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憎悪

 ケテルへと続く道をトラックは急ぐ。セシリアの見立てでは、ミラを連れ去ったあの魔法使いはケテルの中、またはケテルに近い場所に拠点を持っているはずだという。転移魔法で移動できる距離は実はそれほど長くはないし、食料や水の調達などの事情もあるため町から大きく離れた場所に拠点を構えるとも考えづらい。そもそもミラとトラックが最初に会ったとき、ミラは灰マントに連れられてケテルに来ていたのだから、セシリアの見立てはそれほど外れてもいないだろう。もっとも、ケテルは決して小さいとは言えない規模の都市だし、その周辺まで含めると捜索は容易ではないだろうが。

 それに懸念はもう一つある。首尾よく居場所を突き止めたとして、ミラを奪還するためにはあの魔法使いをどうにかしなければならない。つまり【魔力障壁】をどうにかしない限り、トラック達はミラに近付くことすら叶わない。となると、勝利のカギはセシリアさんということになるのだが……


「転移にせよ、ドワーフの村であの男が行った魔光蟲の召喚にせよ、誰にでもできるような簡単な魔法ではありません。品性は愚劣極まりない男ですが、その力を侮ることはできないでしょう」


 ほとんど会ったことのないと言っていい相手に対しての「品性は愚劣極まりない」という言葉の選択が、セシリアのあの男に対する嫌悪感を示している。しかし同時に魔法を使う者として相手の実力もよく分かるのだろう。特に今回は、下手に追い詰めればミラを連れて転移魔法で逃げられると非常にまずい。セシリアは厳しい表情で言った。


「……一撃で仕留めます。おふたりにはそのサポートをお願いします」


 い、一撃で仕留める方法を持ってるのね。セシリアさんの目がコワい。剣士がうなずきを返し、トラックがプァンと了承を告げた。


 クルル


 ふたりに同意するように鳴き声が聞こえる。あれ? これ、リスギツネ? どこにいんの? 剣士とセシリアが左右を見渡す。すると、助手席と運転席の間に後ろからにゅっと顔を出したリスギツネがいた。あらら、お前、ついてきちゃったの? セシリアがリスギツネを抱え上げ、膝に抱いた。


「お前も、助けたいのね」


 リスギツネが再びクルルと鳴く。セシリアがフロントガラス越しに前を見据えた。その視線の先にケテルの巨大な門が見えた。




 時刻はもう日暮れを間近に控え、門番が門を閉じる準備をしている様子が見える。あと三十分ほどで門が閉まる、というタイミングでトラックは門をくぐった。そしてその足で冒険者ギルドに駆け込み、マスターと、そしてイヌカに協力を要請した。どうしてイヌカに協力を要請したかというと、イヌカはギルドの調査部所属だからなのだが、残念ながら調査部はトランジ商会やあの魔法使いについての情報を持っていなかったようだ。協力するとは言ってくれたが、すぐに居場所を特定する、というわけにもいかないようだった。

 ギルド以外にトラックが頼れる情報網というとコメルの持つ商人同士の繋がりくらいしかない。ギルドへのお願いを終えたトラック達は、一縷の望みを懸けてコメルを訪ねようとギルドを出た。すると、


「やあ。久しぶりだね」


 タイミングを計ったように中年の男が声を掛けてきた。剣士が嫌そうな顔を作り、セシリアが冷たい眼で男を見る。その男――衛士隊長イャートはにこやかな笑顔の仮面でトラック達に挨拶した。


「これからどこかにおでかけ、かな? もう門が閉まる時刻だけど」


 気さくを装うイャートに、セシリアは不信の目を向ける。


「どのようなご用件でしょう?」

「前に言わなかったっけ? 衛士隊と冒険者ギルドは定期的に情報を交換する間柄だって。今回もその情報交換会ってことさ」


 イャートはどこか含みのある笑顔を浮かべた。


「君たち冒険者ギルドと同様、衛士隊もトランジ商会を追ってる。だけど奴らは周到でね。今までの事件の延長線上には、影は見えても実体がない。糸は必ず途切れるんだ。でも奴らが我が物顔でこの町を闊歩してるのは業腹でねぇ。だから、全部調べることにした」

「……全部?」


 セシリアが怪訝そうに首を傾げる。イャートの瞳にゾッとするような昏い光がかすめる。


「人、物、金。ケテルのそれらの流れを片っ端から調べて不自然な部分を探すのさ。トランジ商会が潤沢な資金を持っていることは間違いない。それらは表に出てくるまともな金じゃないが、どこかで必ず表の流れと繋がっている。表から裏に金が流れる時には必ず不自然な人と物の動きがあるものでね」


 セシリアと剣士は共に信じられないという顔で絶句した。ケテルは商人の町、しかも都市としての規模も大きく他種族との交易も盛んだ。日々膨大な人、物、金が動く。それらをいちいち全部チェックしていくなんて、ほとんど不可能と言っていい愚挙の類だ。しかしイャートはそれを実行し、そして意見交換会に来たということは、何らかの情報を得た、ということなのだろう。イャートの、いわば狂気と紙一重の執念を感じ、セシリアと剣士は顔色を白くした。


「ケテルから北東に一時間程度の森の中にある商人の別邸がある。元々は休暇用兼密談用でそれほど頻繁に使われる場所じゃなかったんだが、年明けから急に人の出入りが増えたようでね。気になって詳しく調べると面白いことが分かった」


 イャートが言葉を切り、セシリアたちを見渡す。剣士が「もったいつけるじゃないか」とにらんだ。小さく笑い、イャートは話を続ける。


「その別邸の持ち主本人が使用している形跡がない。主不在のその別邸に、日々人と物が集まっている。しかもその人と物の流れは主の商売になんら関わっていないようだ。どう? 興味深いと思わないかな?」


 イャートは反応を窺うように再びセシリアたちを見渡した。剣士が渋面になり、セシリアは表情を消してイャートに問う。


「なぜ、私たちにその話を?」

「無論――」


 イャートはにっこりと微笑むと、


「――君たちを使う(・・)ためだ」


 剣士が厳しい視線をイャートに向け、セシリアは無表情のままイャートを見つめる。笑顔の仮面を脱ぎ捨てたイャートが冷徹な目でセシリアを見つめ返した。


「我々が突き止めたのはそれだけだ。違法性はどこにもない。別邸の主が『自分の屋敷が勝手に使われてる』と訴えてくればともかく、現状で衛士隊にできるのは監視を続けることくらいだ。だが、君たちは違うだろう? 君たちが屋敷に乗り込むのに理由はいらない。入り口を破壊し、邸内を暴れまわって、関係者を全員捕縛して何の問題もない。冒険者(ならず者予備軍)の君たちならね」

「俺たちがあんたの思い通りに動くとは限らないぜ?」

「いいや、君たちは動く。必ずね」


 イャートは剣士の言葉を首を振って否定する。そこにはある種の確信がある。


「ひとつ、情報を追加しようか。今から三時間ほど前に、二人の人間が件の別邸に入る姿を私の部下が目撃している。一人は魔法使い風の中年男、もう一人は、十歳に満たないくらいの子供だったそうだよ。そう言えば……」


 セシリアがハッと目を見開き、剣士が思わず身を乗り出した。イャートはわざとらしく辺りを見回し、


「最近、君たちも小さな女の子を連れているらしいじゃないか。その子は今、どうしているのかな?」


 誘導、というにはあまりにもあからさまな、むしろ挑発と言っていい調子で、イャートはセシリアたちに笑みを向けた。剣士が苦々しく舌打ちし、セシリアはイャートの真意を測るように無表情を貫いている。


「私の話は以上だよ。同じ話を何度もしたくないから、ギルドには君たちから伝えておいてくれないかな? これでも暇ではない身でね」


 再び柔和な仮面を被り、イャートはトラック達に背を向けた。おそらくイャートはギルドに情報を報せに来たのではなく、トラック達に情報を流すために来たのだろう。ギルドに言えばマスター経由でトラック達には伝わる。そう考えていたら本人に直接会ったために、もはやギルドに伝える必要がなくなったのだ。そしてイャートの目的はおそらく、トラック達が別邸に侵入したことを口実として衛士隊も中に突入し、トランジ商会につながる証拠を見つけること。何か出れば儲けもの、でなければトラック達を捕縛して終了だ。どちらに転んでも衛士隊に損のない状況のお膳立てにトラック達は使われている。

 去って行くイャートの背に、トラックがプァンとクラクションを鳴らした。イャートは振り返り、思いのほか激しい怒り、いや憎しみの目でトラックをにらんだ。


「礼を言われる筋合いはないよ。私は君たちを信用も信頼もしない。私たちは見ている世界がまるで違う。私は、トラック、君を許すことはない」


 イャートはもう一度鋭くトラックをにらみつけると、今度は振り返ることなく去って行った。

 ああ、何となくだけど、イャートがわざわざトラック達に『使う』と言った理由が分かったような気がする。そんなことを言わなくたって、むしろ言わないほうが、トラック達を彼の望む方向に誘導するには都合がいいだろうに、それをしなかったのは、取り繕うことさえできないほどにトラックを憎んでいるということなのだろう。トラックのガトリン一家助命の請願に端を発した法の逸脱と事実の隠ぺいはイャートにとって決して許すべからざる愚行なのだ。協力してほしい、頼りにしている、そんな上辺だけの言葉さえ、イャートは言えなかったのだ。

 イャートが見せた強い敵意に剣士はため息を吐いた。この先、衛士隊がトラック達の信頼できる仲間になることはありえない。こちら側としては敵対する意思がないだけに、その敵意はトラック達にとって気が滅入るものだろう。セシリアは気持ちを切り替えるように首を横に振った。


「……衛士隊にどんな思惑があれ、この情報は私たちにとって天啓に等しい。利用するのはお互いさまです」


 剣士がセシリアの言葉にうなずき、トラックはクラクションを返す。剣士は


「マスターに話を通してくる。逃げを打たれたときの保険を掛けておきたい」


 そう言ってギルド内に取って返した。セシリアは隣にいるトラックを見上げ、キャビンにそっと手を触れた。


「彼らに彼らの描く未来があるように、私たちには私たちの見据える未来があります。誰とも分かり合うことはできない。誰とも分かり合う必要はない」


 しかしトラックは無言のまま、イャートが消えた方向を向いてじっと佇んでいた。




 日はすでに暮れ、森を夜の闇が覆っている。空には厚い雲が掛かり、星も月も覆い隠してしまっていた。指の先さえ見えない真の闇に抗うように、森の中にポツンと建つ大きな屋敷が灯りをともしている。玄関に見張りらしき二人の男がおり、横の篝火を絶やさぬように気を付けているようだ。トラックは篝火の照らす範囲から離れた場所で、木々に紛れるように様子を窺っている。

 こつん、と音を立て、トラックのアルミバンに何かがぶつかった。それは配置完了の合図。ギルドメンバーが屋敷を包囲したことの報せだった。夜の静寂にその音は思いのほか大きく響いた。しかし見張りが気付いた様子はない。篝火のはぜる音がかき消したくれたようだ。

 トラックがエンジンをかけ、ぶぉんという音と共に車体が震える。見張りが聞き慣れぬ音に気付いてきょろきょろと辺りを見回した。ヘッドライトが闇を裂き、見張りたちを照らす。見張りたちが眩しさに手をかざした。トラックがアクセルを大きく踏み込み――


――ズガァァァァーーーーン!!


 見張りをなぎ倒し、玄関を吹き飛ばして、トラックは屋敷の中に突入した。

たった今入ってきたニュースです。

代々木公園に男女の集団が現れ、

「ナカヨシ兄弟出て来ねぇじゃねぇかぁーーーっ!!」

と抗議の声を上げているとのことです。

現場には田崎ディレクターがいます。

田崎さん? 田崎・ウィリアム・治郎さん? 

現場の状況を伝えてください――

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[一言] 田崎・ウィリアム・治郎さんはハーフなのかな!?www
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