得たもの、失ったもの
ランプの灯りに照らされ、ドラムカンガー7号は力なくベッドに横たわっている。背中に付いた二本のドラム缶は無残に破裂しており、仰向けに寝ることができず、横向きに寝かされていた。身体全体にある痛々しい傷やへこみが、彼を襲った戦いの激しさを物語る。力が入らないのか、ドラムカンガー7号の手足はだらんとしていた。ジンが緊張気味に息を吐く。
「……ドラムカンガーはゴーレムの始祖とも呼ばれる種族。はるか昔、ドラムカンガーを基に一人の魔法使いがゴーレムを考案したと言われています」
そうなの!? ドラムカンガーってそんなに昔からいたの!? そしてドラムカンガーってそういう種族だったの!? 人工物じゃなかったんだ!
「だからドラムカンガーの構造はゴーレムと似ている、はずなんです。ゴーレムなら僕にだって直せるんだ」
自分に言い聞かせるようにジンはつぶやき、ドラムカンガー7号の胸の辺りに手をかざした。ギギギ、と、こすれるような金属音を立ててドラムカンガー7号の胸が開く。そこにはゴーレムと同じように、いや、実際にはゴーレムよりもはるかに複雑に、無数の管が張り巡らされている。そしてその中心には淡く脈動する『核』があった。ジンがゴクリと唾を飲む。
「身体が動かないのは、『核』からのエネルギー供給がどこかで途切れている可能性が高い。『核』から繋がる管を辿って異常がないか調べましょう。邪魔な管を支えていてもらえますか? 奥が良く見えるように」
トラックがプァンと了承を返し、【念動力】で管の一部を持ち上げた。「ありがとうございます」と礼を言い、ジンはドラムカンガー7号の身体の奥を覗き込む。外見は大小のドラム缶を組み合わせたような形をしているくせに、ドラムカンガー7号の中は、というか配管はすさまじく複雑だ。一本一本が細く、代わりに管の本数が多くて、どれがどこに繋がっているのかを把握するだけでも難しそうだ。おまけに【ダウンサイジング】で人間サイズにまで小さくなっているから余計ね。力加減が分からないのか、ジンも管をかき分けるのに相当苦労している。乱暴に扱うと切れてしまいそうで怖いらしい。
「ん? これは――」
ジンが一本の管に目を留めた。配管には常に『核』からエネルギーが供給されており、小さな光が管を行ったり来たりしている。それは全身を巡って再び『核』に返ってくるのだが、ジンが見ている管は様子が違った。『核』から放たれた光がその管を通り、すぐに『核』に戻ってきている。簡単に言うと、逆流している。ということはつまり、この管の先で光がせき止められて行き場を失い、戻ってきているのだ。
「これをたどれば……」
ジンは慎重に管をなぞり、そのつながりの先をたどっていく。別の管との接続部分まできたところでジンは手を止めた。接続器から管が外れて別の管に絡まってしまっている。おかげで管がゆがみ、途中で閉塞しているようだ。ってか、この管って柔軟なのな。ゆがんだり曲がったりしても折れはしないみたいだ。ドラムカンガーにとっての、文字通りの血管ということなのだろう。
「これを、接続し直して、と」
ジンは接合部分を露出させたまま固定するようトラックに指示を出し、自分は棚に向かった。引き出しから何かを取り出し、すぐに戻ってくる。ジンが持ってきたのは小さなクリップのような器具だった。絡まっている管を強くつまみ、その部分をクリップで挟むと、ジンは管の絡まりを解き始める。ああ、なるほど。クリップで管を閉塞したのか。閉塞しないまま解くと『核』から供給されるエネルギーが先端からこぼれちゃうからね。
管の絡まりをどうにか解き、ジンは「ふぅ」と息を吐くと、今度は管を接続器に接続する作業に取り掛かる。それについてはお手の物なのだろう、危なげない手つきであっという間に作業は終わった。軽く引っ張ってきちんと接続されていることを確認し、管を閉塞させていたクリップを外す。『核』から流れてきた光が、接続器を通じて全身に流れ始めた。ドラムカンガー7号の身体がかすかに震える。
「……ま゛」
ドラムカンガー7号が小さくうなりを上げた。その声はまだ弱々しいが、少なくとも声を上げられるようになったことは朗報だ。作業の手ごたえを感じ、ジンは大きくうなずいた。
「もう少し頑張って。君は必ず助かるから」
力強く断言するジンの語尾がわずかに震える。緊張しているのだ。当たり前といえば当たり前だよね。ジンは今、ドラムカンガー7号の命に対する責任を独りで負っているのだ。
「……ま゛」
すべてを委ねるようにドラムカンガー7号は再び小さくうなった。
一方で、隣のベッドではセテスがミラを救うべく奮闘していた。眠るように目を閉じて横たわるミラは開胸され、露出した『核』から四色の光が無秩序に放射される。火、水、土、風、本来ならば調和を保って循環する精霊力が、今は『核』の中で互いを食い合うように暴れている。
「……完全に制御を失っている。このままでは――!」
焦りの言葉と共にセテスの額に嫌な汗が浮かぶ。セテスから淡い光がミラの『核』に注がれており、それが膜のように覆うことで『核』を破壊から守っているようだった。何もしなければおそらく、内圧に耐え切れなくなった『核』は弾け飛んでしまうのだろう。
「単に強い精霊力に晒されただけでは説明がつかない。ミラ様に何が起こっている!?」
原因が掴めない苛立ちが声に滲む。風に巻き上げられて『核』を巡るはずの水の精霊力は『核』の中心にある灯を消し去ろうとするように流れ込み、中心から『核』を照らすはずの火の精霊力は水を蒸発し尽くそうとするように燃え上がっている。火から生まれて循環を生み出すはずの風の精霊力は土を抉って舞い上げ、底で全体を支えるはずの土の精霊力は無数に隆起して風を阻もうとしている。今のところ四つの精霊力は拮抗しているようだが、もしそのバランスが崩れたら――ミラは暴走し、ケテルが吹っ飛ぶ、という可能性もある。セテスはギリリと奥歯を噛んだ。
――クルル
さっきまでぐったりしていたリスギツネがセテスの足元に駆け寄る。そして器用にセテスの身体をよじ登り、その頭の上に乗った。こ、こら、リスギツネ! 今大事なところなんだから、セテスの邪魔しないで!
リスギツネの身体から淡い光が溢れる。その光はセテスの放つ光と合流し、ミラの『核』へと注がれる。ミラの『核』から漏れ出ていた光が消えた。精霊力が完全に『核』の内側に閉じ込められたのだ。
「ま、待て! これでは――!」
セテスが慌てたような声を上げた。漏れ出ていた精霊力が完全に閉じ込められたということは、『核』が内側から受ける圧力がどんどん増していくということを意味している。そうなればやがて『核』は内圧に耐え切れなくなるだろう。セテスは精霊力を閉じ込めることができていなかったのではなく、四つの精霊力をバランスよく放出することによって言わばガス抜きをしていたのだ。セテスが自ら放つ光を弱める。しかしリスギツネはそれを阻止するように前足でセテスの頭を叩いた。セテスは戸惑いを顔に浮かべ、そしてハッと何かに気付いたように息を飲む。
「まさか、覆うのではなく、圧縮すると?」
肯定するようにリスギツネが「クルル」と鳴いた。……えっと、ごめん。どゆこと? 圧縮するって何を?
セテスはわずかの間逡巡し、そして覚悟を決めたかのように表情を引き締めた。自ら放つ光が再び強くなり、そしてさらに輝きを増した。呼応するようにリスギツネも光を強める。霊王銀の『核』が細かく振動を始めた。
時刻は深夜を回り、ジンとセテスの苦闘はなお続いている。トラックがミラとドラムカンガー7号を施療院に運んでからすでに5時間以上が経過していた。ジンは無数にある配管の接続の確認と処置を繰り返し、あるいは関節部分の調整を行い、セテスはリスギツネと共にひたすら光をミラの『核』に注いでいる。両者ともに疲労の色が濃く、そして未だ作業の終わりを見通すことはできなかった。でも『できませんでした』じゃ済まないわけで、どうか二人とも頑張って!
「……できた」
一通り配管の修理と関節の調整が終わり、ドラムカンガー7号の胸を閉じて、ジンは思わず安堵の息を吐く。お、終わったのか。ご苦労さん。いや、よく頑張ってくれたよ。トラックが労うようにクラクションを鳴らす。ジンは小さく首を横に振った。
「いえ、まだ終わりではありません。背中の、ジェットが残ってる」
破裂し、半ば以上を失った背中のジェット――っていうか二本のドラム缶――を見るジンの表情は厳しい。トラックがプァンとクラクションを鳴らす。ジンはうつむいて悔しそうに言った。
「ほとんど原形を留めていません。ジェットは、諦めるしかない」
ジェットを諦める、それはドラムカンガー7号が二度と飛べないということを意味している。一瞬言葉に詰まるように沈黙し、トラックは静かなクラクションを鳴らした。ジンが弱々しくうなずく。
「放置すれば今後の成長に影響するかもしれません。残念ですが、今、取ってしまったほうがいい」
ジンはそっとドラムカンガー7号に手を触れた。ドラムカンガー7号は「ま゛っ」と応える。わずかに笑って、ジンはある種の覚悟と共に言った。
「背中のジェットを切除します」
トラックが了承のクラクションを鳴らす。同時にスキルウィンドウが現れ、スキルの発動を告げた。これは、【心霊手術】? トラックがハルをジンゴの腹から取り出したときに覚えたスキルだ。トラックの意図を察し、ジンが微笑む。
「ありがとうございます。それじゃ、僕は右を。トラックさんは左をお願いします」
二つ並んだジェット、その一方の切除を、トラックは引き受けると言ったようだ。それはジンだけに重荷を、ドラムカンガー7号の未来の一つを閉ざしてしまう苦しみを、背負わせないという意志表示なのだろう。きっと両方を請け負うと言ってもジンは承服しないだろうから。
「始めましょう」
工具を手に、ジンが厳かに告げる。トラックのクラクションが力強くそれに応えた。
セテスの顔が苦しげにゆがむ。リスギツネの呼吸は荒く、もはや限界はとうに超えているようだった。ミラは未だ目を覚まさず、『核』との苦闘は続いている。
圧縮、との言葉の通り、セテスとリスギツネの放つ光は『核』の中で荒れ狂う精霊力を包み、そして少しずつ中心に向かって押しつぶしていた。容積を減らされ行き場を失った精霊力がますます暴れ、その圧力はすさまじいものになっているようだ。火と水、風と土という相反する力が外圧により無理やり同じ空間内に圧縮され、混ざるはずのないものが混ざり合い、その色を変える。自らの主張していた赤、緑、青、黒が、色を失っていく。
――キィン
不意に高く澄んだ音が響き、『核』が鼓動を打つように大きく震えた。セテスが怪訝そうに眉をひそめる。次の瞬間、『核』の中心から真白の光が爆発するかのように広がり、セテスとリスギツネの放つ光を吹き散らせる。光はすぐに晴れ、セテスは力尽きたように膝をついた。すでに限界を超えていたところに『核』からの光で注いでいた光を吹き散らされたことで、気力が尽きたのだろう。リスギツネも同様に、セテスの頭上でぐったりとしている。もしこれでミラが目を覚まさなかったら、もうミラを助ける手段はない。
『核』の中には今までしのぎを削っていた四元の精霊力は見えず、中心にひどく純粋な白い光が浮かんでいる。光は心拍のように光を強めたり弱めたりを等間隔に繰り返していた。もともとは水の精霊力が流れていた『核』の表面を走る溝にも、今は白い光が走っている。
『核』が引っ張られるように、あるいは『核』がミラの身体を引っ張るように、ミラの身体がふわりと宙に浮く。セテスが驚きに目を見開いた。『核』が自らに宿った白光に反応するようにその形を変えていく。中身に相応しい器へと変貌する。
「これは……始原の白――」
セテスが呆然とつぶやく。胸郭が閉じ、ミラがゆっくりと目を開いた。
「……ごめんなさい。心配をかけて」
リスギツネがうれしそうに「クルル」と鳴く。セテスは安堵と苦渋の入り混じった表情でうめくように言った。
「ミラ様、あなたは……セフィロトの娘に――」
セテスの言葉に答えず、ミラはあいまいに微笑んだ。
ミラが目覚めたのはドラムカンガー7号のジェットの切除が終わったのとほぼ同時で、トラックはミラに慌てて駆け寄り、プァンプァンとクラクションを鳴らしまくっていた。だいじょうぶか、痛いところはないか、みたいなことを言っているのだろう。ミラは少しくすぐったそうに「だいじょうぶ」と答えた。ジンもホッとしたようにミラを見つめる。なおもプァンプァンとうるさいトラックの横をすり抜け、ミラはドラムカンガー7号に近付く。
「無茶をして」
少しだけ咎めるようにミラはそう言った。ドラムカンガー7号は上半身を起こし、ミラを見下ろす。
「……ま゛」
そうね、とミラは笑い、ごめんなさいと謝る。お互い様だ、とでも言われたのだろうか。しばしミラを見つめた後、ドラムカンガー7号はトラックに向き直り、
「ま゛」
と告げた。プァン!? とトラックがクラクションを返す。ミラが驚きを顔に示した。
『核』がパワーアップしたミラは、スーパーロボット ミランダイザーとして覚醒します。




