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幕間~RE:START~

「やり方が気に入らねぇ!」


 ノックもせずに乱暴に扉を開け、怒りの形相で足を踏み鳴らしてギルドの執務室に入り、ノブロはバンッと机を叩いた。積んでいた書類が崩れ、ギルドマスターグレゴリは「あぁ」と情けない声を上げる。


「いきなり何の話だ。分かるように言え」


 グレゴリは渋面でノブロを見上げた。激しい憤りと共に、ノブロは噛みつくような勢いでグレゴリに吠えた。




「お呼びでしょうか?」


 律義に一礼して、ヘルワーズは執務室に足を踏み入れた。グレゴリが軽く手を挙げる。サラサラと書類にサインをして、グレゴリは顔を上げた。


「悪いな。急に呼び出して」


 いえ、と答え、ヘルワーズは背筋を伸ばし、直立不動の体勢を取った。グレゴリは、軍隊みてぇだな、と内心で苦笑する。ギルドに、あるいはトラックという男個人に、恩義を感じているのだろう。ギルドのどんな命令にもヘルワーズはノーと答えたことがない。そしてそれは、グレゴリにとっては少々もどかしいことでもあった。


「お前さんにひとつ、頼みがあってな。ぜひ引き受けてもらいてぇ」

「承知しました」


 内容も聞かずにヘルワーズは承諾する。自分の意思など関係がない、とでも言いたげな様子だ。グレゴリは軽くため息を吐く。もっとも、それは想定の範囲内ではあった。


「南東街区で今、ギルドがノブロ一味をサポートしてるのは知ってるな?」


 南東街区、という言葉に、わずかにヘルワーズの表情が揺れる。ほんの数か月前まで自分が居た場所。マフィアとしてその大半を牛耳っていた場所。生まれた場所であり、生まれたことを後悔した場所であり、恩人と出会った場所であり、全てであった場所だ。ヘルワーズは瞬時に感情を押し殺し、グレゴリに答えた。


「噂程度であれば」


 ヘルワーズは今、ギルドに併設された酒場の厨房で、主に食材の下拵えと掃除を担当している。ギルドに預けられてはいるがギルドメンバーというわけではなく、ギルドが具体的にどこで何をしているのかを知る立場にはなかった。そしてヘルワーズ自身も、ギルドの内部事情には興味が無いようだった。彼はボス――今は亡き恩人の息子――のこと以外には何の興味も示さない。


「ノブロたちはよくやってくれてる。地道に炊き出しとゴミ拾いを続けて、今じゃ『自分にも何か手伝わせてくれ』ってヤツが集まってくるようになった。だが人数が増えると、組織の管理ってのはそう簡単にいかなくてな」


 ノブロ自身は仲間の先頭に立って身体を動かすタイプのリーダーであり、それはそれで間違いではない。しかし人数が増え、気心の知れた仲間だけの小集団でなくなると、多様な背景を持つ者たちを統率し、組織として動かすことのできる人間が必要になる。ノブロにそのような細かい作業は望むべくもなく、今はノブロの仲間たちが懸命にその役割を担っているが、知識経験共に足らないことは明白で、ノブロたちは今、組織として機能不全に陥りつつあった。


「そこでだ、お前さんにノブロをサポートしてやってもらいたい。組織の掌握はお手の物だろう?」


 マフィアのボスの右腕として南東街区の人間をまとめていたその手腕を、今度はノブロの右腕として振るってくれることをグレゴリは期待していた。ヘルワーズは多少の戸惑いを顔に浮かべる。


「……ノブロとは多少の面識がありますが、私の力を必要とするような男ではありません。それに――」


 ヘルワーズは冷静な瞳でグレゴリを見る。その目は自らを過少にも過大にも評価していないように見えた。


「――私が南東街区に戻ることをよく思わない者たちは多いでしょう。再びマフィアがここを牛耳るのかと警戒されるのは目に見えている。むしろ組織運営の障害になるのでは?」

「確かに」


 ヘルワーズの名は南東街区ではそれなりに知られている。その名を警戒する者は出てくるだろうし、場合によっては南東街区の住人達のノブロたちへの不信を招くかもしれない。しかしグレゴリは、ノブロたちの活動をこれ以上広げるためにはヘルワーズの力が不可欠だと考えていた。


「だがお前さんなら、それらを全部ひっくるめてうまくやれると、俺は思ってるんだがね」


 ヘルワーズは目を閉じ、思考に沈む。しばらくして目を開け、事も無げに彼は言った。


「やりようはあります」

「頼もしいねぇ」


 グレゴリは満足げに笑い、


「早速だが明日からノブロのところに行ってもらいたい。こちらから話は通しておく」


と言った。ヘルワーズはもう一度「承知しました」と答える。そして何かを言い淀むように動きを止めた。グレゴリはヘルワーズが口を開く前に彼の疑問に答える。


「お前さんのボスはギルドが責任を持って世話をする。お前さんは心配することなく仕事に励んでくれや」


 ヘルワーズの顔がわずかに強張る。しかしすぐに表情を消し、律義に頭を下げ、ヘルワーズは退出した。グレゴリは「やれやれ」とため息を吐く。


「さて、どう転ぶかねぇ」


 ヘルワーズの消えた扉を見つめ、グレゴリは腕を組んでつぶやいた。




「なんでヘルワーズをこっちに寄越したかっつってんだ!」


 返答次第じゃただではおかない、とノブロの目が憤る。「ああ」ととぼけた顔でグレゴリは答えた。


「不服か?」

「当たり前だ!」


 ノブロは再び机を叩き、グレゴリはその音に顔をしかめた。机の書類はさらに崩れて床に散らばる。拾うべきか、運命と諦めてなかったことにするか、グレゴリの顔に迷いがよぎる。手応えの無さを感じたか、ノブロはさらに声を荒らげた。


「ヘルワーズにゃ弟の世話があんだろうがっ!!」


 その言葉にグレゴリは意外そうな表情を作った。どうやらノブロの怒りの原因は、こちらが思っていたのとは少し違うようだ。グレゴリは興味深げにノブロを見た。ノブロの怒りは収まる気配がない。


「いいか! オレたちは誰にも、なんにも無理強いはしねぇ! やりたい奴がやればいいし、やりたくなくなりゃやめりゃいいんだ! 大事なモンなんてみんな違う! てめぇの大事なモンほっぽって、命令だとか、そんなんじゃねぇんだ、オレたちは!」


 ノブロは目をむいてグレゴリをにらみつけている。つまりは、ノブロはヘルワーズがギルドの命令で手伝いに来た、ということに、ヘルワーズ自身の意思が蔑ろにされているということに怒っているのだろう。ヘルワーズが弟――実際にはボスだが、説明が面倒なので周囲には弟ということにしている――を大切にしていることは周知の事実であり、その弟から引き離して望まぬ仕事をさせるとはどういう了見だ、と憤っているのだ。もしかしたらノブロは、そしてヘルワーズ自身も、ギルドは『弟』を人質に取っている、と思っているのかもしれない。グレゴリは思わず笑った。


「なに笑ってやがる!」


 ノブロがまた拳を机に叩きつけた。机が軋みを上げて震える。片手を軽く上げてノブロを制し、グレゴリは笑いを収める。


「いや、すまん。トラックはいい男を見つけたと思ってな」

「……あぁ?」


 ノブロは意味を理解しかねるように眉を寄せた。息を吐いて感情を整え、グレゴリはノブロをまっすぐに見据える。


「お前さん、ヘルワーズをどう見る?」


 ノブロが眉間をシワを深くした。


「どう、って、そもそもよく知らねぇ。弟を大事にしてんだからいいヤツだろ」


 シンプルなノブロの感想にグレゴリは好意的な笑みを向けた。ノブロはかつてヘルワーズに雇われ、トラックと戦ったと聞いている。そのときにヘルワーズと何らかのやりとりはしているはずだが、もう記憶にないのか、気にしていないのか、ノブロは()のヘルワーズしか見ていない。それはグレゴリにとって都合のいいことだった。


「俺はな、アイツは『弟』を大事にし過ぎてると思ってる」


 ノブロはますます理解しがたいとグレゴリをにらんだ。


「弟大事にして何が悪ぃんだ。ビョーキなんだろ? ほっといたら死んじまうだろうが」

「そいつはその通りだが」


 グレゴリは椅子の背もたれに身体を預けた。ギシリと背もたれが軋む。


「アイツは自分を蔑ろにし過ぎてるのさ。まるで『弟』がいなきゃ自分には価値がないと思ってるみてぇにな」


 ノブロが何かを思い出すように視線を上げ、「ああ」と小さく声を漏らした。思い当たることがないではない、という顔だ。グレゴリは背もたれから身体を起こした。


「俺がお前さんのところにヘルワーズを遣ったのは、『弟』と距離を取らせるためだ。このままじゃアイツは『弟』の世話とジャガイモの皮むきで一生を終えそうな勢いだったんでな。お前さんの下で働きながら、アイツには自分自身の人生に向き合ってもらいたいと思ってる」


 グレゴリの静かな声はノブロの怒りを払拭したようだ。ノブロは腕を組み、困ったように顔をしかめた。


「……難しいことはわかんねぇ」


 グレゴリは表情を緩める。


「お前さんは今まで通り、思ったようにやればいいさ。ヘルワーズは間違いなくお前さんの役に立つ。そしてお前さんの役に立つことが、アイツを変えるんだ。少しずつ、いい方に」


 ノブロは「うーむ」とうなり、しばし考え込むと、腕を解き、頭を下げた。


「悪かった。オレの早とちりだった」


 直角に身体を折るノブロの後頭部を見つめ、グレゴリは思わず吹き出した。顔を上げ、ノブロは恨めしげな表情を浮かべる。


「……笑うなよ」

「ああ、いや、すまん」


 右手で口元を覆い、グレゴリは顔を逸らした。この素直さこそが、この男をリーダー、いやチャンピオンたらしめるのだろう。決して万能な男ではない。しかし、この男のためなら、そう思える不思議な魅力を、この男は間違いなく持っている。


「『弟』の世話はギルドが責任を持つと約束しよう。もしその約束を違えることがあれば」


 グレゴリはノブロを見据え、自らの首に手刀を当てた。


「この首、お前さんにくれてやる」


 ノブロはじっとグレゴリを見つめ返すと、


「首なんかいらねぇが――」


 ニッと口の端を上げた。


「――そんときゃ思いっきりグーで殴ってやんぜ」


 そいつは勘弁、と答え、降参と言うようにグレゴリは両手を挙げた。

ヘルワーズが出向したことにより、冒険者ギルドの酒場の下働きは再びロジンだけになりました。

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[一言] ロジン……!(ブワッ)
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