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恫喝

 外見からは想像できない身のこなしで、中年男の凶刃がグラハムを襲う。グラハムの顔が驚愕に引きつった。イャートが二人の間に割って入ろうと動くがわずかに遅く、刺客の手がイャートの横をすり抜け――


――キィン!


 しかしグラハムの喉を裂くはずの刃は、あり得ぬ角度から伸びた長剣によって打ち払われた。それはグラハムの影から伸びた腕に握られたもの。グラハムの影からせり上がるように一人の男が姿を現わした。


「リェフ!?」


 イャートが驚きと共にその名を叫ぶ。状況を説明するようにスキルウィンドウが浮かび上がった。


『アクティブスキル(レア) 【影に潜む】

 物体の影の中に身を隠すことができる。

 ただし、影の中では動くことができない。

 一定の強度を超える運動を行うとスキルは解除され、

 影の外へ放り出される』


 リェフがグラハムをかばいながら後ろに下がらせる。中年男は一瞬だけ動揺を示し、すぐに大きく後方に跳躍して距離を取った。苦々しい顔で舌打ちをする中年男を、グラハムはひどくショックを受けたような顔で見つめる。トラックがプァンとクラクションを鳴らした。


「話は後で。敵はそいつだけじゃない」


 リェフの言葉を裏付けるように、会場にいたスタッフの一部が隠し持っていた短剣を抜いた。その数は全体の二割ほど――二十人くらいだろうか。一緒に働いていた同僚が急に殺気を漲らせて刃を向けてきたことに混乱し、一般のスタッフたちが悲鳴を上げる。


「やれ!」


 中年男がグラハムをにらんだまま鋭く叫んだ。スタッフを装っていた敵――つまり、おそらくはトランジ商会所属の工作員が、手近にいたスタッフたちに襲い掛かる。ちょ、ちょっと待て! 無差別攻撃かよ!? この場にいる全員の口を封じるつもりか! セシリアが杖を掲げ剣士が駆け出すが、間に合わない! イャートが剣を抜いて中年男に斬りかかり、トラックはリェフを見つめる。リェフは膝をつき、右手で床を叩いた。スタッフたちの恐怖と悲鳴がひときわ大きくなり、凶刃が命を刈り取るべく空を引き裂――


――とぷん


 何かが水に沈むような音がして、工作員たちの姿が一人残らずきれいにかき消えた。スタッフたちが呆気にとられたように目を丸くしている。イャートが振るった剣をかわし、中年男はさらに距離を取ると、部下たちが一人もいなくなった状況に動揺したように周囲を見渡した。セシリアも剣士もイャートも、何が起きたのか分からないという顔をしている。奇妙な静寂が訪れ、新たなスキルウィンドウが中空に揺らめく。


『アクティブスキル(レア) 【影に沈む】

 指定した対象を影の中に閉じ込める。

 ただし、

 スキル使用者と対象が互いに六面ダイスを振り合い

 対象の出目がスキル使用者を上回った場合、

 このスキルは解除される』


「避難誘導を! 長くはもたない!!」


 リェフの言葉に応えてトラックがプァンとクラクションを鳴らす。セシリアと剣士がトラックを振り返って複雑な表情を浮かべた。トラックはさらにクラクションを鳴らす。不満を飲みこむようにうなずき、


「みなさん、落ち着いて、ふたりずつ正面扉から避難してください!」

「怪我をされた方、体調のすぐれない方はいらっしゃいますか?」


 スタッフたちのほうに駆けていく。二人の声は混乱していたスタッフたちにある程度の冷静さを取り戻させたようで、スタッフたちはセシリアたちの誘導に従って順番に外へと逃げていく。リェフは避難が始まったことに安堵の表情を浮かべつつ、懸命に六面ダイスを振っていた。

 ……ああ、影の中に捕まえた工作員たちとダイスを振り合っているのか。一度に二十人も捕まえちゃったから大変だわねぇ。しかし、言ってもしかたないことなんだろうけど、どうしてそんなスキルかねぇ。いちいちダイスで判定って、考えたら結構大変ですよ? このスキルの設計者に意図を問い質したいレベルだよ。


『自分でダイスを振ると、判定結果に対するクレームが減るんですよ』


 うおっ! また呼びもしないのに出てきたなヘルプウィンドウ!


『何をおっしゃいます。私はヘルプウィンドウ(フリーダム)ですよ? 今度から私のことはコーディネーターとお呼びください』


 意味の分からんことを言うんじゃない。無駄にハイコンテクストになるだろうが。だいたいクレームとかって何の話だ。


『内部的に自動判定すると、自分に都合の悪い結果が続いたときに「補正してるんじゃないか」ってクレームが結構来るんですよ。確率五十%なのに二回連続で失敗するのはおかしいって。でも自分でダイスを振ると意外とみんな納得してくれて』


 いったい誰からクレームが来るんだよ。このスキルの判定おかしいだろってヘルプウィンドウ呼び出して文句言ってくんの? この世界の住人達が?


『我々は理不尽なクレームには屈しません!』


 いや、どっちかっていうと屈したからダイス判定に変えたんじゃないの?


『ストップ! カスタマーハラスメント!』


 それを今、俺に言われても困るわ。上司か警察か弁護士に相談しなさいよ。


『威力業務妨害で刑事告発を検討中です』


 お、おお。思いのほか事態が進行していた。スキルの判定結果なんてもんのために逮捕されたらものすごく割に合わない気がするので、スキルの結果は粛々と受け止めて次に進んだ方がいいんじゃないかな? 訴えられるのがどこの誰か知らんけども。


『おっと、どうやら時間切れのようだぜ。それではまた、そう遠くないうちにお目に掛かりましょう。ヘルプウィンドウでした。シーユー!』


 あっ、消えた! どんどん自由さに磨きがかかってるな。もっと落ち着いたときに出てくればいろいろ聞けるんだが、こういう緊迫した状況だと緊張感が失せて台無しなだけなんだよな。言いたいこと言ったらすぐ消えるし。とっつかまえる方法を考えんといかんな。


――ぱしんっ


 何かがはじける音がして、床から一人の工作員がせり上がってくる。ダイス判定に負けたのだろう、リェフの顔が苦しげにゆがむ。まだスタッフの避難は終わっていない。ぱしん、ぱしんと、そこここから敵が姿を現わし始める。セシリアと剣士が焦りを顔に浮かべ、敵が再び逃げようとするスタッフに襲い掛か


 突っ込んだーーーっ!!!

 久しぶりにトラックが敵に突っ込んだーーーっ!!!


 一気にアクセルを踏み込んだトラックは、ためらいもなく工作員をはね飛ばす。当然その攻撃は【手加減】によって完璧に制御され、工作員は宙を舞いながらかすり傷一つ負ってはいない。で、でも、この位置関係だと工作員は避難しているスタッフに突っ込むぞ!? ちょっと、ふっとばす方向を考えなさいよ!

 慌てる俺をよそに、【手加減】は冷静だった。【手加減】は瞬時に工作員の進行方向に回り込むと、下から蹴り上げてその軌道を真上に変える。そして工作員が天井にぶつかる前に【手加減】は天井との間に姿を現わし、握った両手を振りかぶって思いっきり工作員の身体に叩きつけた。工作員の身体は再び軌道を変え、正確にトラックが吹き飛ばす前の位置に戻る。地面に叩きつけられるはずの工作員の身体は、しかしさらに先回りした【手加減】によってふわりと受け止められ、優しく床に降ろされた後、首筋に手刀を入れられて崩れ落ちるように倒れた。

 トラックは順次影から出てくる工作員をふっとばし、【手加減】がそれを受け止めつつ気絶させていく。勝敗はすでに明らかだった。スタッフたちと敵が入り混じる状況ではトラックが敵に突っ込むことはできなかったろうが、リェフがスキルで敵を捕らえたわずかな時間によって敵と要救護者を引き離すことができた。トラックが遠慮なく敵に体当たりを食らわせられる状況が整いさえすれば、トラックが負けることはないのだ。


「ば、化け物め――!」


 信じられぬものを見た表情で中年男がそう言ったのと、スタッフたちの避難が終わったのと、工作員の最後のひとりが【手加減】によって気絶させられたのはほぼ同時のことだった。




 剣の切っ先を突きつけ、イャートは中年男に言った。


「投降しろ。勝ち目がないことくらい理解できるだろう?」


 トラックが工作員たちと戦っていた間ずっと、イャートは中年男と切り結んでいた。両者の技量はほぼ互角で、互いに決め手を欠いていたようだ。もっとも中年男は殺すつもりで戦っていたのに対し、イャートは可能なら捕縛しようとしていただろうから、実力的にはイャートのほうが上なのかもしれない。殺さずに制圧するのはかなりの実力差がないと難しいのだろう。

 互角に戦っていたイャートに加え工作員たちを制圧したトラックが参戦すれば、中年男の敗北は必至だ。それを理解できないほど愚かではないのだろう、中年男はやれやれといった風情で大きくため息を吐くと、肩をすくめて手に持った短剣を床に放り投げた。イャートが油断なく近付き、足で短剣を遠くに蹴り飛ばす。ようやく危険が去ったことを感じたのか、リェフの後ろで青ざめた顔をしていたグラハムが床に座り込んだ。リェフの身体によって中年男との間を遮られていたグラハムが中年男の視界に晒される。射線が、通った。中年男の目が鋭く光り、右手の袖口から魔法のように手のひらに収まるほどの大きさの玉が現れた。中年男は無造作にその玉を放り投げる。


「バカの一つ覚えみたいに!」


 イャートは素早く反応し、剣を玉に叩きつけた。ガシャンと音を立てて玉があっけなく割れる。あ、あれ? 爆発しないの? 法玉って発動前に割るとこんな感じ? イャートが違和感に眉を寄せた。中年男の左手が動く。そこにはいつの間にか一本の投げナイフが握られていた。


「しまっ――」


 投げナイフは吸い込まれるようにまっすぐグラハムへと飛んでいく。イャートが思わず振り返った。グラハムがハッと息を飲み――


――キィン


 甲高い金属音が響き、弾かれたナイフは床に落ちた。リェフが長剣でナイフを打ち払ったのだ。イャートが表情を緩める。同時に、ガシャン! というガラスの砕ける音が響いた。プァンとトラックがクラクションを鳴らす。イャートが再び中年男を振り返った時、中年男と、そしてトラックに気絶させられていた彼の部下たちは、転移魔法の淡い光に包まれていた。


「今、生き延びたところで、怯え暮らす日々の始まりに過ぎん。ここで死ねなかったことを後悔するがいい」


 グラハムに放ったその言葉を残し、中年男たちは光に呑まれ、姿を消した。




 グラハムは床に座ったまま、放心したように動かないでいる。リェフは剣を収め、立ったまま無表情にグラハムを見下ろしていた。イャートがわずかにためらい、声を掛ける。


「……リェフ」


 リェフがイャートに顔を向けた。いつもと変わらない不愛想な表情の青年は、今はどこか感情を偽っているように見える。


「無断欠勤、申し訳ありませんでした。隊長」

「そんなことはいい! 今までどこで、何をしていた!」


 イャートの声に安堵と怒りが混ざり合う。リェフがグラハムを、ユリウス・トランジを守ったことはイャートにとって大きな安心材料だろう。彼は人殺しを企ててはいなかった。しかしならばなぜ、独りで姿を消したのか。彼の抱えているものに気付けなかった、独りで抱えさせてしまった、その不甲斐ない己への怒りが知らずリェフに向かっているようだ。リェフはわずかに視線を逸らし、はぐらかすように言った。


「俺の事より、もっと優先すべきことがあるんじゃありませんか?」


 リェフは再びグラハムに視線を向ける。イャートもまた、グラハムを見据えた。自分に視線が集まっていることに気付いたのだろう、グラハムは取り繕うような笑みを浮かべると、大げさなほどの喜びの声を上げた。


「え、衛士隊と冒険者の諸君の活躍に、評議会副議長として、最大の敬意と感謝を表する! よくぞ私を刺客の凶刃から守ってくれた! 奴らが何者かは知らぬ(・・・・・・・)が、暴力によってケテルの秩序を覆すことはできぬということを、諸君は示してくれた! あのような痴れ者どもがどれほど謀を巡らそうと、ケテルは決して揺らぐことはない!」


 妙に饒舌な早口が場を白けさせる。ここにいるイャートもトラックも、そしてリェフも、グラハムの正体を知っているのだ。そしてそのことをグラハムは気付いているはずだ。それでも知らぬふりをして乗り切ろうとしている様は滑稽で、哀れだった。


「トラさん!」

「待ちなさい、イーリィ!」


 なおも言い募ろうとするグラハムを遮るように部屋の外から声が聞こえる。息を切らせて入ってきたのはドレスアップしたイーリィと、それを追いかけるルゼだった。さらにその後からセシリアと剣士が続く。にわかに部屋の空気がざわめいた。


「これは――」


 部屋に入るなり、ルゼが中の惨状に言葉を失う。来賓を迎えるはずのパーティの会場は戦いの痕跡をはっきりと残していた。机はひっくり返り、椅子は倒れ、テーブルクロスは靴跡とタイヤ痕でひどい有様。これではとてもパーティどころの話ではない。

 イーリィはトラックに駆け寄り、整わぬ息のままキャビンに手を当てた。


「襲撃されたって……トラさんが来てるって、聞いて……」


 途切れ途切れの言葉の中にホッとしたような雰囲気が伝わる。トラックの無事を喜んでくれているようだ。セシリアの瞳が複雑そうに揺れた。


「……最低限の観客は揃ったか。少々寂しいが、仕方ない」


 リェフが小さく呟く。ルゼが座り込むグラハムに叫んだ。


「これはどういうことだ。何があった、グラハム!」


 議長の叱責に動揺し、グラハムは落ち着きなく辺りを見回した。リェフが柔らかい表情を浮かべ、副議長に左手を差し伸べる。


「さあ、お立ちください。副議長閣下」

「す、すまぬ」


 議長に答えない言い訳を見つけたというようにグラハムはリェフの手を取る。リェフがグラハムを引っ張り上げて立たせ――流れるような動作で背後に回ると後ろ手に捻り上げ、右手で抜いた剣の刃をその喉元に当てた。


「動くな」


 呆気にとられた一同の耳に静かな恫喝が響く。リェフの瞳に酷薄な光が灯った。

リェフは口の端を上げ、皆を見渡しながらゆっくりと言いました。

「だ~るまさんが、こ~ろんだ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 【手加減】のムーブが完全にドラゴンボールのそれwww
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