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夕暮れの風は

 声を掛けてきたのは精悍な顔つきの美丈夫、衛士隊副隊長のリェフだった。四人の部下を従える姿は堂々として、イャートよりも隊長らしい雰囲気を醸し出している。もっともイャートの隊長らしくなさは意図したものだろうけど。

 トラックはリェフに向かってプァンとクラクションを鳴らす。「どうも」と律義に挨拶してから、リェフは薄く苦笑いを浮かべた。


「隊長なら今、あなた方のボスとやり合ってますよ。例の人形師の尋問を衛士隊主導でやるか冒険者ギルド主導でやるか、なかなか折り合いがつかなくてね」


 トラック達がミラを取り戻しに商人の別邸に乗り込んだとき、ミラをゴーレムにした魔法使いを捕縛したのを憶えているだろうか? あのときトラックは捕縛した魔法使いをぶん投げてイャートの目を逸らし、その隙にその場を逃れたのだが、魔法使いは当前あの後拘束され、尋問を受けることになった。なったのだが、いざ尋問を始める段になって、尋問を衛士隊と冒険者ギルドのどちらが仕切るかで両者がもめているらしい。衛士隊は情報をリークしたのはこちらだと言い、ギルドは実際に捕縛したのはこちらだと譲らない。そんな訳で未だあの魔法使いへの尋問は始められておらず、両者間で調整が続いているということだった。


「……隊長はどうも、あなた方が絡むと冷静さを欠く。普段ならギルドの面子を立てて実を取るようなやり方をする男なんですが」


 リェフは不可解そうに眉を寄せる。イャートは決して清廉潔白な人間ではないし、ダーティな手段を否定するわけでもない。トラック達だけを目の敵にする理由はないはずなのにと、リェフには腑に落ちないようだ。


「ま、そういう面倒な腹芸は中年に任せて、我々は我々の仕事をしに来たんですよ。今日はほら、そっちにいる大きなゴーレムに用がありまして」


 世間話を切り上げ、リェフは視線でドラムカンガー7号を示した。ドラムカンガー7号は自分に話が振られたことに驚いたようなうなり声を上げ、格納庫から外に出る。ズシンと地面が軽く揺れた。


「詰所まで来てもらおうか。聞きたいことがいろいろある。もちろん――」


 リェフは灰マントたちに鋭い視線を向ける。


「君たちにも」


 灰マントの末の弟がビクリと肩を震わせる。次男と三男は観念したようにうつむき、長男は素直にリェフの前に進み出た。リェフの部下が灰マントたちを囲み――


「ちょいと待っとくれ」


 エバラの声が灰マントたちと衛士隊の間に割り込む。リェフはエバラのほうを振り向いた。


「何か?」

「そいつらはウチの若いもんでね。連れていかれちゃ困るんだ」


 部下たちが色めき立ち、威圧するように低く物騒な声音で言った。


「衛士隊に刃向かうつもりか?」


 しかしエバラは動じる様子もなく、部下たちを無視してリェフを見ていた。プライドを傷つけられたか、部下たちは一様に怒りを顔に浮かべる。リェフはサッと右手を上げて部下たちを制した。エバラは柔和な笑顔を浮かべる。


「まさか。衛士隊の皆さんにゃ感謝してるんだよ。普段からこの町を守ってくれてる」


 リェフがわずかに眉を動かした。エバラの意図を測りかねているようだ。エバラは穏やかに話を続ける。


「だが、私らにもこの子らを預かる責任がある。理由も分からずしょっ引かれちゃ納得のしようも無いだろう? だからさ、教えておくれよ。この子たちが何をしたのか」


 ふん、と鼻を鳴らし、不快そうに部下の一人が答える。えー、なんかヤな感じこの人。


「このゴーレムはとある事件の容疑者の潜伏先から逃走したのだ。そこの四人を抱えてな」


 観念しろ、と言わんばかりの居丈高な態度にもエバラは落ち着いて対応する。すごい胆力だな。エバラ一家の頭目としての貫禄を感じる。


「本当にコイツだったのかい? ドラム缶違いじゃないのかい?」

「こんなドラム缶が他にいるか!」


 おちょくられていると思ったのだろうか、部下の一人が怒鳴った。沸点の低い奴め。エバラは「怒鳴らないでおくれよ。おお怖い」と顔をしかめた。


「じゃあこの町は、いつの間にかドラム缶の横に立ってたら捕まるようになっちまったのかね?」

「なんだと!?」


 すっとぼけたエバラの質問が衛士隊の面々を刺激する。あからさまな挑発。リェフはじっとエバラの顔を見つめている。


「この子らはこのドラム缶と一緒にいたからしょっ引かれるんだろう? だったら、そういうことじゃないか?」

「ドラム缶の横にいてはいけない、という法はケテルには無いな」


 リェフが冷静に告げる。おやおや、とエバラは大げさに目を丸くした。


「じゃあどうしてこの子らは連れていかれるんだい?」

「容疑者の潜伏先から逃げたのだ! 無関係なはずがないだろう!」


 部下の一人が苛立たしげに腕を振る。エバラは小さく首を傾げた。


「容疑者、ってことは、まだ罪は確定していないんだね?」


 しまった、と言いたげに部下が顔をしかめた。エバラは小さくうなずきながら考えをまとめるように、つぶやいた、と言うには大きすぎる声でつぶやいた。


「罪を犯したかもしれない(・・・・・・)ヤツの家にいて、そこから出て行った。分かってるのはそれだけかい? はて、今言った中に、いったいどんな罪があるんだろうね?」

「下らぬ詭弁を! 一緒に捕まりたいのか!」


 激昂してエバラに詰め寄ろうとした部下のひとりを、リェフの「おい」という静かな低い声が押しとどめた。ハッとリェフに顔を向け、部下はうつむいて引き下がる。


「すまないねぇ。私ゃ頭が悪いもんで、皆さんにとって当たり前の事だろうと、よく説明してもらわなきゃ理解できないのさ。だから教えとくれよ。この子らがいったい何をしたのか。どうして連れていかれなきゃならないのかをさ」


 下手に出たエバラに多少気が収まったのか、部下の一人が面倒そうに説明を始める。


「こいつらは、我々が追っていたある事件の容疑者に関係している」

「そうかい。で、そのことで誰かが傷付いたのかい?」


 思わぬ反応だったか、部下が一瞬言葉に詰まる。おそらく、人形師と灰マントたちの関係を何かはっきりと掴んでいるわけではないのだろう。灰マントたちが実際にどんな役割を担っていたのか、そして何を実際に行ったのかは衛士隊も知らないのだ。


「いや、しかし」

「この子らは何か盗んだかい? 誰かを殴っちまったかい? 手ひどく騙して誰かの心を踏みにじったのかい?」


 畳みかけるようにエバラは問いを重ねる。部下の男は当惑を顔に表した。


「だからそういうことでは――」


 部下の男の言葉を遮り、エバラは一転して鋭く衛士隊の面々をにらみ据えると、四方に轟くような激しい咆哮を上げた。


この子らが何をした(・・・・・・・・・)のか、今、ここで、この私に、はっきりと言ってみな!!」


 びりびりと大気が震え、すさまじい重圧が周囲に広がる。リェフを除いた衛士隊の面々は気圧されて言葉を失い、動けずにいるようだった。エバラはギロリと目を見開いている。リェフは両手を挙げ降参とばかりに笑った。


「どうやらこちらに分がないようで。今日のところは引き揚げますよ」


 部下たちは一様に納得のいかない表情だったが、リェフに逆らうつもりはないようだ。おとなしく後ろに下がった衛士隊たちを見て、エバラが少し安心したように息を吐いた。

 リェフは手を降ろし、笑いを収めて灰マントたちを見る。そしてどちらかというと気遣うような声音で静かに言った。


「道を踏み外す者は多い。だが、道に戻る機会を与えられる者は少ない。そのことの意味を、よく考えることだ」


 灰マントの長男が神妙な顔でうなずく。それを見届け、リェフは「帰るぞ」と部下たちに声を掛けると、そのまま背を向けて去って行った。


 おおおおぉぉぉ、こえぇーー。なんか見透かされてる感じが超こえぇ。今日のところは、って言ってたから、はっきりとした証拠が出てくればまた来るぞ、ってことなのかもしれないけど、とりあえずは見逃してくれたってことかな? はぁ、緊張したぁ。


「……エバラさん」


 灰マントたちがエバラを振り返る。エバラは気が抜けたように笑い、後ろによろけた。あわてて夫が身体を支える。相当に気を張り、そして相当に無理をしていたのだろう。一般人に過ぎないエバラにとって、衛士隊に逆らうようなマネはものすごく勇気のいることだったのだ。


「申し訳、ありません……申し訳ない……」


 灰マントたちは膝をつき、エバラに頭を下げた。エバラは「いいんだよ」と首を振る。エバラを支えながら、夫が厳かに告げた。


「そう思うのなら、お前たちのこれからの人生で証明しなさい。彼女がお前たちを助けたことが正しかったのだと。まっとうに生きることで。ちゃんと、幸せになることで」


 頭を下げたまま、四人は涙声で「はい」と返事をした。「たまにはいいこと言うじゃないか」とエバラは夫に言い、「たまにはな」と夫が答える。おお、なんか熟年夫婦の会話。っていうか、エバラの夫が「まあ、仕込めば猟犬代わりになるかもしれんしな」以外の言葉をしゃべったの、久しぶりに聞いた気がするよ。なんだが変な感慨があるわ。


「手助けをする必要もありませんでしたね」


 セシリアが剣士にそう声を掛ける。剣士はうなずいて、感心したような目をエバラに向けた。先生がどこか誇らしげに胸を張る。


「西部街区の皆さんは、頼もしいでしょう?」


 日が傾き、ドラムカンガー7号の影がみんなを覆う。「あっ」と声を上げ、レアンがドラムカンガー7号の頭を指さした。二羽の小鳥が飛んできてドラムカンガー7号の頭上にとまり、ピュイピュイと鳴いている。なんか、妙に似合うな。子供たちが楽しげに笑い、大人たちも顔を上げて笑みを浮かべた。灰マントたちも立ち上がり、ドラムカンガー7号を見上げる。小鳥たちを驚かせないように、ドラムカンガー7号は小さく「ま゛っ」とうなった。

 夕暮れの西部街区に清かな風が吹く。その風にもう刺すような冷たさはなく、春が訪れたのだということを皆に伝えていた。

南東街区に『チャンピオン』ノブロあり、西部街区に『守護神』エバラ一家あり。そう遠くない未来、両者はケテルの『双璧』と呼ばれ、人々の尊敬を集めることになるのですが、それはまた別のお話。

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― 新着の感想 ―
[一言] エバラさんカッケエエエエ!!!! >二羽の小鳥が飛んできてドラムカンガー7号の頭上にとまり、ピュイピュイと鳴いている。 ラ〇ュタのロボット兵を彷彿としますね( ˘ω˘ )
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