表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/290

融合

 ぜぇぜぇと肩で息をするジンにセシリアが駆け寄る。ジンは息を整えると、心配そうなセシリアを目で制し、左手に持っていた大きな紙袋を差し出した。


「すぐに、始めましょう。もたもたしている時間はない」


 セシリアが戸惑い気味に紙袋を受け取る。剣士もまた困惑をその顔に浮かべた。


「始める、って、もう冥王銀で『核』は作ったんだろう?」


 剣士の疑問の在処を理解し、ジンは少し得意げに解説した。


「はい。でも、冥王銀と陽金石の融合は、合金を作るような場合とは全く違うんです。陽金石はいわば解呪のための触媒のようなもので、『霊王銀』というのは呪いが解かれた『冥王銀』だったんです。だから冥王銀で作った『核』の呪いを後から解くことも可能だと判断して、『核』の作製を先に着手してもらいました」


 剣士とセシリアが村長を振り返る。村長は「うむ」とうなずいてみせた。つまり今から解呪をすれば、冥王銀の『核』は霊王銀の『核』になり、呪いの恐怖から解放されるということか。ジンは表情を真剣なものに改め、皆に言った。


「融合は儀式のようなもので、手順が非常に重要なんです。皆さんにもご協力をお願いします。まずは『核』と陽金石を机に置いて――」


 ジンは机の隅に陽金石を、『核』を机のほぼ中央に配置するよう指示した。位置関係が重要らしく、ミリ単位の細かい調整が行われる。っていうか、普通の作業机に置いてるけどそこはいいのか? 配置が終わり、ジンは今度はセシリアに渡した紙袋を示した。


「その袋に必要な小道具がありますから、必要なものを順次取り出して使ってください。まず必要なのは、目覚ましベル、トースト、曲がり角、です」


 ……ん?


「では、曲がり角をセットして……始めます。では、目覚ましベルを思いっきり振って!」


 曲がり角、というかまあ木の板を直角につなぎ合わせた簡易な仕切りのようなものを机に置き、ジンは剣士に指示を出した。剣士は訳の分からないという顔をしながら、それでもベルをセシリアから受け取って振り始める。ちりりりりん、という音がやかましく部屋に広がり、セテスが顔をしかめた。するとやがて、陽金石が小さく震えだし――


「……ウソ! もうこんな時間!? 目覚ましの設定間違えてる!!」


 悲鳴に似た叫びを上げ、陽金石がその場で軽く跳ねた。


「お母さん! どうして起こしてくれなかったの!?」


 陽金石は慌てたように無意味にその場でくるくる回る。ジンが小さく鋭い声でセシリアに言った。


「セシリアさん、答えて!」

「え!? 私!?」


 いきなり振られたセシリアが一瞬の戸惑いを浮かべ、しかしすぐに覚悟を決めたように口を開く。


「何度も起こしたわよ。それ以上は自己責任」

「オニっ!」


 陽金石は小憎らしげに顔をしかめる。セシリアは言葉を続けた。


「朝ご飯は?」

「いらないっ!」


 そう言って駆けだそうとした陽金石のお腹がくぅと可愛らしい音を立て、陽金石の動きが止まる。ジンの目がきらりと光った。ジンはすばやくセシリアにトーストを渡す。セシリアはじっとりと緊張の汗を浮かべ、陽金石にトーストを差し出した。


「これだけでも食べていきなさい」


 陽金石は数秒、ためらうように左右に揺れていたが、すぐにその身体を大きくゆがませ、トーストをくわえるように受け取って駆け出した。ジンがセシリアに親指を立てる。セシリアは安堵の息を吐いて座り込んだ。

 陽金石はトーストをくわえたまま、「遅刻遅刻」と言いながら曲がり角に差し掛かる。同時に冥王銀の『核』も曲がり角に向かって移動を始めた。両者のこのスピードだと、これは間違いなく――


 どんっ!


 大方の予想通り、冥王銀と陽金石は曲がり角でぶつかった。小柄な陽金石は冥王銀に弾かれて後退する。目を白黒させているように身を揺らす陽金石に、冥王銀は舌打ちをして上から見下ろすように言い放った。


「気を付けろ!」


 冥王銀は陽金石を気遣うこともなく去って行く。その後ろ姿を呆然と見つめていた陽金石は、やがて怒りに身を震わせた。


「な、な、なんなの、アイツっ!!」


 陽金石がやり場のない憤りを叫ぶ。すかさずジンが指示を飛ばした。


「場面転換です! 灯りを少し落として! 曲がり角を片付けて、今度は机と教卓を配置してください!」


 村長が灯りを落とし、部屋が若干薄暗くなる。セテスが曲がり角を片付け、剣士はセシリアからミニチュアの机と椅子、そして教卓を受け取って作業机に配置した。ジンが陽金石を椅子の上に、冥王銀を教卓の横に配置する。


「灯りを戻して。続けます!」


 村長が再び灯りを強くした。椅子の上の陽金石がぐったりしたように机につっぷしている。セシリアがキーンコーンとチャイムを鳴らした。ジンが村長にメモを渡して言う。


「おじい様、お願いします!」

「え、ワシ!?」


 村長は狼狽しながらもメモに書かれた台詞を読み上げた。


「え、えー、それでは、て、転校生を、紹介、する……ゴホゴホッ!」


 緊張でのどがカラカラなのだろう、村長はカミカミな上に咳き込んでしまった。作業台の上の陽金石と冥王銀はピクリとも動かない。ジンの表情が強張る。


「おかしいな、動かない……何か、間違えた……?」


 ジンの顔から血の気が引き、必死で何かを考えている様子だ。ジンはすぐにハッと何かに気付いた表情になった。


「まさか、演技力が足らないのか?」


 ジンは村長からメモをひったくると、セテスを振り向いて急くようにメモを押し付けた。


「お願いします!」


 やや気圧された様子でメモを受け取り、気を落ち着かせるように深呼吸したセテスは、流暢にメモを読み上げた。


「それでは転校生を紹介する。さあ、自己紹介して」


 セテスの言葉を受けて、冥王銀がぶっきらぼうに短く挨拶をした。


「よろしく」


 陽金石が聞き覚えのある声に身を起こし、「あっ!」と声を上げる。


「あ、アイツ、転校生だったの!?」


 目を丸くして冥王銀を見つめる陽金石を、冥王銀は冷めた目で見つめ返した。




 こうして最悪な出会いを果たしたふたりは、クラスメイトとして過ごしているうちに少しずつ距離を縮めていく。クラス対抗戦で真面目にバスケに打ち込む姿を意外に思ったり、担任につかまって学習資料の配布を一緒に手伝わされたり、雨の日に捨て猫を見つけて飼い主捜しに奔走したりしていくうちに、陽金石は徐々に冥王銀に惹かれていく自分を自覚し始めていた。しかし冥王銀は、踏み込まれることを拒むように陽金石から距離を置く。そんなある日、陽金石は冥王銀とその義兄が話をしている場面を目撃する。


「お前は一族の面汚しだ!」


 剣士が必死の形相でジンの用意したメモを読み上げる。なにせ演技力が足らなければ儀式が止まるのだ。プレッシャーは相当だろう。


「神経の図太さはあの女譲りか? オレがお前の立場だったら、のうのうと家にいることなど恥ずかしくてとてもできんよ。その厚顔はうらやましいくらいだ」


 冥王銀は義兄の罵倒を黙って聞いている。反抗されないことに気をよくしたのか、義兄の罵倒はエスカレートしていく。


「お前が同じ屋根の下にいるというだけで虫唾が走る! お前には本来、我が家に留まる資格などないのだということを忘れるな! そしてわずかでも人間としての心があるなら、とっとと出て行け! この、生きる価値もない無能が!」


 ジンが床をコツコツと叩く。おそらく義兄はその場を去って行ったのだろう。冥王銀はしばらくその場に佇んていたが、やがてゆっくりと振り向き、視界に陽金石の姿を認めて動きを止めた。


「……聞いて、いたのか」


 信じられないほど弱々しい声で冥王銀が言う。陽金石は答えず、代わりにぽろぽろと涙をこぼした。冥王銀は呆れたように笑い、陽金石に近付く。


「どうしてお前が泣くんだ」

「……だって……!」


 涙で言葉にならない陽金石に、冥王銀はポンとその頭に手を置き、つぶやくように言った。


「……ありがとな」


 悔しそうに唇を噛み、涙を流し続ける陽金石を、冥王銀は困ったように見つめていた。




 冥王銀の過去にいったい何があったのか、聞くことのできないまま空々しい会話を重ねる日々が続く。冥王銀は遠くを見つめてぼんやりしていることが多くなった。踏み込んでいいのか、支えたい、でも、彼にとって私は何なのだろう。葛藤の中で時間だけが過ぎ、一学期が終わり、夏休み、その終わり。陽金石は勇気を振り絞り、冥王銀を地元の花火大会に誘った。


「ここが、花火を一番近くで見られる場所なんだ」


 花火大会の会場にほど近い小さな山の、獣が通るような細く曲がりくねった道の先に、町を一望できる拓けた場所があった。夜空に大輪の花が弾け、二人の姿を闇に浮かび上がらせる。しばらくの間、ふたりは無言で花火を見上げていた。


「……聞きたいことが山ほどあるって顔だ」


 夜空を見上げたまま、冥王銀は言った。陽金石はその横顔を見つめる。冥王銀は独り言のようにぽつり、ぽつりと話し始める。


「オレの母は、後妻だった」


 冥王銀の母はとある資産家に後添えとして嫁いだ。前妻との間にはすでに三人の子がおり、冥王銀は資産家の四番目の子ということになる。前妻の子たちとの折り合いは悪く、また二十近く年の離れた夫との関係も結婚後ほどなく悪化し、母と冥王銀は肩身の狭い思いをしながら生活していた。財産目当てと罵られる日々は母の精神を蝕み、母は冥王銀が小学校四年生の時に家を出た。冥王銀を置いて、愛人の許へ。陽金石はじっと冥王銀のつぶやきに耳を傾けている。


「……ずっと言われ続けてきた。お前に存在価値はない。はやくいなくなれ。この家に居座って財産を狙っているんだろう。なんて卑しい奴だ。そう言われるたびに悔しくて仕方がなかったけど、でもどこかで納得してもいた。母にさえ必要とされなかったオレに存在価値なんてないんだと」


 冥王銀は寂しげに笑い、陽金石を振り返った。


「オレは――」

「私は、知ってる」


 冥王銀の言葉を遮り、陽金石は揺るがぬ確信をもって冥王銀の瞳を見据える。


「あなたがまじめで融通が利かないってことを知ってる。言葉にしないけど友達思いだってことを知ってる。意外と動物好きだってことも知ってる。感動モノの映画ですぐに泣いちゃうことも、誰かの悲しみを放っておけないことも、相手の幸せそうな姿にホッとすることも知ってる」


 陽金石は透明に微笑んだ。


「あなたの価値を、私が知ってる」


 信じてる、ではなく、知ってる。それは無価値などという言明がただの妄言に過ぎないのだということを強く伝える。冥王銀が驚きに目を見開いた。陽金石はわずかに顔を赤らめ、勇気をかき集めるように息を吸うと、はっきりとした口調で冥王銀に告げる。


「あなたが、すき、です」


 パン、と音を立て、無数の花火が夜空を彩る。陽金石の身体はわずかに震えていた。それを見て取り、冥王銀が表情を緩める。そしてためらうように視線をさまよわせると、


「……本当を言うと、な」


 冥王銀は一歩踏み出し、陽金石を強く抱きしめた。


「初めて会った時から、君に、惹かれていた」


 冥王銀の腕の中で、陽金石の頬に涙が伝い落ちた。




 作業台の上で陽金石がまばゆい光を放ち始める。ジンが興奮気味に声を上げた。


「融合が始まる……! 冥王銀が陽金石を受け入れたんだ!」


 ちなみに今までの青春ラブストーリーはすべて作業台の上で銀色の真球と金色の宝石が繰り広げたものです。花火も剣士とセテスが必死で音マネして、ジンと村長がランプにセロファンみたいなものを被せて壁に投影して演出したものだからね。誤解なきようお願いします。

 陽金石の放つ白い光が冥王銀を包む。やがて陽金石は形を失い、冥王銀に吸い込まれるように消えた。冥王銀を包む光が消える。しかし程なく、今度は冥王銀が自ら美しい光を放ち始めた。冥王銀が最初から持っていた禍々しく蒼い光ではない、少し赤みがかった黄金色が、ほんのりと温かみを宿して明滅している。その光を食い入るように見つめながら、手ごたえを感じたようにグッと手を握り締めてジンが言った。


「『霊王銀』が、完成しました――!」


 よしっ、と剣士が叫び、部屋の中が喜びに沸いた。壁に背を預けて座っていたミラが小さく微笑む。これでミラを救うための最後の問題が解決したのだ。いや、本当に良かった、っていうかさ……


 ミラの命の瀬戸際に、俺はいったい何を見せられとんのじゃぁーーーーっ!!!


 何なのこれ? なぜに冥王銀の解呪の儀式が王道青春ラブコメ風ストーリーなの!? っていうか実際にこういうストーリーラインの物語見たことないんですけど。一種の都市伝説的ストーリーな気がするんですけど。そもそもね、神話に出てくる英雄の武具は霊王銀で作られたって前に村長が言ってたよね? ということはだよ、神話の時代の鍛冶職人は武具を作るたびにいつもこの工程を繰り返してたってこと? 古代ドワーフ鍛冶職人の仕事過酷すぎやろうがぁーーーーっっっ!!!


『しかしこの時、誰も気付いていなかったのです。冥王銀にまだ、誰にも言えない深い心の傷があるということを』


 うわ!? びっくりした。なにこの意味深なナレーション。誰だ!


『ハァイ。メンテナンスを終えて帰って参りました、あなたのコンシェルジュ、ヘルプウィンドウ! 今日もあなたを、篭絡よ』


 お、おお。ヘルプウィンドウ。前に急に消されて以来出てこなかったけど復活したのか。なんか微妙にキャラが変わってる気がするけど。


『メンテナンスできっちり絞られましてん。人格変わるほどに』


 ヘルプウィンドウはどこか遠い目をしている。なんか色々あったんだな。まあそれはいいや。それより、前に言ってた俺の正体って


『それじゃ、何かあったらいつでも声を掛けてくださいね? シーユー!』


 あっ! 逃げた! くっそう、まあ復活したならいつでも呼び出せるはずだし、また今度にしよう。今はミラのほうが重要だ。


「新しい『核』は完成した。次は、交換の処置に移ろう」


 村長のその言葉は、喜びに沸いていた雰囲気を引き締めた。ひりつくような緊張感が生まれ、剣士の唾を飲む音が聞こえる。『核』ができてもミラにそれを移植しなければ意味がない。最後の、そして最大の難関に、これから挑まなければならないのだ。


「……始めよう」


 村長の合図で皆が一斉に動き始める。気のせいだろうか、冥王銀の放つ光に、ほんのわずかな影が射したような気がした。

曲がり角もミニチュアの机も捨て猫も全部ジンが用意したので、こんなにギリギリのタイミングになっちゃったんですって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] セシリアが母になった瞬間である( ˘ω˘ ) >っていうか実際にこういうストーリーラインの物語見たことないんですけど。 確かに( ˘ω˘ ) 『おもしれー女』に通ずるものがありますね( ˘…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ