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急転

 ちくわ教の礼拝堂を辞し、トラック達は再び南東街区のメインストリートに戻った。時刻はすでに昼を大きく回っている。そろそろ炊き出しの準備が始まったりするんじゃないかな? リェフがユリウス・トランジを追っていたとすれば、やっぱりヘルワーズに話を聞いた方がいいかなぁ。なんだがグルグル回っている感じで、進展の実感が薄いんだよねぇ。昨日ヘルワーズに会った時、リェフが起こした最後の騒ぎの詳細を聞いておけばよかったなぁ。

 メインストリートを進むトラック達の前に、ぞろぞろと連れ立って歩く集団が現れる。その集団は皆、姿はバラバラだが、手に麻袋を持っている点で共通していた。何だろう、と思ってよく見ると、集団の先頭に見知った顔を見つけた。


「ノブロさん!」


 運転席側の窓を開け、セシリアが声を掛ける。ノブロは顔を上げ、軽く手を挙げて応えた。


「ああ、あんた、前に会ったっけか。えーっと、セシリアフロ?」

「いえ、セシリアです」


 セシリアが真顔でノブロの言葉を否定する。勝手に人をアフロにするんじゃないよ。名前が「ア」で終わってるからって、アフロを省略しているわけじゃないんだよ。ノブロはすまなさそうに頭を掻いた。


「すまねぇ。俺ぁ名前を覚えんのが苦手でよ。なんつーか、もう全員名前同じだったらいいじゃんって思ってんだ」


 そりゃすさまじく不便だと思うよ。誰も彼もセシリアフロだったら呼びかけたときに全員が振り向いちゃうじゃないの。リアクションに困ったのかセシリアはしばし固まっていたが、気を取り直したように話題を変えた。


「ここで何を?」


 先頭にいたノブロが止まったからだろう、周囲にいた集団は散開してめいめい勝手に作業を始めたようだ。ノブロは皆の姿を見渡し、少し誇らしげに言った。


「ゴミ拾いだ。あと、雑草抜いたりな。最近は手伝ってくれる奴らも多くて助かってんだ」


 人々は手に持った麻袋に拾ったゴミを入れながら少しずつ移動している。ゴミを拾い終わった場所では何人かが道具を持って集まり、道を均す作業をしているようだ。こういう地道な作業がこの町を変えていくんだな。改めて、偉いぞノブロ。


――プァン


 トラックが、おそらくノブロに向けてクラクションを鳴らす。ノブロの表情が少し険しくなった。ノブロはトラックの前に回り込むと、真剣な表情で言った。


「……詳しく教えてくれ」




 トラックはどうやら、さっきのちくわ教の神父から聞いた話――理由のない施しを嫌い、自身のわずかなプライドを支えにようやく生きていて、助けを求めることができない者たち――をノブロに話したようだ。セシリアが詳しい説明をしてくれなかったら何言ったのか全然わかんないところだったよ。いい加減、トラックの言葉を通訳できるスキルを閃かねぇかな。今さらなんだけど不便で仕方ないんですけど。


「言いたいことは、わかった」


 ノブロは難しい顔で腕を組み、うーむとうなっている。意外なほどにこの話はノブロの問題意識に触れたようだ。


「……俺たちは何も強制しねぇ。やりたいヤツがやって、嫌んなったらやめりゃいい。だが、それじゃあ響かねぇヤツらがいんのも気付いてた」


 ゴミ拾いも炊き出しも、協力を申し出てくれる者たちがいる一方で、遠巻きに眺めて冷笑する者たちもいる。憎らしげににらみつけてくる者たちもいる。何を今さらと、もう遅いのだと、乾いた眼でそう主張する者たちもいるのだ。ノブロたちの「やりたいヤツがやる」スタンスは、変化に順応できる者とできない者の間に分断を招いているのではないかと、ノブロは感じているようだった。


「変わりたくねぇってヤツらに無理強いするつもりはねぇし、そういうヤツらをハネにするような雰囲気も作りたくねぇ。でも、本当は変わりてぇって思ってるヤツが参加しやすいようにしないといけねぇんじゃねぇかって、そう思ってた。でも俺ぁアタマが悪ぃからよ。どうすりゃいいかわっかんねぇってよ。グルグルしてた」


 トラック達に話を聞いた今でこそ自分の『グルグル』を言語化できているが、今まではその『グルグル』が何なのかを説明できず、仲間に相談することもできなかったようだ。「なんかちげーんだよな」と言ったところで解決策が返ってくるはずもない。きちんと説明できればヘルワーズあたりは理解してくれたんだろうけど。


「悪ぃな。なんか見えたわ。うっし、じゃあさっそく――」


 ノブロは軽く伸びをすると、決意の瞳で遠くを見つめた。


「――ちくわ教に入信してくる」


――プァン!?


 え、そっち!? みたいな感じでトラックがクラクションを鳴らす。セシリアも目を丸くしている。ミラが「……切り裂くちくわのこの美味さ~~」と口ずさんだ。まさか、気に入ってんの!?

 迷いなく歩き始めたノブロの背に、戸惑いまくりのトラックがクラクションを鳴らす。ノブロは振り返ると、愛嬌のある顔で笑った。


「自称チャンピオンじゃかっこわりぃ。俺はみんなに認められるチャンピオンになりてぇんだ。でも俺ぁアタマが悪ぃから、自分で考えてたって答えは出てこねぇ。だったら知ってるヤツに教わったほうが早ぇ」


 それに、と言葉を切り、ノブロは自信たっぷりに胸を張った。


「シンコーとかはわかんねぇが、ちくわがうまいってことは知ってる」


 南東街区を爽やかな風が渡る。清々しさすら感じさせる言葉を残し、ノブロは去っていった。トラック達はただ黙ってその背中を見送っていた。




 ノブロが去っても彼が率いていた集団はゴミ拾いを止めず、人々は思い思いに自らの役割を果たしている。「やりたいヤツがやればいい」の精神なので、途中で帰る者もいるし途中から参加する者もいるが、誰もそれを気にしていないようだ。途中で帰る者は誰かに自分の麻袋を託し、「よろっす」「うっす」と言葉を交わしていた。気負いのないこの態度は、ノブロたちの活動にとって重要なのだろう。


「ヘルワーズの居場所、聞けばよかったね」


 ミラがつぶやくように言った。確かに。ノブロなら知ってただろうけど、あの話の流れでそっちのほうに方向転換する隙はなかったなぁ。ノブロはノブロなりにこの町の事を真剣に考えていて、ちくわ教に本当に入信するかどうかはともかく、問題を解決するために動いたのだから、それを邪魔するのも悪いよねぇ。誰かその辺にヘルワーズの居場所を知ってる人がいないかな?


「ヘルワーズを捜しているのか?」


 うおっ、いた! 声掛けてくれた! 誰かと思ったら、いつもノブロに影のように従っているノブロのセコンド、アフロだった。セシリアの魔法でアフロにされてから「アフロ」って名前で定着したけど、本当の名前は誰も知らない。セシリアが「ご存じですか?」と問い返すと、アフロは「ああ」とうなずいた。


「あいつには炊き出しのほうを仕切ってもらってる。今日はこの先の広場で差配してるはずだ」


 ゴミ拾い部隊は広場に向かって歩きながら作業を行い、広場に到達した時点で終了、そのまま食事、という手筈なんだそうだ。ゴミ拾いと炊き出しを連携させているんだな。そうすると炊き出しがただ食事を配る場所ではなくてゴミ拾いご苦労様って意味になるからゴミ拾いに参加する動機になるし、炊き出しを受ける方も気兼ねなく……ってそれ、ちくわ教の神父が言ってたようなこと、もうしてるってことじゃない? トラックがプァンとクラクションを鳴らす。アフロは首を横に振った。


「いや、今回が初めてだ。ヘルワーズの発案で。ゴールに食事が用意されてたらうれしいんじゃないかって、それだけなんだが」


 そうなの? うーん、でもヘルワーズが適当な思い付きで何かするっていうのは違和感があるな。もしかしたらヘルワーズも、ノブロと同じ問題意識を持っていたのだろうか。それで今回試しに方法を変えてみた、みたいな。ノブロがそれを知らないのは問題なんじゃないかと思うけど、ヘルワーズは成果が確認できるまでは報告しなさそうなタイプって気もする。いずれにせよ、ノブロもヘルワーズも、それからアフロたちも、本気で南東街区の未来をどうにかしようって頑張ってるんだなぁ。成長したよなぁ。アフロたちなんて最初に見たときはただのゴロツキだったのに。

 トラックがプァンとお礼のようなクラクションを鳴らす。アフロは軽く手を上げて応え、再びゴミ拾いに戻った。暑い中、人々は互いに協力しながらゴミを拾っている。その姿は南東街区の未来がきっといいものになるという予感を与えてくれるのに充分だった。




 アフロと別れ、トラックは道なりに進む。この道の先に広場があり、そこで炊き出しの準備が行われているはずだ。目的地に近付くにつれ、通りの人通りが増えてくる。たぶん炊き出しのスタッフと待ちきれない参加者なのだろう。トラックが軽くブレーキを踏んで速度を落とした。南東街区に限らずなんだけど、この世界の人って結構平気で道を横切るんだよね。まあ自動車って概念がないから仕方ないのかもしれんが、危ないからホントやめて欲しい。急に飛び出されると心臓に悪いのよ。って、言ってるそばから!


――キキィ!!


 トラックが強くブレーキを踏む。車体がガクンと揺れた。スピード落しといてよかった。だろう運転、大事。飛び出してきた男は一瞬だけトラックをにらみ、ふんっと鼻を鳴らして去っていった。むっ、ヤな感じ。飛び出したのはそっちでしょうが。まあこの世界に道路交通法なんてないから、飛び出しちゃダメってこと自体の認識もないんだろうけど。

 気を取り直し、再び発進しようとするトラックに、セシリアが何かに驚いたような声を上げる。


「トラックさん。あの方は――!」


 セシリアはフロントガラスの向こうを指さし、思わずといった様子で身を乗り出した。指が示す先には、人の流れに逆らって歩いている一人の男。皆が炊き出し会場の広場に向かう中、それと全然違う方向に移動する男の姿は妙に目立った。っていうか、あれってもしかして……


「リェフ?」


 ミラが男の背を凝視してつぶやいた。えっ!? マジで!? ここでまさかのご本人登場!? 本人が見つかれば十八年前のこととか調べなくてもいいじゃん!


――プァン!


 トラックが強くクラクションを鳴らす。周囲を歩く人々が何事かと振り返った。しかしリェフらしき人影は立ち止まることもせず、そのまま路地に入っていった。ちょっとトラック、急いで追いかけて! トラックは慌ててアクセルを踏み、男の後ろを追った。




 リェフらしき人影は南東街区の狭く入り組んだ路地を逃げるように進み、トラックは思うようにスピードが出せず、完全に見失うこともないが距離を詰めることもできない。というより、人影はわざと、トラック達が見失うことのないようにしながら移動しているようだった。見失ったと思えば姿を現わす、ということを何度も繰り返し、トラック達は徐々に南東街区から中央広場方向に移動する。


「……誘っている?」


 セシリアの言葉に同意するように、トラックは小さくクラクションを鳴らした。やがて南東街区を抜け、中央広場に続く広い道に出ると、リェフらしき人影は急に走り出した。おっと、でも広い道に出ればトラックもスピードが出せる。人間の足で走ったところで、トラックを振り切ることはできませんぜ、旦那。トラックがアクセルを踏み込み、一気に加速し――


――キキィ!!


 慌ててブレーキを踏み、トラックが止まった。トラックの前には荷車を引く老人がゆっくりと道を横切る姿が見える。ああ、だからホイホイ道を横切んないでってば! 車が来たら危ないでしょ! トラックが焦ったようなクラクションを鳴らす。老人は「すまんすまん」と笑って、特に急ぐでもなく道を渡っていった。そしてリェフらしき人影の姿はもうどこにもない。くぅっ!


「ここから中央広場までは一本道です。急げば追いつけます」


 セシリアの励ましにトラックはぶぉんとエンジン音で応え、急いで人影の消えたほうに向かって走った。




「……見失った、ね」


 ミラが無念そうにつぶやく。トラック達は可能な限りの速度で走ったのだが、その後リェフらしき人影の姿を捉えることはできず、中央広場までたどり着いてしまった。ここまでに曲がる道はなく、どこかに隠れる場所もないはずなのだが……まあ、この世界の住人である以上、未知のスキルを使ってどうにかした可能性は常にあって、だとしたら対処のしようもない。中央広場からは北東街区、西部街区、北部街区のいずれにもつながっているから、やみくもに探しても成果は上がらないだろう。

 トラックがプァンとクラクションを鳴らす。そうですね、とセシリアが答え、運転席から降りた。ここで何を言っていても仕方ない。とりあえずギルドに戻ろう、とでも言ったのだろうか。ミラが助手席から降り、剣士も荷台から降りてくる。剣士、このクソ暑い中ずっと荷台にいたのか。大丈夫? ちゃんと水分取ってる?

 日は傾き、そろそろ夕方と言っていい時刻だ。夏の日は長いからまだ暗くはならないだろうが、今から南東街区に戻ってヘルワーズの話を聞くのは無理だろう。そうするとまた明日ってことかぁ。なかなか進展しないわぁ。刑事ドラマみたいにはいかんね。

 剣士が軽く伸びをして、トラック達はギルドに向かう。これからどうしようか、そんなことを話しながらギルドの入り口に差し掛かり――


――ズガァァァーーーーンッ!!!


 凄まじい轟音と共に大気が揺れ、ある建物から火の手が上がった。その建物とはギルドにほど近いアパート。火の手が上がったのはその三階だった。すなわち、ガトリン一家のボスがいる場所――


「行きましょう!」


 セシリアが叫び、それを合図にトラック達は急いでアパートへ向かった。

ノブロの最大の美点は素直さ。

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[一言] 剣士の熱中症が心配( ˘ω˘ )
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