増殖してるよ元増さん
と言う訳でハチャメチャラブコメシリーズ二作品目です。
俺の名前は大久野九朗。
高校二年生だ。
背丈は普通、体格も普通、顔も……まぁ普通。
そんな俺には、付き合って一ヵ月になる彼女がいる。
彼女の名前は名前は元増恵流。
少し脱色されて茶色掛かった髪を後ろで束ねており、性格は底抜けに明るい。
今回はそんな俺の彼女の事を話したいと思う。
俺の彼女恵流は少し変わっている。
とはいっても、外見がーとか、性格がーとかっていうところじゃない。
どこが変わっているかというと……
「いやー今日も色々ありましたね先輩!!」
俺と彼女は学校の帰り道を歩いていた。
互いに特に部活に入っている訳では無いし、家の方向も同じなので付き合ってからはずっとこうやって一緒に帰っているのだが、
「恵流」
「「ん~? なんですか先輩?」」
当人が未だに気付いてないようなので、俺は溜息を吐いた後、指摘してやる。
「……また増えてるぞ」
「「おぉ! すいません先輩!」」
笑いながらそう謝って、二人の彼女はうにょんと、まるでスライムが融合したかの様にして一人に戻った。
「えへへ……」
どこか恥ずかしそうにはにかむ恵流。
可愛…………いや、うん。何が言いたいのかはわかるぞ。
慣れてしまったからもう何も驚かないが、俺も初めて見た時は驚いたからな。
そう、信じられないかもしれないが、俺の彼女は『増殖』するのだ。分裂と言っても良いかもしれない。
まぁ言い方なんてどうでも良っか。
兎に角、俺の彼女――元増恵流はスライムの様に分裂・増殖すると考えてくれれば良い。
「でですねー」
彼女はお喋りだ。
というか、マシンガン並みに喋る。
「「今日授業中にですねー」」
基本的に一緒にいる時は彼女が話し手であり、俺が聞き手だ。
別に嫌じゃない。俺自身余り自分から話すのは苦手ではあるけど、お喋りは俺も好きだ。
「「「「野田君がゲームやってるのが先生にバレてですねー」」」」
だからこうやって彼女の話を聞くのは大好きなんだが……
「「「「「「「「廊下に立たされてたんですよー。馬鹿ですよね!!」」」」」」」」
だんだんサラウンドになっていく。
分裂・増殖は当人の意思では無いらしいのだが、今回は話が進むごとに何時の間にやら増殖している。
最初は二人、次に四人、そして八人と倍にだ。
というか、通りがかった人が何事かと恵流を見て驚いては、暫くしてから首を傾げ、さも夢か幻でも見ていたかのような表情で歩いていく。
……スルースキルが高いようで。
「恵流、また増えてるぞ」
「「「「「「「「おっと……有難う御座います!」」」」」」」」」
取り敢えず、もう一度忠告すると、恵流は即座に一人に戻る。
意識して分裂する事も出来るらしいのだが、基本的には勝手に増殖するらしい。
……いや、原理とか知らん。
当人が解らないことが俺に分かる訳がない。
「いやー油断すると増えちゃうんですよねぇ。まぁ慣れたから良いんですけど」
……いや、慣れたらダメだろ。俺が言うのもなんだけどさ。
そんな恵流であるが、学校では人気者で友人も多い……らしい。
同じクラスでも学年でもないのでそこら辺は良く知らないのだ。
部活は特になにもしていないがスポーツが得意で、若干頭の方は……あー……ま、察してくれ。
性格は明るいし、コミュニケーション能力が高くて誰とでも仲良くなれる。
彼氏としての贔屓目かもしれないけどな。
そんな彼女の人徳もあってか、彼女の体質について悪く言う奴はいない。
寧ろ、一つの名物見たくなっている。
例えばである。
体育の授業でウチの学校は男女別なのだが、一年生は男子はサッカー、女子はソフトボールなのだが、彼女はキャッチャーをする……というか、それ以外をやらせてもらえないらしい。
理由は想像しやすいだろうが、外野でも何でも増殖してしまえば隙がなくなってしまうから……の様だ。
まぁ多くの体育の授業でもそうなんだが。
さて、そんなある日の昼休み。
昼飯は俺と友人である香坂命とその彼女である新木冴奈、そして学年が違う恵流の四人で食べることが多いのだが、昼飯も食い終わって友人達とさて何を話そうかというときの事だ。
「ねーねー聞いていいかなメグちゃん。メグちゃんってさ、最大で何人まで増やせるの?」
新木のその発言から事件は始まった。
「えーっと……どれくらいでしょう?」
「試した事ないしな。十人二十人なら今まで経験あるけど……」
恵流と俺はうんと唸る。
別に挑戦する理由もないので、どれくらい増えるのかは俺も、恵流も知らないのだ。
「ものは試しでやってみれば? 急に増殖するよりは事前にどれ位増えるか知っておいた方が良くない?」
俺達が唸っていると、いつも通りボーっとした表情を浮かべた命がそう言ってきた。
……というか、改めて考えてみると普通じゃあり得ない会話してるよなぁ。「どれ位増やせるのか」って。
「……どうします?」
恵流が俺を見てくる。
「いや、俺に聞かれても。……お前の話だからな?」
「うーん。……そうですねぇ。…………面白そうですし、やってみましょうか!」
恵流は席を立ち、では、と前置きをしてから、集中する為に眼を閉じる。
「――いきます。むむむむ……むっ!!」
力んだ次の瞬間、ポンと恵流の隣に一人恵流が出現した。
「むぅ!!」
ポンと音を立ててまた一人。
ポン
ポンポン
ポンポンポン
ポンポンポンポンポン
ポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポン!!
教室の中で増殖を続ける恵流。
「ちょ!!――もご」
「これ不味くな――」
途中で増える恵流の大軍に埋もれ、冴奈や命の声も聞こえなくなる。
増殖する恵流は教室を埋め尽くさんばかりに増え、今も尚その数を増やしていっていた。
それは教室という箱を越え、廊下や他教室にまで溢れ返っていく。
学校中からも異変に気付いた生徒達の悲鳴や叫び声が聞こえてくるが、それどころじゃない。
女子高生におしくらまんじゅうされている状態ではあるのだが、ここまで増えると最早パンデミックである。
「これ元増か!?」
「なんで急に増えてるのよー!?」
「埋もれるぞ! 校舎外に逃げろ!!」
「――こらー!! 元増ーっ!!」
生徒達の困惑の声に混じって先生の叱る声が聞こえるが、
「「「「「「「「ごめんなさーいっ!!」」」」」」」
―――うるさっ!!
アホみたいな人数が一斉に謝るもんだから、鼓膜が破れそうな程の大音声である。
そんな中、教室に備え尽きのスピーカーからピーンポーンパーンポーンと気の抜けた音が聞こえ、
『――生徒会長の桐原だ。聞こえているか?』
おぉ! 我等が生徒会長にして我が姉の友人、皆の頼れる桐原刀華先輩じゃないか!
桐原先輩は若干早口になりながらも冷静に続ける。
『現在、学校内で生徒の大量増殖が確認された。生徒及び教師の諸君は慌てず、その場で待機を――』
ガシャン!!
『な、まさかもうバリケードを破って来たの――もがががが』
途中扉を壊すガシャンという音がした後、慌てた桐原先輩の声が聞こえ、ピンポンパンポーンと音が鳴ったのを最後に音が聞こえなくなった。
………くそっ! 生徒会長まで大量増殖にやられたか! 誰がこれを止めるんだ!!
……いや、俺がどうにかしないと!
むに、むにと恵流の柔らかい、温かい身体が当たって窮屈で苦しいけど気持ち良……いや、ゴホン。うん、とりあえずこの状況をどうにかするのは彼氏である俺の役目だ。
それに他の男子生徒が俺と同じ状況だと思うと腹立つからな。
……と、言う訳で、
「め……恵流、元に……戻れ」
近くにいる恵流に言う。
取り敢えず近くにいるので、呟くだけでも聞こえるのが幸いだ。
「「「「「「「「わ、わかりましたー」」」」」」」」
そう答えると、徐々に本体――俺の隣で動けなくなっている――から遠い分身体から徐々に消えて行っていっているらしく、再び生徒会長の声が聞こえ、学校中が騒がしくなる。
まぁ相変わらずウチのクラスは恵流で覆い尽くされているのだが……。
とはいえ後数分もすれば解放されるだろう。
「助かった……ん?」
安心した俺は、ふと目についた恵流の分身体の一人に両手を伸ばす。
「ちょ、どうしたんですか先輩? こんなところで抱き寄せるなんて」
満更でもなさそうな恵流を、今は無視する。
それよりも、俺の視線は分身体の一人に釘付けだった。
「これって……」
俺の両手は分身体の両脇を掴み、引き寄せた。
「せんぱいせんぱーい!」
俺が脇腹を引き寄せて掴んだのは、まるでアニメの様な二頭身状態になってまるでゆるキャラの様に手足をバタつかせて喜ぶ恵流だった。
「……えぇ~」
宜しければブックマークして頂ければ嬉しいです。