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9 慣

 申し合わせたわけではないが、意見が一致し、藤森氏とわたしが市民ホールの五階を反対方向から探し始める。最初に廊下の死体を見分し、中央階段がある辺りで一旦、わたしと藤森氏が接触する。

「いませんね」

「ええ、本当に……」

 軽く挨拶を交わし、また廊下の端まで二人が移動。ついで、それぞれの部屋に入り、死体見分の再開だ。が、二人が見まわったどの部屋にも藤森晴信はおらず、わたしが単に藤森氏と出逢ってしまう。

「いませんね」

「本当に……」

「次はどうされます」

「六階は一緒に探しませんか」

「ええ、そうしましょう」

 即座に話が纏まり、わたしと藤森氏が一緒に中央階段を昇る。

「階段にはいませんね」

「ええ」

 ついで廊下を探す。市民ホール六階の廊下にわたしと藤森氏以外の人影はない。

「実を言いますと、わたしはここにはいない気がしてきました」

「わたしもです」

「しかし、それならば一体……」

「何処にいるんでしょう」

「ここに運ばれていないのかもしれません」

「……だとすれば、父が可哀想だ」

「藤森さんの仰られた言葉の意味が、汚泥で淀んだ川の中、ということならば、想像もしたくもありません」

「……だとしたら、その先の海の中かもしれない」

「先生は泳ぎが好きだったから水の綺麗なところで泳いでいらっしゃるかもしれません」

「父が泳ぎ好きなことも父から……」

「ええ、写真も見せられました」

「そうですか」

「ここ数年は、危ないからやらない、と仰っていましたが、お寂しそうでした」

「わたしは子供の頃、何度も水泳を付き合わされましたよ」

「では藤森さんも水泳がお得意なんですね」

「残念ながら、父ほどではありません」

「そうですか。わたしは全然駄目。二十五メートルも泳げません」

「海の近くに住んでいる人間は子供の頃から泳がされますよ。それで大抵は泳げるようになる。岸田さん、ご出身は……」

「出身地は東京です。出生地は北海道ですが……」

「北海道ですか」

「叔父――父の弟です――が亡くなって、生後半年で東京に来ました」

「いろいろあったのですね」

「いろいろあったのは、わたしの両親の方で、わたしではありません」

「ないことはないでしょう」

「先ほども言いましたが、わたしは小説を書き続けて来ただけです。だから自分の過去を振り返ると見えるのは自分が小説を書いている姿だけ……」

「素敵じゃないですか」

「正確に言えば、大学院への入試や幾つかの恋愛など、夾雑物は混じりますが……」

「わたしの方も似たようなものですよ。サッカー選手に憧れた時期はありましたが、いつかは発明をしたい、とコツコツと勉強している姿だけ……」

「念願が叶っているじゃありませんか」

「本当は特許を取って大金持ちになることが夢でした」

「子供の頃って、皆、大金持ちに憧れますよね。既に大金持ちの家のお子さんは違うかもしれませんが……」

「これまで、そんな貧相な考えを抱くのは自分だけかと思っていました」

「だから誰にも仰らなかった」

「告白したのは岸田さんが初めてです」

「それは光栄です」

「光栄ですか」

「ええ、光栄です。わたしは愚鈍な子供だったから、自分の家が自分で思っていたより貧乏だとは知りませんでした。だけど、レゴがある家はお金持ちだ、とは知っていた」

「ごめんなさい。うちにはレゴがありました」

「ああ、先生は最後まで会社に貢献されたお方ですから……。お金持ちだったでしょう。藤森さんが買ってもらったのですか」

「そうですが、何だか、岸田さんに申し訳ないな」

「お金持ちの家に生まれたのは藤森さんのせいではありません」

「地方の企業ですし、そこまでお金持ちだったわけではありません」

「上には上がいると……」

「そうですね」

「わたしはダイヤブロックで遊びました」

「だって女の子でしょう」

「女の子でも遊びます。藤森さんの男のお友だちで、お料理とかお裁縫が好きな人はいらっしゃいませんでしたか」

「わたしの親友がそうでした。ですが、親友になるまでは教えてくれなかった」

「わあ、じゃ、本当にご親友なんですね。羨ましい」

「頭の良い奴で、いつまでも海外から帰ってきません」

「じゃ、帰って来られたときは大騒ぎでしょう」

「わたしたちは大騒ぎをするタイプではありませんが、まあ、それなりに……」

「いいですね」

「岸田さんにだって似たご経験はおありでしょう」

「わたしには友だちがいません。正確には数人いますが、先ず会いません」

「何故ですか」

「土日に小説を書いているからですよ。馬鹿みたいな理由でしょ」

「ならば平日の夜に会えばいい」

「そこまで親しい友だちがいません」

「寂しくはありませんか」

「ずっと前に慣れました」

「そういうことに慣れてはいけない」

「でも、仕方がありません。わたしはそういった人間なんです」


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