冥王銀
精霊銀の『核』の可能性に賭けることを決めたトラック達は、早速ドワーフ村へと向かった。助手席にミラがリスギツネを抱えて乗り、運転席にはジン、そして荷台にはセシリアとセテスが乗り込む。徐々に高くなりつつある日差しを身に受けて、トラックは村へと続く山道を走る。二月半ばの空気はまだ冷たい。空には遠く雪雲が見えた。
門番に「酒」と挨拶を交わし、トラック達は転がるように村長の家に飛び込んだ。唖然とした顔の使用人を横目に村長の姿を捜す。騒がしさに気付いたか、村長は早々に姿を現すと、
「ジン! どうしたのじゃ、一体?」
と戸惑ったように声を上げた。特に村長を戸惑わせているのはセテスの存在だろう。ハイエルフがドワーフの村を訪れるなど前代未聞だ。ドワーフとエルフは敵対しているわけではないが、決して仲が良いわけでもない。ジンは真剣な目で村長を見つめると、深く頭を下げて言った。
「力を貸してください、おじい様。ゴーレム技師としてのおじい様の力が必要なのです」
ゴーレム技師、という言葉に、村長は表情を改める。ミラを、生き人形を救う方法について、ジンたちが何かを見出したことに気付いたのだろう。
「……詳しく、聞かせてくれ」
村長がトラック達を居間へと招く。ジンは座る時間も惜しいと、村長に説明を始めた。
「……難しい、じゃろうな」
ジンの説明を聞き、村長は難しい顔で腕を組んだ。セテスが思わず身を乗り出して村長に詰め寄る。
「なぜだ? 分かるように説明していただきたい」
村長はセテスの勢いに気圧されることなく重々しくうなずいた。
「問題は大きく三つある。一つは人形師がいないこと。百年前、確かに我々はハイエルフの協力を得られなかったが、人形師の業を持つ魔法使いがいた。彼は生粋の人形師ではなかったが、並みの人形師と同程度にはゴーレム制作の技術と知識を持っておったよ。ハイエルフの精霊力の制御技術を疑ってはおらんが、精霊力をどう『核』に定着させるかは別の話じゃ。単に精霊力をつぎ込めばいいというものではない。お前様にそれができるかの?」
セテスが言葉に詰まり、身を退かせた。できる、と言いたいところなのだろうが、それを断言できるだけの材料が自分の中にないのだろう。無責任にできると言ったとき、その代償を支払うのはセテスではなくミラなのだ。
「二つ目の問題は、これはハイエルフのほうが詳しいと思うが、風や水の精霊力を集中させすぎると、暴れるのではないかね?」
「暴れる?」
ジンがピンとこない様子で首を傾げる。村長は説明は任せたとばかりにセテスを見つめた。セテスはやや渋い顔で口を開いた。
「……確かに、風の精霊力を集めれば竜巻となり、水の精霊力を集めればやがて奔流となる。だが……」
セテスが悔しげにうつむく。だが、の続きを言うことができないのだ。村長は冷静に言葉を続ける。
「単一の精霊力が集まれば集まるほど制御は難しくなる。ゴーレムの『核』に土の精霊力を使うのは、他の精霊力と比べて安定しているからじゃ。理由なく選択されているわけではない」
「ならば、単一の精霊力ではなく精霊力を組み合わせればよい!」
精霊力は互いに干渉し、その力を強めたり弱めたりする。風は土に阻まれ火を大きくする。水は火を消し土に抱かれて安定を得る、といった具合だ。精霊力のバランスをうまく取ることができれば、『核』を安定させることができるのではないか。そもそも生物はそういうことが自然にできているのだ。バランスさえ取れていれば、土の精霊力が混在することも問題にはならないはず。しかしセテスのその主張を、村長は首を振って否定した。
「四元の力を全て注ぎ込み、かつ『核』として機能させるとなれば、いかな精霊銀といえど容量が足らぬ。その子の身体は小さい。その小さい身体に格納できる『核』の大きさには限界がある。もし……」
そこまで言って村長は言いよどみ、そして小さく息を吐いた。何か言いづらいことでもあるのだろうか? 村長は気持ちを切り替えるように頭を振り、再び口を開いた。
「……いずれにせよ、現実的な方法とは思えん」
セテスは村長の言葉に沈黙する。だがその顔は、反論できずに、というよりも、何かを考えている、あるいは思い出そうとしているようだった。黙り込んだセテスの代わりに、セシリアが口を開く。
「三つ目の問題点は?」
「どうやって『核』を入れ替える?』
村長はセシリアに目を向け、短くそう言った。ジンが「えっ?」と小さくつぶやく。
「『核』はゴーレムの心臓じゃ。『核』を入れ替えるということは、お前様の胸を切り開いて心臓を取り出し、別の心臓を入れ込む、ということと同じじゃ。そんなことが可能なのか? ゴーレムが額の真理の文字を消すことで自壊するのは『核』からの魔力の供給が止まるからじゃ。『核』そのものを取り出しても同じことが起こる」
百年前、魔法使いたちが精霊銀の使用に早々に見切りをつけたのは、精霊力の制御に問題があったからだけではなかったのだと村長は言った。『核』を入れ替える方法に目途が立たなかった、そのことも精霊銀の『核』を諦めた要因だったのだ。
村長はじっとセシリアを見つめる。セシリアは落ち着いた様子でその視線を受け止め、
「……その点については、問題ないと考えています」
と答えた。村長が驚きに身を乗り出す。
「方法を、知っているのか!?」
セシリアは首を横に振った。村長が落胆したように肩を落とす。しかしセシリアの様子はどこか自信ありげだ。
「知っているわけではありませんが、方法は思いつきます。額の真理の文字を消し、『核』からの魔力の供給を止めた上で古い『核』を取り出し、新たな『核』を埋め込む」
「真理の文字を消してからゴーレムが自壊するまでの時間は十秒もない! そんな短時間で『核』を交換することは不可能じゃ!」
「わかっています。ですから、額の文字を消してから『核』の交換を終えるまで、私が『核』の代わりをすればいい」
村長の顔が信じられぬような、信じたいような、複雑な色に変わる。百年前にできなかったことが本当にできるのなら――そんな淡い期待と、期待を砕かれる未来への逡巡に揺れている。セシリアは村長に向かって人差し指を立てた。
「十分。文字を消してから十分間、彼女の身体を維持することをお約束します。その時間で『核』の交換を完了してください。熟練のゴーレム技師であったあなたなら可能なはず。いかがですか?」
十分、という時間に村長は小さく呻いた。目まぐるしく頭を回転させているのだろう、目を閉じ、口を引き結ぶ。ジンが心配そうに「おじい様……」とつぶやいた。やがて村長は目を開き、想いを吐き出すように息を吐いた。
「できる、とは言えぬ。だが、できぬと切り捨てるには、可能性が大きすぎる」
「やりましょう。何もせねば破滅が待つことだけが、私たちにわかっている唯一のことなのですから」
セシリアの瞳には揺るがぬ決意がある。すでに想いは定めたのだ。ジンもまた、強い決意で村長を見る。村長はふたりを交互に見つめ、そしてゆっくりとうなずいた。
「わかった」
セシリアが表情を和らげ、ジンが嬉しそうに「やった」と声を上げた。だが村長の顔はまだ厳しい。緩む空気を引き締めるように、村長は重く言葉を投げかけた。
「新たな『核』が造れれば、の話じゃ。精霊銀の『核』の安定性の問題は解決しておらん」
喜んでいたジンがしゅん、と消沈する。セシリアは表情を改め、何か考えている様子のセテスに視線を向けた。セテスは思案げにうつむいたまま、つぶやくように言った。
「――冥王銀」
「いかんっ!」
セテスの言葉に反応したのか、村長は思いのほか大きな声を上げた。その剣幕にジンが目を丸くする。セシリアは、何を考えているのかほとんど無反応だった。セテスは予想していたように冷静に村長を見返している。
「先ほど言い淀んだのは、やはりその可能性に思い至っていたからなのだな?」
村長は厳しくセテスをにらみつける。それは許されぬとその目が主張していた。
「冥王銀は『裏切る』金属じゃ。その者の最も大事な、致命的な場面で使用者を裏切る。そんなもので『核』を造れば、それこそどんな災厄を招くか分からん!」
冥王銀とは、精霊銀の中でも最高級の純度を持つ極めて希少なものを指す。伝説に曰く、かつて最高純度の精霊銀の美しさと有用性を目の当たりにした地獄の六王の一柱、冥王は、それらを独占すべく『冥王銀』と名付け、一つの呪いをかけた。
『我が名を持つ銀を使う者、必ずや我が眷属となるべし』
それ以降、冥王銀を用いて作ったあらゆる武具は、必ず使用者を裏切るようになったのだという。冥王銀の剣は決して負けられぬ戦の最中に急になまくらとなり、冥王銀の鎧は万の豪傑の剣を弾きながら新兵の震える槍に紙の如く貫かれた。冥王銀はその使用者を英雄に押し上げ、その英雄譚の最期を彩る呪われた金属なのだ。
……あれ? 地獄の六王に冥王なんていたっけ? 六王って、奢侈王と……卵焼き? あとなんだっけ? ああもう、卵焼きのインパクトが強すぎて他が思い出せん。
「だが、冥王銀ならミラ様を救う『核』を造れる。そうではないか?」
セテスの冷静さは村長を少し落ち着かせたようだ。村長は気持ちを整えるように深呼吸をして、やや抑えた様子でセテスに答えた。
「確かに、性能という意味であれば冥王銀は最適じゃ。人形師がいないというハンデを克服できるほどのポテンシャルが冥王銀にはある。しかし、呪いをも取り込むというなら暴走のリスクを負うのと状況は変わらん。呪いが発動して『核』が機能不全を起こせば、魔力の暴走で町を吹き飛ばしてもおかしくはないのだ」
「ならば呪いは私が引き受けよう」
村長がハッと息を飲み、言葉に詰まった。セテスの声には静かな覚悟がある。村長は唾を飲み、確認するように言った。
「冥王の呪いは死の呪いじゃ。それを引き受けることの意味を、分かっておるのか?」
「無論だ」
セテスがはっきりとうなずきを返す。セシリアがわずかに目を伏せた。ジンは「それって……」とつぶやいてセテスを見つめる。今まで黙っていたトラックがプァンとクラクションを鳴らした。セテスはトラックを振り返ると、わずかに笑みを浮かべる。
「闇雲に死を受け入れるつもりはない。今、ここにいる者の中で、呪いに抗することのできる力を持つのは私だけだと言っているのだ。冥王の呪いと言えど魔法の一種であることに変わりはない。ならば打ち破ることができぬ道理もない」
セテスの言葉が額面通りに受け取れないことは、村長やセシリアの様子を見ればすぐに分かる。確かに冥王の呪いも魔法の一種で、理屈では打ち破れないわけではないのだろう。しかしそれは、蟻が象に勝てる確率はゼロではない、と言っているのと同じようなものだ。確率がゼロではないからと言って、それが為せるかというと、おそらくはほぼ不可能なのだ。だからセテスのこの言葉は、強がりであり、ミラを決して死なせないという決意の表明なのだろう。
「……ワシらドワーフは何千年も前からエルフという種族を知っておる。だが、ワシらは何も知らなかったのじゃな。ワシらはエルフを、もっと冷淡な者たちだと思っておった」
「それは我らとて同じこと。我らはドワーフを頭の固い酒樽としか思っていなかった」
ふたりが視線を交わし、ふっと表情を緩める。村長はすぐに表情を引き締め、誠実な瞳でセテスに言った。
「冥王銀の『核』、造ってみせよう。ゴーレム技師、いや、ドワーフの誇りに懸けて」
方針が定まり、皆の覚悟と決意が揃った。冥王銀を基材として、四元の力を組み合わせて『核』を造る。土の精霊力の比率を抑えれば心を閉じ込めることのない『核』が出来上がるだろう。そうすれば、ミラは暴走することなく生きていける。困難はきっとたくさんあるだろう。もしかしたらもっといい方法があるのかもしれない。だが、彼らは今、この方法に賭けたのだ。
「あ、あの、でも、冥王銀は、どこに?」
ジンがおずおずと、言いづらそうに声を上げた。あ、うん、そうだよね。なんか盛り上がっちゃったけど、冥王銀って最高級の精霊銀なんだよね。そんなものその辺にホイホイ転がってるわけないよね。そんな都合よく手に入るもん?
「冥王銀は、ある。この村の鉱山にな」
ジンの疑問に村長は即答した。あ、あるんだ。意外に身近に。案外、アレかな? どこにでもあるのかな? 呪いが掛かってるからスルーされてるだけで、実はちょっと地面を掘ればどこにでもあります、みたいな?
「この村の鉱山は、かつて魔王が神に封じられた場所。そして三十年前、魔王の復活を許した場所でもある。魔王はすでにないが、その魔力の残滓は未だこの地を覆っている。魔王のすさまじいまでの魔力は、銀の鉱脈をひとつ、冥王銀へと変質させたのじゃ」
お、おお。魔王が。なるほど、という気もするし、そうなの? という気もするけど、そうだと言われれば納得するしかないよね。村長は皆を見渡し、厳かに告げた。
「案内しよう。だが、覚悟してほしい。魔王の魔力が濃く残る坑道の最奥では、何が起こるかわからん」
皆が気を引き締め、真剣な顔でうなずく。トラックがプァンとクラクションを鳴らした。
問題!(ジャカジャン!)
地獄の六王は奢侈王、卵焼きの他に誰がいたでしょうか?
三十秒以内にお答えください。それでは、シンキングタイム!




