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主従

 魔王を退けた英雄を讃える式典、という茶番が終わり、ケテルはようやく平静を取り戻しつつある。儀式によって人々は出来事を過去のものとして受け入れ、新たな日常に踏み出すのだ。すべてはもう終わったこと。ケテルは魔王もハルも忘れて明日を迎える。


 ああ、なんだかさぁ、本来はいい季節なんだよ? 梅雨前の、風の気持ちのいい季節。まあケテルに梅雨があるのか知らんけども。なのにさぁ、このどんよりした気分は何なのよ。釈然としないわぁ。ハルがさぁ、いなくなるなんて、思わないからさぁ。あの泣き虫がさぁ。独りで、今頃何やって……


 ぐすっ


 ケテルでの称賛を厭うように、トラックは他の町への配送の仕事に励んでいる。セシリアも剣士も、おそらくイヌカも、仕事の合間にハルを捜してくれているようだ。ちょくちょくケテルを不在にする彼らが珍しく揃った五月のある日、トラック達はジンに呼び出しを受けた。『例の件』のご報告、とだけ伝えられたトラック達は、「例の件ってなんだっけ?」と首を傾げながら、ジンの待つ施療院に向かった。




「いらっしゃいませ、ご主人様」

「違うっ! いらっしゃいませ、ではなく、お帰りなさいませ、だ!」

「申し訳ございません。お帰りなさいませ、ご主人様」


 目の前に展開するコントのような光景に、トラック達は呆然と立ち尽くしている。ジンは満足そうにうなずき、その視線の先には一人の小柄な美少女が立っていた。クラシックなメイド服に身を包み、人形のような無表情。声もどこか、感情のないものが感情をまねてしゃべっているような不自然さがあった。そしてそのお人形のような美少女の横では、ひょろっと背の高い青年がメイドの心得を説いている。


「メイドの心は奉仕の心! 他人はすべてご主人様だ!」

「申し訳ございません。意味が理解できません」

「言葉には必ずご主人様を付けろ!」

「申し訳ございません、ご主人様」


 青年は大仰にうなずいてみせる。とりあえずご主人様と言われれば満足なのか。言葉の意味が全く伝わっていないことはスルーなのか。


「これは、いったい……?」


 戸惑いながらセシリアがジンに声を掛ける。えーっと、うん、ジンってばこういう子が好みなのかな? ジンは笑顔で答えた。


「以前、皆さんが捕らえられたミラを助けに人形師の潜伏場所に乗り込んだことがあったでしょう?」


 ハイエルフの王女だったミラは、人形師――ゴーレム製造専門の魔術師――に誘拐され、ゴーレムに改造された。そしてケテルを訪れた際にトラックに誘拐、もとい保護されたのだが、その後、人形師に奪還されてしまった。トラック達は人形師の潜伏先を衛士隊長であるイャートから聞き、乗り込んで彼女を救出した。ああ、ほんの三ヶ月くらい前の話なのに、妙に昔のような気がする。


「そのとき、トラックさんと戦ったニ十体のゴーレムたちの核を、トラックさんに託されたんです。彼らは戦いの中で自ら真理の文字を傷付け、自壊したんですよね? ミラを助けるために。だったら今度は、僕らが彼らを助けなきゃ」


 皆の視線がトラックに集まる。トラックはすっとぼけたクラクションを鳴らした。ミラが美少女メイドを見つめる。


「……もしかして、79号?」


 美少女メイド、っていうか、美少女メイドゴーレムか、はミラをじっと見つめ返した。どこか虚ろだったガラスの瞳に光が宿る。


「あなたは、107号ですか? ご主人様」


 いや、そこにご主人様つけんでええわ。青年は満足げに微笑んでいる。ああもう、ゴーレムに変なこと教えるんじゃないよ。サムズアップじゃねぇんだよ。

 ミラは小さく首を振る。


「もう107号じゃない。私はミラよ」

「失礼しました、ご主人様」


 美少女メイドゴーレムがかすかに微笑む。お、おお、無表情な美少女が微笑むと美少女みが増すな。


「私は79号ではありませんご主人様。正確を期すならば、私を構成する要素の一部に79号は含まれていますが、全てではありませんご主人様。私はニ十体のゴーレムの『核』に残った魔力の残滓を集めて作られた新たなゴーレムですご主人様」


 あぁ、一文ごとにご主人様つくから内容が入ってこん。っていうかむしろバカにされてる感じがするんですけど。聞きづらいからやめてくんない? ミラは極めてまじめな表情で言った。


「ご主人様は言わなくていい」

「ありがとうございます。実は血反吐をはくほどのストレスを感じていました」

「な、なに!?」


 青年が驚愕と共によろめく。自業自得だろ。ショックを受けてんじゃないよ。ってか、そもそもあんた誰なのよ?


「……どうして、この姿なんだ?」


 剣士がやや聞きづらそうにジンに問う。ジンは不思議そうな顔を剣士に向けた。


「この姿、とは?」

「いや、何というか、元になったゴーレムは戦闘用だろう? それをどうして美少女に?」

「? 美少女、ですか?」


 考えもしなかった、というようにジンは驚きの表情を浮かべた。ああ、そうか。ドワーフと人では美の基準がまったく違うもんね。ヒゲマニアだもんね、ドワーフ。ジンはヒゲがないけど、異性に対する美の基準は他のドワーフたちと同じだということか。セシリアはふむ、と唸ると、自分の荷物からつけヒゲを取り出し、美少女メイドゴーレム――ああもう、まどろっこしいな。79号でいいわ。79号に装着した。ジンの顔がサッと朱に染まる。


「あっ! これは、その、そんなつもりじゃ……今回、僕は『核』の作製に専念して、義体はお任せしていたので!」


 あたふたとジンは弁解する。相変わらずつけヒゲ最強だな。しかしヒゲをつけただけでこうもリアクションが変わるのがいまいちわかんないよね。ヒゲがある状態で美人に見えるなら、ヒゲがない状態でもまったく興味を引かないことはないんじゃないのかなぁ。あれかな、メガネを外したら美少女だった、みたいな、そういう感覚なのかな?

 つけヒゲを取ってくださいぃ、というジンの悲鳴のような懇願を受けて、セシリアはつけヒゲを袋にしまった。ジンがほっと息を吐く。


「紹介します。義体装具士のコールさんです」


 ジンに紹介され、コールと呼ばれた青年がなぜか胸を張った。ああ、コイツのせいか、と、じっとりとした視線がコールに集まる。しかしコールはそんな視線などものともしないようだ。


「コールです。普段は義手や義足を主に作っていますが、身体をまるごと作るのは新鮮な経験でした。ジン君には感謝しています」


 コールは軽く頭を下げて人の好さそうに笑った。ここだけ切り取ると好青年に見えなくもないのだが、いかんせん今までの言動がなぁ。79号がコールを振り返り、無表情に問う。


「私は戦闘用ですか?」

「いや、違うぞ。多少の戦闘に耐えられるようにはなっているが。なぜだ?」


 多少の戦闘に耐えられるのかよ。コンセプトが行方不明だよ。79号はわずかに眉を寄せた。


「胸部装甲が厚いわりに強度がありません。戦闘で『核』を保護するには足りませんが、戦闘以外の場面では用途がなく、不要に体積を取るものと思われます」

「問題ない。それは、ロマンだからだ」


 79号の眉間のしわが深みを増す。彼女は質問を続けた。


「腹部装甲は薄く、また細すぎて脆弱です」

「問題ない。ロマンだからな」

「腰部から臀部にかけての丸みを帯びた形状は斬撃を逸らすには有効ですが、その他の攻撃に対しての防御性能が不足しています」

「大丈夫だ。ロマンなのだから」


 ロマンとしか言わないコールに対し、79号は言葉に詰まった。しばし動きを止め、ミラを振り返ると、彼女は真剣な光の宿った瞳で言った。


「コンプライアンス上不適切と判断し、削除します。よろしいですか?」

「待って。気持ちは分かるけど、彼はギリ人間よ」


 ギリなのかよ。ミラ的にギリギリってこと? もう少しで人間と認められないってこと? 79号はミラから目を逸らし、悔しそうに唇をかんだ。


「……承知しました。記憶します。コールは、ギリ人間」

「いやいや、ギリじゃないぞ。人間ど真ん中だぞ」


 コールが不満げに二人に割って入る。しかしミラの凍えるような視線を浴び、「え? そんなに?」とつぶやいて口を閉じた。79号は今度はジンを振り返ると、どこか困ったように言った。


「戦闘能力に問題があります。早急な義体の強化が必要です」


 ジンは少し笑って首を横に振る。


「コールさんが言ったでしょう? 君は戦闘用じゃない。戦闘能力に問題があったって構わないよ」


 79号は小さく首を傾げた。このあざとい仕草は誰の仕込みなのか。それとも彼女の持つ元々の素養なのだろうか?


「私はどのような用途で造られたのですか?」

「用途なんてない。君は心を持っているのだから、自分が望む在り方をすればいいんだ」


 79号は思案げに視線を落とす。しばらく何か考えていたようだが、やがて顔を上げ、そして頭を下げた。


「申し訳ございません。意味が理解できません」


 あらら、とジンが苦笑する。なんと説明すべきか、考える表情をしたジンに代わり、トラックがプァンとクラクションを鳴らす。イヌカと剣士がやや呆れたような顔を作り、セシリアが「そうですね」とうなずいた。79号が小さくつぶやく。


「……好きに、生きる――」


 自らの言葉の意味を浸透させるように目を閉じ、目を開いて、彼女はトラック達を見渡し、言った。


「皆様にお願いがあります」




 79号が望んだのは、彼女の最初の生みの親である人形師との面会だった。人形師は今、衛士隊の管理する牢獄に囚われている。もっとも身体のほとんどの部分をゴーレム化した彼は、セシリアの魔法によって奢侈王に魔力を吸われ続けており、自分では動くこともままならない。ゴーレム部分の動力は魔力だからね。衛士隊は彼からもっと情報を引き出そうと彼を生かしているが、有効な手段を見いだせずにいるようだ。おまけに彼は捕まってから一切の食事に手を付けず、徐々に衰弱しているらしい。普通の人間ならとっくに死んでいるところだが、ゴーレム化したことによって、むしろ死ねなくなっている、ということなのだろう。


「私なら対処できます」


 79号は、トラックたちに対して面会を許そうとしないイャートをそう説得して、何とかその許可を得た。牢のカギを開け、79号はベッドに横たわる人形師の顔を上から覗き込む。人形師は、何だろう、トラックと戦った時よりずいぶんと老けた気がする。傲慢な自信は影を潜め、無気力が顔に浮かんでいる。人形師は不快そうに79号をにらんだ。


「私のことが分かりますか?」


 問う79号に人形師は鼻を鳴らす。


「自分の作ったゴーレムの魔力の気配などすぐに分かる」


 下らぬ姿になりおって、と人形師は吐き捨てた。79号はにっこりと微笑む。


「今日からあなた様のお世話は私が担当いたします。なんなりとお申し付けくださいませ」

「世話など不要だ。帰れ」


 きっぱりと拒絶する人形師に、79号は笑顔のまま首を横に振る。


「いいえ、お世話させていただきます。あなた様には生きていただかねばなりません」


 そして彼女は、屈んで人形師の耳元に顔を寄せ、囁く。


「さぞ屈辱でしょう? 自ら作った道具に頼らねば命を繋ぐこともできない。あなたは今、あなたが役立たずの失敗作と呼んだものに命を握られている」


 人形師の顔色がサッと赤く染まる。耐えがたいと奥歯を噛み締め、その瞳が激しい怒りを宿した。


「思い上がるな! 貴様ごときが、この私の命を握るだと!?」

「指一つ動かせぬその有様で何を吠えようと無駄なこと。そういう台詞はせめてご自分で身を起こせるようになってから言ってはいかがですか?」


 目を血走らせ、人形師は荒く息を吐く。全身が怒りと屈辱に震えている。79号は背を伸ばし、高い場所から人形師を見下ろして、穏やかにほほ笑んだ。


「これからよろしくお願いしますね、ご主人様(マスター)

な、なんか、美少女メイドって怖いんだな

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[一言] >「大丈夫だ。ロマンなのだから」 うむ( ˘ω˘ )
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