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ある博士のある薬。

作者: ゲジ

 ある国の、某博士はとある薬を開発した。

 それは、現代社会における過度な残業をなくすというものだった。


「そんなこと可能なのでしょうか?」

 博士の開いた会見に詰め寄った記者が、最もな質問を投げかけた。


「えー、可能ですとも」

 博士は自信満々に答える。


 続けて同じ記者はどの様な薬なのですか?

 と質問した。


「気になることでしょう。」

 博士は勿体ぶりながら、ポケットから1つの錠剤を取ってみせる。


「そ、それが博士の開発した薬ですか?」

 会場中の視線が博士の手の中へと向けられる。


「そうです。これが私の開発した薬です。

 ……その効果とは、休憩することもなく、眠る必要もなく、疲れを知らない体を手に入れることができるのです。」


 博士は満面の笑みでそう言った。


「ほ、ほんとうですか?」会場中が口々に揃えて言う。


「本当ですとも。マウス実験を終え、猿による実験も終えました。そのどちらも眠ることなく活動を続けています。」

 博士はニコニコした表情を崩さない。


 しかし、博士のその発言を聞いて、ある者は疑問を抱いた。


「博士、よろしいでしょうか?」

「NNNテレビの者です。」

「質問ですね。ハイ、どうぞ」

 博士は突然の質問にも快く応じた。


「その話が確かなものだとしても、肝心の人間が服用した場合のリスクが分からないではありませんか!」

 男の口調はやや強めで、博士を論破してやったりとした顔を見せた。


 男の意見に周りの者も確かにそうだと頷いた。


「その質問を待っていました。」

 博士は、男の様な質問が来るのを今か、今かと、待ちわびていたのだ。


「どういうことです?」

 男は聞き返す。


 博士はゴホンと咳払いして

「私はこの薬を服用し、もう1週間は寝ていません」

 そう答えたのだ。


「服用してからというもの、疲れを知らず研究が進むばかりですよ」と付け加えて。


 そう、博士自身が被験者だった。


「ふ、ふ…副作用は?」

 男は恐る恐る聞き返す。


「ありません」

 博士の答えは、皆の期待するものだったが、「ありえない」と口にする者も居た。


 先程から質問を繰り返す男もその内の1人だった。


「そんなに信じないのであれば。どれ、 さっきから熱心に質問してくれる彼…… 彼にコレをあげよう。」


 博士はそう言うと壇上を降りて、質問を繰り返す男の前に行き「飲んでみなさい」とアノ錠剤を手渡した。


 会場中のカメラが男を収める。

 この会見は全世界一斉生放送だ。


 男は重々そのことを承知している。

 それに男は根っからの負けず嫌いだった。

 ここで薬を飲まなければ、全世界が私の ことを腰抜けと呼ぶだろうと頭をよぎった。


 男は意を決して薬を飲んだ。


 ゴクン。


 水もなしに飲んだそれは喉にへばりつく感触を与えながらも男の食道を通り胃へ達する。


「の、飲みましたよ」


 男は勝ち誇った様に博士を見て、手近なカメラに口をアーッと開けて薬が口内に無いことを確認させた。


「至って変化はありませんね。」

 男は薬が到達したであろう、胃の辺りをさすって余裕の表情をみせた。


「コレからですよ。薬というのは胃で消化され、腸がその成分を吸収し、血液へと流れて初めて作用するのですから。」

「幸い、今日は沢山のカメラがある。

 よろしければ皆さん、今日は徹夜して彼を観察致しませんか?」


「彼は今と変わらぬまま明日の朝を迎えるでしょう。」


 博士の提案によりその日、一日中彼をカメラで撮り続けることにした。

 会場中、いや、テレビを見ている視聴者の多くも片時も薬を服用した男から目を離さなかった。


 それからキッカリ24時間が経過した。


「凄い!本当に疲れ知らずだ!」

 男は、徹夜したとは思えない程の興奮で喜びを表現した。


「博士、貴方を疑ってすいませんでした。」

 男はこれまでの態度を一変させ平謝りになる。

「ところで、これほどのお薬…おいくらなのでしょう?」

   男は素直な疑問を投げかけた。


「無料ですよ。それも、全員です。」

「む、無料?それにぜ、全員と言うと?」

「全世界の全人類ということです。私はこの薬で革命を起こす。」

 博士は言い切った。


 すると、同じく徹夜したカメラマンや記者たちはクマを作りながら世紀の発明だ!と口を揃えて言い、拍手喝采の嵐となった。



 かくして、その薬は全世界の全世帯… 全人類へと渡り一斉に服用された。


 服用してから1ヶ月、誰も副作用を起こしたと訴えることはなかった。


 しかし、人々は口を揃えてこう言う。

「眠らない分、余計に仕事が多くなった。」


「睡眠が恋しい」


「あの、時間こそ人生の至福だった」と


 ……それは、博士の思惑通りだった。


「ふむ、そろそろ頃合いか。眠らない体など、現代社会の問題解決には何の意味もなさない。そもそも問題の争点はそこではないからな。労働体制を根本から変えなければ残業問題など変わらない。」

「私が変えたのは、人々の価値観。睡眠という概念を変えたのだ。」


 そういうと博士はおもむろにポケットから錠剤を取り出した。

 これまでの錠剤とは違う形をしている。


「さぁ、ここでこの薬を飲めば、これまで通りグッスリ眠れると私が言ったら…貴方はいくら払いますか?」


 博士の高笑いは疲れを知らず止まらない。




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