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魔王様は庶民の味を楽しむようです(2)




「みなさん、食事のご用意が出来ましたよ!!」


ローザの元気な声が響いたのは

魔王ジークとリーゼが部屋に案内されて一時間後のことだった。


「………魔王は禁句 魔王は禁句、と

 よし、覚えた」


「ローザさん、私達はすぐに向かいますので

 先に家の前で待っててください」


ぶつぶつと言葉を紡ぎながら歩く魔王ジークに、

疲れた顔をして魔王の後を付いて歩くリーゼを見て、

貴族(?)の方達は大変そうだな、とのんきにローザは思いながら、

酒場までの道案内をした。


――案内された場所は村唯一の酒場だった。


辺境の土地で暮らすのは過酷だ。

作物は育ちにくく、都市との交易路もなく、

当然、魔物から村を守る警備兵もいない。


そんな、辺境の村で唯一の楽しみとされていたのが、

村に唯一ある酒場だった。


魔王達が、席に着くや、口々に赤い顔をした男たちが話しかけてきた


「お前達が、うちの村のアイドルを助けてくれたんだってな!

 ありがとよ!!」

「ローザちゃんにお酌をしてもらえなくなったら

 この村から出ていかないといけないからな俺は!!」

「今日は、たらふく食べて飲んでくれ

 遠慮するな、村の恩人から金はとらねぇよ!!!」


村人たちの陽気な言葉に耳を傾けながら、

魔王が席に座ると、店主と思われる男が料理を目の前に出した


「ほらよっ、口に合うか分からないが食べてくれ」


魔王の目の前に出されたのは、

バスケット一杯に置かれた白いパンと、

一羽丸ごと、こんがり焼かれた鳥の丸焼き、

そして、付け合せに山菜やトマト、が乗せられた食事であった。


肉が放つ、何とも食欲をそそる香りに

ごくり、と魔王の喉が鳴った。


「これは美味しそうだ、さっそく頂こうか」


魔王は食事に手を付け………ようとして、早くも躓いた。


「………店主、ナイフとフォークがなくては食べれんぞ

 早く出してくれ」


「ないふ と ふぉーく………なんだそれ?」


魔王の言葉に店主が首をかしげる。

辺境の村にはナイフとフォークという文化がなかったのだ。

食事というものは手で食べるものだというのが、

辺境の村の常識だった。


「それより、早く肉を食べちまいなよ。

 せっかくの肉が冷めちまうぞ」


店主の言葉に、魔王は困った顔をしながら肉を見つめる

焼き上げたばかりの肉は熱々と湯気を放っている。

これを手で食べるとなれば、当然のことながら熱いだろう、というか火傷するかもしれない。

だが、肉の芳醇な香りには逆らえない、早く食べろ、と脳が命令を送ってくる。

魔王は覚悟を決めると、熱々の肉の端を掴んだ


「………くっ! これも人間のことを知るためだ仕方ない!」


そして、魔王は熱々の肉に豪快にかぶりついた。


「………………!!!」


すると、なんということだろうか。

しっかりと焼かれた皮はパリッとした食感が溜まらない

表面には甘辛のたれが塗っており皮だけでも食べれそうだ。


もちろん、肉にもちゃんと味が付けられている、

しかし、それは塩味だけではなく、複雑な甘みと香りが交わり

絶妙なハーモニーを奏でている。

肉は噛めば噛むほど油は染み出してくるが、

油はスルリと喉を通る。全然くどくない!


魔王は信じられないものを見るように

目の前の肉を見た。


「………て、店主、これは何と言う料理だ」


「えっ、………鳥の丸焼きだけど、口に合わなかったかい?」


「これが鳥の丸焼きだと!!!」


驚愕のあまり、魔王はガタッと席を立ちあがった、

突然、席を立った魔王に周囲の目が集まる。


魔王が驚く理由は魔界の食生活に起因する。

ずばり言うと、魔界の料理の味付けは大味なのだ。

焼いて、塩を振り、食べる。

野菜はそのまま食べる。

酒はそのまま飲む。酒を料理に振りかけるなどあり得ない。


つまりは根本的に"料理"するという技術が魔族は未発達だったのだ。

今までそうやって食べ、生きてきた魔王にとって、

人間の食事はあまりに眩しすぎた。


……ちなみに魔王の横でメイドのリーゼも

感動のあまり肩を震わせている。


魔王が呆然と立ち尽くしていると、

突然、席を立った、魔王の様子に店主はおそるおそる尋ねた。


「す、すまねぇ、お前たちの口には合わなかったかな………

 なにせ、俺たちがいつも食べてる平凡な料理だからな………」


「………こ、これをいつも食べている……だと」


魔王は静かに天を見上げ、両手で顔を覆うと、

悲壮感に満ち溢れた、頭の中で考えた


(だ、駄目だ、勝てない………俺は勇者に勝てるはずもない

 こんなに良いものを食べているのだ

 あれだけの強さを身に付けた理由も分かる)


(というか、これだけ良いものを毎日食べれば

 体もそれだけ大きくなるのではないか?

 俺が見た勇者の姿は見間違えたのかもしれない

 実際には、三メートル、いや、四メートルあるかも………)


そんなの勝てるわけがないじゃないか!

と魔王は両手で顔を隠したまま項垂れた。


(駄目だ、俺には………………………………

 …………………………………………………

 ………………………………………いや、違うぞ)


ふっ、と魔王の考えに一筋の光が映る。


(逆に考えるのだ、これは人間、そして勇者を倒すための旅)


(そうだ、今、我は人間の強さの一つを見つけたのだ!!)


そこまで考えて、魔王は両手で隠していた顔を晒す。

その顔はニヤリと悪魔のように口は三日月上に開かれていた。

小さく、店主がうめき声をあげる。


(ククク、バカな人間どもめ

 お前たちの強さの秘密が一つ、この魔王にばれたとも知らずに)


魔王は店主に一歩近づく。


(これからはこの料理を俺が毎日食らってくれる!!

 そうすれば、勇者よ!!

 お前を超えるのもそう遠い話ではない!!!)


魔王は店主の肩をガシッと掴むと言葉を放った。


「店主よ!! お前は天才だ!!!

 よくぞ、この料理を我に食べさせてくれた!!!

 後で、作り方を我にも教えてくれっ!!!」


「あ、あぁ、そ、それは良いけどよ」


怒られるとばかり思っていた店主は

魔王の言葉に目を白黒させる。


「む、こうしてはおれん!

 料理を食べねば………はぐっ!

 くそぉおぉぉぉぉ!!! 美味いっッ!!!」


「このパンも………おのれぇっ!!!

 ふわっふわっ、ではないかっ!!!

 どうなっておるのだっッ!!!」


美味い美味い、と食べる魔王を見て村人たちはホッ、と一息付く。

そして、次々と声が上がった。


「落ちぶれた貴族だと言っていたから、

 どれだけ文句を言われるかと思ってたけどよ」

「あぁ、貴族と言っても、落ちぶれてからが大変だったのだろうな」

「飲食と寝る場所にも困ってたらしいからな、

 久々の食事だったのだろう。

 腹いっぱい食べさせてやろうじゃないか」


自然と和やかな空気が流れる中

食事に齧り付く魔王を見て、店主が言葉を掛けた


「おぅ、兄さん。まだ、おかわりはあるから

 腹いっぱいになるまで食べなよ」


「あぁ、たっぷり食べさせてもらうぞ!!」


その後も魔王の食欲は失せることなく

地元のお酒を出されたときにまた感動したりしながら、

鳥の丸焼きをなんと三皿もおかわりした。


ちなみに、リーゼは五皿ペロリと平らげていた。

リーゼの小さな体のどこにその量が消えたのかは永遠の謎である………。


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