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たすけて

 トラックは運転席に剣士を、助手席にミラを乗せてケテルを出る。時刻は昼を回ったあたりなのだが、今日は厚く雲が垂れ込めて妙に薄暗い。ミラは久しぶりに見た剣士を不思議そうに眺めている。視線に気付いた剣士が、陽金石を取り出してミラに見せた。ミラはほぅっと感嘆のため息を吐いた。

 空はますます不穏な雰囲気を増し、遠くで雷の音が聞こえる。剣士がフロントガラス越しに空を見上げた。これから天気が崩れるのだろうか? ドワーフ村への道はきちんと整備されているから、多少の雨は問題にならないが、大雨や雪だと結構厳しいかもしれないな。天気がもっている間に着けばいいけど……


――キキィーーー!!


 突然にブレーキを踏み、トラックが急停止する。ギャリギャリと地面を削り、数メートル滑ってトラックは止まった。シートベルトに引っ張られた剣士が「ぐぇっ」とカエルが潰れたような声を上げる。ミラはトラックの念動力で支えられ、特に大事ないようだ。


「どうした、急に――」


 トラックに抗議の声を上げようとした剣士の目に、黒いローブに身を包んだ魔法使い風の男の姿が映った。男はトラックの進路をふさいで平然としている。下手をすれば轢かれかねないというのに大した胆力というべきだろうか。その顔に浮かべる笑みはどこか他者を侮るような嫌なものを含んでいた。


「初めまして、と言うべきかな? 冒険者諸君」


 妙に芝居がかった調子でトラックに言った。ミラの表情が強張り、身を小さくする。剣士がトラックを降りて男をにらんだ。トラックがプァンと硬いクラクションを鳴らす。


「私が何者か、などどうでもいいことだ。私は落とし物を返してもらいに来ただけなのでね」


 男はトラックに向かって右手をかざす。その目が血を思わせる暗赤色に輝いた。男が右手をゆっくりと握り――


――バギンッ


 金属が破断する鈍い音がして、トラックの助手席側のドアが脱落した。剣士は一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに剣を抜いて男に斬りかかった。男は余裕の、見下したような笑みを剣士に向ける。剣士の剣が男の肩口を襲う!


――ガツッ


 砂の壁を叩くような鈍い音がして、剣士の斬撃は何もない空中で不自然に止まった。剣士は即座に後退して男から距離を取る。不測の事態に動揺しないのはさすがの経験値だろう。男は馬鹿にした目で楽しげに笑い声を上げた。中空に現れたスキルウィンドウが男の余裕を解説する。


『アクティブスキル(SR(スーパーレア)) 【魔力障壁】

 一定の物理攻撃を無効化する障壁を展開する』


 ぶ、物理攻撃を無効化、って、それ、マズくない? 剣士とトラックにとって相性最悪ってことじゃない? っていうか、そもそもお前誰じゃい!!


「出ておいで。私の可愛い人形(・・・・・・・)


 男がトラックに、いや正確にはトラックの中に向かって呼びかける。ということは、狙いはミラ? ……ちょっと待て、この男どっかで見た覚えがあるぞ? 確かこいつ、ドワーフ村にいた……そうだ! 年末にジンのいた離れに初めて行った時にすれ違った、あの男だ!!

 男の呼びかけに応え、ミラは助手席から飛び降りた。えっ? 降りちゃうの!? ってか、なんか様子がおかしい? さっきまでの強張った表情は消えている、というか表情そのものが消えていた。男の言う通りの、人形のような無表情。その目に意思の光はなく、虚ろなガラス玉みたいだった。ミラに抱かれていたリスギツネが手を離されて地面に降り、ミラを見上げてクルルと鳴いた。ミラはリスギツネに反応を返すこともなく男に向かって歩き始める。トラックが動揺したようにクラクションを鳴らした。


「おい!」


 剣士がミラに駆け寄り、その手を掴む。ミラは振り返り、何も映していない瞳で剣士を一瞥すると、思いのほか強い力で剣士の手を振り払った。剣士が唖然とした表情を浮かべる。ミラはどこかぎこちない動きで駆けだし、男の目の前に立った。


「いい子だ」


 男は満足そうにうなずく。相手を支配下に置くことを喜びとする歪んだ笑みだ。トラックが再度クラクションを鳴らす。しかしそれはミラに届いてはいないようだった。


「ミラになにしやがった!」


 剣士が男をにらみつける。男は無知を嗤う表情でそれに応えた。


「何をしたとは言い掛かりだな。そもそもこれ(・・)は私の人形だ。私の言うことを聞くのは当たり前だろう」


 それを聞いた剣士の顔から、スッと表情が消えた。


「つまり……」


 押し殺した感情が滲む声で、剣士は静かに告げる。


「ミラをゴーレムにしたのは、お前か」


 トラックがプァンとクラクションを鳴らす。と同時に、思いっきりアクセルを踏み込んだ! ギャリギャリと音を立ててタイヤが地面を削り、トラックが一気に加速する!


――バンッ!!


 しかし車体は男に届かず、透明な壁に阻まれるように止まった。キャビンがへしゃげ、フロントガラスが砕ける。それでも、わずかでも届けとばかりに、トラックはアクセルを踏み続けている。タイヤが空転し、焦げ臭いにおいが広がった。


「無駄だと――」


 男が嘲笑を浮かべて口を開いた。剣士は素早く側面に回り込み、男との距離を詰めるべく地面を蹴る! しかしやはり何かに阻まれ、今度は剣の届く距離に近付くことさえ叶わない。


「――気付いてほしいものだ」


 剣士は奥歯を噛み、目の前の何もない空間を斬りつける。何度斬りつけても結果は変わらず、鈍い音を立てるばかりで壁を壊すどころか傷付けているかどうかも分からない。男はくだらないと言いたげに鼻を鳴らした。


「愚か者に理を説いても詮無きことか。お前たちに付き合うのも」


 ミラの身体がふわりと浮き上がり、滑るようにトラックに近付く。すぐさま男が左手を振った。パシィ、とはじけるような音がして【念動力】の発動を告げようと浮かび上がったスキルウィンドウが打ち消され、ミラがポトリと地面に落ちる。リスギツネがミラに駆け寄ろうとして、やはり【魔力障壁】に阻まれた。クルル、クルルと心配そうなリスギツネの声が響く。ミラの瞳が微かに揺れた。


「……小細工はやめてもらおうか。不愉快だ」


 自分の言葉が遮られたのかよほど不快だったのだろう、男がトラックを激しい憎しみの目でにらんだ。トラックが歯噛みするようなクラクションを鳴らす。


「ふん。無能どもに任せず、最初から私が回収に赴くべきだった。そうすれば実験も進んでいただろうに」


 男が再度手を振ると、ミラがまた男の許に引き寄せられた。男を中心にした半径一メートルほどの円が足元に現れ、青白い光を放つ。これは以前、ルーグが呪銃で使った転移魔法と同じ光だ。


「逃げる気か!」


 剣士が男を挑発する。しかし男は挑発には乗らず、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「元々お前たちなど眼中にない。さようなら諸君。もう会うこともないだろう」


 足元の光がいよいよ強くなり、男とミラの姿を覆っていく。トラックがプァン! と強くミラに呼びかけた。すると、虚ろだったミラの目に光が戻る。ミラはトラックに手を伸ばし、


「トラック、たすけて――」


 その言葉と同時に光が弾け、ミラは男と共に姿を消した。剣士の振るった剣が空を切る。ミラの悲鳴が消えずに耳に響き、トラックが憤りを叩きつけるようなクラクションを鳴らした。




「トラックさん!? いったい何が!」


 悲鳴に近い声を上げ、セシリアがトラックに駆け寄る。助手席側の扉が失われ、フロントガラスは砕け、キャビンはへしゃげて痛々しい姿を晒している。セシリアの癒しの光がトラックを包み、あっさりと車体は元の姿を取り戻した。セシリアはほっと息を吐く。


「いったいどうしたんじゃ」


 ドワーフ村の村長が不安そうに眉を寄せる。ジンが辺りを見回して言った。


「……ミラは? どこに?」


 セテスが顔色を変える。剣士は視線を落とし、ひとこと「すまん」と言った。




 ミラを奪われたトラック達は、重い身体を引きずってドワーフ村へと急いだ。本当はすぐにでもミラを探しに行きたいところだが、転移魔法でどこにいったのかは見当もつかなかったし、陽金石をセシリアたちに渡す必要もあった。冥王銀の呪いを打ち破らなければ、ミラが本当に救われるのかわからないのだ。

 ボロボロのトラックの姿を見てドワーフ村の門番が驚いた様子だったが、ただ事ではないと察してくれたのだろう、何も言わずに門を開けてくれた。道行くドワーフたちの視線を集めながらトラックは村長の家に急ぐ。偶然か、それとも何かを察したのか、トラックが村長の家の門の前に辿り着いたとき、セシリアたちは門から外に出ようとしていた。トラックの姿を一目見て、セシリアは悲鳴を上げて駆け寄った。




「私は、お前を信用してミラ様を預けたのだ!」


 セテスが激高してトラックに詰め寄る。トラックは返す言葉もないというように無言で佇んでいた。リスギツネが怯えたようにクルルと鳴く。セシリアが厳しい表情でセテスを制する。


「トラックさんを責めないでください。【魔力障壁】を使う相手と魔法使いでない者が戦えば、誰であれ同じ結果になっていたはずです」

「よくも冷静なことを言っていられる! ミラ様をゴーレムにした男に再び連れ去られたのだぞ! 今度はいったい何をされるか――!!」


 セテスは取り乱した様子でセシリアを振り返る。セシリアはしかし冷淡にセテスを見据えた。


「そうやって狼狽(うろた)えることが、彼女を救うことにつながりますか?」


 セテスは言葉に詰まり、憎らしげにセシリアをにらんだ。セシリアはセテスのその目をひるむことなく受け止めている。


「これを、見てくれ」


 剣士が懐から陽金石を取り出し、皆の前に差し出した。村長が驚きの声を上げる。


「まさか、陽金石か!?」

「これが!?」


 村長は剣士の手からそっと陽金石を受け取った。ジンが思わず身を乗り出してその姿を覗き込む。陽金石は脈動するように淡い光を明滅させていた。トラックがプァンとクラクションを鳴らす。ジンは力なく首を横に振ると、「でも」と言って顔をトラックに向ける。その顔は強い決意に彩られていた。


「あなたは約束通り陽金石を持ってきてくれた。ならば僕たちも必ず応えます。必ず、霊王銀の精製方法を見つけてみせます!」


 村長もまた力強くうなずく。


「今、村に伝わる古文書を片っ端から当たっておるが、ある程度の目星はついた。ドワーフの誇りに懸けて必ず成し遂げると誓おう。だからあなた方はミラを取り戻すほうをお願いしたい」


 村長の言葉に剣士はうなずき、トラックはクラクションを返す。セテスが勢い込んで叫んだ。


「よし、私も同行しよう! 私の魔法ならば【魔力障壁】とやらも問題になるまい!」

「いや、セテス殿にはここに残ってもらいたい」


 セテスの勢いを削ぐように村長はそう言った。セテスは不服そうな視線を村長に向ける。


「なぜだ!」

「ミラが戻るのを待って『核』の作成に着手しては間に合わん。『核』の完成にはあなたの魔法の力が不可欠なのじゃ。皆が戻ってくる前に、我らは『核』を完成させる。これは必要な役割分担じゃ」


 ぐっ、と呻き声をあげ、セテスが葛藤をその顔に表した。ミラを助けに行きたい、しかも【魔力障壁】に対抗するなら自分の力は役に立つ、という自負もあるのだろう。しかし今回はミラを取り戻すだけでは足りないのだ。ミラの『核』を入れ替え、心を解放して初めて成功。そのためにセテスが果たさなければならない役割は、ミラの救出に赴くことではない。セテスはトラック達に向き直ると、呻くように言葉を搾りだした。


「……よろしく、頼む」

「請け負った」


 剣士がセテスの想いを受け取り、トラックがプァンとクラクションを鳴らす。セシリアは迷いを宿した目でジンを見た。ジンは微笑みを返す。


「行ってください。必ずミラを連れ帰って」


 ほっとした表情で「ありがとう」と告げ、セシリアは表情を引き締めて皆を見渡した。


「行きましょう。まずは彼女の居場所を突き止めなければ」


 セシリアの言葉に皆がうなずく。そしてトラックはセシリアと剣士を乗せて、ケテルへと取って返した。

さあさあ皆さんお待ちかね、世代を超えたみんなのヒーロー、ナカヨシ兄弟の再登場まで、あと少しだよ!

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[一言] うおおおおおおおお、ナカヨシ兄弟いいいいいい!!!!!(大歓喜)
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