決着
ばいーん
「ぐへぇっ!」
――バチバチバチっ!!!
「ノ、ノブくぅーんっ!!!」
チンピラたちが驚愕と共に悲鳴を上げる。今、目の前で起きた現実が受け入れられないのか、口を半開きにしたまま動くことができないでいる。
勝負は一瞬で付いた。
獣のような唸り声と共にトラックに戦いを挑んだノブ君は、急加速したトラックと正面衝突し、あえなく弾き飛ばされて囲いの鉄柱にぶつかり、感電してその髪型をアフロに変えた。服は強い力で引き裂かれたようにボロボロになり、ブスブスと黒い煙がノブ君の身体から立ち上る。お約束のように口から煙を吐き、ノブ君は白目をむいて倒れ込んだ。アフロヘアの上を、手加減の文字が楽し気に踊っている。勝負の終わりを悟り、剣士とセシリアがトラックに駆け寄った。
チンピラの中の二人がいち早く我に返り、同時に倒れたノブ君に駆け寄って、そして同時に声を掛けた。
「アフロブ!」
「ノブロっ!」
不協和音となった呼びかけに驚き、チンピラは互いの顔を見つめる。一瞬の沈黙の後、二人は強い意志を持って頷き、そして再びノブ君に声を掛けた。
「大丈夫かノブロ!」
「傷は浅いぞ! 気をしっかり持つんだ、ノブロ!」
どうやらノブ君の新しいあだ名はノブロで落ち着いたようだ。何だか露天風呂みたいな名前になっちゃったな。これからはぜひとも、癒し系キャラに転向してもらいたい。
ノブロに駆け寄った二人の姿を見て、他のチンピラも呪縛が解けたようにノブロの周りに集まる。みんなそれぞれ、ノブロのことを案じているようだ。今までの、周囲に見境なく吠え掛かるような表情が剥がれ、友達を心配するただの子供の顔をしている。見かけはチンピラだけど、こいつら結構いい子なんじゃないだろうか。ナイフも斧も捨てたほうがいいよ、似合わないから。
アフロになって気絶してはいるものの、ノブロはかすり傷とちょっとした火傷くらいで済んでいるようだ。命に別条はなさそうだと気付いたのか、チンピラたちに安堵の笑みが広がる。そしてチンピラたちはキッと険しい顔でトラック達を睨むと、憎らし気に叫んだ。
「てめぇら、アフロとノブロになめたマネしやがって、タダで済むと思うなよ!」
「そうだ、次はてめぇらまとめてボコボコだかんな! 憶えてやがれ!」
「だから今回はこれで見逃してください!」
チンピラたちが一斉に頭を下げる。セシリアはふっと柔らかく笑うと、杖の先でトンと地面を叩いた。チンピラたちの背後の囲いの一部が大きく歪み、人が通れるほどの隙間が生まれる。顔を上げ、セシリアと目が合ったチンピラたちが、一様にぽぅっと顔を赤くした。
「あ、ありがとう」
チンピラたちはセシリアに向かってそうお礼を言うと、気絶しているアフロとノブロを抱えて、囲いの隙間に一列に並んだ。お互いに顔を見合わせ、「なに赤くなってんだよ」「お、お前こそ」なんてこそこそ言い合いながら。かわいい奴らだなお前ら。男子高生か。
総勢十人の野郎どもがお行儀よく並び、振り向いてもう一度頭を下げた。野球部がグラウンドに礼してから出ていく感じ? 剣士は苦笑気味に、セシリアは微笑まし気にチンピラたちを見送る。チンピラたちは回れ右をして、一人、また一人と囲いの外へと去って行く。
……ん? 十人? アフロとノブロが別の奴に抱えられてて、チンピラたちはもともと十人だったから……なんか増えてない? 二人増えてない?
俺がじっと目を凝らして見ると、チンピラたちの列の最後尾に、しれっとロジンとヘルワーズが並んでいた。小さな声で「失礼しまーす」と呟き、ロジンが隙間から外へ出ようと足を踏み出す。セシリアはにっこりと笑ったまま、杖の先でトンと地面を叩いた。
「ごがべがぐごごがべべべべごべがっっっっっ!!!!」
隙間は一瞬で塞がり、囲いに触れたロジンは激しい発光と共に骨格が透けて見えるという分かりやすい表現方法で感電して地面に倒れアフロと化した。今のところ囲いに触れた人間は、百パーセントの確率でアフロになってるな。この魔法の真の力は、実は触れたものをアフロにする呪いなんじゃないだろうか。
「ちくしょう、バレたっ!」
ヘルワーズが悔しそうに叫び、トラック達を睨む。バレいでか。バレないと思ってたことの方がびっくりだわ。
「クソっ! クソっ! まさかノブがここまで使えないとは! 高い金出したってのに! ふざけやがって!」
焦りと苛立ちと逃避が混ざり合った様子で、ヘルワーズは虚空に向かって恨み言を吐き捨てる。剣士が一歩前に出て、ひどく冷酷な光を宿した瞳でヘルワーズを見た。
「観念しとけ。用心棒も居なくなっちゃ勝ち目もないだろう」
「黙れ! ガキが俺を見下してんじゃねぇよ!」
ヘルワーズが腰に下げていたナイフを抜き放ち、大きく振りかぶって剣士に襲い掛かる。剣士は少し身体をひねってギリギリで刃をかわすと、ヘルワーズの首に強烈な手刀をおみまいした。一瞬で意識を刈り取られ、ヘルワーズが崩れ落ちるように地面に倒れる。剣士は軽く息を吐くと、地面に横たわるヘルワーズに向かって言った。
「冒険者をなめ過ぎだ。ナイフの使い方もおぼつかない素人じゃ、Eランクの冒険者にだって勝てやしない」
勝負がついたことを確認して、セシリアが杖で少し強めに地面を叩いた。空地を囲んでいた雷の檻は、風に溶けるように小さな光の粒となって舞い散り、やがて闇の中に消えた。剣士は用意しておいた麻縄でヘルワーズとロジンを縛り上げると、緊張をほどいて笑顔を見せた。
「まずは上々の滑り出し、かな?」
セシリアもほっとしたように頷く。魔法を使ったからだろうか、少し疲れたような顔をしている。そういえば昼間から魔法を使いまくってるもんな。おもにトラックが破壊した構造物の修復に。気遣わしげな剣士の視線を制して、セシリアは微笑みを返した。
「相手がこちらを完全に甘く見ていたのが幸いでした。戦いを前提に戦力を揃えられていたら、こう都合よくはいかなかったでしょう」
「俺の演技力の勝利だろ?」
おどけて片目をつむる剣士に、セシリアは呆れた顔で笑った。そして「でも」と言って表情を改め、セシリアはやや青ざめた顔で剣士を見る。
「……ノブ君が現れた時には、肝を冷やしました」
剣士もまた笑いを収め、引きつった表情を浮かべる。
「ああ、まさかノブ君がこんなところにいるなんてな」
「正直、もう終わりかと」
「運命を呪ったね。よりにもよってあのノブ君がって」
……え? ノブ君って、そんなにすごいの? 昨日初めてこの町に来た二人が当然のように知ってるほど有名? 大物感ゼロでしたよ? 「ぐへぇっ」て言ってましたよ?
「たいていのことは克服できると思っていましたが、相手がノブ君では」
「試練だとしたら厳しすぎるぜ神さま! ってな。 実を言うと隙を見て、お前を抱えて逃げようと本気で考えていた」
気恥ずかしそうに剣士が苦笑いを浮かべる。セシリアはやむを得ぬことだとなぐさめるように頷いた。おまえらのその強固なノブ君への高評価はどこから来たんだ。ってかノブ君ってほんと何者なの? 伝説の傭兵か何かですか?
剣士が視線をトラックへと向ける。セシリアも、それを追うようにトラックを見た。
「悪い。俺はお前をみくびっていた。まさかノブ君に勝てる器とは思ってもいなかったよ」
「あなたがいてくれて、よかった」
剣士の言葉を継いで、セシリアがトラックにそう言った。暗くてよく見えないが、ほんのりと頬を染めている気がする。いや、気のせいだな。うん、気のせいだ。
トラックが素っ気なくクラクションを返す。二人は虚を突かれたように軽く目を見張る。
「厳しいねぇ」
「確かに、まだ何も終わってはいませんものね」
剣士は気分を切り替えるようにふっと息を吐くと、地面に転がっているヘルワーズを見下ろした。確かにまだ何も終わっていない。ちょっと忘れかけてたけど、トラックたちの目的はヘルワーズから獣人売買の情報を得ることなのだ。敵の規模も数も潜伏先も、トラックたちはまだ何も知らない。
「こいつにはいろいろと吐いてもらわなきゃな。ちょっとばかりエグい絵面になるかもしれないが、神さまにはしばらく目をつむっておいてもらおうか」
剣士が腰のベルトに差していた短剣を抜き放つ。月の青白い光を刃に受けて、剣士の瞳を酷薄な光がかすめた。
そして剣士はカバンからロウソクとムチを取り出し、セシリアをドン引きさせたのでした。




