5 腐
この市民ホールに来て、わたしが最初にしたのは写真撮影だ。人の死体が映るので雑誌に載る際には暈しが入ることが多い。が、写真自体は鮮明に撮る。当然だ。それで、わたしは市民ホールのすべてをざっと見ている。約二十分間を費やして……。
夥しい数の死体の写真を、わたしが撮る。それが、わたしの狂気の卵となったのかもしれない。死んでいる虫同様、死んでいる人間が、わたしは怖くないというのに……。
惨殺された死体には目を背ける。が、吐いたのは最初の一回だけだ。首がなかったりすれば、ぎょっとするが、それで終わり。わたしは感情が薄い人間なのかもしれない。頭が良ければ、医者の道を選べば良かったのか。けれども、わたしの頭は常人以下だ。
わたしが雑誌社に入ったのは、いつかは自分の小説が世に出せるかもしれないという下心があったからだ。それで就職活動をするが、大抵の出版社は、わたしの学歴を見て『いらない』と判断をする。フリーターでいた期間の方が問題視されたのかもしれないが……。
最初に応募した大手の場合は、もっと単純な理由で落ちている。理系の本を扱う出版社の面接には辿り着けたが、そこまでだ。だから今の雑誌社には入れたのは奇跡といえる。が、奇跡はそこまでで、小説編集の仕事はまわってこない。
わたしはあまり笑わないから、気が強いと思われたようで、事故災害報道系の仕事が与えられる。それで単数、複数の死体を数多く見る。今回の件もそうだが、地震由来の災害では多くの死体が並べられる。室内に並べられるのは幸せで、現場から少しだけ離れた場所で野曝しにされることも多い。
そんな死体を家族や親戚が確認後、引き取っていく。それで死体の数は減っていくが、顔のない死体や特徴の薄い死体は、いつまでも残る。もっとも、その頃には場所を移動されているが……。
引き取り手のない死体は腐敗を防ぐためにドライアイス処理され、医師や警察の検視後、荼毘に付される。法律上は十日以内に、とされるが、大災害の場合、人出不足から二十日放置されることもある。
時間が経過した死体は腐敗が進むが、それ以上の変化はない。……というか、ゆっくりだ。防腐処置をしなければ、ただ腐るだけ。
が、死んだ直後の死体は変化が激しい。刺殺された瞬間ならば心臓が動いているから血が噴き出す。けれども心臓が止まれば血圧も弱まる、やがて血そのものが固まっていく。
『紀子くん、良く平気だね』
当時組んでいた先輩記者の近江さんから言われたことがある。
『結構な死体なのに……』
結構というのは破損が激しい、という意味だ。
わたしたち取材チームが殺人現場に一番先に近づくことは稀だ。が、ないわけではない。警察より先に死体を見たことも一回だけある。そんな死体を見れば、人は簡単には人が殺せない、とは思えなくなる。
『単に鈍感なんです』
『鈍感な人間が小説を書くかよ』
『書き始めたときは鈍感ではなかったのかもしれません』
『紀子くん、男はいないの』
『セックスの経験はありますよ』
『どんな相手だ』
『秘密です』
『それも紀子くんが若い、鈍感ではないときの話で、援交、とか』
『それはないです』
『じゃ、どんな……』
『近江さん、しつこいとセクハラでコンプラアイアンス相談室に訴えますよ』
『単に聞いただけさ』
『それでもセクハラです』
『わかった、わかったよ。じゃ、社に戻って、今見たのを書くか』
『書くのはわたしがやりますから、近江さんはレイアウトを決めてください』
『書く内容の表現によるな』
『今回は殺され方が酷いですから煽らない方が良いと思いますけど……』
『しかし読者が読みたいのは煽りなんだ』
『その方が良ければ、そうします』
『仕事の話は素直だな』
『わたしは、いつだって素直ですよ』
『言っていることの意味はわかる。だから紀子くんは浮くんだよ。今時……以前から本当の意味で素直な人間はいない』
『いえ、わたしだって打算でも生きています』
けれども自分が書く小説に打算はない、とわたしは言えない。が、それに近いモノはあると思う。つまり、わたしは自分が書きたいものを書きたいのだ。読者が読みたいものではなく。だから売れない。そんなことは知っている。それでもまだ、わたしはその方針を変える気はない。