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望み

 剣士がミラの身体を抱え、椅子に腰掛けさせる。リスギツネが心配そうに足元に駆け寄り、ミラを見上げてクルルと鳴いた。セシリアがミラの傍らに立ち、安心させるように微笑んだ。


「ジン」


 村長が『核』を手に、ジンを見つめた。その真剣な表情を見て、ジンは緊張を顔に示した。村長がゆっくりと『核』を差し出し、言った。


「お前が、やりなさい」

「えっ!?」


 思いもよらぬことを言われた、とばかりにジンが声を上げる。村長はじっとジンの目を見つめている。


「『核』の交換は緻密な作業じゃ。十分という限られた時間の中でそれを成し遂げるには、ワシは歳を取り過ぎておる」


 でも、とジンはためらいを口にする。熟練のゴーレム技師だった祖父にできないことが自分にできるのかと、そう疑っているのだろう。失敗すればミラは死ぬ。その重責に怯えているのだ。


「無論、ワシも隣でサポートする。お前一人に背負わせるようなことはせん。それが今、ワシらが採り得る最も成功率の高い体制だと思うから言っておるのじゃ」

「私からもお願いする」


 なおもためらうジンにセテスがそう声を掛けた。


「ミラ様のためと懸命な君の姿を、私はずっと見てきた。君は、信頼に足る」


 そっか。考えてみれば、トラック達がミラのために動いていた裏で、ジンたちも自分たちのできることを懸命にやっていたんだもんな。きっと俺たちが見ていないジンの姿を、セテスはたくさん見てきたのだろう。ジンの顔から徐々にためらいが消え、代わりに覚悟が宿った。


「……やります。必ず、彼女を助けます!」


 ジンは村長から『核』を受け取る。宝物を扱うように両手で慎重に抱え、ジンはミラの正面に立った。セシリアがジンの右手に、村長がジンの左手に控える。ミラは三人を見渡して言った。


「失敗しても、いいよ」


 セシリアは首を横に振り、力強く断言する。


「失敗などありえない。だから、目が覚めたときには、笑顔で」


 ジンと村長も大きくうなずき、ミラもまた小さくうなずきを返した。そしてミラは、すべてを委ねるように目を閉じた。


「……始めよう」


 村長が宣言し、セシリアがミラの服をめくって胸部を露出させる。ミラに手をかざし何事か唱えると、ミラの胸の中心に縦に線が走り、小さな金属音を立てて両開きの扉のようにかぱりと開いた。ジンが緊張に喉を鳴らす。人間であればそこにあるはずの臓器はなく、どこかガランとした空洞の中に、無数の管が繋がった黒い鉄の『核』が浮かんでいる。『核』は脈動するように淡く明滅し、繋がった管に光を送り出していた。セシリアが感情を押し殺した声で言う。


「額の古代文字を消し、『核』からの魔力供給を止めます。私が『核』の機能を代替できるのはおよそ十分。その間に『核』の交換を終えてください。よろしいですね?」


 セシリアがミラの額に手を当てる。ジンが大きく息を吸い、覚悟を決めた顔で「はい」と返事をした。村長がセテスに時間管理を頼み、セテスは「心得た」とうなずく。剣士とトラックはできることもなく、ただ事態を見守る。


「……いきます」


 セシリアがミラの額に手をかざすと、額に蒼く古代文字が浮かび上がった。親指を文字に当てて横に擦ると、文字の一部が消え、文字の放っていた光が消える。同時にミラの『核』の明滅が止まり、管を巡る光も消えた。脱力したようにミラの両腕がだらんと下がる。セシリアの瞳が翡翠色に輝き、魔力の波動が栗色の髪を舞い上げた。かざした手から淡い光がミラに流れ込んでいく。セテスが作り出した小さな光の粒が一定のリズムで輪を描き始めた。ジンがゴクリと唾を飲む音が聞こえる。


「まずは古い『核』を取り出すぞ。落ち着いて、本体側の管を傷付けぬように気を付けろ」

「は、はい」


 村長が複雑にうねる管を押さえ、対象となる管だけを露出させる。まずは最も太い四つの管を外すようだ。ジンがスパナのような工具を手に持ち、『核』と本体側の管の接合部の部品を慎重に外していく。


「そうだ。いいぞ。うまいじゃないか」


 ジンを不安を払うためだろう、村長はジンの作業のひとつひとつを褒める。ジンは緊張に強張る顔で無理やりに微笑む。額にはじっとりと汗が浮かんでいた。




――残り、九分。




「取れた……!」


 ジンが思わずつぶやき、カタ、と音を立てて『核』の、正面から見て右上にある太い管が外れた。


「よし、その調子じゃ! 他の三つもやり方は変わらん!」


 ほころんだ顔を引き締め、ジンが今度は右下の管を外しにかかる。要領を得たのか、ジンの手は滑らかに動き、あっという間に管を外した。その手際に安心したのだろう、村長は作業補助のために押さえていた細い管から手を離し、ジンの作業の邪魔にならない位置にある細い管を外し始める。




――残り、八分。




 村長は慣れた手つきで細い管を外していき、ジンも左上の太い管を外した。大小様々な管で吊るされるように固定されていた『核』が小さく揺れる。ジンが手の甲で額の汗をぬぐった。




――残り、七分。




「これで、終わり……!」


 最後に残った左下の太い管を外し、ジンは大きく息を吐いた。古い鉄の『核』は完全にミラの身体から切り離され、村長がそっと体外に取り出す。作業台に古い『核』を乗せると、力尽きたように古い『核』は崩れ、ただの鉄粉の山になった。まさにギリギリのタイミング。もし『核』の交換を明日にしていたらミラは助かっていなかった。そして今、古い『核』がなくなったことで、『いったん元に戻してやり直す』なんてことができなくなった。もはや前に進む以外に道はないのだ。




――残り、六分。




 村長が新たな『核』を手に取り、ミラの胸腔の中心に、捧げ持つように配置する。ジンが左上の太い管の接続に取り掛かった。まず上側の太い管を接続することで『核』が固定され、残りの作業がしやすくなるのだろう。『核』は変わっても接続部分の形状は同じ。古い『核』を外したのと逆の手順で、ジンは手早く左上の太い管の接続を終わらせた。




――残り、五分。




「形状が合わない!?」


 右上の太い管を接続しようとして、ジンは悲鳴に近い声を上げた。『核』側の接続部分とミラ本体側の管の接続部分の形状が合わないらしい。ジンの顔から血の気が引き、動きが止まった。村長が間髪を入れずに叫ぶ。


「落ち着け! 変換器をかませれば繋がる!」


 村長はミラ側の管の形状を確認すると、壁際の棚へと走り、引き出しから何か部品を取り出して戻って来た。


「ゴーレムの導管の形状には決まった規格がある。慌てず、落ち着いて。不可能など決して起こりはせん!」


 村長から変換器を受け取り、ジンはまずミラ側の菅に変換器を、そしてさらにそれを『核』へと接続する。カチリ、と嵌まった音がして、ジンは大きく息を吐いた。顔に血の気が戻り、動揺から立ち直ったようだ。村長が怒りを抑え込んだ顔でつぶやく。


「……一体のゴーレムの中で規格が混在するなどありえん。この子をゴーレムに変えた人形師は、愚か者じゃ!」




――残り、四分。




 左下、そして右下の太い管の接続部分も規格違いの形状だったらしく、村長は再び棚から変換器を取ってきてジンに渡した。ジンは慎重に、しかし急いで接続を行う。そして、四つの太い管の全ての接合が終わった。あとは細い管を繋げば終了だ。数は多いが二人でやればなんとかなる! なんとかして! お願い!




――残り、二分。




「……数が、足らない!」


 ジンの絶望的な声色のつぶやきが工房に広がる。ミラ側の細い管の数と、『核』の接続用の突起の数が合わないらしい。村長が激しい憤りと共に叫んだ。


「なんだこの意味のない細導管の数は! 人形師はいったい何を考えておるのじゃ!」


 そして村長はやはり棚まで走り、奥の方をごそごそと探って小さな部品を持ってくる。それはY字型の形状の金属だった。


「この合流器を使えば二つの細動管を一つに合流できる。大丈夫、まだ間に合う!」

「は、はい!」


 ジンが希望を取り戻したように合流器に手を伸ばす。幸い数の差分はそれほど多くない。ジンと村長は手分けして最後の作業に取り掛かった。




――残り、一分。




 セシリアが苦しそうに顔をゆがませ、その放つ魔力の光に翳りが見え始めている。そろそろ限界が近いのだろう。しかし、ジンはついに最後の細動管の接続に取り掛かっていた。細動管の先を『核』の接続用の突起に押し込む。カチ、と音を立て、細動管は『核』に接続された。軽く引っ張って抜けないことを確認すると、ジンはあふれる喜びと共に叫んだ。


「終わりまし――」


 しかしその言葉は言い終わる前に途切れ、ジンは目を見開いて絶句する。ぱちん、と音を立て、今繋いだはずの細動管がひとりでに『核』から外れた。それを合図に、ぱちんぱちんと無機質な音を立てて細動管が次々に外れ始めた。村長が動揺と混乱を顔に表す。


「なんじゃ!? 何が起こっておる!?」


 目を凝らすと、『核』の表面に揺らめくような黒い影が蠢いているのが見えた。その影は皆の努力をあざ笑うかのように次々と細動管を外していく。セテスが何かに気付いたように声を上げた。


「この気配は冥王銀! 呪いが完全には消えていなかったのか!?」


 ジンの顔から一気に血の気が引き、その身体がカタカタと震え始めた。冥王銀の呪いは最悪のタイミングで訪れる。陽金石によってその力の大半を失った冥王銀の呪いは、残った力でもたらすことのできる災厄を最も効果的に発現する機会をじっと窺っていたのだろう。そしてその最悪のタイミングというのが今、ミラを助けることができたと皆が思った、この瞬間だったのだ。影が右上の太い管に取り付いてバキンと外すと、楽しげに輪郭をゆがませた。リスギツネが呼びかけるようにクルル、クルルと鳴き、剣士が呆然とつぶやく。


「もう、間に合わない――」

「いいえ、まだです!」

――プァン!!


 自らを奮い立たせるように上げたセシリアの声とトラックの鋭いクラクションが重なる。影がびくりと身を震わせて硬直した。セシリアは厳しく影をにらみ据える。翳りを見せていたセシリアの魔力の光が、むしろその輝きを増した。


「この私の、望みを、阻むな――!!」


 セシリアを包む光輝が色を変える。それはあらゆる存在の始まり、始原の力を象徴する白の光だ。肩口で切り揃えられていた髪は腰まで伸び、陽光を思わせる金に輝く。翡翠色の瞳に宿る光に射抜かれ、『核』に取り付いていた影は「キシャァァーーーッ」という苦しげな声を上げて消え去った。白い光はさらに強くなり、セシリアを中心に工房全体に広がっていく。その光に触れ、工房にあった作業台が、椅子が、床が壁が、工房のありとあらゆるものが、まるで新品同様に再生した。そして――


「見ろ!」


 セテスがミラを指さして叫んだ。まるで逆再生のように、呪いによって外された管が今度は次々と『核』に接続していく。そしてついに、全ての管が新しい『核』と、繋がった。




――時間切れ(タイムオーバー)




「たす、かった……?」


 信じられない奇跡を目の当たりにして、ジンはかろうじてそう口にした。セシリアの放つ光が急速に力を失っていく。村長がハッと何かに気付いたように叫んだ。


「真理の文字を!」


 倒れそうな身体を歯を食いしばって支え、最後の力を振り絞ってセシリアはミラの額を指でなぞった。『死』は『真理』へとその形を変える。同時にセシリアの放つ光が完全に消えた。


 しん、とした静寂が工房に満ちる。誰もが無言、そして息をすることもはばかられるようにピクリとも動かない。成功か、それとも――皆がミラをじっと見つめている。ミラは、目を、開けてはくれなかった。

 間に合わなかったのか、新しい『核』が機能しなかったのか、接続に問題があったのか、冥王銀の呪いを打破できなかったのか。原因は分からない。ただ分かるのは、ミラが目を覚まさないという現実だけ。ただ、それだけだ。

 ジンの目元に大きな涙の粒が盛り上がり、頬を伝い落ちる。村長ががっくりと膝をつき、セテスが顔を背けた。剣士はよろけるように椅子に腰を落とし、背もたれに背を預けて天井を仰いだ。セシリアはただミラを見つめ、かすかに震えている。そしてトラックは、


――プァン


 優しく呼びかけるようなクラクションを鳴らした。


――ヴ……ン


 かすかな、本当にかすかな駆動音が聞こえる。真理の文字が蒼く光を放ち、『核』が振動を始めた。『核』に宿る風がその勢いを増し、巻き上げられた水が『核』の外縁を巡る。『核』の中心にある火が、まるで鼓動のように光を強め、あるいは弱めた。『核』に接続された無数の管を光が流れ始める。露出していた胸腔が自動的に閉じ、そして、ミラが、ゆっくりと、目を、開いた――


「……やっ、た……」


 ジンが夢を見ているような表情で言い、床にへたり込んだ。村長は「おぉ、おおぉぉ」と言葉にならない様子で滂沱の涙を流し、ミラを見つめている。セテスは目の前の出来事が信じられないのか硬直し、剣士は右手で目を覆って「は、はは……」と笑った。


「……無事で、よかった」


 胸の前で右手を握り、セシリアがつぶやく。ミラはセシリアを見上げ、美しく微笑んだ。セシリアもまた微笑みを返す。ミラは約束を守ったのだ。『目が覚めたときには、笑顔で』、その約束を、確かに。

 安堵に身を委ね、セシリアが意識を失い、崩れ落ちる。ミラは身を乗り出してセシリアを抱きとめた。


「ありがとう、お姉ちゃん」


 ミラのつぶやきが工房に満ちる。それはここに集った皆が一つの命を救った、その証だった。ミラの足元にいたリスギツネが、嬉しそうにクルルと鳴いた。

そしてミラはジンを振り向くと、ちょっと困った顔で言いました。

「なんか右手を動かそうとすると左足が動く」

「接続間違えた!?」

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[一言] FOOOOOO!!!! コングラチュレイショオオオオンズ!!! 勝利のポーズ……決めっ!
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