尋問
小さな呻き声をあげ、ヘルワーズはゆっくりとまぶたを開き、そしてハッと息を飲んだ。彼の目の前には剣士がいて、ヘルワーズの首に短剣の刃を押し当てている。
「お目覚めかい? じゃ、早速だが、こちらの質問に答えてもらおうか」
剣士の口調は場違いに軽いが、同時に冷たく乾いた無機質な感情を含んでいる。お前の命に興味はない。意図したものかは分からないが、剣士の声音はそれを聞く者にそう伝えている。縄で手足を縛られ、あぐらをかくような姿勢で座らされているヘルワーズは、憎悪を込めた目で剣士を睨みつけた。
「お前たちは何モンだ? ただのチンピラってわけじゃないだろ?」
案の定、というべきか、ヘルワーズは何も答えない。口は真一文字に強く閉じられ、何一つ答えてやるものか、という強い意志を感じさせた。剣士の手がわずかに動き、ヘルワーズの首に血が滲んだ。
「他にも仲間がいるだろう? どこにいる? ミィちゃん以外に捕まえた獣人はいるのか? 実際に売り渡した獣人もいるのか?」
ヘルワーズは剣士の矢継ぎ早の質問を黙って聞いていたが、やがてバカにしたような笑みを浮かべた。剣士はその笑みに、チッと舌打ちをしてヘルワーズを突き飛ばした。自分が自分で思うよりずっと焦っていることに、そしてその焦りを見透かされてしまったことに、気付いたのだ。情報を与え過ぎた。こちらがほとんど何も知らないということを知られてしまった。
「しょうがねぇなぁ。あんまりやりたい方法じゃないんだが」
そう独り言ちると、剣士は未だ気絶しているロジン、いやアフロジンを引きずってヘルワーズの隣に連れてきた。うーん、と唸って、アフロジンが目を覚ます。剣士はヘルワーズの髪を掴んでその身体を起こすと、アフロジンのほうを無理やりに向かせた。
「……なんのつもりだ?」
剣士の意図を計りかね、ヘルワーズが剣士に問う。アフロジンは状況が分かっていないのか、ぼーっとした顔をしている。剣士は顔に冷笑を張り付かせて言った。
「お前みたいな種類の人間は、尋問しようが拷問しようが、そうそう吐きゃしない。そうだな?」
ふんっ、とヘルワーズは鼻を鳴らす。剣士は言葉を続けた。
「だが、拷問されるのが自分じゃなく、自分の身内ならどうだろうな?」
ん? とヘルワーズが怪訝そうな顔をする。アフロジンが首を傾げた。剣士はアフロジンのアフロをぽんぽんと叩く。
「かわいい部下の顔が苦痛に歪む様を見ても、お前は黙ったままでいられるかな?」
「まてまてまてまて! おかしいおかしい!!」
ようやく状況を理解したアフロジンが顔を蒼白にして叫ぶ。ヘルワーズは拍子抜けしたように安堵の息を吐くと、まったく表情を変えずに言った。
「何の問題もない」
「あっ! この……!」
平然と言い放つヘルワーズを、アフロジンがすごい顔をして睨む。しかしヘルワーズに鋭く睨み返されて怯んだアフロジンは、剣士に必死の形相を向けた。
「聞いた? 聞いたよね、今の? この人、俺のことなんて何とも思ってないよ? 何なら今すぐ消されろって思ってるよ?」
アフロジンの言葉に、ヘルワーズは神妙な顔で頷く。剣士は軽く笑うと、確信に満ちた声で二人に告げた。
「お前たちの絆の深さがよくわかったよ。とっさにそんな演技ができるんだからな」
「どこをどう見たらその結論になるんだ! 節穴! お前の目、節穴!」
アフロジンは半泣きで剣士に顔を近づける。剣士はうっとおしそうにアフロジンの顔を手で押さえた。ヘルワーズはアフロジンを冷たく一瞥すると、むしろ楽しそうに言った。
「好きにしろ」
「ほら、ほら! こんなこと言ってますよ! 俺を拷問したって何の効果もないって!」
押さえつける剣士の手をアフロジンの顔が必死に押し返す。剣士は手に更なる力を込めると、皮肉気に笑った。
「その強がりが、果たしていつまでもつかな?」
「なんでだよっ! バカなの!? お前バカなの!?」
なんならもう本気で泣いているアフロジンは、剣士の説得をあきらめて周囲をきょろきょろと見回す。そして剣士の肩越しにセシリアの姿を見つけると、一縷の望みを託すように叫んだ。
「お嬢ちゃん! あんたなら分かってくれるだろ? 俺をどうしたって意味ないんだよ! だからこのアホを止めてくれ! 頼むよ!」
セシリアがじっとアフロジンを見つめる。アフロジンは縋るような瞳でセシリアを見つめ返した。セシリアはゆっくりと右手を胸の高さまで持ってくると、親指を立ててグッと前に突き出した。
「まさかのサムズアップ!? それどういう意味? ねぇどういう意味!? あぁちくしょう、ここにはバカしかいねぇのか!」
アフロジンが天を仰ぎ絶望を叫ぶ。しかし、その嘆きを受け止める者はどこにもいなかった。気に入ったのか、セシリアは誰も見ていないにもかかわらず、再度親指を立てた右手をグッと突き出した。……残念。美人なだけに余計に残念さが際立つ気がする。
「さあ、始めようか。どこからがいい? 爪か、指か、目か、鼻か耳か」
「まてまてホントにやるの意味ないって絶対時間の無駄だって効果ないってだからやめてホントやめて!」
剣士がアフロジンの右の頬に短剣の刃をピタリと当てた。「ひっ」と息を飲み、アフロジンが口をつぐむ。剣士の顔から表情が消えた。
「まず、右」
「はいはーい! 言います! 俺が言います! 全部しゃべっちゃいます!」
血の気を失った顔でアフロジンが振り絞るように叫んだ。短剣を持つ剣士の手が止まり、その顔にかすかな笑みが浮かぶ。ヘルワーズが憤怒の形相でアフロジンを睨んだ。
「てめぇロジン! 裏切る気か!」
あっ、ヘルワーズ、ノリ悪いなこのヤロウ。俺がずっとアフロジンって呼んでたのにバカみたいじゃないか。
「うっさいバカ! 知らねぇよバカ! 裏切りとかアホか! 自分の命が大事じゃボケェ!」
ヘルワーズの怒りに怯むことなく、アフ…ロジンはさらに大きな声でヘルワーズの声をかき消した。今まで自分にへつらってばかりだった部下の思わぬ反抗に、ヘルワーズは目を丸くして言葉を失う。ここにきてついに、積もり積もったフラストレーションが爆発したか。窮鼠猫を噛む。普段から部下は大切にしましょう。
「さあもう何でも聞いて。知ってること全部しゃべるから。なんなら知らないこともしゃべるから。あることないことみんな答えるから!」
ないことしゃべっちゃダメだろう。まあ、必死なのはわかるけども。全力でウェルカムをアピールするロジンに、我に返ったヘルワーズがドスの効いた声で言った。
「……組織を裏切って、タダで済むと思うなよ」
「……!」
ヘルワーズの、ただの脅しではない言葉の響きに、ロジンの顔から血の気が引いた。剣士が素早くヘルワーズに近付き、首筋に手刀を叩きこんだ。余計なことを言われてロジンの気が変わることを怖れたんだろう。ぐるん、と白目をむき、ヘルワーズは再び意識を失った。
……こういう場面って、よくドラマやら漫画やらで見るんだけどさ。首に手刀で気を失わせるって、そんなに簡単にできるもんなのかな? そして、そんなに短時間に気を失わせたり起こしたりを繰り返したりできるのかな? 死んじゃったりしないよね? ね?
剣士はロジンを振り返ると、優しい声音で安心させるように言った。
「うるさいのは黙らせた。さあ、知っていることを教えてくれ」
いや、剣士よ。このタイミングでのその優しさはむしろ怖いよ。しゃべらないと何されるか分からない雰囲気満載だよ。ついで言えば、しゃべったらしゃべったで用済みとか言われそうで恐ろしいよ。ロジンの顔も分かりやすいほどに引きつっている。ロジンにとっちゃ、しゃべるも地獄、しゃべらぬも地獄、という心境じゃないだろうか。
ロジンの怯えを感じ取ったのか、剣士が膝をつき、ロジンと目線を合わせた。
「安心しろ。お前が本当のことをしゃべってくれれば、身の安全は保証する。俺たちはお前たちの言う組織を潰すつもりだ。組織が潰れれば、お前が組織から狙われることもない。違うか?」
ロジンがぎこちなく頷く。いざとなると、組織を裏切ることの恐怖が沸き上がってくるのだろう。剣士は少しロジンに顔を近づけ、その目を覗き込んだ。
「ヘルワーズはもうお前が組織を裏切ろうとしたことを知ってる。しゃべろうがしゃべるまいが、お前はもう裏切り者だ。俺たちが組織を潰し損ねたら、お前も命はないだろう。俺たちはもう一蓮托生なのさ。お前が生き残る道は、俺たちに協力する以外にない」
ロジンがごくりとつばを飲み込む。剣士はじっとロジンの返答を待った。ロジンは大きく息を吸い、そして深く息を吐くと、覚悟を決めた顔で剣士に言った。
「俺の知っていることは全部話す。何から話せばいい?」
剣士は満足そうに大きく頷くと、ロジンの肩をポンポンと叩いた。
……はあぁぁぁ、よかったぁ。ほんとに拷問とか始められたらどうしようかと思ったよー。見たくねぇよそういうエグいのはさぁ。ほんと、よかった。
そしてロジンから話を聞き、剣士は夜空を仰いでぽつりとつぶやきました。「……コイツ、何にも知らねぇよ」




