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緊急

 太陽は彼方に沈み、その影響力をわずかに残して姿を消した。藍色の空にちらほらと星が姿を現わし始めている。トラックは薄闇の中、先導する蛍火を追っていた。蛍火は迷いなく進み、ケテルの外壁を超える。【フライハイ】で外壁を超えたトラックは、闇に包まれた森へと踏み込んだ。というわけで、中継は再び俺一号です。

 ヘッドライトが暗闇を照らし、蛍火が森の奥へとトラックを誘う。外壁と越えたということは、ミラの予想通り、ドラムカンガー7号は『飛んだ』のだろうか? ドラムカンガー7号はまだ空を飛ぶことができるほど成長していない、とミラは言っていたが、それでも飛んだのだとしたら、その負荷が心配だ。スキルは願いに応えて有り得ぬ奇跡を起こす力だが、無条件に無制限に使えるわけではない。無理を通せば通すだけ代償は大きいものになる、かもしれないのだ。以前トラックが使った【強欲伯の宝籤】なんて、寿命ゴリゴリ削られてたしね。いや、さすがに飛んだくらいで死にはしないだろうけどさ。……死なないよね? そもそもドラムカンガー7号が生物なのかもよくわからなくなっているんだけど。ゴーレムじゃないの? それとも成長するタイプのゴーレム? そんなんいるのかもよく知らんのだけど。

 助手席のミラは昏々と眠り続け、リスギツネが心配そうに寄り添っている。こっちはこっちで心配なんですけど。「無理をするから」って言ってたけど、具体的に今はどういう状態なんでしょうか? 寝て起きたら回復するの? でも、ゴーレムになったミラは睡眠を必要としないはずで、だとしたら眠って回復なんてできないんじゃ……リスギツネは時折、呼びかけるように「クルル」と鳴いている。その身体からはかすかに淡い光が溢れ、ミラに注がれていた。

 やがてトラックの前に、森を引き裂く痛々しい傷痕が現れる。木々はなぎ倒され、地面はえぐれ、草が燃えて焦げ臭いにおいを放っていた。まるで不時着したような痕跡――やはりドラムカンガー7号は飛んだのだ。蛍火は滑るように傷痕の向こうへと飛んでいく。傷痕に沿って進むトラックは、ハッとしたようにクラクションを鳴らすと、アクセルを踏み込んでスピードを上げた。役割を終え、蛍火が闇に溶けるように消える。


「……ま゛」


 身体を丸めて地面に横たわるドラムカンガー7号が、トラックのクラクションを受けて弱々しくうなりを上げた。おそらく、うまく着地ができずに地面に突っ込んだのだろう。ドラムカンガー7号の背に負う二本のドラム缶は内部から破裂し、半ば溶けて形を失っている。飛べない彼が飛んだ、その代償がこの姿なのだ。


――プァン


 トラックがドラムカンガー7号に呼びかける。だいじょうぶだ、とでも言うように、ドラムカンガー7号は腕を上げ――ようとしたのだろう、ギャリギャリという金属音が響いた。しかしその腕が上がることはない。ドラムカンガー7号は戸惑ったようにうなった。トラックは再びクラクションを鳴らす。


 ……しまった! 今、この場に俺が理解できる言葉をしゃべるヤツがいない! トラックとドラムカンガー7号は互いに言葉が通じるみたいだけど、ふたりのやり取りを俺が把握できない! ちょっと、ミラさん起きて! 起きて通訳して!


――プァン?

「……ま゛」


 トラックのクラクションにドラムカンガー7号がうなずく。そういえば、ドラムカンガー7号以外の人影がどこにもない。エバラたちはどうなったの? 灰マント四兄弟は? ニヨはどこいった?


――プァン

「……ま゛」


 ドラムカンガー7号は今度は首を横に振った。よく見てみると、ドラムカンガー7号の身体、っていうか装甲? には無数の打撲、裂傷の跡がある。墜落によってできた傷も当然あるが、そうではないもの、襲撃の際にできた傷もたくさんあるようだった。


――プァン!?

「……ま゛」


 トラックがやや前のめりにクラクションを鳴らすが、ドラムカンガー7号は再び首を横に振る。


――プァン

「……ま゛」


 すまなさそうにドラムカンガー7号が答える。うん、ニュアンスは分かる。雰囲気は伝わる。でも、何を話しとるかぜんっぜんわからんのじゃーーーっ!! いい加減俺にもトラック達の言葉分かるようなシステム作れやぁーーーっ!! なんでトラックとこの世界の皆さんは当然のように意思疎通できるのに、元々同じ世界にいた俺とトラックが意思疎通できんのじゃぁーーーっ!! こういうのは、都合よく、スキルなりマジックアイテムなりで解決するとこやろがぁーーーっ!! どうか届いてこの切実な想い!


――ぴろりんっ


 おっ! 何かひらめいた! スキルがひらめきましたよ! ついに、ついにこの難題を解決する力が俺に授けられる瞬間が! いやぁ、長かった。しかし、そうだな。スキルが願いを叶える力なら、この俺の願いが叶えられない理由はない。さあ、今こそ現れよスキルウィンドウ! そしてスキル【翻訳】を授けるのだ!


『パッシブスキル(ベリーレア)【悟りの境地】

 大宇宙の視点から世を俯瞰し、理不尽に思える出来事に遭遇しても

 ストレスを溜めない心構えを会得する』


 ちっがーーーう!! 俺が求めてるのはそうじゃねぇんだよ! トラックがクラクションで何を話しているのかが知りたいんであって、何を話しているのかを理解できないストレスへの対処法を求めているわけじゃないんだよっ!! なんで根本的な解決方法じゃなくてメンタルケアの方向で対処しようとしてるんだよ!!


――プァン


 トラックが少しドラムカンガー7号に近付く。ドラムカンガー7号は何も答えなかった。答えるだけの余力がなくなったのだろうか? ……え、もしかしてこのまま動かなくなる流れ? ドラムカンガー7号、墜つ? いやいやそんなバカな。エバラたちの安否も分からず、ドラムカンガー7号がここで終了なんてあり得んでしょうが。誰が望むのそんな展開。状況が分からんから不安ばかりが膨らんでいくじゃねぇか! トラックの話が理解出来たらこんなに心をかき乱されることもないのに!

 ……ああ、でも、大宇宙の視点から見れば、有為転変も刹那のうたかたよ。生まれ出でて死して去る無情の世に、何を嘆いても詮無き事ではあるまいか――


――はっ!? 悟ってる場合じゃねぇ! 意外と厄介だなこのスキル! ドラムカンガー7号がこんなところで終わってたまるか!


 トラックがドラムカンガー7号にさらに近付き、キャビンでそっとその身体に触れる。スキルウィンドウが現れ、静かにスキルの発動を告げた。


『熟練度アップ!

【ダウンサイジング】が接触した他者に影響するようになります』


 ドラムカンガー7号の身体がみるみる小さくなり、人間と同じサイズなった。おお、そういえば熟練度って概念もあったんだったなこの世界。【念動力】以来二度目のお目見え。まあ、トラックが日常的に使うスキルってほぼ【念動力】と【ダウンサイジング】くらいなんだよね。他のスキルの熟練度が上がらないのもむべなるかな。ああ、でも【手加減】はよく使うか。【手加減】は熟練度が上がったことはないけど、何か別の生き物として成長している気はする。

 トラックは小さくなったドラムカンガー7号を【念動力】で運転席に乗せる。ドラムカンガー7号はもうまったく動かなくなっていた。助手席側ではミラが目を閉じている。リスギツネがクルルと鳴いた。トラックは何かをつぶやくように小さくクラクションを鳴らすと、【フライハイ】で星のまばらな空へと舞い上がっていった。




 森も外壁も飛び越え、トラックはケテルへと戻って来た。すっかり闇に包まれたケテルの西部街区で、トラックはプァンとクラクションを鳴らす。トラックが見据える先にはプラタナスの看板がぶら下がっていた。つまり、ここは施療院の前だ。すでに閉院時間は過ぎているが、院内には明かりが灯っている。誰かがまだ働いているのだろう。


「どうした? 急患かね?」


 トラックの呼び声に応えて出てきてくれたのは院長だった。トラックがプァンとクラクションを鳴らし、【念動力】でミラとドラムカンガー7号をそっと降ろした。院長が「おっ」と目を見開き、


「こりゃジンの専門じゃな。患者を運ぼう。入ってくれ」


と言って玄関を大きく開けてくれた。トラックは【念動力】でふたりを運びつつ、自らにも【ダウンサイジング】を発動して中へと入った。




「トラックさん?」

「ミラ様!」


 部屋に入るなり、二つの声が重なってトラックにぶつけられた。ジンとセテスがそれぞれに視線を向ける。この部屋はジンの診療部屋で、簡易な寝台が二つと椅子と机、そして二つの戸棚があるだけのシンプルな場所だ。通常の診療部屋と異なるのは、帽子掛けのような木製の台に半壊したゴーレムがぶら下がっていることだろうか。79号は洗濯物のシャツのように吊り下げられ、目を閉じていた。そういえば79号の修理のためにジンがセテスを呼ぶと言っていた気がするな。セテスをケテルで見るのは久しぶりだ。

 椅子に座っていたジンが立ち上がり、セテスがミラに駆け寄る。【念動力】で宙に浮いていたミラを抱きとめ、セテスは鋭くトラックをにらんだ。


「いったい何があった、トラック! ミラ様のこの状態は尋常ではないぞ!」


 セテスのあまりの剣幕に、トラックが気圧されたようにプォンと返事をした。セテスは寝台にミラを横たえ、何かつぶやきながら手をかざした。淡い光がミラを包む。そういえば、リスギツネもミラに寄り添って光を注いでいたなぁ。リスギツネは今はややぐったりとした様子で床に丸まっている。トラックはプァンとクラクションを鳴らした。


「ミラ様の内部の精霊力が異常に増大している。極端に強い精霊力に晒されでもしない限りこんなことは普通起こらんぞ!」


 焦りを含んだセテスの声が切迫した状況を伝える。え、そんなに大変なことなの!? 疲れて寝たくらいの話じゃないの!? 極端に強い精霊力って……もしかして、ミラが呼び出した四界の王? じゃあ、ミラが「無理をする」って言ったのは、こうなることが分かっていて? トラックがプァンとクラクションを鳴らす。セテスが奥歯を噛み、かざした手の光を強めた。ジンが厳しい顔でミラを見つめる。


「霊王銀は精霊力に対する感受性がすごく強い。強い精霊力に晒されれば、その力を取り込んでしまうんです。外部の精霊力を遮断する防護膜は付けていたのですが……今はおそらく、限界量を超える精霊力を取り込んだことで安全装置が働き、強制的に休眠(セーフ)モードになっているのだと思います」


 安全装置が働いたってことは、命に別状はないってことでいいよね? ね? トラックが確認するようにクラクションを鳴らした。セテスはミラの処置を続けながら叫ぶ。


「今は『核』の中で精霊力が暴れている状態だ。バランスが崩れて力が外に向かえば、ミラ様はどうなるかわからんぞ! なぜ止めなかった、トラック!」


 ご、ごめん。でも、そんな大変なことだって知らなかったんです。トラックがプォンと弱々しいクラクションを返した。セテスはトラックを見ようともしない。


「精霊力の制御に関してセテスさんより優れたひとはそういません。セテスさんを信じましょう」


 自分に言い聞かせるようにジンはそう言うと、トラックが連れてきたもうひとり――ドラムカンガー7号に近付いた。


「……ひどい状態だ。何があったんですか?」


 トラックは手短に事情を説明した、らしい。ジンはトラックからドラムカンガー7号を受け取り、空いているもう一つの寝台に横たえた。


「君は、みんなを守ったんだね」


 トラックが恐々とクラクションを鳴らす。ジンははっきりと、安心させるようにうなずいた。


「助けますよ。必ず助けてみせます。僕はそのためにここにいるんだ」


 こ、心強い! お願いします! トラックがプァンとクラクションを鳴らす。ジンは表情を引き締め、トラックを見据えた。


「手伝ってくださいトラックさん。今から、ドラムカンガー7号の緊急手術を行います」

ドラムカンガーに対する外科的手術は世界初。この症例は後に学会で発表され、世界中から注目を受けることになるのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] トラックが何を言っているかわかったらいいなと思う一方、わかったら台無しだなという思いもある、アンビバレントな気分( ˘ω˘ )
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