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沈黙と信頼

 太陽が山際から顔を出し、その腕で世界を包んでいた夜をその役割から解放する。月はすでに舞台を降り、残っていた星々も主役の座を太陽に譲った。長い夜が、ようやく明けたのだ。セイウチ夫人の依頼から始まったトラックのギルドでの初仕事は、当初の見込みから大きく外れながらも、何とか終幕を迎えつつあった。

 トラック達は今、街道から再び林道に入り、つまりさっき来た道を戻って、敵のアジトへと向かっている。獣人たちを荷台に乗せ、ルルを助手席に乗せて、トラックは林道をひた走る。セシリアと剣士のことが心配なのだろう。速度は行きと同じか、むしろ速いくらいだ。枝葉が車体と接触し、ガサガサと音を立てた。

 剣士は自信ありげな態度だったし、セシリアもいるし、最悪ロジンもいるし、負けてるってことはないと思うんだけど、ボスの強さも未知数だし、手下もいっぱい残ってたし、とにかく気になって仕方ないからとりあえず急げトラック!

 車体を大きく上下させながら、トラックは懸命に悪路を急ぐ。時間的にはそろそろアジトに着いてもおかしくない気がするんだけど、木々に覆われた視界は現在地を教えてくれない。行きはひたすらわだちを辿っていたから、周辺の景色なんか憶えていないのだ。そもそも暗かったし。木ばっかりだし。しょうがないんだって。いや、ほんと。


「あっ!」


 助手席のルルが何かに気付いたように声を上げた。トラックの前に崩れかけた石の門が現れる。鉄の門扉は錆びて倒れ、アーチを描いていたはずの門の上部は崩壊して地面に散らばっていた。ようやくアジトに戻ってきた! トラックはためらいもなく門を突っ切ると――


 キキィーーーーーーっ!!!


 全力でブレーキを踏んだ。悲鳴のような甲高い音に振り返り、アジトを囲んでいた男たちが慌てて左右に散る。ザリザリと横滑りし、あわや横転するところを何とか踏ん張って、ようやくトラックは止まった。ふぅーっと息を吐き、ルルはサッと周囲に視線を走らせる。アジトは二十人を越える人間で取り囲まれていて、


「な、なに?」


 アジトは建物の床部分を残して、消えてなくなっていた。ルルがぽかんと口を開けて、もとアジトのあった場所を見ている。

 な、なにがあったの!? 周りにいる奴ら誰よ!? セシリアと剣士はどうなった!


「どうしててめぇがここにいる、トラック!」


 周囲にいた男たちの中の一人が、怒声と共にトラックの前に進み出た。ピンクのモヒカン頭にトゲトゲの革ジャンを着た男。トラックは怒声に応えるようにプァンとクラクションを鳴らした。……あれ、もしかして、コイツは……


「誰だ、じゃねぇよ! イヌカだ! 憶えとけこのヤロウ!」


 あ、あーあー、イヌカ! 『新人潰し』のイヌカ・マーセィ! まさかの再登場! でもなんでいるの? っていうか、イヌカがいるってことは、周りにいる奴らってもしかして全員ギルドメンバー?


「……ここにいるってこたぁ、てめぇも奴らの仲間だってことか?」


 イヌカは厳しい眼差しでトラックを見据えると、アゴでアジトのあった場所を見るよう促した。残った床の上には縄で縛られたボスと手下たちが、何かに怯えるように身を寄せ合って座っており――その集団の中に、セシリアと剣士とロジンもいた。


 いっしょくたに捕まっとる!?

 ちょっと、なんで!? そもそもなんでギルドの面子がここにいるの!?


 トラックがプァンとクラクションを鳴らす。セシリアは顔を上げ、ほっとしたように微笑んだ。剣士もやれやれといった感じでトラックを迎える。ロジンは……いびきかいて寝とる。ここに来て図太いな。もう開き直ったのか。


「オレのギルドのメンバーが犯罪に加担したなんぞ考えたくないんだがな」

「マスター!」


 不意にトラックの前に、体格のいい壮年の男が進み出る。イヌカが男に場所を譲り、後ろに下がった。五十代後半くらいだろうか。短く刈り込んだ灰色の髪に、意志の強そうな太い眉。黒い瞳に浅黒い肌。丸太のように太い腕を組み、いかめしい顔でトラックを見ている。マスター、ということは、この男がギルドマスターということだろうか?


「三日前のことだ。行商人から連絡があってな。ある獣人の村から住民が消えたという。調べてみたらどっかのバカが、獣人族をさらって売ろうとしてるらしいじゃねぇか。慌ててメンバー招集して、アジトの場所を割り出し、屋敷を囲んでさあ踏み込むぞって時にだ。目の前でアジトが吹き飛んじまった。なあ新人さんよ。知ってたら教えてくれよ。いったいここで何があった?」


 アジトが吹き飛んだ後に残ったのは、全身ズタボロで気絶している十数人のガラの悪い連中と、これまた気絶している商人風の男、つまりナールと、やっぱり気絶して床に倒れている剣士と、その傍らに座り込んでいるセシリアだった。ロジンは吹き飛ばされた建物の残骸と共に、少し離れた場所で気絶しているのが見つかったそうだ。とりあえずその場にいた全員を拘束したが、ガラの悪い連中は恐怖に怯えてまともに会話が成り立たず、剣士も、そしてセシリアも、頑なに事情の説明を拒んだのだという。


「誤解だ。彼らは私たちを助けてくれた」


 助手席のドアを開け、ルルがそう言ってギルドマスターの前に進み出る。猫人から上がった擁護の声に、ギルドマスターは組んでいた腕をほどいた。


「どういうことだ?」

「詳しい話は若長からさせてもらおう。助けられた本人の話の方がいいだろう」


 ルルはトラックに顔を向けると、荷台を開けるように促した。トラックが右の翼を広げる。


「こ、これは……!」


 ギルドマスターは驚きに息を飲み、荷台へと駆け寄る。早朝の太陽が荷台の中を照らし――


「なんてこった……!」


 そこには、ひどい車酔いでぐったりした獣人たちの姿があった。まあ、そうなるよね。荷台の中、掴まるとこないし。あんな悪路をあんな速度で走ったら、揺れハンパないからね。ギルドマスターはトラックのキャビンを睨みつけ、大声で怒鳴る。


「てめぇら、獣人たちに何をした! 事と次第によっちゃただじゃおかんぞ!」


 あれ? なんか状況が悪化してる? ややこしい方向に誤解してる? ルルが困惑の表情を浮かべて反論する。


「いや、そうではなく……」

「医療班、急げっ! ちくしょう、ひでぇことしやがる! この顔色、ただ事じゃねぇぞ! 呪いか、毒か、どっちにしろロクでもねぇ予感しかしねぇぜ!」


 その予感、外れてますよー。まあ、この世界に車酔いなんてないだろうからなぁ。あ、でも馬車酔いとかならあるのかな?

 ギルドマスターの呼びかけに応じた数人の男女がトラックの荷台に乗り込み、獣人たちの治療を始める。むにゃむにゃと呪文なのか祈りなのかを唱えると、ぽぅっと小さな光が術者の目の前に現れ、獣人たちに吸い込まれていった。若干、獣人たちの顔色が良くなったような気がする。うーん、でも何だか効果が地味。セシリアだったらもっとスパーンと治してくれそうな気がするけど。

 獣人たちの様子が多少なり改善したことにほっとしたのか、ギルドマスターは荷台から離れ、そしてトラックを厳しい表情でにらみつけた。


「言い訳を聞こうか」


 もう完全に犯人扱いですね。言い訳をしようとしたら「言い訳するな!」と怒られそうな気がする。それが分かっているのか、トラックはずっと無言を貫いていた。業を煮やしたギルドマスターが口を開きかけた時、ルルが大きくため息を吐いた。ギルドマスターの前を横切り、怒りをその顔に浮かべて荷台に横たわる獣人の若長に近付くと、


「お前がしっかりしないから話がややこしくなっとんにゃっ!」


 襟首をつかんで持ち上げ、ガクガクと揺さぶった。若長は情けない声で「うにゃぁ」と鳴くと、気弱そうに弁解した。


「しゅ、しゅまにゅ……のりもにょ、にがてにゃ……」




 その後、車酔いから復活した若長とルルから事情を説明してもらい、トラック達は何とか疑いを晴らすことができた。吹き飛んだ屋敷の地下室に閉じ込められていた他の獣人たちも無事に保護され、さらわれた獣人たち全員の無事が確認されたようだ。ナールと、そしてボス以下十数名の手下たちは、腰縄を付けられ、ギルドメンバーに囲まれてケテルに連行されていった。ちなみに、連行された人間の中にはヘルワーズも含まれている。今までどこにいたかと言うと、簀巻きにされてトラックの荷台に転がされていたのだ。林道を高速で突っ走っていた時も、ナカヨシ兄弟と戦っていた時も。おそらく荷台の中をゴロゴロ転がりまくっていただろうが、まあ自業自得だな。


 ……あっ。ロジンも一緒に連れてかれてる。


 ……


 ありがとうロジン。さようならロジン。君のことは忘れない。


「話がちがーうっ!!!」


 ロジンの悲痛な叫び声が、朝の森に響いた。




 ギルドメンバーが撤収作業を行う中、ギルドマスターはトラック達三人を呼んで話をしていた。疑いが晴れたというのに、ギルドマスターの顔は険しい。セシリアは少し目を伏せ、剣士は気まずそうに顔を逸らしている。トラックは……とりあえずこの場にはいるが、何を考えているかは分からない。


「なぜ、事態を理解した時点でギルドに報告しなかった?」


 口を開き、何か答えようとした剣士を視線で制し、


「……申し訳ありません」


 セシリアは固い声で答える。謝ってはいるが説明はしない。その声音は理由を明かすことを拒んでいた。


「ではなぜ、俺たちが現れた時に事情を説明しなかった?」

「……申し訳ありません」


 セシリアは再び答える。それは答える意思がないという意思表示だろう。ギルドマスターはセシリアの真意を測るようにじっとその顔を見つめた。


「俺たちが、信用できないか?」

「……申し訳、ありません」


 セシリアの顔がわずかに、辛そうに歪んだ。ギルドマスターは軽くため息を吐くと、苦笑いを浮かべて雰囲気を緩めた。


「若いのに背負ってるツラしやがって。詮索されたくねぇってことだけはよく分かったよ。冒険者ってのは多かれ少なかれ、触れられたくねぇモンを抱えてる。他人を簡単に信用できねぇ気持ちもよく分かる。けどな」


 ギルドマスターは表情を改め、真剣な瞳でセシリアと剣士を見渡した。


「俺にも責任がある。ギルドメンバーを守る責任がな。お前たちはもう俺のギルドの一員だ。俺はお前たちを死なせたくないんだってことは、頭の片隅にでも入れといてくれや」


 セシリアは、そして剣士も、ハッとしたように顔を上げてギルドマスターを見る。


「ごめん、なさい……」


 普段よりも幼い顔をして、セシリアが言った。剣士が無言で頭を下げる。説教は終わりだと言わんばかりにギルドマスターは破顔し、がははと豪快な笑い声を上げた。


「信頼ってのは積み重ねだ。ちょっとずつ、仲間になっていこうや」


 ギルドマスターはそう言うと、三人に背を向けて、事件の後始末をしている他のギルドメンバーのほうへと歩いて行った。セシリアと剣士は、ギルドマスターの背に深く頭を下げた。


翌日、三人のもとにギルドからの通達が届きました。そこにはこう書いてありました。「お前らクビ」と。

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[一言] ギルドマスターカッコイイ! こういう清濁併せ吞んだ上司キャラって好きです!(ロジンからは目を逸らしながら)
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