12 溺
第一の市民ホールは六階建だ。が、第二の市民ホールは四階建……。デザインも旧いので第二の方が元の建物だったのかもしれない。
「しかし取り壊さずに次を作りますかね」
「鉄筋コンクリートの建物を取り壊すのは、お金がかかりますから……」
それに時間もかかる。毀したコンクリートや鉄材はクレーンで移動できる、また」トラックで運べる大きさまで裁断する必要がある。雑誌の取材で実際に工業地帯での建物の解体現場を見たことがあるが相当な労働だ。おまけに音も凄まじい。
「先に進みましょう」
藤森氏を促し、階段で二階に上がる。今度は廊下に死体がない。
「向こうにすべての死体を収めるつもりだったのかもしれませんね」
「それで、あんなに窮屈になった」
「最初の見積もりよりも死体の数が増えたのかもしれません」
「それでも行方不明者は多いのでしょうね」
第二の市民ホールに入り、それまで見かけなかったのが不思議な市の職員の数が多くなる。被災した家族を発見した大勢の者たちと引き取りの交渉をしているようだ。
「早く、あっちの仲間にならないと……」
「いえ、先生は生きているかもしれません」
「しかし……」
「ええ、わかってはいます。でも……」
そんな会話をし、少し先に進むと藤森氏が涙ぐむ。わたしは吃驚するが、
「知り合いがいました」
そう言い置き、わたしの元を離れ、知り合いのいる場所へと向かう。わたしもゆっくりと後を追う。が、距離は隔てる。
「ご愁傷様です」
「ああ、信一くんか。久し振りだな。十年以上、会ってないな」
「言葉がないです」
「こんな顔をしてるから、そんなに苦しまなかったんじゃないか、と思うよ。きみの方はお父さんを……」
「ええ。でも、まだ見つかりません」
「じゃ、生きているかもしれないじゃないか。きみのお父さんは妖怪的なところがあるから……。ところで、あっちの女の人は奥さん……」
「いえ、父の知り合いです。……おばさんの顔を見てもいいですか」
「ああ、お別れを言ってください」
すると藤森氏がその場にしゃがみ込み、白い布を捲り、初老の女性の顔を涙ながらに見つめる。その後、立ち上がってからも心の動揺を隠せない。
「それじゃ、父を探すのを再開します」
「うん、わかった。気をつけてね」
漸くそんな会話をし、藤森氏がわたしの元に戻る。
「ご近所のおばさんですか」
「さっきの話じゃないですが、子供の頃、おにぎりを沢山貰いました」
次の部屋でも同じ事態が起こる。今度は初老の男女だ。それが何組も続く。ついで初老ではない中年や若者、子供が続く。皆、藤森氏の知り合いだ。痛ましいとしか言いようがない。
「纏まって同じ方向に流れたみたいです」
「それで近くの部屋に……」
「今思えば、最初の市民ホールで知り合いを見かけなかったのを可笑しく思わなかったのが可笑しかったのです」
「わたしみたいな余所者には、それこそ言葉がありません」
「近くに父がいるのかな」
「とにかく探しましょう」
わたしは言ったが、藤森氏の知り合いが藤森氏の父親について言及していないのだ。部屋をまわる順はあるが、誰か知り合いがいたという事実があれば、他の部屋も覗いてみたくなるのが人情ではなかろうか。
……ということは。
「ええ、とにかく探しましょう」
藤森氏が首肯き、歩み始める。けれども、わたしの予想が的中してしまう。
「ここにもいなかったですね」
「では、父は一体何処にいるんだろう」
「生きていらっしゃるのかもしれません」
「情報を確認して、明日の日曜日は別のところを探します」
「もし良ければ、ご一緒させてください」
「構いませんよ」
「ありがとうございます。わたしの方もいろいろと調べてみます」
「スマホで連絡しますよ。ところで、岸田さん、いえ、紀子さんのご滞在先は……」
「駅近くのTホテルです」
「それなら、同じところですよ」
「では藤森さん、いえ、信一さん、ご一緒に帰りませんか」
「ハイヤーは呼べるのかな。さっきの知り合いに訊いてきます。エントランスの辺りで待っていてください」
「はい、わかりました」
奇妙な偶然で知り合った藤森氏とわたしの時間が一部重なった瞬間だ。
* * *
その頃、Sの浜辺では、わたしの師匠が嗚咽している。震災に巻き込まれ、何故か、絡み合った死体へと変わり果てた、わたし、岸田紀子、と、実子、藤森信一の溺死体を見つめながら……。(了)