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2 狂

 わたしと師匠との出会いは、ある同人誌の集会だ。当然、師匠の方が古株で、わたしが新規の同人。約二年間フリーターを続けつつ、小説を書いたが、何処の賞にも受からない。正確には、一次選考しか通らない。そんな状態がまるで永遠のように続く。

 今思えばちっぽけな期間だろう。が、若い時期には耐えられない。それで諦めたように同人誌に参加する。その方が売れる可能性が高まる、と考えたからだ。

 わたしの狙い自体は間違っていなかったと思うが、わたしの書く内容が間違っていたので、結局どうにもならない。

 それでも当時は情熱を込めて書いている。今では惰性で書いている。そうなるつもりはなかったが……。

 大学院の修士課程を修了し、自宅で暮らす。奨学金の残りを切り詰めて使いながら……。あの時期のわたしにとって自動販売機のジュースは贅沢品だ。外にいるときは公園を探し、水を飲む。嗜好品もなし。そんな状態だが、自宅にいるので、ご飯は食べられる。極貧状態とは程遠い。代わりに母親から、『何処でもいいから真面に就職してくれ』と毎日言われる。それが理由で、わたしは母親を恨み始める。そして、今でも恨み続けている。 わたしが母親にならなかったせいかもしれない。

 参加した同人誌Uのボスは怖い人だという噂があり、わたしはその目的では着なかったリクルートスーツを身に纏い、初参加をする。実際に会えば、ボスは好々爺だ。怖い面は確かにあったが、それは小説や信念に関する部分で人自体には優しい。

 わたしは、それからの数年間で短篇を三作だけUに残す。当然のように何処の出版社からも注目されず、やがて、わたしはUとは疎遠になる。今になって気づくが、売れる才能がない人間にとって、すべてはコネだ。友だちであれ、同人誌であれ、知り合いは多いほど良い。けれども、わたしは書くことで友人関係を切り捨てている。

 わたしが携帯電話もスマートフォンも持たないのは友だちがいないからだ。同じ年齢の人間と比べ、貧乏という理由もあるが、職を失った元友人は実家に戻っても携帯電話を解約しなかったから、説得力のある理由ではない。

 公式には『土日にモノを書き、誰とも遊ばない生活を続けていれば、自然と友だちも去るでしょ』ということにしている。実際には面倒になっただけだ。作家ではない自分を友人に曝すのが厭になった、と言うのが本音かもしれない。

 どちらにしても、わたしの我儘でしかない。それが十年以上、続いている。

 同人誌Uは抜けたが、Uの在籍期間中に同人になった、師匠の同人誌Bには書き続ける。師匠の執筆ペースで発行期間は変わったが、それでも最長十ヶ月に一冊のペースでBは発行を続ける。わたしの執筆ペースも、それと重なる。最初は短いものだったが、そのうち原稿用紙で二百枚以上の中編を書くようになる。雑誌社や出版社から注目されていた有名な同人誌Uとは違い、師匠のBは地方同人誌だ。当然、何処からも注目されない。

 わたしは賞に応募し、落ちた作品を載せるようになる。わたしの作品は必ず落ちるから、習作を除くすべてがB(とU)に載ったことになる。が、今後、Bが終われば、それもなくなるだろう。一部の作品は既に投稿小説のウェブサイトにも掲載していたので、全面的にそちらに移行することになるだろうか。

 そんなことを考えながら死体の顔を見続ける。わたしの目は硝子球に変わり、死体の顔を反射する。そのうち、わたしの顔全体が硝子に変化する。今誰かがハンマーで叩けば、わたしの顔は粉々に砕けるだろう。

 最初は顔だけだったが、徐々に頭全体が硝子へと変わっている。脳も硝子になり、他の組織と一体化し、巨大で透明なビー玉となる。それが重くて、わたしの肩が凝る。が、凝るだけだ。肩までは硝子に変わらない。

 死体の顔が見えているのだから目だけは硝子製ではないのだろう。悍ましいな。今いる死体の列の先端まで確認し終わったらトイレの鏡で自分の顔を見よう。そう思いつつ、死体見分を続ける。

 何百人の死体の顔を、これまで、わたしは見たのだろうか。この市民ホールは広過ぎる。エントランスを入ってすぐから死体の列が始まる。通路にも、各部屋にも、横幅が長い階段にも死体がある。横幅が人の背丈と大差ない階段には死体がない。死体を確認しながら昇ったり、降りたりできないからだ。

 わたしは死体の脚から顔の方向で列を進んでいる。が、もちろん逆向きに進む者もいる。その中に、わたしと同じ、ビー玉頭の男を見つける。わたしの予想通り、目だけが硝子ではない。しかし目からの入力信号を受ける脳は既に硝子だ。しかも他の組織と一体化している。それでどうして、わたしは死体の顔が認識できるのだろうか。不思議に思ったが、わたしは、それ以上考えることを止める。

 わたしは自分のことを気が触れない人間だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。静かに狂い始めているようだ。


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