Alva-1.1-"起点"
いやはや、驚いたことに私の目には空が映っている。"代行魔術装置"の力で男の固有覚を奪って終了、私は地に這いつくばる男の手に手錠を掛けようと歩み寄った。
しゃがもうとした瞬間、これだ。目に映る景色は瞬く間に回転し、気がつけば私は背中から地面に叩きつけられていた。痛みに耐えきれず身体は硬直し、僅かな嗚咽のような物が私の口から漏れ出す。
「な、なにが……?」
あぁ、私は勿論痛覚がある為、こういう時再起に時間がかかる。
かなりの痛みを背中に感じ、眩む目の焦点を無理矢理合わせると、先程の男が私を見下ろしていた。
「おや、これは随分とオカシイことに」
そこまで発し、私は腋からの蹴撃を防ぐことなくモロに喰らう。人っていうのは、蹴られるとボール同様身体が浮くんだな、なんて思う暇もなく何かしらの建物に叩きつけられる。
「か、勘弁して欲しいね。せめて人の言葉は最後まで聞くべきだ」
彼と対峙した折、耐衝撃用の"代行魔術装置"は既に起動しているお陰で怪我は大したことなかった。といっても、顔や手はあっという間に傷だらけ、これは多分服の中でも擦り傷ができているんじゃなかろうか、身体の各所がヒリヒリする。
「お前の喋りは長くて口説い」
まるで生まれたての子鹿のように震えながら立ち上がる私に、男は大層な苛つきを顕にしながらゆっくり歩み寄る。完全に警戒されてしまった男に油断はない、また固有覚を奪う"代行魔術装置"を使用したくてもその隙きがない、いやそもそも何故この男は歩ける?
「それは失礼した、では簡潔に率直に聞くけれど、よく歩けるね?」
しかし男は私の質問に反応せず、あっという間に距離を詰める。私の方から距離を取りたいのだが、脚が物理的に言うことを聞かなくなってしまったんだ、無理言うな。
男の歩みは確かなもので、今こうして私を見下している男の立ち姿も確かなもので、些細なブレすらなく、これは固有覚が戻っていると判断するしかない。
「義足か。大変だな、人間というのは」
あっけなく捕まってしまった私は、喉を掴まれ軽々しく持ち上げられる。その際、吹き飛ばされた時に破れたズボンから、およそ人体にふさわしくない鈍色の脚を見られた。見られたからと言ってこの最悪な状況が変わる訳ではないが、私のこの義足様が今の一撃でイカれてしまったのは確かだ。力が全く入らない。
しかも耐衝撃用の"代行魔術装置"は打撃・銃撃・刺激・魔撃等々を緩和させるスグレモノだが圧迫に足しては効果がない。つまり私は直にこの気道圧迫で目出度くあの世へ旅立つ。
「それは……嫌だな……!」
苦し紛れに固有覚を奪った"代行魔術装置"を再度取り出す。
「2度も同じ手に惑わされるものか」
当たり前のように男の手により"代行魔術装置"は弾かれてしまった。
「あぁ、だから初見さ!」
弾かれた固有覚を奪う"代行魔術装置"は囮、本命は更に別のこの"代行魔術装置"!
これは今まで使用した"代行魔術装置"とは形状が異なりT字をしている。まぁ言ってしまえば昔々から存在する、近距離で最も活躍する武器、長剣の柄を象っている。何故ならこれは、正真正銘長剣だからだ!
「くそ!」
男はここ一番の反射神経で私から手を離し距離を取った。いくら頑丈が取り柄な男でも、剣には敵わないだろう。無事起動を果たし振るわれた、黄金の柄から刃を放出した長剣は空を斬ってしまった。
だが私はあの男の手の拘束から見事に逃れ、こうして地面に舞い戻ってみせた。相変わらず義足は機能不全でうんともすんとも言わないから、こうして片方の生脚で何とか立っている状態だけれども。
その昔、この世界には聖剣と呼ばれる非科学的どころか自然の理を捻じ曲げまくるアイテムが存在したらしい。この長剣型"代行魔術装置"は、その数多の聖剣の内一振りの名を冠している。
-"全知全能の黄金剣"
表にはこの聖剣の活躍というのは一切伝えられていない。しかしその存在は確かに確認されていて、詰まる所この世に存在する全ての聖剣の総元締めといった物だ。
この"全知全能の黄金剣"こそが私のお気に入りの"代行魔術装置"、「困った時の神頼み」ならぬ「困った時のアルヴァ頼み」だ。
因みにこの"全知全能の黄金剣"、量産型。
「私にこれを抜かせてしまったからには、君は太刀打ちもできないぞ?」
勿論嘘。未だ私の義足は機能不全、いやさっきからちょっと反応は返してくれているが、どうにもこう、やる気がない。一方私のこの"全知全能の黄金剣"は刃から黄金の光を放出している。この光にも実は秘密があるのだが、今はこのクソ暗い路地を明るく照らしてくれる照明程度に思ってもらって構わない。
「脚が動かないのにか?」
普通に感づかれている、そりゃあそうか。男は何かの予備動作のように身体をひねる。ちょうど物を投げる時のような構えだ。そりゃ何を投げるって、そんなの1つしかないな。
放たれたのは、先程不意打ちをしてきてくれた槍状の何か……もとい、男が練った魔術製の槍。しかし今度は投擲の瞬間をはっきりとこの目で捉えている。タイミングを合わせ、あとは半自動で標的をロックオンして振るわれる黄金剣により槍は斬り落とされ、地面に突き刺さり消滅した。
「その程度の鈍足であれば、私には届かないぞ?」
徐々に義足が私の命令に応じるようになってくる。まだ完全ではないが、不自然なりに義足に力を入れ両脚で立つことも可能になってきた。私と男の距離は大股5歩、やたら遠いがその気になれば飛び掛かれない距離でもない。
次の投擲ポーズに入る。あくまであの槍で私を貫きたい御様子だ。私が思うに、あの槍は投げる時の力に比例して射出速度及び飛翔速度が変動する、となれば今の煽りで次は目に見えるか見えないかの際どい速度で飛んできても不思議ではない。その分あの男は2投目に増してこの3投目は大振りになる。
私は覚悟を決め、結局機能不全のままの駄義足を切り離し、男に真正面から飛びかかる。
「トチ狂ったか人間!」
男の、咆哮にも似た叫び声と共に生成された次の槍が投げ飛ばされる。
私はそれを身体で受ける。実はこの耐衝撃用の"代行魔術装置"、魔撃にはめっぽう強く、この程度の即興にも近い雑に練られた魔術程度なら完全に掻き消す。私に接触する寸前の槍は、魔術という体裁を保てず、私の渾身の飛び掛かりを妨害することなく消滅した。
「何ぃ!?」
片脚しかない状態で渾身の力を込めて跳び、同じ脚で着地できる程私の脚は変態ではない。そのまま私は倒れ込むように男の脚の根元へ斬撃をお見舞いした。
まるで、安定した机に置かれた紙を新品のカッターナイフで切り裂く様に容易く男の脚は切断され、私と一緒に倒れ込む。が、このまま寝る訳にもいかず、私は剣を杖代わりに素早く立ち上がり、全体重を込めて刀身で男の頭を引っ叩いた。
バイン!という間抜けな音が路地裏に響き渡ると、男はこの衝撃に耐えられず気絶した。
やれやれ、今度こそ応援を呼んでこの男を回収してもらおう。
「取り敢えず、公務執行妨害の現行犯で逮捕だ。まぁ聞こえてはいないだろうけどね」
その両手に今度こそ手錠をかけさせていただき、切り離した駄義足様と今日イチで仕事をしてくれた固有覚を奪う"代行魔術装置"をお迎えしに行くことにした。