魔王様は盗賊団と出会ったようです
辺境の村に一晩泊まった魔王ジークとリーゼは、
次の日の朝、村人たちと少女のローザに、
名残惜しそうにされながら、村を旅立った。
急ぐような旅でもないが、これは人間を滅ぼすために、
人間の強さと弱さを探らなければいけない旅である。
人の数が少ない辺境の村より、
都市の方へ進んだ方が効率的だと思ったのだ。
村を発ってから、
魔王達は、都市へ行くためにでこぼこと荒れた道を歩いていた。
数時間ほど休みなく歩き、頬ににじむ汗を拭った後、
魔王ジークが先に口を開いた
「リーゼよ、人間の街まで、あとどれくらいだ?」
「人間の街ではなく、「鉱業都市マウヌーク」です、ジーク様」
「まうぬーく………人間は街に変な名前を付けるな
その街は、あと何時間で着く?」
「今地図を確認しますので、少し待って下さいませ」
メイドのリーゼはそう言うと、懐から辺境の村からもらった大まかな地図を広げると、
目を細めて、地図をじっくり見た後、きっぱりと言い放った。
「あと、五日ほどですね。ジーク様」
「5時間じゃなくて、五日か!!」
リーゼがそうです。と肯定すると、魔王は脱力して木にもたれ掛かった。
「そんなに歩けるか!!
えぇい! 浮遊魔法を使って短縮するとしよう!!」
魔王の手に、光の渦が生まれる。
そして、それを自らの体に振るおうとしたところで……
その手をリーゼに掴まれ、魔法が中断された。
「お止め下さい魔王様、浮遊魔法はこの旅では禁止と言ったはずです」
「………しかし、リーゼよ。さすがに街に着くまでは良かろう
人間の暮らしを見るのが旅の目的でもある」
「確かに浮遊魔法は便利ですが、道中人間に見られる恐れがあります
浮遊と同時に、"可視化"の魔法も唱えれるなら、私も賛成ですが
……そんな余力はありますか?」
リーゼの言葉を聞いて魔王が唸る。
「可視化か………可視化の魔法は、魔力の消費が激しすぎるな」
可視化魔法とは、周囲の生物から認識されなくなる魔法である。
透明化とも違い、匂いや音、気配まで消してしまうため
ほとんどの生物から気付かれずに済む魔法だ。
しかし、その便利さとは裏腹に、膨大な魔力を消費してしまうため
左手に嵌められている4つの指輪によって、
魔力が封じられた魔王が扱うには難しかった。
「辛抱くださいませ、ジーク様
噂によると、とある人間は17年掛けて世界を歩き回ったばかりか
自分の足を頼りに正確な世界地図を描き上げたそうです」
「なにぃ!
魔法も使わずにそんなことをやってのけた人間が居るのか!!
くっ………そのような人間が居るなら、
我が弱気を吐くわけにはいかぬな」
「無理せずに行きましょう、旅は長いのですから」
――◇◇◇◇◇――
――そして、魔王とメイドが辺境の村から立ち去って、三日目のことである。
魔王ジークは固い地面で寝た影響で痛む体を軽くほぐしたあと、
その日も二つの足を交互に動かし
鉱業都市マウヌークに向けて歩を進めているとき、
『ソレ』は突然現れた。
「おらぁ! お前ら荷物を全部置いていけやっ!!!」
頭には布を巻き、所々が破れたり汚れたりしている服を着て
腰には曲線を描いた剣を差している男達6人が魔王達を取り囲んだのである。
要するに盗賊であり、山賊と呼ばれる輩だ。
周りに現れた汚れた格好の男達を交互に見て、
首をかしげると魔王は言った
「………ふむ、荷物を置いたらどうなるのだ?」
「命だけは助けてやるよ!」
ニヤニヤと山賊の男達は笑いながら、言葉を続ける。
「でもな、それには身包み全部、置いていってもらうぜ
お前が着ている服もだ!!」
魔王とリーゼの姿をジロジロと見ると別の山賊の男が言った
「……ふん、色男が女を連れて二人旅ってわけかい
こっちは勇者とやらに煮え湯を飲まされたばかりだって言うのによ」
勇者と言う言葉にピクリと魔王が反応する
「勇者がどうかしたのか?」
「へっ! あいつは勇者なんてものじゃねえよ悪魔だ!
あいつのおかげで、俺の仲間もずいぶん減っちまった!!」
男は苛立ったように言葉を荒げる
「これも魔王とやらが、さっさと勇者に負けたのが悪いのよ
あいつらが争ってくれてた間は、
この辺りの住人が金目の物を持って逃げるから
それを襲えば、数か月は遊んで暮せたのによ」
「今では、勇者とやらのパーティーが巡回しやがるせいで
襲いにくいったらありゃしない
雑魚の魔王がメンバーの一人も倒せなかったせいでな」
ぺっ、と山賊は地面に唾を吐く
「だから、この鬱憤はお前達で晴らさせてもらうぜ
連れの女も中々美人だしな」
下卑た笑いをしながら、腰に背負っている獲物を抜くと
じりじりと魔王達に近づく山賊。
しかし、今まさに襲われようとしている、
漆黒のマントで身を覆っている魔王の方も顔に微笑を浮かべていた。
(………魔王が悪い、魔王が雑魚だと?)
(あの戦いを見ていないから、そう言えるのだ
先代魔王様は、勇者との一騎打ちを望まれた
そして、あの戦いは我々が加勢できるようなものではなかった)
(まさしく、天に愛された者同士の異次元の戦いだった
お前達は、実際に見てないからそんなことを言えるのだ)
(………こやつらには少し、お灸を据えさせる必要ありそうだな)
突然、漆黒のマントの中から
魔王は両手を出し、盗賊達に向ける、
山賊達は突然の行動に、ぎょっ、と驚くが
慌てて、山賊の一人が組し易いリーゼの方に襲い掛かった。
「おい! 妙な真似するなよ!!
この女がどうなっても………」
「汚い手で触れないでください」
リーゼは組みかかってきた、男の左手首を掴むと
男の背中に手を回し、ぐるりと、自分の両方の手で捻りあげた。
「があぁぁぁぁ! うでがぁぁぁぁ!!!」
男の関節がみしりみしりと鳴る。
完璧に関節を決められた男は痛さのあまり身動きが取れない。
その様子を見て、慌てて別の山賊の男が声を掛ける
「おい、女、それ以上、止めろ!!」
「……では、止めます」
リーゼはパッと急に男の腕を離すと、解放された男はよろよろと離れるが、
女性に良いようにやられた怒りか、リーゼの方を再び振り向くと、
剣を振り上げ、リーゼに切りかかろうとした
「女、よくもっ!!!」
「遅いっ!!!
戦っている相手から目を離す馬鹿がどこにおるかっ!!!」
魔王の声と合わせて、斬りかかろうとしていた男の体が、
突然、重力から解き放たれたようにふわりと宙に舞う。
「なっ!?」
それどころか、宙に浮いたのは斬りかかった男だけではない。
気が付けば、山賊の男達、全員が宙に浮いていた。
「お、お前、魔法使いか!!」
「その通り、悠長に声を掛けているからこんなことになるのだ」
見れば、魔王の手から、光の渦が舞い山賊達の男に纏わりついている。
魔王は山賊達を見上げると、
笑顔で身動きが取れなくなっている山賊に語りかけた
「さぁて、今ならお前達を煮るなり焼くなり
好きに出来るが、どうするべきだと思うリーゼ?」
「そうですね………。
魔王を貶した口には針を千本埋め込み
汚い手で私を触ろうとした罰として
全身の皮を剥いで木に吊るすというのはどうでしょうか?」
リーゼは汚れを落とすために音を立てて手を叩きながら、
何の感情も灯ってない目で山賊達を見上げると、
当たり前のことを告げるように言い放った。
ぞくり、と男達の背中に冷たいものが走る。
「じょ、じょうだんだろ姉ちゃん
そ、そんなこと、したら寝覚めが悪くなるぜ………」
「はい、冗談ですが。何か?」
そしてコロリと自分の言葉を変えると、リーゼは魔王に向けて言う。
「ジーク様、この旅の約束として殺さずの誓いがあります
残念ですが、相手の生死を選べる状況なら
従わないといけないでしょう」
「うぅむ、………それは残念だ」
魔王は山賊の男たちの方を見上げると、ため息を付きながら言う。
基本的に魔界の民は約束を義理堅く守る傾向がある。
魔王にしても、それは例外ではなく、
この旅に約束した誓いの、殺さない、恨まない、怒らないという
三つは出来る限り守るつもりだった。
罠に掛かった獲物を渋々逃がすような、
残念な気持ちで、魔王は今一度、男達を見ると言った
「では、こうしよう
まず、お前たちの危険そうな持ち物はすべて取り上げる」
そう言うと、男達が身に付けていた物は
空中で目には見えない手が動き、
引き剥がすようにして武器が次々と取り上げられていった。
山賊のリーダーと思われる男は、短剣をいくつも隠し持っていたので
すべての武器を探し終えた頃には、パンツ一丁になった。
そっと、リーゼは自身の目を両手で覆う。
「そして、我はお前たちを殺しもせんが
顔も二度と見たくない、お前達をここから遠くに飛ばすことにする」
「二重詠唱:浮遊×操作」
「駆けまわれ『ペガサスの翼』」
魔王が、呪文を紡ぐと、男達の背中に白く輝く翼が生え、
ふわりふわりと地面から離れていった。
慌てて、山賊のリーダーと思われる下着のみの男は言った
「待ってくれ!
このまま空を飛ばされると地面に激突して死んでしまう!!」
男の言葉に、おぉ、それはそうだ、と魔王が返すと
新たな呪文を紡いだ
「では、こうしよう
二重詠唱:障壁×障壁
弾け、堅牢な壁よ『二重障壁』」
山賊達の体が黄金に光り、神々しい光を放つ。
「これで、大丈夫だ。
地面にぶつかるどころか、
並みの中級魔術や武器なら跳ね返せるだろう」
「それでは、お達者で、良い空の旅をしてくださいませ」
満足げに魔王が笑い、
それに両手を覆ったままのリーゼが答えると、
冗談だろぉぉぉぉおぉ!!!
と叫びながら山賊達は空を飛び
………やがて見えなくなった。
(――余談だが、身体からは黄金色の輝きを放ち
背中から銀の翼を生やした山賊の男達はとある街に不時着すると
神の使いじゃ……。と、街の人々に崇められることになったのはまた、別の話である)
しばらく、空を見上げていた二人は
やがて、前を向くと魔王ジークは口を開いた
「では、行くかリーゼよ。無駄なことで時間を取られた」
「はい、ジーク様。ご無理なさらぬ様に進みましょう」
浮遊魔法が自分達にも使えれば、楽なのだが………、
と少し思った魔王は首を振り、その考えを打ち消すと
少しずつ、前へ歩き出した。
今日も、空は青く澄んでいた。