲気に包まれていた。幸い銃撃はあの一度だけで、ガートンパパ以外のゴブリンやルゼたちに怪我はない。ガートンパパも一命をとりとめ、今はセシリアを中心とした複数の医療スタッフがケアを続けている。しかし問題はそこではない。銃撃を許し、しかもゴブリン側に怪我人を出した、そのことが極めて重要な問題なのだ。


「申し訳、ございません」


 痛恨の表情でルゼが年かさゴブリンに頭を下げる。年かさゴブリンは小さく首を振り、ルゼに顔を上げるよう促した。ゴブリンたちは一様に苦い顔をしている。彼らだってケテルとの通商を成功させるために派遣されたのだ。何一つ成し遂げることもなく帰るようなことはしたくないのだろう。


「……ごぶごぶ」


 苦悩を滲ませた声で年かさゴブリンがルゼに言った。先生が通訳したところによると、ゴブリンたちは「自分たちだけで話をさせてほしい」と言ったようだ。ルゼはその言葉を受け入れ、トラック達に退出を命じると自らも部屋を出た。




 評議会館のロビーに出ると、マスターたちが苦々しい顔で話をしていた。大剣使いの戦士が床に膝をついて謝罪している。銃撃の隙を作った、そのことを謝っているらしい。


「……お前さんらしくねぇじゃねぇか。犬に気を取られて、なんて言い訳はな」


 マスターの言葉に戦士は深くうなだれた。


「面目次第もない」


 周囲のギルドメンバーも、複雑な、というか、不可解そうな顔をしている。冒険者ギルドのAランカーがやらかした失敗としてはあまりにお粗末だ、という、どこか納得のいかない様子が見て取れた。戦士はうつむいたまま何も言わない。マスターは大きくため息を吐いた。


「そんなていたらくじゃ護衛を続けてもらうわけにはいかん。悪いがお前には外れてもらうぜ」

「ま、待ってくれ!」


 弾かれたように戦士は顔を上げた。


「もう一度チャンスをくれ! こんな失敗は二度としない! 頼む!」


 戦士は額をこすりつけるように頭を下げた。マスターが困惑の表情を浮かべる。


「おい、よせ! 簡単に頭を下げられるような立場じゃねぇだろう!」


 叱責に近いマスターの声音にも戦士は頭を下げ続けたままだ。やり取りを見ていたトラックがプァンとクラクションを挟む。マスターはトラックを振り返り、何か言おうと口を開きかけ、言葉の代わりに再び大きなため息を吐いた。


「……二度目はねぇぞ。肝に銘じとけ」

「わかっている。すまない」


 マスターは軽く手を上げて応える。戦士は立ち上がり、トラックに近付いて言った。


「悪い」


 気にするな、と言うようにトラックはクラクションを鳴らす。このやりとりから察するに、たぶんトラックは戦士が護衛を続けられるように口添えした、ということなんだろう。戦士はひどく憔悴した顔をしていた。自らのミスを後悔しているのか、仕事を外されることを怖れているのだろうか。まとまった金をこの仕事で稼いで冒険者を引退するって言ってたから、仕事を外されたら人生設計が狂うだろうし、なにより最後の仕事がこんな形で終わるのは嫌だろうな。周囲の視線を避けるように戦士は部屋の隅に移動し、壁に背を預けて目を閉じた。




 トラックたちが部屋を出るよう言われてからしばらくの時間が経ち、ゴブリンたちの話し合いはまだ続いているようだ。ゴブリンたちがどんな結論に至るのか、こればかりは天に祈る以外にできることはない。ゴブリンたちとの通商が破談となれば、ケテルとゴブリン族の友好関係も消える。ゴブリンは討伐対象のまま、姿を見れば剣を抜く間柄に戻るのだ。それはきっとお互いにとって不幸なことだろう。

 じりじりと削られるような時間を過ごしていると、不意に評議会館の扉が開き、剣士が疲れた顔をして入って来た。剣士はトラックに近付くと、


「すまん。捲かれた」


と首を横に振った。トラックはプァンと労いのクラクションを鳴らす。剣士はやや声を抑えて問う。


「撃たれたゴブリンは?」


 トラックも音を抑えてプァンと答える。ややホッとした表情で剣士はうなずいた。ガートンパパが生きている、ということは、かろうじて未来が繋がる可能性がある、ということだ。それにガートンパパが撃たれたことはまだガートンたちには伝えていない。悲しむガートンたちの姿なんて見たくないもんね。


 がちゃり、と扉が開き、部屋からミラとセシリアが出てきた。二人の顔は疲労の色が濃い。かなり力を、おそらくは『始原の光』を、使ったのだろう。しかし表情自体は暗いものではなく、むしろ安堵のそれに近い。


「どうだ?」


 ルゼが噛みつくような勢いでセシリアに問う。コメルやマスターもセシリアの周囲に集まり返答を待つ。セシリアは安心させるような笑みを浮かべた。


「意識が戻りました。もう心配はないと思います」


 ふぅーーー、とルゼは何かを吐き出すような長い息を吐いた。他の面々も一様にガートンパパが危機を脱したことを喜ぶ。いや、ホントによかった。知り合いがこんな形で亡くなるとか絶対嫌だもん。


「皆さんを部屋に呼んでほしいと言付かっています。どうぞ中に」


 セシリアが表情を改めて皆に言った。言付かって、ってセシリアさん、ゴブリン語分かるのかな? トラックがプァンとクラクションを鳴らす。セシリアは首を横に振った。


「いえ、おそらくそう仰っているのだろうと。身振り手振りで」


 そういうことか。やっぱりゴブリン語はそう簡単に習得できるものでもないのか。セシリアの言葉を受けて先生がゴブリン代表団を呼びに行く。ルゼたちがガートンパパのいる部屋に入り、トラックもそれに続いた。


「ごぶ」


 ベッドで上半身を起こし、ガートンパパはルゼたちを出迎えた。命の危険はなくなったとはいえ、体力が回復したわけではない。顔色は悪く、身を起こしていることも辛そうだ。トラックが気遣うようなクラクションを鳴らす。ガートンパパは真剣な表情で首を横に振った。その眼差しに強い決意が滲む。


「ごぶごぶっ!!」


 ゴブリン代表団の面々が慌てたように部屋に駆け込んできて、ガートンパパを囲んだ。ガートンパパは「ごぶごぶ」と礼を言って頭を下げているようで、ゴブリンたちは無理すんなと言うようにガートンパパを制止していた。ゴブリンたちの表情から強張ったものが薄らいでいく。ひとしきり喜びを表した後、年かさゴブリンがガートンパパに言った。


「ごぶごぶ」


 先生が気を利かせてルゼに通訳する。


「ケテルとの通商は、白紙にする、と」


 ルゼが悔しそうに視線を床に落とした。コメルは感情の読めない顔でガートンパパを見つめる。ガートンパパははっきりと、大きく首を横に振った。


「ごぶごぶ」

「我々が諦めたら、長く未来に禍根を残すことになる、と」

「ごぶごぶ」

「しかし今、我らを害そうとする意志が現実のものとなった。我らの身はともかく、王に万が一のことがあってはならない、と」


 先生すげぇな。同時通訳を完璧にこなしてるよ。しかし「ごぶごぶ」しか言っていなさそうなのに、結構な量の会話してるな。


「ごぶ」

「そうして失われるのはゴブリン族の未来であり、子供たちの未来です。互いを敵とし、殺し合う関係に戻ってはいけない」

「ごぶ」

「そのために危険には目を瞑れと? そのようないびつな形で上辺だけの友好を築いたとしても、そんなものはすぐに壊れてしまう。まずケテルが意思統一を図り総意として我らとの関係を望む、その態勢を整えることが先ではないか」


 年かさゴブリンの言うことはもっともなことで、ルゼは辛そうに胸を手で押さえた。ゴブリン襲撃は決して予想外の出来事ではなく、冒険者ギルドも衛士隊も総動員しての警備体制だったのだ。それでも事件は起き、ガートンパパが生死をさ迷う事態になった。今ゴブリンたちに「信用してくれ」と言ってもそれは通らないだろう。しかし、ガートンパパは決して諦めぬ強い光を瞳に宿し、強い口調で言った。


「ごっ!」

「我らとケテルは敵同士だった。我らを憎む者がいることなど百も承知のはず! 我らが目を向けるべきは敵意を示す者たちではない! 私が撃たれたとき私を救おうと駆け寄ってくれた者たち、あなた方を守ろうと身を盾にした者たち、そういう人間がいたということにこそ目を向けるべきなのだ! 今、ここで踏み止まらなければ、人とゴブリンが互いを理解しようという機運は霧散する! 次の機会など巡っては来ないかもしれないのだ!」

「ぶっ!」

「なればこそ事は慎重に運ばねばならんと言っている! もし式典本番で王が害されたなら、人とゴブリン、どちらかが滅ぶまで終わらぬ大戦が始まることになるのだ! 我らとてこの機会を失うのは惜しい! 人と言葉を交わすことができるなど想像だにしておらんかった。殺し合う以外の未来があり得るなど信じられなかった! しかし今、共存の未来が手に届くところにあると、そう信じてここに来たのだ! 王が、いや我らの内の誰であっても、人に害されたことがゴブリンの民に知られれば、やはり人はゴブリンの敵なのだと言われる。その可能性を消さなければならんのだ! 我らが襲撃を受け、ケテルは我らを守り切れなかった。信頼は失われたのだ! その状況で話を前に進めることはできん!」

「ごぶーーっ!!」

「俺は生きている! 何も失われてはおらぬ!!」


 挑むように年かさゴブリンをにらみ、ガートンパパは吠えた。その声は空気を震わせ、窓がカタカタと鳴る。もはや言葉は無意味と悟ったか、年かさゴブリンは口を閉ざした。年かさゴブリンが引いたことで多少冷静さを取り戻したのか、ガートンパパは深呼吸して気持ちを整えると、年かさゴブリンに深く頭を下げた。


「ごぶごぶ」

「どうか未来を、繋いでください」


 ごぶぅ、と年かさゴブリンが小さく唸る。他のゴブリン代表団の面々が年かさゴブリンの肩を叩き、小さく首を横に振った。襲われた本人がそう言っているのならひとまず受け入れようじゃないか、という雰囲気だ。年かさゴブリンは顔をしかめてしばらく悩んでいたが、やがて渋々といった様子でうなずいた。ホッとしたように表情を緩めたガートンパパが苦しそうに咳き込む。ああ、無理しないで。医療スタッフが慌てて駆け寄り、ガートンパパの背をさすった。


「このようなことは二度と起こさせません。ケテルは総力を挙げてあなた方を守り、あなた方を害する者を排除いたします。ケテルを代表して、私がお約束いたします」


 ルゼが年かさゴブリンに近付き、真剣な目でそう誓った。先生の通訳を受けた年かさゴブリンはうなずき、ルゼに右手を差し出す。年かさゴブリンの手を両手で取り、ルゼは「ありがとうございます」と強く握った。


 ガートンパパの決死の擁護によって、ケテルとゴブリンの関係は辛うじて保たれた。だがもしもう一度襲撃が起きて誰かがまた傷付いたら、もはやどれほど言葉を募ろうと、人とゴブリンの未来は断たれるだろう。か細い糸で繋がる希望を、どうにかして守らねばならない。トラックがカチカチとハザードを焚く。セシリアがぎゅっと拳を握った。


 ……


 でね、ちょっと言っていい? シリアスな雰囲気に飲まれてその場でツッコめなかったこと言っていい?


 ゴブリン語、言葉の音数に対して込められた意味のバランスがめちゃくちゃやろがぁーーーっ!! ガートンパパ、「ごっ!」としか言ってなかったよね!? 年かさゴブリンも「ぶっ!」って答えてたよね!? それがどうやったらあんな長いセリフに変換されるんじゃぁーーーっ!! 圧縮言語か!? 圧縮言語ってなんじゃい! そんなもん存在するのか!? しーらーんーがーなーーーっ!!!

ガートンパパの漢気に惚れるケテル人が急増中。

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