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実力

「とぉりゃぁー!」

「お、うまいうまい」


 ハルが手にいい感じの棒を持って剣士に斬りかかる。剣士はやはり手に持ったいい感じの棒でハルの斬撃を受け止めた。カンカンという木の音が広がる。ハルの隣ではルーグが、こちらもいい感じの棒で剣士の隙を窺っていた。二人とも汗だくになって棒を振り回している。剣士は涼しい顔で二人を軽くあしらっていた。


「元気そうで何よりだ」


 少し離れた場所にいるトラックに、イヌカが話しかける。トラックの隣には大きなシートを敷いた上に座っているセシリアとイーリィがいて、ミラはシートの端でリスギツネと遊んでいる。大人たちは穏やかに子供たちの様子を見守っていた。ここはケテルにほど近いちょっとした丘の上。遠足の日から数日が経ち、トラック達は遠足の真っ最中である。




 ミラもハルも結局青空教室の遠足には行けなかったのだが、二人とも遠足自体はとても楽しみにしていて、口には出さなくても少し落ち込んでいた。特にハルは、ミラが遠足をキャンセルして自分を探してくれたことを気に病んでいるようで、それを察したトラックがじゃあ自分たちだけで遠足しよう、と言ったらしく、セシリアが張り切って卵サンドを作り、ハルを探すのを手伝ってくれたイーリィ、イヌカとルーグを誘って、丘の上にピクニック、ということになった。クラスの友達と遠足、というのとはちょっと違うけど、ハルもミラも喜んでくれているようだ。やっぱりおやつは銅貨三枚までで、バナナはおやつに入らない。糖度を測るスキルを持たないトラックには、バナナがおやつかおかずかを判定できなかったのだ。そもそも家族で行くピクニックにそんな厳しい制限は必要ない。風は軟風、日差しは穏やか。心地よい陽気に包まれて、春の丘は和やかな雰囲気に包まれている。




 戦いを終え、ハルとルーグが息を弾ませてセシリアたちの許に駆けてくる。セシリアがハルに、イーリィがルーグに、それぞれ冷たい水の入ったコップを渡すと、二人は勢いよく水を飲み干し、ぷはぁ、と満足げな息を吐いた。剣士がゆっくりと二人の後を追って戻ってくる。お疲れさん、と言うようにトラックがプァンと鳴らし、剣士は軽く手を上げてそれに応えた。全力で戦いを挑んでくる六歳児と十歳児の二人を相手に息も切らさないとは、剣士の体力はなかなかに侮れない。六歳児、手加減とかないからね。そして結構痛いからね、六歳児の攻撃。

 ハルとルーグは興奮冷めやらぬ様子で、剣士にどうやったら勝てるかを話し合っている。右から来たところを左に受け流して、とか、めっちゃスネばっかり狙ってみる、とか、いい感じの棒を振り回しながら熱い議論を重ねているようだ。あ、ちなみに、いい感じの棒というのは、小学生男子がどこからともなく拾ってくる、自分の身長に比べてちょうどいい長さと太さをした、刀に見立てて振り回すのにいい感じの棒、または木の枝のことをいう。振った時にひゅっと風を斬る鋭い音がすると気分がいい。簡単に折れるとつまらないが、大きく太いものを選ぶと振り回しづらいので、その選定も含めて意外と器量が問われるブツである。ちなみにいい感じの棒は振り回して使うものなので、遊ぶときに突きは行わないのが暗黙のルールだ。特に拾った枝は先が細く尖っていたりするので、突くのは絶対にやめよう。ケガをしてはいい感じも何もないのだ。


「いいなぁ、ハルは。アニキと一緒でさ。おれなんかイヌカだぜ?」


 議論がいち段落したのだろう、ルーグがハルをうらやましそうな顔で見つめた。ハルは軽く首を傾げる。


「イヌカはダメなの?」


 ルーグは体をひねり、トラック、剣士、イヌカの順に見渡すと、がっかりした顔でハルに向き直った。


「……最弱じゃん」

「ああ」


 なるほど、という感じでハルがうなずく。セシリアとイーリィが思わずといった様子で吹き出した。かちんときたのか、イヌカが顔を引きつらせる。


「結構な言われようじゃねぇか」


 いくぶん低めの声のイヌカに、


「だって、なぁ」

「ねぇ」


とルーグとハルがうなずきあった。イヌカの頬がピクピクと震える。少しかわいそうに思ったか、イーリィが横から口を挟んだ。


「こら、そんなこと言わないの。確かにイヌカは所詮イヌカだけど、イヌカはイヌカなりに頑張ってイヌカなのよ」

「フォローになってねぇ上に何が言いたいかもわからねぇよ!」


 むしろ怒りを深くした怒鳴り声をイーリィは涼しい顔で受け流した。「このヤロウ」とつぶやき、イヌカはルーグたちに言った。


「トラックはともかく、『翡翠の魔女の隣にいる人』なんて呼ばれてるヤツより下に見られちゃ、ちょっと気分が悪ぃな」


 流れ弾を喰らった、とやや渋い顔をして、剣士が声を上げる。


「お前だって『かませ犬』だろうが」


 ふん、と鼻を鳴らし、イヌカが剣士をにらむ。


「二つ名と実力は関係しねぇよ」

「言ってることが矛盾してるぞ」


 座っていた二人が身構え、互いににらみ合いながら立ち上がる。お、なんだか一触即発の雰囲気? そんなしょーもない理由でケンカすんなよ二人とも。プァンとクラクションを鳴らすトラックに、二人は見事に声を合わせて「お前は黙ってろ!」と怒鳴った。ヒートアップしてるなー。そして二人の熱に最後の燃料をぶち込んだのは、ハルの無邪気な一言だった。


「結局、どっちが強いの?」


 その言葉を聞いた瞬間、剣士とイヌカは同時に「ふっふっふ」と笑い始めた。互いににらみ合ったまま笑う姿はちょっと怖い。イヌカは激情を抑えるように大きく息を吐くと、挑発するような目で剣士に言った。


「ちょうどいい機会だ。オレの実力をお前らに見せとこうじゃねぇか。マスターが言ってた運命ってヤツが巡ってきた時、実力を疑われて外されたんじゃしょうもねぇしな」


 剣士は不敵な笑みでそれに応える。


「そうだな。正しい実力を知ったうえで外さないと、そっちも納得もできないだろ」


 外す前提なのね、とイーリィが小さくつぶやく。互いに引きつった笑いを浮かべながら、イヌカがカトラスの、剣士が長剣の柄に手を掛けた。ルーグが興味深そうに二人を見つめ、ごくりと唾を飲む。ハルはちょっと楽しそう。ミラは剣呑な空気に怯えるリスギツネをあやし、セシリアは呆れたような目を剣士に向けている。


――プァン


 おそらくは制止のためだろうトラックのクラクションは、しかし二人の戦いの始まりの合図となり、


――ガキィン!


 剣と剣のぶつかり合う金属音が、のどかな丘に不似合いに響き渡った。




 儀式のように剣を合わせた後、剣士とイヌカは距離を取り、トラック達から少し離れた場所に移動した。ルーグたちを巻き込まないためだろう。つまり、かなり本気ということだ。セシリアはイヌカに目を向けてつぶやいた。


「無謀な挑戦です」


 セシリアに剣士を心配する様子はカケラもない。ややムッとした顔をしてイーリィがつぶやきに答える。


「そうバカにしたものでもないわよ。イヌカは今でこそああだけど、かつてはBランカーの中でも有望株だったんだから。トラさんならともかく、そこらの剣士にそう遅れをとることはないわ」


 そこらの剣士、という言葉に反応したのだろう、セシリアの顔がわずかにゆがむ。イーリィはさらに、逆撫でするように言葉を続けた。


「かつてのイヌカの二つ名は『無音』。それは彼の戦いのスタイルから付けられたものだけれど、やがて別の意味を持つようになった。彼が戦った後には音が無くなる。彼と戦った者は皆、声も、呼吸も、鼓動も、全てを失うのよ。イヌカを甘く見ているようなら、この戦い、あっという間に終わることになるかもしれないわね」


 イーリィはイヌカに顔を向ける。セシリアは剣士を見つめたまま、いささかの動揺も示すことはなかった。


「負けることなどありません。イヌカさんにも、誰にも」




 気合の声を上げ、イヌカが先に仕掛ける。イヌカのカトラスは剣士の長剣よりもリーチが短い。距離を保っていてはイヌカに勝機はない、ということなのだろう。それにしても、素直にまっすぐ突っ込んでいくなぁ。最初にトラックと戦った時はそれでばいーんと弾き飛ばされて終了だった。今回も案外あっさりそれで終わったりしないかと心配だよ。そうなったらきっとルーグにすごい冷たい目で見られることになるよ。

 何の策もなさそうに突っ込んでくるイヌカに若干戸惑いながら、剣士は剣を閃かせる。まずは牽制の一太刀、相手の突進を止め、反応を窺うための攻撃だ。しかしイヌカは、まるで斬ってくださいと言わんばかりに、勢いのまま剣士に迫る!


「いっ!?」


 かわされる、あるいは弾かれる前提の斬撃に飛び込まれ、剣士の剣がわずかに乱れる。その手許からは慌てて手加減が姿を現した。長剣がイヌカの右肩口に迫り――何の手ごたえもなく振り下ろされる。目の前にいたはずのイヌカの姿が、空気に溶けるように消えていた。剣士は地面を蹴って前方に跳躍すると、地面を一回転して立ち上がり、振り向いた。たった今剣士がいた空間をイヌカのカトラスが切り裂く。剣士の顔が驚愕にゆがみ、冷たい汗が一筋流れた。


「初見でかわされるたぁ、ちょっとショックだぜ」


 イヌカの瞳が蒼く光を放つ。種明かしをするようにスキルウィンドウが姿を現した。


『アクティブスキル(ベリーレア)【隠形鬼】

 気配と実体を分離させ、気配の位置を自在に操る。

 実体のない気配は他者にその位置を誤認させ、

 気配のない実体は他者にその位置を認識させない』


 お、おお、なんかすごそうなスキルが出てきた。解説を見てもいまいちよくわからんけど、スキルウィンドウがスキル発動時に出てこなかった理由は分かった。発動時に出てきたら「あ、なんかそういうスキル使うんだな」ってバレちゃうもんね。このスキルの場合、発動がバレたら意味をなさなくなるから、スキルウィンドウも空気を読んでるんだな。


「ただの勘だよ。実戦なら終わってたかもな」


 ふっと強く短く息を吐き、剣士は剣を構え直した。己の中にあった驕りを振り払い、眼差しに真剣な光が宿る。


「だが、一度見た」


 イヌカはおかしそうに笑う。


「こいつを初見殺しだと思ってんなら間違いだ。優秀な戦士ほど目じゃなく気配で動きを測る。染みついた習性を今変えるなんざ不可能なのさ」


 イヌカがひゅっとカトラスを振り下ろす。スッと空気に溶けるように、その輪郭がぼやけていく。いや、違う。正確には、イヌカの姿はそのままそこにある。それなのに、そこにいる気がしない。目の前にいるのに気付くことができない。なんだかすごく不思議で、すごく気持ち悪い感覚だ。この世界の中で、イヌカだけが現実感を失っている。イーリィがなぜが勝ち誇ったような顔でセシリアを見て、セシリアは若干イラっとした様子で剣士をにらむ。ハルとルーグは顔を寄せ、何かひそひそ話していた。ミラは特に興味がないらしく、リスギツネとお手の練習をしている。


「いくぜ」


 イヌカの気配が完全に、消えた。激しい違和感に頭がくらくらする。混乱した脳が視覚情報を否定する。ハルが足元近くにあった、シートがめくれないよう固定するために置いてあったこぶし大の石を手に取る。剣士は、動かない。次の瞬間、剣士の背後に突然気配が生まれた。剣士は振り返りざまに剣を振り下ろす。剣は見事に、現れたイヌカを断ち切った。その、気配だけを。空を切った刃に剣士は驚愕の表情を見せる。その背に向けられたカトラスの切っ先が、鈍く陽光を反射した。


「終わりだ」


 剣士の背後にカトラスを振り上げたイヌカがいる。つまりイヌカは最初から、まっすぐに剣士に向かってきていたのだ。剣士の身体が強張り、イヌカがカトラスを振り下ろ――


――ごすっ


 思わぬ角度から投げつけられた石がイヌカの頬を直撃する。ハルは「ほんとに当たった!」とはしゃぎ、ルーグは「気配がなくても当たるんだ」と感心していた。何が起こったのか理解できないのか、イーリィとセシリアはぼうぜんとイヌカを見ている。イヌカは頬を押さえてしゃがみ込んだ。剣士が振り返り、


「ていっ」


 気の抜けた掛け声と共にイヌカの頭上に剣を叩きつける。めぎょっ、という何とも言い難い痛そうな音がして、イヌカは音もなく地面に倒れた。さすが『無音』のイヌカ。戦いの後には声もないんだな。トラックのキャビンの上から戦いを見守っていた手加減が、剣士の手加減を呼びつけて説教を始めた。どうやら剣士の手加減はちょっと甘かったらしく、わずかながらイヌカにダメージを与えてしまったらしい。トラックの手加減は「そもそも手加減とは」から始めて長い説教モードに入った。剣士の手加減は正座し、神妙な顔でお説教を聞いていた。


「い、今のはナシでしょう!? いくらなんでも!」


 ハッと我に返ったのか、イーリィがセシリアに詰め寄った。しかしセシリアは余裕の表情で答える。


「突然の事態に対応するのも冒険者の素養の一つかと」


 くっ、と言葉に詰まり、イーリィはなぜか悔しそうな表情を浮かべた。ハルは地面に伏したまま動かないイヌカを見て爆笑している。うーむ、六歳児の残酷な無邪気さよ。ルーグはちょっと複雑な表情を浮かべていたが、立ち上がってイヌカのそばによると、動かないイヌカにそっと声をかけた。


「……最弱」

「やかましい!」


 伏したままイヌカが怒声を上げる。ルーグは吹き出すように笑った。ずっと事態を見守っていたトラックが、労うようなクラクションを鳴らす。


「なぐさめてんじゃねぇよ!」


 顔を上げ、イヌカはトラックに怒鳴った。そして天を仰ぎ、運命の理不尽をなじるように大きく叫んだ。


「ちっくしょーーーーっ!!!」


 その声はこだまとなり、ケテルの山々に遠く鳴り響いたのだった。

今回のゲストは、いいとこ見せようとするとだいたい失敗する男、イヌカ・マーセィさんでした。

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[一言] やっぱイヌカはこうでないと( ˘ω˘ )
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