表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

6 数

 わたしが寝た男は今のところ二人だけだ。今後も増えるとは思えない。その中の一人が誰かといえば、わたしの師匠だ。同人誌Uの集会のために師匠が上京したときに抱かれるようになる。

 経緯は忘れたが、師匠が泊まったホテルにUの集会の後で遊びに行く。それが数回続き、雰囲気が怪しくなる。わたしの師匠は四十代で妻を亡くしているから、二人の関係は不倫ではない。が、不倫……か、あるいは援助交際に見えても可笑しくない歳の差だろう。

 わたしがギリギリ三十前だったから師匠も還暦前だ。近年の気力の衰えなど微塵もない。ある種の男は幾つになっても女を好むというが、わたしの師匠も、その種類だったのかもしれない。時には息を切らせたが、わたしを正しく弄ぶ。わたしには比較する相手が一人しかいないが、師匠もその男も臨み方の点では同じ仲間だったのかもしれない。

 因みに、師匠の前のわたしの男とは不倫関係だ、何の間違いだかわからないが、大学教授と結ばれる。わたしが通った理学部の教授ではない。同じ大学ではあるが、経済学部の教授だ。他人と触れ合うときには豪放磊落なわたしの師匠とは違い、神経質な面を持つ。大学の教授なのだから当然のことなのかもしれないが……。

 そんな男が、何処が気に入ったのか、わたしのことを愛してしまう。わたしは男からの愛情を感じることはできたが、最後まで男を愛せない。告白されたときに笑い話にはせず、結局、交際を承諾したが、それが一番の間違いだったのかもしれない。あのとき単に断るか、意地悪く仲間に話していれば、暫くの間、彼は大学教授として肩身の狭い思いをしただろうか。が、一途さに気圧され、わたしは思わず彼からの申し出を承諾してしまう。

 最初の付き合いは食事くらいだ。が、結果的に男女の関係に至る。わたしが処女だと知ったときには、さすがに『いいのか』と怯んだが、その先は習い性だ。所謂日陰の身だから、当時はわたしにもまだいた友だちに話すこともできない。けれども、それがわたしには苦痛と感じられない。

 何故だったのだろうか。今もって、わたしにはわからない。

 完璧な嘘を書く場合も多いが、わたしの小説に出て来るラブシーンは、その男と師匠との経験が元になっている。わたしが他に男を知らないのだから当然のことだ。

「何を考えていますか」

 不意に藤森氏が、わたしに問う。師匠の死体は、まだ見つかっていない。

「藤森さんは何だとお考えになられますか」

「見当もつきませんよ。小説のこととか」

「小説については外れていません。主だった内容は違いますが……」

「岸田さんは、いつでも小説のことを考えているのですね」

「藤森さんだって、お仕事のことを、いつも考えるでしょう」

「新しい装置や電極を開発している期間はそうですが、いつもではありません」

「それなら、わたしも、いつもではありません」

「わたしには、そうは思えないな」

「仕事中は、そちらに集中しています」

「それは仕事ですから……」

「正直言いますと、仕事に飽きた場合は小説のことを考えています」

「本当に、お好きなんですね」

「わたしが望んだのは印税生活の方なんですけどね」

「いいじゃないですか、好きなことが続けられるならば……」

 本当にそうなら良いと、わたしも思う。すると急に身のまわりの空間が歪み始める。ついで、わたしの過去が壁に映し出される。わたしが十歳のときから次々と……。

 最初はノートの端に小説……ではなく詩を書いている。次はSFっぽいものだ。その次が童話になる。それから、またSFに戻り、徐々に純文学に傾いていく。

 わたしの定義する純文学は西洋のメインストリームに近いから、日本のものとは若干異なる。そしてSFを書いていたときにも娯楽性を気にかけたことがない。夢物語という形式のメインストリームだと思っていたのだ。

 詩は今でも書くが形式は歌詞だ。単品ではなく、小説の部品として書いている。詩の要素がメインとなる作品を自分では『詩小説』と呼ぶが、他の誰かに、その言葉を引用されたことはない。

「そうですね」

 わたしが藤森氏に答える。

「小説以外の主だったものとは何ですか」

「先生との思い出です」

「ああ……」

「えーと、悪い思い出はないので安心してください」

「本当に、あなたのことを父は気に入っていました」

「正直言えば、そのことには気づいていました」

「まあ、そうでしょうね。岸田さんは鈍感な人には見えませんから……」

「そんなことはありませんよ。時と場合によります」

「それは誰しも同じでは……」

「しかし、いつまでも見つかりませんね、お父さま……」

「この広い部屋にはいないのかもしれない」

「隣の部屋にいるかもしれません」

「この場所だけでも体育館くらい大きいのに、あと幾つ部屋をまわらなければならないのか」

「一学年に五クラスある小学校とほぼ同じです」

「……ということは職員室や理科室を除いて三十ですか」

「職員室や理科室を抜かないのでもっとあります」

 藤森氏にそう伝え、わたしが懸念するのは、この市民ホールの隣に小学校が建っていることだ。そちらにも死体が並べられているとすると数が倍になる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ